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破界の魔王と吸血少女  作者: めらめら
第9章 曝かれる魔姫《メイ》
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憎しみの空

「な、何をしているお前たち……!」

 鏡張りの大広間。『狭間の城』の内部だった。

 凍れる彫像となったメイの前に立つシーナとコチョウの背後から、くぐもった声でそう叫ぶ者がいた。


「あ、お前は……」

 振り向いたシーナは金色の目を瞠った。

 そこに立っていたのは怪盗シュヴェルト。

 シーナと共に狭間の城に移動してからこの方、まるで死んだように動くことの無かった飛蝗の顏をした奇怪な男が、今ようやく目を覚ましたのだろうか。


「やめろ……メイから離れろ!」

 シュヴェルトがフラついた足取りで、シーナとコチョウの方に迫って来た。


「動くなシュヴェルト! メララちゃん!」

 シーナが厳しい貌でシュヴェルトを睨みながら、彼に向って銀色の錫杖を構えた途端、


「いくっす! 姐さん!」

 シュヴェルトの上半身と両腕を緊縛した鞭から、そう少女の声が響くと、ゴオオ!

 鞭のトングから真っ赤な炎が噴き上がり、シュヴェルトの全身を包んだ。


「グウウア!」

 苦し気な声を上げるシュヴェルト。彼を包んだ黒衣が燃え上がり、焼け落ちてゆく。

 黒衣の下から現れたのは、全身を覆ったこれまた真っ黒な鎖帷子。シュヴェルトは再びガクリと床に膝をついた。


「無駄な抵抗はやめや! お前の武器は全部あずかっとる。おとなしく、メイくんの身体を返すんや! それとコチョウちゃん……」

 シュヴェルトに油断なく錫杖を向けながら、シーナが彼を牽制する。

 そしてシーナは彼女の背後で戸惑い気味に目をパチパチさせたコチョウに呼びかけた。


「お願いがあるんや。その『針』使うて、そこのメイくんを元に戻して欲しいんや! メイくんとウチは、此処から出なあかんのや!」

「え、この方をですか? でもコレはシュヴェルト様の……」

「メイくんは……あの男のモンなんかやない、ウチらのダチや!」

 シーナから『時の羅針』を受け取って困り貌のコチョウに、シーナは力強くそう呼びかける。


「コチョウちゃん……。約束するわ。無事にこの城出ることできたらな、コチョウちゃんの『ご主人様』の事も、調べて探してみるわ。もしかしたら、なんや手掛かりが見つかるかもしれんしな。だから頼むわ。ウチらはどうしても、人間世界に戻らなあかんのや!」

「もう……仕方ありませんわね」

 有無を言わさぬ様子のシーナの迫力に、コチョウもそう答えながら、


「シーナ様、少し離れていてください」

 『時の羅針』をメイに向けながら、シーナを脇に押しやると、


「えーい!」

 動かぬメイに向けて、甲高い声を上げながら思い切り針を振った。


 次の瞬間……!


「……ダケロ!」

 広間に冷たい一声が響き渡った。

 ギシイイ……!

 軋んだ音と共に、一瞬にして広間の床一面に白い霜が降りた。周囲の気温が急激に下がってゆく。

 と同時に、


「きゃああ!」

 か細い悲鳴と共に、コチョウの身体が、その場からふっ飛ばされる。


「コチョウちゃん! ……メイくん!」

 一瞬何が起きたのか理解できず、シーナはコチョウの方を向き、次いで驚愕の形相でコチョウをはじき飛ばした者の名を呼んだ。


「ふぅううぅうううぅ……!」

 緑の瞳を冷たく輝かせながら、秋尽メイが荒い息をしていた。

 白魚のようなメイの指先が、ピタリとコチョウの飛んだ方角を指していた。

 あの夕べ、あの林の中。怪盗シュヴェルトの術で時を凍らせられる直前にメイが放とうとした魔王の氷が、たった今、解除者であるコチョウの小さな体に炸裂したのだ。


「メイくん! やめや!」

「あれ……? シーナちゃん、私……?」

 慌てたシーナがメイに立ちはだかる。

 メイは、呆然とした貌でシーナの方を向いた。

 黒犬を封じ、リートを傷つけた謎の男を止めるため、メイは自身の力を解放した……はずなのだが?


