表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
破界の魔王と吸血少女  作者: めらめら
第9章 曝かれる魔姫《メイ》
87/144

曝かれるメイ

「死ね!」

 グン。牙蜘蛛マガツの図太い脚が、シュンとルナにむかって振り下ろされた。

 

「逃げろルナ……」

「だめ! シュン!」

 力を使い果たし動けないシュン。

 咄嗟にシュンを庇うルナ。

 毛むくじゃらの脚先から伸びたマガツの黒く鋭い爪が、シュンとルナを刺し貫くかと思われた……だが、その時だ!

 

 ザクッ!

 シュンとルナの前に立ち、己が身体で牙蜘蛛の爪を受け止めた者がいた。


「お前は……!」

 忌々しげにマガツが呻く。


「バルグル……なんで!」

 自身とルナを庇った者の影を認めて、シュンもまた呻いた。

 立っていたのは、獣王バルグルだった。

 獣王の胸には、牙蜘蛛の黒い爪先が深々と突き立てられていた。

 シュンとの戦いで破損した黒銀色鱗鎧(スケイルメイル)は、今度こそ粉々に砕けて、ヘリポートに四散していた。


「言ったはずだシュン。戦士の生き死には勝負で決めると!」

 バルグルが、銀色の蓬髪を震わせてニヤリと笑った。

 獣王の灰色の瞳が、眼前の蜘蛛を不敵に睨み上げると、


「マガツ! まだ終わりじゃねえ!」

 蒼黒い炎を噴き上げたバルグルの右拳が、自身の胸で受け止めた牙蜘蛛の脚に炸裂した。


「グウアア!」

 蜘蛛に乗った老人が苦悶の声。

 ボッ! 牙蜘蛛の脚が倍以上に膨れ、次いで汚らしい灰色の体液を撒き散らしながら内側から破裂する。

 獣王の拳から叩き込まれた炎が、牙蜘蛛の前脚を、次いで剛毛に覆われた頭胸部の右半分を内側から燃やし、破壊してゆく!


「すげえ!」

 一瞬にして大蜘蛛の半身を破壊した縦横の業に、シュンは驚嘆の声を上げた。

 だが……


「くそ。力が足りねえ!」

 拳を放ったバルグルの顏には苦渋の表情が宿っていた。

 次の瞬間。

 

「許さんぞ獣王!」

 ズブリ。マガツの残った半身から生えた脚先が、獣王の胸に穿たれた創口を再び貫いていた。

 残った脚でどうにか体勢を立て直したマガツが、そのまま獣王の身体を空中に引きずり上げると、


「今度こそ死ね!」

 ズバッ! 次の瞬間、マガツの毛むくじゃらの脚先は、捕えたバルグルの身体をその創の内側から……引き千切っていた!

 獣王の逞しい肉体が、その胸部から引き裂かれ、下半身は真っ赤な血を噴き上げながらコンクリートにゴロリと転がり、胸部から上は剛毛に覆われたナガツの脚に無残にへばりついていた。

 

「バルグル!」

 シュンが悲鳴を上げる。

 ブン。牙蜘蛛が自身の脚先を大きく振り回した。

 バルグルの半身が蜘蛛の脚から剥がれると宙を舞い、そのままヘリポートから飛びだして屋上の外、地上250メートルの空中へと投げ捨てられたのだ。


「バルグル様!」「よくも!」

 黒犬たちもまた悲痛な叫びを上げる。

 ボッ! ボッ! ボッ!

