トロポサイトの影
「よう。久しいなリーリエ……」
「バルグル……!」
地上に降り立ち人形の一体を破壊したバルグルが、私を見てニカリと笑う。
「マシーネの兵隊どもか…」
獣王は再び銀色の人形たちの方を向くと、苦々しがにそう呻いた。
「バルグルよ。あの子供を……『秋尽メイ』を取り戻さねば……!」
「なるほど。あの子供がお前の言っていた『器』……!」
私は、人形の一帯の手の中で火がついたように泣き続けるメイを指差し獣王に訴えた。
人形たちの頭部が再び赤く瞬き出す。
糸のような光のポインターが幾筋も幾筋も、私とバルグルに照準を合わせる。
「リーリエ、まだ飛べるな?」
「え……?」
唐突にそう尋ねてくる獣王に、私は戸惑いの声を上げた。
「だったら……あいつをしっかり受け止めろ!」
「……あ!?」
腰を低く落とし、斧を肩に構えて渾身の溜めを作ってゆくバルグルの姿に、私は彼の言葉の意味を悟った。
ザザアアア……。私の全身が再び黒翅の蝶に転じた。
「ダアッ!」
次の瞬間、ドカン!
バルグルの右手から放たれた横薙ぎの斧の一撃が、人形たちの六ツ胴を同時に、一瞬にして砕き散らした。
人形の頭が、手が、足が、バラバラになって辺りに四散する。
「メイ!」
「んんま……」
蝶に変じた私は人形の手から空中に放り出されたメイの元に集う。
何百頭もの黒翅の蝶がメイの身体を受け止め、不思議そうに黒い瞳を見開くメイを空中で支えた。
「バルグル……。相変わらず荒っぽい!」
マシーネの兵隊を全て薙ぎ払い地上に立つバルグルの姿に、私が呆れてそう呟いた、その時だった。
パラパラパラパラ……。乾いた羽音が近づいて来た。
「あ……!」
一瞬の事だった。
四枚の羽を回転させながら私の上方を過ぎったのは、秋尽の館から私たちを追いかけて来た、あのドローンだろう。
ドローンがその機体の両側から、何本ものか細い銀色のアームを伸ばすと、メイの身体を掴みとり、私の元から奪い去っていった!
「メイ! メイ!」
必死に追いすがる私だったが、速度ではドローンに及ばない。
メイを奪ったドローンが、私よりも遥か上方に飛び去ってゆく。
「バルグルよ!」
「ん……あれは……!」
私は地上のバルグルに助けを求め、バルグルもまた異変に気付いて空を仰ぐ。
「下手うったな、リーリエ……!」
獣王が忌々しげに私にそう言うと、次の瞬間には、ザワザワザワ……。
バルグルの銀色の蓬髪が波打ち、ざわめく。
獣王の髪が、幾本もの銀色の刃に変じて行く。空中のドローンを撃ち落とすつもりなのか?
だが、次の瞬間、
「なんだ!?」
獣王が戸惑いの声を上げる。
ガシリ。ガシリ。先刻獣王が砕き散らした人形たちの手が、足が、幾本も幾本もバルグルに這いより、その足に絡みつく。
「ぐ……!」
身動きの取れないバルグル。
次の瞬間……ドガン。耳を劈く爆音とともに、獣王の身体が炎と黒煙に包まれた。
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「傀儡師マシーネ……! 相変わらずチマチマした喧嘩をする奴だ……」
「バルグルよ、御無事でしたか……」
地上は惨憺たるありさまだった。
人形たちの残骸が最後にバルグルに仕掛けた自爆によって、路面には大穴。首位のガードレールや街灯は無残に拉げて、辺りからは逃げ惑うヒトの悲鳴。
路面に穿たれた大穴から立ち上がったバルグルに、少女の姿に戻った私は恭しく一礼した。
「まずい……!」
バルグルに頭を下げながら、私は自分の失態に呻く。
人形たちの放った熱線で私の蝶の半分は焼き尽くされていた。
今の私に構成できるのは元のレイカの半分ほどのサイズの小さな少女にとどまっていた。
丁度、私があの『大天使の城』に置いて来た、私のストックと同じ姿しか。
この体では、コダマに含ませた私の血の効能を、保つことが出来ない。
「コダマさん……。キョウヤさん……」
私は空を仰いでポツリ呟く。
程なくして、コダマは私が奪い去った魔王シュライエの記憶を取り戻すだろう。
これでもう、秋尽の家の平穏な時間は終わりを遂げる。
「それにしてもこれは……!?」
私は地上に四散した人形たちの破片、マシーネの兵隊の残骸を見回しながら首を傾げる。
魔王マシーネ。魔影世界の自身の領地、絶えることなく変形と成長を続ける増殖都市の調整者。
他の魔王による牽制がなければ、影の世界の全てを覆ってしまいかねない、危険な『からくり街』の支配者が、なぜ今、人間世界に干渉してきたのか。
大接界からは既に一年が過ぎていた。世界に生じた綻びもごく僅かしか残っていないだろう。
魔影世界に潜む者が、人間世界でこれほどの力を振えるとは、一体いかなる理由があるのだろう。
「解せねえな。見ろリーリエ……」
バルグルも同じ思いなのか、銀色に輝いた人形の破片を見回し私にそう言った。
「こいつは『モルフォスの流銀』。魔影世界の『からくり街』だけで製造されるマシーネの身体の一部。言ってみりゃ奴の『精髄』だ。何故人間の機械に使われてる……?」
「まさか。人間世界の機械に、魔王の一部が……!?」
バルグルの言葉に、私は愕然として彼を見あげた。
「『流銀』を人間世界に持ち出し、模造している奴がいるな……! 人間が手を引いているのか!?」
