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破界の魔王と吸血少女  作者: めらめら
第9章 曝かれる魔姫《メイ》
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魔翁顕現

「何してやがるシュン! このまま死ぬつもりか!」

「……バルグル!?」

 獣王が自身の腕で薙ぎ払ったシュンを向き、忌々しげにそう叫んだ。

 顏を上げてバルグルに答えようとするシュンだったが、身体が痺れて、もう喋ることもままならない。


「チッ」

 獣王は舌打ちをして、空中のルナを向いた。


「失せな女。シュンと何があったか知れねえが、戦士の勝負にあやつける気なら、まずは俺が相手だ!」

「く……ならば、おまえからコロス……!」

 銀色の蓬髪を震わせて、獣王はルナを見あげて猛然とそう言い放った。

 ルナもまた怒りに貌を歪めてバルグルを睨み下ろす。


「魔を注がれた人間……しかも牙蜘蛛! リーリエ、一体どういうことだ……」

 ルナの赤い眼を見て、バルグルは苦虫を噛み潰したような顏でそう呟く。


「バルグル……やめろ……ルナには……」

 倒れたシュンが必死で獣王にそう呼びかけようともがくが、その声はもうバルグルには届かなかった。


 シュ……シュ……シュ……

 ルナの指先から放たれたルナの糸が空中で寄り合わさると、獣王目がけて一斉に襲いかかって来た。


  #


「まったく獣王よ。承知の上ではいましたが、肩入れをした相手にはつくづく甘い……」

 ヘリポートと対面した都庁舎北塔。

 風に舞いながら屋上に集ってきた何百頭もの黒翅の蝶が、黒い影のようなモノを形成すると、一瞬にして緋衣を纏った少女の人影へと変じた。

 長い黒髪、雪の様な肌、人形の様な貌。

 北塔に降り立ったのは、夜白レイカだった。

 呆れ貌で南塔を向いたレイカ。

 黒珠のような彼女の瞳の視線の先には、空中で糸を繰るルナと、銀色の蓬髪を幾本もの刃に変じさせて相対するバルグルの姿があった。


「ですがまあ、いいでしょう。如月シュン、牙蜘蛛の毒をあれだけのくらえば、今しばらくは動けまい。あの子(・・・)たちが来る前に、剣を取り戻して(・・・・・)おけば……」

 レイカはブツブツとそう呟きながら、屋上の縁へと歩みを進めた、だがその時だった。


 ザワワ! 突如レイカの長い黒髪が、大きく波打ち逆巻いた。


「なんだ……この感じは何か、おかしい!」

 黒珠のような瞳が、驚愕に見開かれる。


「まさか……『あの者』が此処に……!」

 人形のように整った貌を忌々しげに歪めると、夜白レイカは再び庁舎の南塔を睨んだ。


  #


 ……ユラン。

 都庁南塔。唐突にヘリポート数メートル上の景色の一角がグニャリと歪んだ。

 次の瞬間、


「うおわぁ」

「きゃー!」

 揺らいだ景色の向こうから、悲鳴を上げて転がり出てくる二人の少女。

 シーナとメイが、ヘリポートに落下して、尻もちをついた。


「あ()つつ……ここは?」

「明るい……昼間……戻って来たんだ!」

 立ち上がったシーナとメイは、辺りを見回しながらようやく今此処がどこなのかを把握した。

 『ものみの鏡』をくぐって、シュンたちの元に戻って来たのだ。


「あ……シュン!」

「シュン、それにユウコさん……!」

 コンクリートの上に転がり、苦し気に呻くシュンを見つけて、メイが悲鳴を上げた。

 シーナもまたシュンと、黒犬の炎に囲まれたユウコの姿を見て驚きの声。


「メイ……シーナさん……。帰って来た!」

 突如あらわれた二人の姿に、ユウコは戸惑いと喜びの交じったような涙声。


「シュン! シュン! 大丈夫!?」

 倒れたシュンニ駆け寄って、メイはシュンの半身を抱き上げる。


「ううあ……メイ……」

 シュンは目を見開いた。


「だめだ、逃げろメイ……ここから……離れろ」

「シュン、どうしてこんな……!」

 かろうじて声と判別できるか細い呻き声でメイにそう訴えるシュンを、メイは涙を流して抱きしめた。

 そして……


「あいつらが、シュンを……!」

 貌を上げたメイの冷たく輝いた緑の瞳に映るのは、獣王バルグル。そして獣王相手に一歩も引かない小柄な少女の姿、ルナだった。


「死ネ! 死ネ! 死ネ!」

 怨嗟の塊のようなルナの声とともに、彼女の爪先から無尽蔵にも思える大量の糸が噴き出す。

 空中で寄り合わさった糸が、無数の蠢く白蛇のように獣王の全身に絡みつこうとするが、


「ふん!」

 獅子の鬣のような獣王の銀色の蓬髪がザワザワと波打ち逆巻くと、空中の自らに放たれた糸を逆に絡みとり、ねじ切ってゆく。

 ブチュン! 間髪入れずルナの左右の掌底から放たれたのはドロリと白濁したバレーボール大程もある粘塊だった

 粘つく塊は、おそらくルナの放った糸の原料なのだろう。

 次々と獣王の手足の命中すると、獣王の動きを封じ、シュウシュウと白い煙を立てながら彼の肉体を溶かし始めた!

