表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
破界の魔王と吸血少女  作者: めらめら
第10章 在りし日の歌
88/144

はじまる大接界

「シュン! メイちゃん!」

「姉ちゃん!」

 比良坂の輸送ヘリから発進し、シュンたちの戦う都庁屋上に着陸したカナタは、戦いの場を覆った異常な光景に戸惑いの声を上げるしかなかった。

 屋上に転がったシュンとルナの傍らに駆け寄り、二人を避難させようとするカナタ。

 だがその直後にメイを見舞った怪奇に、カナタもまたシュンと同様、驚愕に固まっていた。


 つい数秒前、魔進戦馬(マシンウォーホース)マツカゼの機上からカナタが認めた奇妙な少女の姿が彼女の脳裏にフラッシュバックする。

 庁舎の壁面から剥がれ落ちるように地上へと落下していったのは、カナタがラーメン屋で出会ったあの男、獣王バルグルだった。

 そして、壁面に垂直に立ってバルグルを見下ろしていた一人の少女。

 落ち行くバルグルから踵を返して、今は庁舎の屋上に立っっている緋衣の少女が、全身から緑の炎を噴き上げて痛ましい悲鳴を上げるメイを、その背後から、抱きすくめているのだ。


「あれが『夜白レイカ』……!」

 メイの祖母ユウコから何度も聞かされたその名。

 直接会ったことはなくとも、すぐにわかった。

 シュンとメイに何度も怪物をけしかけ、蛇の毒でシュンの顏に奇怪な創痕をのこした、その少女。

 際限なくメイから伸び上がる緑の蔓を見つめながら、恍惚とした表情で空を仰いでいる少女の正体が、吸血鬼『夜白レイカ』であることは!


「15年待った。あなたが(うつわ)として(かたち)を整えるのを。『大天使の剣』を一つ処に留め置くだけの魔器足り得るのを……!」

 屋上に降り立ったカナタを歯牙にもかけぬのか、レイカは炎に包まれたメイに、優しげにも聞こえる声でそう語り掛けた。


「メイちゃん。あなたの氷の力は、魔王シュライエがあなた自身に施した『結界』だったのよ。剣の力を封じ、あなたを偽り(ヒト)の姿にとどめておく為のね。でももう、その力も尽きた。あなた自らが魔王たちに放ったあの黒い氷柱に姿を変えて……! さあ、あなた本来の役割を果たしなさい!」

 レイカの指先がメイの髪を撫でる。

 そして次の瞬間、朱をさした様なレイカの濡れた唇が、メイの首筋に押し当てられていた。


「ヒグッ!」

 メイの唇から漏れ出る嗚咽。

 レイカの唇から伸びた真っ白な二本の犬歯が、メイの首筋に突き立てられる。

 レイカの牙が……メイの内に潜り込んでゆく!


「うあああああ!」

 絹を裂くようなメイの悲鳴。

 と同時に、ゴオオオオ……。

 メイの全身から噴き上がった緑色の炎が一際勢いを増した。

 炎はメイのブレザーを、スカートを、ブラウスを次々に燃やし尽くしていった。


 そして……


「う……! ああ!」

 炎の中から露わになったメイの肢体を目の当たりにして、シュンの口から驚愕の呻きが漏れた。

 メイのか細い手足は、微かな胸は、その全身は、黒曜石のように艶やかな闇黒へと変容していた。

 メイの首から上。彼女の貌だけは、かろうじてメイの人間としての姿と面影を残しているが、薔薇色だったその頬は、艶やかな白磁のようだったその肌は、メイの身体から噴き上がった炎を反射してチラチラと瞬いた微細な白い鱗粉のようなものに覆われている。

 メイの額。ショートレイヤーの黒髪の間から伸びているのは、灰色の繊毛を震わせたまるでカイコ蛾のような二本の触角だった。

 そして剥き出しになったメイの黒曜石のような背面から広がっているのは、これまた真っ黒な鱗粉のようなものに塗り込められて、キラキラと微細な輝きを放った巨大な……まるで二対の黒蝶の翅だった!