「此処は……一体?」

「メイくん、やった! 元に戻った……! でも……!」

 メイの無事を確かめたシーナは、狼狽の貌で吹き飛ばされたコチョウの方に駆け寄った。

 メイの表情、そしてあの指先から予測しておくべきだったのだ。

 凍った時を解除した者に襲いかかるであろう、恐ろしい魔王の力の一撃を!


「あらまあ、これは困りましたわぁ……」

 コチョウは、まるで他人事のように気の抜けた声を上げていたが、


「コチョウちゃん……!」

 近寄ってコチョウの姿を検めたシーナは、悲痛な呻きを上げた。

 コチョウの真っ黒なエプロンドレスは、異様な冷気を放つ黒い氷で引き裂かれていた。

 いや、ドレスだけではなかった。

 彼女の上半身と下半身は自身の体の内側から生じたメイの魔氷で、二つに引き裂かれ、床から生じた氷の柱に半分取り込まれたまま……。

 まるで柱に掘られた痛ましい彫像のように、その場に縛り付けられていた。


「わああ! ゴメンなコチョウちゃん! ウチがアホやった!」

「うそ……! 私が、この子に……!」

 泣きながらコチョウにそう詫びるシーナ。

 シーナの元に駆け寄ったメイも、愕然として自身の力に引き裂かれた少女を眺める。


「てへへ……。不用心不用心……時々やらかしてしまうのですぅ。それよりシーナ様。ほらあれ……」

 黒い氷の柱に食い込んだコチョウの上半身が恥ずかしそうに自分の頭をかくと、まだ残っている右手の指先で広間の一角を差した。


「え……? あ、あれは!」

 コチョウの指さす方を見て、シーナは驚きの声を上げた。

 コチョウがさしたのは、広間の壁一面を覆った『ものみの鏡』だった。

 それまで、見たことも無いような城や山々や海原を映していたその鏡に、シーナとメイにも見慣れた光景が映るようになっていたのだ。


「えーと、シュヴェルト様とシーナ様の入って来た座標と……人間世界の位置を紐付けますとぉ……この辺でしょうかぁ?」

 右手に持ったままの『時の羅針』をポチポチいじるコチョウの声と同時に、鏡に展開されていくのは、御珠市の雑木林、シュンたちの学校、御珠駅ターミナルビル……。


「人間世界! つながっとるんか!」

 シーナは驚愕の表情で半分になったコチョウを向いた。


「はいシーナ様。あの鏡を通れば、人間世界に帰ることも……」

「ありがとな、コチョウちゃん! コチョウちゃんもその……一緒に来るんや! ウチらでその身体、なんとか治すから!」

 シーナはコチョウの手をとって、涙目で彼女にそう訴える。

 

「コチョウ……さん? 私のせいで……その、ごめんなさい!」

 おぼろげながら状況が飲み込めてきたメイも、そう言ってコチョウに深く頭を下げた。


「心配いりませんわ。シーナさま、この体も時間が経てばじきに治ります。それにメイドのわたくしがこのお城を離れるわけにいきませんもの。それよりも……」

 コチョウは愛らしい貌でシーナにニッコリ笑いかけると、黒い瞳で彼女をまっすぐ見据えた。


「外に出たらご主人様を探してくださるって、本当ですの? シーナ様」

「ああ、約束すんでコチョウちゃん! 絶対見つけて、そんでもって此処に連れて来たる!」

 シーナもまたコチョウの手を取って、力強く肯く。

 見つけるあてなど、どこにもなかったが、シーナとメイの為に力を貸してくれた小さなメイドに、なんとか報いてやりたかった。


「うれしい、シーナ様! それでは、またのご来城をお待ちしておりますわ! お城に来るには、これを持っていて!」

「ああ、ありがとなコチョウちゃん、絶対また会おな!」

「コチョウさん……色々ごめんなさい!」

 コチョウから『時の羅針』を手渡された、シーナが名残惜しげにメイドに手を振る。

 メイもまた再びコチョウに頭を下げると、人間世界の景色が映し出された鏡を向いた。


「あ……あれは……!」

「シュン! お祖母ちゃん!」

 そしてシーナとメイは気づく。

 鏡の片隅、移り行く人間世界の一角に映った異様な光景を。


「バルグル……戦っとる!」

「あれは……ルナちゃん! お祖母ちゃんも!」

 鏡は、新宿は東京都庁舎の屋上、ヘリポートの上に展開される酸鼻極まる戦いを映していた。

 右腕から血を噴き上げてもんどりうったシュン。

 冷たい表情で佇むメイのクラスメート、藤枝ルナ。

 そして呆然と戦い見つめるしかない祖母のユウコ。

 怒りの咆哮を上げる魔王バルグル!


