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破界の魔王と吸血少女  作者: めらめら
第10章 在りし日の歌
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シュライエ光臨

「うん。これだけあれば十分か……」

 少女の姿をした傀儡師が、私とバルグルを取り囲んでゆく巨大な影を見下ろして気怠げに頷いた。


「これは……!」

 私は夕闇に聳える異様な影を見あげて戸惑いの声をあげる。

 地響きと土煙をたてながらこの場に集ってきたのは、ショベルカー、トラックミキサ、ブルドーザー、クレーン車、ロードローラー、そして双腕仕様機……

 周辺地域の土木作業用に配されていたと思われる、何台もの無人の重機械が私たちを取り囲んでいるのだ。

 ギイイ……。ショベルカーの一台が軋んだ音を上げながら、車体前面のショベルを私たちに振り上げた。


「ふん。またお前の兵隊か。全く能の無い喧嘩をす……うん!?」

 巨大な重機たちを見あげ、呆れ顔で鼻を鳴らすバルグルだったが、何か異変に気付いたのか、彼の灰色の目が大きく見開かれた。

 ギリギリギリギリ……金属の擦り合わさる音がそこかしこから上がり出す。

 重機たちを構成するアームが、バゲットが、キャタピラが、ボンネットが、ドラムが、コンテナが、展開し絡み合い、寄り合わさってゆく。


「グゴゴゴゴゴ!」

 そして巨大な鉄板とシリンダー、ゴムタイヤとキャタピラの塊となったそれ(・・)が咆哮を上げた。

 一つになったヒトの世の重機械が、二本の脚で立ち上がった。


「が、合体した……!」

 私は呆れ果てて、目の前に立つ怪物を見あげた。

 今私たちの前に聳えているのは、身長10メートルは超えていそうな、機械仕掛けの巨人だったのだ。


結合(ゆないと)完了。急ごしらえだから、いまいち優雅じゃないけど。まあいいか……」

 眠そうな少女の声。

 声の方を向けば、銀色に輝く液状金属の流れが巨人の脚を伝い、腕を伝い、肩の上に集うと、再び黒装束の少女の姿に変貌してゆく。


「マシーネ。一体何を……」

「獣王バルグル。吹雪の国のアオレオーレに探りを入れて、最近やっとわかったんだ……。あの時キミが何をしたのか」

 巨人を見上げるバルグルに、巨人の上から少女が答える。


「吹雪の塔の剣の力を解き放ち、人間世界と魔影世界を融合しようとしたね? そこの吸血鬼と何を企んでるのか知らないけど、イヤなんだよね。そうゆうことされるの。だから……」

 獣王を見下ろす少女の眼鏡が、冷たく輝いた。


「ボクの手で消去しないと!」

「止めてみろマシーネ!」

 巨人の鉄腕がバルグルめがけて振り下ろされる。

 バルグルが斧を振る。

 蒼黒い炎を噴き上げた斧の刃先は、マシーネの乗った巨人の手首を切り飛ばし、拳を砕いた。その時だった。

 

「ぬうう!?」

 バルグルが戸惑いの声を上げた。

 彼が砕いたはずの拳の破片から、瞬時にして無数のシリンダーとチューブが飛びだして破片同士を結合して行く。

 互いに繋がり合い、変形を繰り返しながら、獣王の周囲を取り囲んだ拳の残骸が、次の瞬間、


「うおあ!」

 バルグルの身体に絡みつき、もとあった手首に再結合すると、獣王の身体を空中に掴み上げた。


「刃が通用しない!?」

「ボクを舐めるなよ獣王。このマシーネが直々に動かしてるんだぞお……」

 巨人の胸のあたりまでバルグルを持ち上げたマシーネが眼鏡を光らせニタリと笑うと、


(ぱいる)!」

 獣王を指さしてそう言い放った。次の瞬間、


「グアアアアア!」

 バルグルの絶叫が辺りを震わせた。

 獣王の纏った鱗鎧の一部が砕け散っていた。

 獣王の上体からは真っ赤な血が噴き上がっていた。

 獣王を掴んだ巨人の掌底から射出された図太い杭が、彼の上体を串刺しにしていたのだ!