「黒の……妖精!?」

 メイの変貌を目の当たりにして、思わずカナタはそう呻いた。


「これが本当のあなた(・・・・・・)よ。メイちゃん……」

 メイの首筋から貌を離したレイカが、メイの耳元でそう囁く。


「魔王シュライエの身の内に封じられた魔剣の力を満たした器。コダマさんの貌と姿を写したにすぎない憐れな人形(ヒトガタ)。14年間だけヒトたることを許された、虚ろな魔造生命(ホムンクルス)。大接界の呼び水。それがあなた……!」

「ああ。そんな……そんな……」

 レイカの囁きに、メイは掠れた息吹を漏らした。

 それは絶望の声だった。

 黒珠のようなメイの瞳から絶え間なく流れだす、まるで甲虫の体液のような乳白色のメイの涙……。


「メイ! メイ!」

 動かぬ身体を鞭打つように絞り出すような声を上げ、シュンはようやくその場から立ち上がり、メイを向いた。


「いや……。いや……。見ないでシュン……!」

 自身の身体に起こった変容を認識しているのだろうか。メイもまた悲痛な声を上げてシュンから貌をそらした。


「あ!」

 メイを見上げるシュンの口から、更なる驚きの声。

 シュンから貌を背けたメイの見開かれた目、宙を泳いだその瞳の色。

 まるでエメラルドのような深みのある緑だったメイの瞳が、今は全てを吸い込むような漆黒へと変化しているのだ。


 ビュウウウウウウ……

 メイから伸び上がった蔓の勢いが止まらない。

 緑の燐光を瞬かせた蠢く薔薇の蔓が、ヘリポート全体に生え茂り、次いで都庁の上空全体を覆っていく。


「なにか……まずい! 退きななさいシュン!」

 戦いの場全体を覆ってゆく異常。シュンの姉カナタが、ルナの身体を庇いながらシュンにそう叫ぶも、


「だめだ姉ちゃん。メイを……メイを助けないと!」

 シュンは足を引きずりながら、メイとレイカのもとに歩き出す。


「剣よぉ!」

 黒剣の柄を握りシュンは叫んだ。

 キシキシキシ。剣の柄がきしんだ。形成される水晶の刃の輝きが弱々しかった。

 シュンの全身を覆っていた薔薇の蔓も、今ではシュンの左腕に僅かにその名残をのこすのみだった。

 魔王マガツからルナを救う際に力を使い果たしてしまったのか。

 剣の軋みは、まるでシュンの無謀な呼びかけに応じた悲鳴のように聞こえた。


 でも、それでも……!

 シュンは眦を決してメイを見据える。

 なんとしてもメイを、助けなければ!

 シュンの背中から薔薇の蔓が伸び上がる。緑の蔓の合間に青白い光の被膜が広がってゆく。


「来るのねシュンくん。でも……」

 クン。変貌したメイを抱きすくめながら、夜白レイカは人形のような貌をシュンに向けた。

 

「やああ!」

 残された力を振り絞り、シュンは剣を振り上げ光の翼を羽ばたかす。

 加速したシュンの身体が、レイカ向かって一直線。構えられた水晶刀が、そのままレイカに突き立てられるかに思えた。だがその時だ。

 ピタリ。白魚のような指先でシュンをさすレイカ。と同時に、


「うおわ!」

 シュンの悲鳴。

 ビュルン。レイカの指図と同時に、屋上で蠢いていたメイの蔓がシュンの身体に巻き付くと、一瞬にしてシュンを縛り上げたのだ。


「無駄よシュンくん。今のあなたでは……」

 シュンを捕えた蔓が、彼の身体をレイカのもとに引き寄せてゆく。


「思った通りだ。メイちゃんの肉体を介せば、私も剣の力に……大天使の力(・・・・・)に『干渉』できる!」

「レイカ……! レイカ……! 許さないぞ。メイを放せ!」

「シュン。もうやめて、逃げて……!」

 真っ赤な唇を歪めて喜悦の笑みを浮かべるレイカに、身動きの取れないシュンは怒りの声を上げる。

 蔓に包まれてこちらも身体の自由の利かないメイが、悲痛な声でシュンにそう呼びかけた。


「皮肉な運命ね。シュンくん……」

 夜白レイカは、動けぬシュンに貌を寄せて、しげしげと彼の顏を眺めた。


「あなたが、『刹那の灰刃』を……人の世の剣を取り、そして人もあろうにメイちゃんと(・・・・・・)惹かれ合っていたなんて……」

 そして、次に放たれたレイカの言葉は、シュンとメイの内にあった大切な何か(・・)に爪を立て、取り返しようのない傷をもたらしていた。

 

「シュンくん。魔王シュライエの子である……あなたが!」

「…………!」

 レイカの声が、どこか遠くから聞こえて来るように感じた。

 シュンの目の前が真っ赤に染まる。

 ガラガラと、何かが崩れていく音が聞こえる。


「……嘘だあああああああああああ!」

 シュンの怒号が、屋上全体に響き渡った。


「……嘘! 嘘! 嘘!」

 メイもまた、イヤイヤと首を振りながら、何度も何度もそう叫ぶ。


「まあ、無理からぬことかもしれない……」

 レイカはメイとシュンを交互に見回し、憐れむような貌で二人にそう言った。


「その精髄も成り立ちも異なれど、あなたたち二人は魔王シュライエの……コダマさんの身の内より同時に生じた者。ともに魔王の力を帯びし肉体。奇妙な姉弟といってもいい。互いに強い絆で惹かれ合っていたのも、何か、昏くて大きな運命だったのかも……?」