「なんや知らんが、ヤバイ情況や! メイくん、急ぐで!」

「わ、わかった!」

 シーナの掛け声のもと、鏡に駆け寄る二人。


「メララちゃん、もういいで、こっち戻りや!」

「わかったっす! 姐さん!」

 燃え盛る鞭に宿ってシュヴェルトの動きを封じていた火の精メララも、シーナの号令で鞭を離れると彼女の方に飛んでくる。


「ユウコさん、すいません!」

 シュヴェルトを縛った鞭に目を遣ると、シーナは小声でそう呟いた。

 秋尽の魔器『乱魔の鞭』は、この場に置いていくしかない。


 メイとシーナとと小さな火の精が鏡面向かって飛びこむと、ユラン。

 少女たちの身体は、何の抵抗もなくまるで水面に吸い込まれるように、鏡の中へと消えて行った。


  #


「……っぐ! コチョウ、何故あんなことを……!」

 数十秒後、自身を縛った『乱魔の鞭』を振り解き、ようやく床から立ち上がった怪盗シュヴェルトは、氷柱に縛り付けられたコチョウに歩み寄ると、忌々しげな声で少女をそう問い詰めた。


「すみませんシュヴェルト様。シュヴェルト様には大事な宝物でしたのに……」

 コチョウはシュヴェルトを向いて困り貌でそう言ったが


「……ですが、シーナ様もまたこのお城のお客様。『ご主人様』のお客様ですもの。わたくしも出来る限りの事をいたしませんと。すべては『ご主人様』が決めたこと。わたくしに……コチョウにそれを止める事は出来ないのです」

 氷柱からシュヴェルトを見下ろして、涼しい表情でそう続けた。


「何が主人だ! この何でも言いなりの人形が! お前の主人など、もうとっくに……!」

 悪びれた様子も無いコチョウに、手を上げかけたシュヴェルトだったが、思いとどまったように頭をふった。


「くそっ! 此処まできて……!」

 焦燥の呻きを上げるシュヴェルト。

 飛蝗のような顏の真っ赤な複眼がチカチカと怒りで瞬いているようだった。


「メイを、メイを追わなければ……」

 苦し気な声を上げ、足をひきずりながら、シュヴェルトはコチョウに背を向けて広間に張られた鏡にむかって歩き始めた。


  #


「まあ、シュヴェルト様も行ってしまわれましたの?」

 シュヴェルトもまた鏡の向こうに姿を消すと、氷柱に縛られたコチョウは少し寂し気にそう呟いた。

 ガチャリ、ガチャリ。

 やがてメイの放った魔氷が徐々に解けて崩れ去ると、氷の支えを失ったコチョウの身体もまた、バラバラに千切れてガラス張りのような透き通った床に散らばった。

 広間の天井を見上げたコチョウの首から、鈴の音のような声で零れだす、いつ終わるともしれない繰り言。


「あーあ。これでまた、お城がガランとしてしまいますわ。ご主人様、いったい何時になったら戻られるのかしら? あの方がお出かけになられて、かれこれもう15サイクル……あれ、30だったかしら、えーと、60、75、300…………」


  #


「ぐあああ! なんでだよルナ!」

 新宿、都庁舎屋上。

 シュンは引き攣るような声を上げて、眼前の少女、藤枝ルナを睨んだ。

 真っ赤な血を噴き上げた右腕を押えながら、どうにかヘリポートから立ち上がるシュン。

 ビュルルルル……彼の右腕を、緑の蔓が庇うように覆っていった。


「その薔薇……邪魔」

 ルナは真っ赤な目でシュンの右腕を一瞥すると、自身の両手を再びシュンにかざした。

 そして、

 ピスン……ピスン……ピスン……

 掠れた音を立てて、今度はルナの十指の爪先から、シュンニ向かって一斉に噴き出した白い糸!