 再び炎に変じた犬たちが、次々と牙蜘蛛に飛びかかっていくが、


「犬如きが思い上がるな! 貴様らの主の業で逝け!」

 槍を構えてマガツがニタリ。

 ボオオ……。次の瞬間、マガツの振った槍から噴き上がったのは蒼黒い炎、バルグルの斧や拳から放たれた炎と同様のものだった。


「うああああ!」

 犬たちの変じた真っ赤な炎が、槍から放たれた炎に、押し返され、吹き散らされてゆく。

 マガツが槍を振った後に、黒犬たちの姿は消えうせ、辺りには吹き散らされてた炎の黒煙の名残りが漂っているだけだった。


「い……犬たちまで……!」

 動けないシュンが、再び悲痛な呻きを漏らす。


「フハハハ! やった! あの忌々しい獣王をついに斃したぞ! 二界を治める超王となるのは、この魔王マガツだ!」

 勝ち誇った牙蜘蛛マガツの哄笑が、屋上一体を渡った。

 と同時に、ゾワゾワゾワ……獣王に破壊された脚部と頭胸部の創口が見る間に膨れ上がり、黒い剛毛に覆われ、もとの黒蜘蛛の巨体を復元して行く。


「あとは……お前だ。人間の分際で我が肉体を愚弄したな……」

 そしてマガツが、紫色の複眼をチカチカと瞬かせながら、再びゆっくりシュンとメイの方を向いた。


「シュン! あかん!」

「シュンくん!」

 非常口のシーナがシュンとルナのピンチに悲鳴を上げる。

 バルグルも、共闘を図った黒犬たちも今はもういない。

 助けにいこうにも、シュンとマガツまで、距離が開きすぎている。

 絶体絶命。

 だが、その時だった。


「なんだ……!」

 牙蜘蛛マガツの哄笑が止んだ。

 蜘蛛に乗った灰色の老人が、自身の周囲を訝し気に見回す。


「うっ!」

 ルナは唐突にシュンの身体に身を寄せた。

 一糸も纏わぬルナの身体が、春の陽光の降り注ぐ屋上で、今寒さ(・・)に震えていた。


「これは……この感じは……!」

 ルナを抱きしめたシュンもまた、事態の異変に気付いて絶望の声を漏らした。


 ヘリポート全体に、真っ白な霜が降りていた。

 辺りの気温が、急速に下がって行く。

 キシキシキシキシ……。何かが軋むような甲高い音が、シュンたちの頭上から聞こえて来た。


「これは!」

 異変の正体に気づいたマガツが、自身の頭上を仰いで驚愕の声を上げた。


 マガツの、いやシュンたちの頭上。

 都庁舎南塔上空の全体を覆って、無数の奇怪なオブジェが浮かんでいる。

 陽光を反射して冷たく輝いたソレはよく見れば自身の内からも、ボンヤリとした紫色の燐光を放っている。周囲を漂う冷たく白い湯気。

 空中に浮かんでいるのは、何十柱、いや何百柱にもなるだろう、巨大な黒い氷柱だった。


「メイ……やめろメイ!」

 シュンは苦渋の面持ちで、上空を覆うソレを作り上げた者の名を呼んだ。


「これはシュライエの魔氷……? ではアレが器……!」

 奇怪な氷柱の正体に思いが至ったのか、牙蜘蛛マガツもまた氷を作り上げた者。ヘリポートの一角に佇む少女を睨んだ。

 