 淡々とした口調でレイカは続ける。


「いずれにしても……」

 レイカが再びシュンを向いた。


「あなたにはもう、その剣は必要ないでしょう。執行は既に成された。大接界が始まる。返してもらうわシュンくん。人の世の剣は……大天使の剣は私の手にこそふさわしい!」

 ザワザワザワ……。

 鈴を振るようなレイカの声と同時にシュンの身体に幾重にも巻き付いたメイの蔓が、シュンに食い込みシュンの右手の黒剣に巻き付いた。

 レイカの操るメイの蔓がシュンから剣をもぎ取り、同時にシュンの左腕に宿ったシュンの蔓を引き剥がしてゆく!


「ぐ……あああああああ!」

 全身を引き千切られる様な凄まじい苦痛に、シュンは再び絶叫した。


  #


「シュン!」

「シュンくん!」

 シュンの危機に、カナタとルナは同時に叫んだ。

 怪異は二人のすぐ足元にも及んでいた。

 ヘリポートのコンクリートを、メイから生じた蔓が浸食してゆく。

 蔓はカナタの乗って来たエアバイクに、次いでカナタとルナの足首まで巻き付き、絡め取ろうとしていた。


「いけない! あなたも乗って!」

 間髪入れずルナにそう叫んで、魔進戦馬(マシンウォーホース)マツカゼに飛び乗るカナタ。


「は……はい!」

 一糸も纏わぬ姿のルナもまた、カナタの呼びかけに応じてエアバイクの後部座席に飛び乗った。


  #


「メイ……! メイ……! 離してシーナさん!」

「駄目です……! 駄目ですわユウコさん! 危険すぎる!」

 非常口の入り口付近。メイを襲った異変に矢も楯も堪らず、メイの元に駆け出そうとするユウコを、燃え立つ紅髪を揺らしたシーナが必死に押しとどめていた。

 メイの蔓は二人の足元にも迫っていたのだ。


「メイくん……? シュン……? 一体、何がどうなってるんや!?」

 金色の瞳を不安げに見開いて、そう呻くシーナ。

 シーナの視線の先には、異様な魔体から止めどなく蔓を溢れさすメイ、レイカに捕えられたシュン。そしてシュンたちを救出すべく彼のもとに疾走するカナタのエアバイクの姿があった。


  #


「刹那の灰刃……。ようやくわが手に!」

 歓喜の声を上げる夜白レイカの右手には、メイの蔓でシュンから巻き取った黒刀の柄……刹那の灰刃が握られていた。


「ぐうううう……」

 レイカの足元には、ようやく蔓の縛めを解かれたシュンが苦悶の声を上げている。

 シュンの右腕に茂っていた彼の蔓は、いまや全て引きちぎられて、彼の周囲に四散していた。


「シューン!」

 エアバイクに乗ってカナタがシュンとレイカ、そしてメイの元に迫ってくる。


「シュン! つかまって!」

 後部座席のルナが、そう叫んでシュンに手伸ばした、その時だった。


 ドン!


 何かの爆発するような轟音と同時に、ビリビリと空気が震えた。


「おわあ!」

 カナタの悲鳴。

 エアバイクを、カナタとルナを、屋上に居る者すべての身体を凄まじい突風が叩いた。


  #


「あれは……!」

 屋上を見舞った更なる異変に、シーナは空を見上げて叫んだ。

 都庁上空。雲一つない空の一角に、異様な揺らぎが生じていた。

 屋上から伸び上がり、空一面に広がったメイの蔓。

 その蔓の合間から、闇が広がっていく。

 空に穿たれた闇の中から、流れ込んでくる凄まじい突風が、シーナとユウコの身体に叩きつけ、二人は身動きすることもかなわなかった。


  #


「二界の綻びが広がってゆく……。遂にはじまった……!」

 都庁舎上空から止まることなく拡がってゆく闇黒を……夜空(・・)を見あげて、夜白レイカが嗤った。


「あれは……間違いない。15年前と同じ……大接界!」

 時を同じく突風に耐えながら貌を上げ、夜空を仰いだ秋尽ユウコもまた驚愕の声。


「メイ……メイ……。俺はお前を救えなかったのか……! 俺の14年はお前を……!」

 屋上の一角に片膝を着いた怪人シュヴェルト……秋尽キョウヤも肩を震わせ無念の呻きを漏らす。


「メイくんとシュン……そして大接界……!」

 拡がる夜空とユウコの貌を交互に見回し、シーナはユウコに問いかける。


「教えてくださいユウコさん。14年前、本当は一体、何があったのか……!?」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