「くっ!」

 咄嗟にシュンは剣を振る。

 彼の全身を覆った緑の蔓がシュンの正面に広がるって、ルナの放った糸をどうにか防ぐ。だが……


「つかまえた……」

 血の気の失せた唇を歪めて、ルナが嗤った。

 シュルン……シュルン……。ルナの指先から噴出する糸が、その勢いを止めない。

 糸は幾百筋もが絡まり合って、やがてシュンとルナの間に白い網の目を形成すると、シュンの蔓を絡め取って彼の身体から引きはがそうとしている!

 

「うあああ!」

 糸に引かれて、ルナの方に引きずられるシュンの身体。

 薔薇の蔓の大部分を持っていかれた、無防備なシュンのその胸板に……

 ズブリ。何かが突き刺さった。


「グブウ!」

 声も上げられないシュン。

 焼けた鉄棒に胸を貫かれたような苦痛。シュンの口腔に血が溢れた。

 シュンの胸を貫いていたのは、ルナの真っ白な掌底から30センチほども飛び出した、ヌラヌラと黒光りした円錐状の鋭い棘だった。

 ルナの身体から生じた、まるで大蜘蛛の牙のような黒い棘が、シュンの身体を刺し貫いている!


「ガハア!」

 口から血の塊を吐き出して、再びシュンが屋上に倒れ込んだ。

 シュンの胸に生じた穴からは、シュウシュウと白い煙のようなものが上がっている。


「ぐっ……ぐっ……」

 どうにかその場から立ち上がろうとするシュンだったが、身体が上手く動かない。

 シュンの全身が痺れて行く、手に、足に、力が入らない!


「結構……あっけなかったね……」

 ルナは、自身の身体から生じた黒い棘しげしげと眺めながら、まるで骨の色をした指先でぎゅっと握った。

 棘は、ルナの両の手から生じていた。

 黒い液体を滴らせた棘を二振りの短刀のように握りしめ、シュンを見下ろすルナに……


「ルナ……もういいだろ、やめろって……」

 シュンはルナを見あげて、掠れた声でそう呻いた。

 棘には、なにか神経毒のようなものが塗られていたのだろうか。

 目がかすむ。もうルナの貌もよく見えない。

 クラッと、意識が遠くなりかけた、その時、

 

 ――シュン。ルナのこと、頼んだから……


 シュンの脳裏をかすめた、アイツの声……!

 コウ……! シュンは唇を強く噛む。頭を振って、再びルナを向く。


「ルナ。こんなことしたって、誰も喜ばない。ルナの母さんも、コウだって……」

 顏を上げ、シュンはルナにそう訴える


「母さん……コウ……」

 ルナの動きが止まった。


「そうだよ。コウ。あいつ……お前の事心配してた。こんなことやめて、一緒に病院に……あいつのところまで」

「うああ、ヤメロ、ヤメロ! ダメダ!」

 シュンの言葉に、ルナは苦し気に首を振った。だが……


「バケモノ! お前を殺さないと『約束』が……母さんが!」

「やめろルナ!」

 何かを振り払うようにルナは叫ぶと、再び右手に握った黒い棘を振り上げて、シュンに突き立てようとする。

 シュンが、悲痛な声を上げた、その時だ。


 ズドン。轟音とともに空気が震えた。


「うああう!」

 凄まじい風圧が、シュンとルナの身体を叩いた。

 次の瞬間、シュンとルナの眼の前に、黒く大きな影が聳えていた。


「おうあ!」

 シュンの悲鳴。

 文字どおり目にも止まらぬ速さで二人の前に着地した影が、図太い腕でシュンの身体を後方に跳ね飛ばしたのだ。


「くっ!」

 ルナも咄嗟に身を躱す。

 少女の身体がフワリと空中に浮きあがり、張り巡らされた糸の上に飛び乗った。


「くそが! 見てられねえ!」

 黒い影が苛立たしげにそう呻きながらシュンとルナを睨んだ。

 争う二人の間に割って入った、獣王バルグルだった。


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