 ショートレイヤーの髪を風に靡かせ、その指先はピタリとマガツの方を指している。

 緑の瞳を冷たく輝かせた。秋尽メイの姿だった。


  #


「シュン、メイちゃん……一体どうなっているの?」

 パラパラパラパラ……

 警視庁航空隊や各局の報道ヘリの飛び飼う都庁舎上空。

 ヒラサカインダストリーの輸送ヘリで現場上空に到着した如月カナタは、ヘリの丸窓から困惑の表情で南塔ヘリポートを見下ろしていた。

 突如現れた巨大な黒蜘蛛の怪物。南棟上空に出現した無数の黒い氷柱。動けないシュン。そして大蜘蛛を指差し、一歩一歩、怪物と距離を縮めてゆくメイの姿。


「シュンも、ユウコさんも、どうか無事で……」

「あの蜘蛛。あれがリートの言っていた『牙蜘蛛』か!」

 機内にはナユタとリュウガも居た。

 二人とも一様に、屋上で展開される光景に戸惑いの声を上げるしかなかった。


「シュンたちを助けないと! 母さん、ハッチを私も出る!」

「わかったカナタ、気をつけてね!」

 傷付いたシュンたちを救助するため、カナタが貨物室に格納されたエアバイク、魔進(マシン)ウォーホース・マツカゼに飛び乗った。

 ナユタも頷いて、ヘリの後部ハッチを展開する。


「いくよ!」

 ギュン。カナタの操縦するエアバイクが、都庁上空に飛びだした。


「待ってなよシュン。あたしだってあんたの力に……うん?」

 南塔むかってハンドルを切ったカナタは、視界の片隅に飛び込んだ違和感に声を漏らした。

 戦場の対面、都庁舎北塔の壁面の一角に、奇妙な影を認めたのだ。


  #


 ギシ……ギシ……ギシ……

 都庁舎北塔の壁面の一角。軋んだ音を立てながら、灰色の壁にへばり付いた奇妙な物体があった。


「ぐ……もう……限界か」

 銀色の蓬髪を震わせた男の半身が、苦し気な息を漏らしている。

 男の胸から下は、既に存在していなかった。

 引き裂かれた創口、というより断裂部から噴き出す血が滴り壁面の一角を赤黒く濡らしている。

 牙蜘蛛マガツに引き裂かれて北塔の壁面に叩きつけられた、獣王バルグルの半身だった。

 バルグルの蓬髪は輝く幾本もの刃に変じて壁に突き立てられていて、かろうじて獣王の半身をこの場に止めているようだったが、それももう限界らしかった。

 ピシン。ピシン。壁に食い込んだ男の刃が一本、二本とひび割れ、銀色の破片となって崩れてゆく。

 支えを失ったバルグルが地上に落下するのは時間の問題に思えた。その時だった。


「バルグル。獣王バルグルよ」

 鈴を振るような声が男の耳元でそう囁く。

 ハサハサハサ……微かな音をたてながら、無数の黒翅の蝶がバルグルの周囲を舞うと、次の瞬間。

 ザザア……蝶たちの中から現れた影。北塔の壁面に垂直に立ち獣王を見下ろしているのは、緋衣を纏った人形の様な貌の少女。

 夜白レイカの姿だった。


「ようリーリエ。やっぱり来てたのか……」

 バルグルはレイカを睨み上げて、凄絶に笑った。


「バルグルよ。無念はお察し致します。ですがもう執行まで時間がありません。あの狼藉者、魔王マガツを止めなければ……まずはお身体を恢復し倒れた子供の剣をその御手に」

「……牙蜘蛛の精髄を人間に仕込んだな? 連中とつるんでたってことか」

 いたましげな表情で自身にに話しかけるレイカの言葉を、獣王は遮った。

 灰色の瞳が、厳しくレイカを見据えていた。


「お許しくださいバルグル。魔氷が砕けてあなたが復活を果たすまで、あれ以上あなたの力を頼れなかったのです。子供から剣を取り戻すため、私が仕組んだ愚かな茶番でした。まさか魔王マガツがあのような方法で人間世界に現れるとは……」

「ふん。ものは言いようか……」

 少し狼狽えた様子で言葉を重ねるレイカにバルグルは鼻を鳴らした。


「獣王よ。事は一刻を争います」

 レイカは獣王の嘲笑に答えず、黒い瞳でまっすぐにバルグルを見据えた。レイカの貌に狼狽の色は既に無かった。

 少女は真っ白な手首を自身の口元に運び、朱をさした様な唇を押し当てた。

 プツン。レイカの牙が自分の手首を噛み裂く。腐った果実のような甘く濃厚な血の香が辺りを包んだ。


「お飲みなさいバルグル」

 真っ赤な血の滴る自身の手首を、レイカは獣王に差し出した。


「私の血は魔を奮わせ肉を昂ぶらす。完全とはいかずとも、失われたその御身体を回復させるでしょう。剣を取り、マガツを斃し、大接界に備えなさい。お妃さま……キルシエ様をお救いするためにも、二界を治める超王として……」