「マシーネェ……!」

 血を吐きながら獣王が呻く。

 マシーネを睨み上げた捕われた彼の銀色の蓬髪がざわめき、その頭部に幾本もの銀色の刃が形成されてゆく。

 次の瞬間、ギッ! 獣王の刃が巨人に乗ったマシーネに向かって同時に発射されるた。

 バルグルの刃がマシーネの胸を貫く。レースに包まれた華奢な手を、足を、次々にもぎ取ってゆく。

 だが……


「ふん。無駄無駄無駄無駄……」

 黒衣の少女が倒れる様子はなかった。

 巨人の表皮のそこかしこを伝った銀色の液状金属が少女の身体に集うと、次々に欠損部分を満たして元の姿に修復してゆくのだ。


「やはり、あの身体はマヤカシか……どこかに本体が居るな……!」

 少女を見あげてバルグルが忌々しげに呻く。


「獣王バルグル。魔影世界に名の聞こえた獣の谷の王も、一匹になっちゃえばこの程度か……」

 マシーネが少し拍子抜けした様子でそう呟くと、


解体(でばすていと)!」

 獣王を指さし声を上げた。

 途端、バルグルを掴ん巨人の鉄腕の外殻が変形してゆく。

 腕の内部、現れたのは、その先端に丸鋸やチェーンソー、金槌や杭打機を備えた無数の副腕(サブアーム)だった。


「まずはキミを消去する。次はシュライエだ。次の接界の時に余計なことされたら困るし。それにほら、キミらが消えちゃえば僕の遊び場が増えるし……」

 唇の片端を歪めながら、真珠のような肌をした少女が嗤う。

 杭に貫かれて身動きの取れないバルグルに、おぞましい器具(・・)を備えた無数のサブアームが迫って来る。


「この子供はシュライエのものか? 囮に使えるかな……」

「あ……メイ!」

 崩れかけた集合住宅の一棟の窓から飛びだして、マシーネのもとに飛来したドローンに、私は思わず声を上げた。

 ドローンから伸びた何本もの銀色のアームに掴みとられているのは、白いおくるみに包まれたメイの姿だった。

 泣き声は聞こえない。眠らされているのだろうか?

 その時だった。


「リーリエ! 聞こえてるなリーリエ!」

「は……はいバルグル?」

 獣王の野太い声が、頭上から私の名を呼んだ。

 私はわけがわからず獣王を見上げる。


「このあたりに接界点の『綻び』があるはずだ。探せ!」

 接界点?

 自分の身に恐ろしい危機が迫っているというのに、バルグルは私にそう命じたのだ。

 私は周囲に感覚を広げる。影の世界から入って来る微細な魔気の流れを探る。


「あります。バルグル!」

 『綻び』はすぐ100メートルほど向こう。崩れかけた集合住宅の内部に在った。

 

「其処に向かえ! 『こっち側』から『あっち側』に逃げようとする奴を見張ってな。そいつがマシーネだ。逃がすなよリーリエ……」

「何を……言っているのです?」

 獣王が私を見下ろして獰猛に笑った。


「何を企んでるんだバルグル? ま、何をしたってもう遅いさ。僕の手の中でキミはもう……もう……!!!」

「あ!」

 勝ち誇ったマシーネの声が途切れた。

 私もまた上空の異変に驚きの声を上げた。

 ザワザワザワ……

 獣王の銀色の蓬髪が蠢いていた。蓬髪が波打ち伸び上がりながら、彼に迫った無数の巨人の副腕を絡め取り、締め上げているのだ。

 そして、蓬髪の動きは防御だけに止まらなかった。伸び上がった獣王の髪が、巨人の腕の装甲の隙間に侵入してゆく!