 だが、ボオオオオ……

 次の瞬間、獣王の全身から噴き上がった蒼黒い炎。シュンと戦った時には自らの斧に込めていた炎が、ルナの放った粘塊を、見る間に溶かし、蒸発させてゆく。


「く!」

 業を煮やしたルナが、再び自身の掌底をバルグルに、向けた。

 ビュ! 真っ白な掌底から伸びた棘。シュンの胸を刺し貫いた、黒液を滴らせた鋭い棘が、目にも止まらぬ速さで獣王に伸びてゆく。

 だが……!


「ううああ!」

 次の瞬間、ルナは苦悶の声を上げていた。

 ルナの手から伸びた死の棘は、獣王の両の手にガシリと握り取られていた。


「すげえな。魔影世界でも最も始末が悪い蜘蛛どもの業を……人間が、使いこなしている?」

 獣王は心底驚いた様子で、ルナの放った棘と、苦痛に歪んだ彼女の貌を交互に眺めた。


「並の魔物や人間じゃあ、とても敵わねえだろうな。だが俺は……魔王(・・)バルグル……!」

 獣王が凄味のある顏でニタリと笑うと、棘を掴み、ルナを自分の元まで引きずり寄せて行く!

 ゴオオオオ……獣王の全身から再び激しく蒼黒い炎が上がった。


「ぐっ! やめろ……イヤだ!」

 ルナは身悶えしながら獣王から離れようとするが、力ではバルグルに遥かに及ばない。


「バルグル……! やめろ、やめてくれ!」

 メイの腕の中で、ルナの声が聞こえたのか、シュンは譫言の様に力なく声を漏らす。


「観念しな女。リーリエに何を言い含められたか知らねえが、どっちにしろお前さんは一線を越えた。もう人間としては生きられねえ。せめて俺が……此処で終わらせてやる……!」

 一瞬、バルグルの瞳にやるせない悲痛な影が落ちたが、次の瞬間には、ギシギシギシ……

 獣王の銀色の蓬髪が再び幾本もの鋭い刃になって、ルナの喉もとに突き付けられる。


「そんな……イヤダ、母さん……コウ!」

 ルナの真っ赤な瞳が恐怖に見開かれ、血の気のない頬を血の色の涙が伝った。

 だが……その時だ!


「なんだ……!」

 獣王は訝しげに、小さくそう呟いた。」


  #


「感じる……牙蜘蛛の精髄のざわめきを。呼応している……まさか、まさか!」

 北塔の屋上から戦いの行方をうかがうレイカが、自身の胸を押えながら、驚愕の表情で黒珠の瞳を見開く。


そんなこと(・・・・・)が出来るのか!?」

 朱をさした様なレイカの唇から、軋んだような呻きが漏れた。


  #


 ズブリ……


「なんだ……これは?」

 南塔屋上、今まさに自身の刃でルナを屠り去ろうとしていたバルグルが、驚愕の呻きを漏らした。

 獣王の胸部。シュンとヤギョウとの戦いで砕けた鎧に合間に、何かが突き立てられていた。

 それは、節くれだち何本もの醜い棘が不規則に飛び出した灰色の柄の先に在る、艶やかに光った黒曜石のような槍の穂先だった。


「グ……ガ……」

 自身の胸に突き刺さった槍の穂を、獣王は信じられないといった形相で眺めた。

 槍は獣王が取り押さえたルナの胸の内から飛び出していた。


「なに……これ……!?」

 ルナもまた呆然とした表情で、自身の胸から飛びだした奇怪な槍を見つめる。

 槍の勢いは尚も止まらない。鎧の合間、獣王の分厚い胸板の内部に、ズブズブとその穂先が潜り込んでゆく!


「ガアアアウ!」

 獣王が苦悶に吼えた。

 その口からは真っ赤な血が滴った。

 ズブリ。堪らず両の手で胸から穂先を引き抜くと、獣王はルナを放して彼女から距離を取る。


「これはまさか……『フリーゲの槍』!?」

 槍の姿を検めて再び驚きの声を上げるバルグル。


「え、あ、あ……!」

 と同時に、ルナの方に引き寄せられた槍に穂がルナの上半身のブレザーを、ゆっくり上下に引き裂いた。

 ハラリ。裂かれたブレザーの内から、露わになったルナの白い裸身。


「そうだ獣王よ。覚えがあるだろう……? お前の妃を屠った刃と……同じモノよ!」

 ルナから飛びだした槍、いやルナの胸の内から聞こえて来る、しわがれた声が、バルグルにそう語り掛けた。

 

「きさまは……やはり……生きていて……!」

 貫かれた胸を庇いながら、獣王が憤怒の呻きを漏らす。


「なに、なんなの、いや、いやぁ!」

 辺りの空気を切り裂く様なルナの絶叫。

 剥き出しになったルナの半身が、脛が、太ももが、腰が、みるみる真っ黒な剛毛に覆われて、もとの大きさの何倍にも膨れ上がってゆく!

 数秒を経ずしていまや獣王の体躯のさらに数倍にも膨れ上がった黒い塊から飛びだす、毛むくじゃらの八本の脚、鋭い爪、チカチカと紫色に光った複眼。体長十メートルはありそうな巨大な黒蜘蛛の姿。

 そしてその黒蜘蛛の頭部に座して獣王を睥睨しているのは、朽葉色のローブをまとい、右手にさっきの槍を携えた、灰色の奇怪な老人だった!

 

「グアアアウ! 許さんぞ、許さんぞ牙蜘蛛マガツ!」

 抉られた胸から鮮血を噴き上げながら、なおも獣王は蜘蛛を睨み上げ咆哮を上げた。


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