「言ったはずだリーリエ」

 獣王が再びレイカの言葉を遮った。


「お前さんのやり方は……気に入らねえ(・・・・・・)

 バルグルがレイカにそう言い放った次の瞬間、ピシン。

 バルグルを壁面に繋ぎ止めていた銀色の刃が砕け散った。

 

 ビュウウ。

 風の捲く音と共に、獣王の身体はビルの谷間へと吸い込まれていった。


「バルグル!」

 レイカが叫んだ。

 落下するバルグルを見据えるレイカの貌が、やるせなさに歪んでいた。


「くっ! 愚かな!」

 レイカは長い黒髪を苛立たしげにかき上げると、落ち行く獣王から踵を返して南塔の屋上を仰ぐ。


「執行までもう間もない。やはりこの私が、いまの身体(・・・・・)でやるしかない……!」


 #


 南塔上空の全域を黒い氷柱で覆ったメイが、緑の瞳を輝かせて魔王マガツに詰め寄っていくのと同じ頃、ヘリポートの一角の景色がグニャリと歪んだ。


「メイ!」

 揺らいだ景色の向こうからその場に立ち現われたのは、真っ黒な鎖帷子(チェインメイル)で全身を覆った飛蝗の顏をした奇怪な男。

 右手には一振りの日本刀。腰に下げているのはシーナの『乱魔の鞭』。シーナの縛めを解いて『狭間の城』からこの場に現れた、怪盗シュヴェルトの姿だった。


「『刹那の灰刃』……『刹那の灰刃』……! アレさえ取り戻せば、まだ間に合う。まだメイを……!」

 体の自由が利かないのだろうか。シュヴェルトは足を引きずりながら焦燥した様子で、辺りを見回す。

 その時だ。


「砕けろ!」

 牙蜘蛛マガツを指差して、メイの凛然とした一声が屋上に響いた。

 ガキン。マガツの頭上の巨大な氷柱が、黒蜘蛛の身体めがけて矢継ぎ早に落下してゆく。

 

「ぬうあ!」

 牙蜘蛛マガツが裂帛の奇声とともに槍を振る。

 蒼黒い獣王の炎を噴き上げた『フリーゲの槍』、降り注ぐ氷柱を次々に刺し貫き、砕いてゆく。

 だが氷柱の量は圧倒的だった。マガツの槍の捌ききれない氷柱が、黒い槍と化して次々に牙蜘蛛の巨体を貫いてゆく。


「ガアアア!」

 灰色の体液を撒き散らしながら、マガツは怒りの声を上げた。

 

「やめろ、やめろメイ。それ以上その力を使っては……」

 シュヴェルトが切羽詰まった声でメイの名を呼び、彼女の方に鈍い歩みを進めて行くが……。


「無駄なことよ、なにもかも……」

 シュヴェルトの耳元で、背後から何者かがそう囁いた。


「お前は!」

 愕然としてシュヴェルトが振り向けば、立っていたのは緋衣の少女。

 風に靡いた長い黒髪。人形のような貌。夜白レイカの姿だった。


「レイカ……!」

 くぐもった声でシュヴェルトが呻く。

 男の震える手は、日本刀の柄に添えられていた。


「この14年間。随分と勉強したのね?」

 レイカはシュヴェルトの顏をシゲシゲと眺めながらそう呟いた。

 だが人形のようなその貌に浮かんでいるのは、どこか悲し気な……憐れみの色だった。


「あなたがこの世界に書物を学べば、二界の成り立ちや『人の世の剣』の秘密くらいは知り得るだろう。私もそう思っていた……」

 淡々とレイカは続けた。


「でもまさか、魔影世界の宝具を手に入れるため、自分の魂を『あちら側』の魔造生命(ホムンクルス)に転移させるなんて……! 一体誰が手引きをしたのかしら? 魔術師クロウリーの業を修めたのね。本当に凄いわ、怪盗シュヴェルト。いえ……」