「何をしてる……何をしてる!」

「随分と隙の多いカラクリだなマシーネ。急ごしらえとは言え、ちょいと杜撰すぎねえか?」

 狼狽えるマシーネ。獣王はニヤリと笑う。

 既に獣王を掴みとっていた巨人の手は開け放たれていた。

 バルグル図太い杭を自分の胸から引き抜くと、自らの髪に繋がれた巨人の上腕に器用に飛び乗った、次の瞬間、


「左腕!」

 野太い声で獣王がそう言い放った。

 ギイイイイ……。獣王の髪に繋がれた無数の副腕、丸鋸やチェーンソーや金槌や杭打機が巨時の左腕に殺到し、部品単位まで切開し、叩き潰し、解体してゆく!

 ズズウ。数秒を経ずして、巨人の左腕が地上に落下した。


「腹!」

 巨人の右の拳が、自身の胴体を抉った。

 バランスを崩した巨人の身体が、大きく前後に揺れた。


「頭!」 

「やめろぉ! ボクの作品を!」

 間髪入れず、バルグルが次の解体先(・・・)を告げると、マシーネが狼狽の声を上げた。


「やめさせろ、吸血鬼!」

「え……!」

 マシーネが、ドローンの腕からメイの身体を引ったくると地上の私にそう叫んだ。


「こいつはシュライエの子供か? オマエにとっても大事なものだな!?」

「メイ……! メイ……!」

 マシーネがメイを指し私を向く。


「獣王に、今のメチャクチャをやめさせろ! そうすればお前とこの子供の命は助けてやる。でないと……」

「やめなさいマシーネ!」

 マシーネがメイの身体を、両手で自分の頭上に差し上げた。

 自分の人質に使おうというのだ。

 私は狼狽えて、巨人に乗ったマシーネに叫んだ。その時だった。


 ギンッ!

 軋んだ金属音のような鋭い音が、辺りの空気を震わせた。


「え……!」

 自身に起こった異変に、マシーネは気づいていないようだった。

 マシーネが振り上げたはずのメイの身体が、彼女の頭上から消えていた。

 いや、メイを掴んでいたはずの手も、下腕も、上腕も……

 マシーネの肩口からその先は、彼女のを突き破って出現した奇怪な黒い塊に、根こそぎ、もぎ取られていたのだ。


「メイ!」

 マシーネの両腕と一緒に地上に落ちてゆくメイを見て、私は悲鳴を上げた。

 だが、更におかしな事が起きた。

 キリキリキリキリ……。

 メイの身体を取り囲むように螺旋を描いて、空中に生じた無数の黒い氷片。空気が凍り付いてゆく。

 氷片がメイの身体を支え、メイをゆっくりと地上に向かって運んでゆく。


「んんま……」

 目を覚ましたのだろうか。

 メイの無邪気な笑い声が聞こえる。


「あれは魔氷!」

 私は息を飲んだ。

 マシーネの両腕をもぎ取ったのは、メイの身体を支えたのは、半透明の異様な冷気を放つ、黒い氷だった。

 辺りの気温が急速に下がって行った。地上に白い霜が降りてゆく。

 上空から、叩きつけるような強烈な魔気が迫って来た。


「シ……シ……シュライエ……!」

 襲撃者の正体に気付いたマシーネが、掠れた声を上げた。


「来たか……吹雪の女王!」

 巨人の右腕から蓬髪の縛めを解くと、獣王は凄絶に笑って空を仰いだ。


「メイ……メイ……」

 空の上から、優し気に、メイにそう語りかける者がいた。

 蒼白い光の被膜のような6対の翼が、夕闇を照らした。

 その四肢は優美な白銀色の鱗に覆われていた。

 胸から上の剥き出しになった肌は磨き上げられた氷の様な蒼白。

 逆巻く髪は燃え立つ蒼い炎。額には氷柱のような一本の角。

 

「獣王バルグル。傀儡師マシーネ。そして……吸血鬼リーリエ!」

 緑の瞳を輝かせながら、女は私たちを一瞥して冷たい声でそう呟いた。


 魔王シュライエの記憶を取り戻した、秋尽コダマの姿だった。


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