バルグルは忌々しげに、何かをブツブツ呟いていたが、
「いずれにしても、奴に邪魔立てはさせねえ。追うぞリーリエ。子供を取り返す」
「わかりましたバルグル……」
獣王は空を仰いで私にそう告げた。私もまたそのつもりだった。
追跡の当てはついていた。
先ほどのドローンから、銀色の兵隊たちから漂い、そして街全体に微かに漂う、奇妙な魔気を感じた。
その魔気の源を辿れば……。
獣王の全身から青黒い炎が噴き上がった。
見る見る内に、バルグルの身体が銀色の鬣を靡かせた翼持つ獅子の姿に変じて行った。
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「見えてきたぞリーリエ。あそこだ!」
「あれが……!」
空を駆ける銀獅子の背中に掴りながら、私は眼下に迫って来る光景に驚きの声を上げた。
聖ヶ丘から程ない平野の一画。黒々とした蔦の葉に覆われた、幾棟もの崩れかけた集合住宅が見えた。
既に日は暮れかけていた。
地平の向こうに落ちかかった真っ赤な夕日が、集合住宅の間を割ってそそり立つ崩れかけた鉄塔と、通信用の巨大な二基のパラボラアンテナの異容を、その背後から真っ黒に染め上げていた。
今では廃棄され放置されている、ヒトの軍隊の跡地だった。
名前は確か、『御珠トロポサイト』。
街全体に微かに漂っていた魔気が一際その強さを増して行った。
「あそこに隠れてるのか!?」
私を獅子の背に乗せたバルグルが、鉄塔とパラボラアンテナの上空を旋回して、地上に降下しようとした、その時だった。
「ああ!」
少女に変じた私の全身を何かが貫いた。
痛み、混乱、不安、悲しみ、そして私ヘの……怒り!
私の身の内のコダマの血がさざめいていた。
私を貫いたのはコダマの叫びだった。
今、魔王シュライエとしての記憶を取り戻したのだ。
「くる!」
私は獣王の背から、来し方を向いた。
聖ヶ丘の一角、秋尽の館の方角から、凄まじい魔気の迸りを感じた。
魔王シュライエがその力を、その姿を取り戻したのだ。
メイ! メイ! メイ!
私の内のシュライエがメイを求める。
感じる。シュライエもまたバルグルと私を追って、この地に迫っていた。
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「なるほど、このでけえ機械で自分の魔気を拡散してるってことか……」
「ですが一体、誰がどうやって……? それにメイは……!」
地上に戻り獣の態を解いたバルグルが、二基のパラボラアンテナを見あげて呻いた。
私もまたバルグルの傍らに立ち首を傾げた。
夕闇の中、二基のアンテナはよく見れば薄っすらと紫色に輝いていた。
反射器の放射曲面を幾筋も、水銀のような流動する金属が伝い流れ、滴っていた。
私はしきりに辺りを見回すが、メイの姿は見えない。気配すら感じない。
「そうだよお。なかなか上手くできているだろ?」
不意に夕闇の中から、鼻にかかった眠そうな女の声が聞こえた。
「あん……!」
バルグルが斧を構える。
ヒタリ……ヒタリ……。
パラボラアンテナの表面を覆った流動状の金属が、アンテナの基部に滴り、集まって来た。
金属が寄り集まり、盛り上がり、やがて小さな人型の塊を形成すると……
「お前は……!」
「あなたが……!」
バルグルと私は同時に驚きの声を上げた。
アンテナの基部、朽ちかけた土台に腰かけて私たちを見下ろしているのは、小さな一人の少女だった。
華奢な全身が真っ黒な花柄のレース地にピッチリと覆われていた。
腰から膝上にかけてを放射状に覆っているのは、フリルで飾られたこれまた漆黒のスカート。
ショートボブに纏められた紫色の髪の上にチョコンと載っているのは、真っ赤な薔薇と黒い羽で飾られたミニハットだった。
あどけない貌。夕闇の中ぼんやりと白く輝いたその肌は、まるで真珠の表殻。目元を覆った分厚い眼鏡。視線の先は杳として知れない。
そして、そこだけはレース地に覆われることなく、剥き出しになった白銀の右腕は、無数の板バネと捩子で形成された機械仕掛けのようだった。
「あれが魔王マシーネ……!?」
「ああ。俺も直接やり合うのは初めてだ……」
地平に消えかけた夕日を背にして座った少女を見上げ、私はバルグルにそう問うが。
獣王は少女を見あげて唸った。
「マシーネ。人間世界の機械にてめえの『流銀』を仕込んでいるな? 何の為に……!?」
「ああ、あれかあバルグル……」
獣王の問いに、その少女……マシーネは気怠げな声でそう答えた。
「ボクの為にハルが色々と頑張ってくれたんだ。こっちの世界でね。おかげで随分助かったよ……」
「あん? 何を言ってやがる……!」
マシーネの答えに、納得いかない様子のバルグルだが、マシーネの方は気に留める様子も無い。
「丁度いい『綻び』を探すのには苦労したけど、いったん『こちら側』にアクセスさえ出来れば、容易い仕事だよ……」
私たちを見下ろすマシーネの分厚い眼鏡が、夕日の残光を受けてギラリと輝いた。
「キミたちを消去する仕事なんてね……」
マシーネの言葉と同時に、大地が揺れた。
ズズズズズ……。不気味な地響きを立てながら、夕闇の向こうから私とバルグルの方に、幾つもの巨大な影が近づいてきた。