 レイカが再び、まっすぐにシュヴェルトを見据えた。


「秋尽キョウヤさん……」

 シュヴェルトに向けて放たれたレイカの言葉は、秋尽メイの父の名だった。


「その通りだ夜白レイカ。それもこれも全てメイのため。接界と同時に動き出すであろうお前からメイを守るためだった。大天使、いや……」

 シュヴェルトが、レイカに向って銀色に輝く日本刀……鬼哭月を抜き放った。


堕天使(・・・)リーリエ!」

 シュヴェルトの、キョウヤの刀の一閃がレイカの喉元に吸い込まれる、と思われた次の瞬間、

 ザザザアアアア……! 黒い影に変じたレイカの身体が、一瞬にして何百頭もの黒翅の蝶になって宙に舞った。


「フフ。そんなことまで知っているなんて。でももう、何をしても無駄な事よ。あなたが魔工生命(ホムンクルス)にメイちゃんの命運を賭けていたなんて、なんとも皮肉な気がするけれど……」

 蝶の群れから響いて来る、鈴を振るようなレイカの声。


「何を……言っている!」

 空を舞う蝶たちを仰いだキョウヤの声が、恐怖に震えていた。


「メイちゃんがコダマさんから受け継いだのは、コダマさんの『魔王』の力と彼女の内に在った『裂花の晶剣』の力。だから『刹那の灰刃』の力を使ってメイちゃんから晶剣の力を引き剥がせば、あの子を只の人間に変えることが出来る……救うことが出来る。そう考えているのね……?」

「ぐっ……!」

 レイカの声に、キョウヤは立ち尽くしたまま答えることが出来なかった。


「でもそれは違うのよ。悲しい事だけれど、すぐにわかるわ……」

 四散する蝶とともに、レイカの声がキョウヤから遠ざかって行った。


  #


「砕けろ! 潰れろ! 裂けろ! 千切れろ!」

 マガツを指さし、秋尽メイの号令は止まない。

 ドン。ドン。ドン。

 メイの一声のその度に、空中に生じた黒氷がマガツの身体に命中する。

 大蜘蛛の身体はその度に貫かれ、引き裂かれ、内側からねじ切られて周囲に灰色の体液がまき散らされてゆくが、マガツの方も怯む様子はなかった。


「なるほど、これが器の力……まさにシュライエの魔氷そのものだな。だが……!」

 魔氷に破壊されるはしから、マガツの傷は塞がれ、欠損部は膨れ上がって再生し、もとの大蜘蛛の姿に復元されてゆくのだ。


「兵士たちよ!」

 ヘリポートを見回し、今度はマガツが号令をかけた。

 途端、ムクムクムク……

 コンクリートにまき散らされたマガツの体液から、引きちぎられた脚や爪先の破片が膨れ上がると、仔牛ほどもある何十匹もの蜘蛛たちの姿を形成する。


「小娘が! 我が牙蜘蛛一族の力、お前の氷如きで止められるか!」

「ふぅうぅぅううう!」

 蜘蛛の軍団がメイに迫って来る。蜘蛛たちの背後からメイを挑発するマガツ。

 メイの貌が怒りに歪んだ。


「やらせない……! シュンは誰にも傷つけさせない。シュンは私のモノ……この私だけのモノ……!」

 メイは小さくそう呟くと、ヘリポートに転がるシュンを向いた。

 シュンを見るメイの貌。その頬は薔薇色に上気して、桜の花弁のようだった薄桃色の唇が朱に染まり妖しく濡れている。

 シュンを見据える緑色の瞳が散大し、恍惚の光を湛えていた。


「やめろメイ……もういい、やめてくれ……!」

 まるで自分に酔い痴れるように一方的な破壊を繰り返すメイに、祈るような気持ちでシュンが呻いた。


「おやめなさいメイ……メイ!」

 非常口の傍に立ったユウコもまたメイの只ならぬ様子に恐怖の表情を浮かべていた。


  #


「待っててシュン。今、終わらせるから……」

 メイを取り囲む何十匹もの黒蜘蛛を見回し、メイは自身の唇をペロリと舐めた。


「みんな……いなくなれ!」

 悲鳴のようなメイの一声。

 マガツの頭上と蜘蛛たちの上空に、これまでよりも更に数倍の大きさの巨大な氷塊が出現した。

 グシャ。牙蜘蛛マガツの肉体を、二倍以上の量をした氷塊が押しつぶす。


「やった……! のか?」

 ユウコの傍らで戦いの行方を見つめていたシーナが、戦慄しながらもメイの勝利を確信した、だが、その時だった。


  #


「なに? これ……?」

 シュンが気がつけば、メイは茫然とした表情で自身の両手を眺めていた。


「メイ、どうしたんだよ?」

 メイの只ならぬ様子に、シュンは声を振り絞ってそう呼びかける。

 けれどもメイは答えない。

 次の瞬間。

 キン……キン……キン……キン……

 甲高い金属音の様な音とともに、メイが上空に作り出した黒い氷が、次々に砕けて行く。

 氷が、ボンヤリ光った黒い雪になって屋上に降り注ぐ。


「うそ、どうなってるの……私の力が……」

 戸惑いの声を上げるメイ。そして、


「ずっと、この時を待っていた……」

 ハサハサハサ……。

 降りしきる黒い雪の合間を縫うように、何百頭もの黒翅の蝶が、メイの周囲に集ってきた。


「魔王シュライエがあなたに注いだ封印の力を、あなた自らが使い果たし打ち捨てるのを……。あなたが『器』本来の姿に立ち返る時を……!」「ヒグッ!」

 鈴を振るようなレイカの声。

 引き攣るようなメイの嗚咽。

 いつの間にかメイの背後に集い彼女の肩を抱いているのは、黒蝶から少女の姿に転じたレイカだった。

 メイにどのような変化が起こったのだろうか。

 自分を抱きすくめるレイカに抗えず、その場から一歩も動けないメイ。

 そして、ボオオオオオオオ……

 更なる怪異が起きた。

 メイの足先を、太腿を、ブレザーを、ブラウスを、メイ自身の身体から噴き上がった奇怪な緑の炎が舐めてゆく。


「真実を教えてあげるメイちゃん。あなたは魔王の子などではない。キョウヤさんの子でも、いえ、人ですら、魔物ですらない。あなたの身体は私のモノ。魔王シュライエに封じられた『裂花の晶剣』。シュライエからその力を取り戻すために、彼女の内に注いだ私自身の『精髄』が造り上げた……『魔造生命(ホムンクルス)』に過ぎないのだから!」

 メイの髪を優しく撫でながら、レイカはメイの耳元でそう囁いた。

 朱をさしたようなレイカの唇が、メイの首筋へと近づいてゆく。


「メイ、メイ! うそだろメイ!」

 レイカの言葉に、シュンは首を振り耳を塞ぐ。


「いやあ!」

 次の瞬間、メイの悲鳴と同時に、

 ビュウウウウウウウウウ…………

 メイの身体から湧き上がった幾筋もの薔薇の蔓が、緑色の光の奔流を噴き上げながら、蠢き、伸び上がり空一面を覆っていった。

 

「始まる……『大接界』が……!」

 メイの身体から伸びる蔓を白魚のような指で愛しげに撫でながら、夜白レイカは恍惚の表情でそう呟いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