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破界の魔王と吸血少女  作者: めらめら
第9章 曝かれる魔姫《メイ》
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都庁舎の決闘

「姉ちゃん、此処は? 俺、どうして……」

「御珠中央病院。昨日の夜、道に倒れていたあんたが担ぎ込まれて、こっちに連絡があったのよ。シュン、創はもう平気みたいね……」

 病院の一室。ベッドから半身を起して周囲を見回すシュンに、姉のカナタがそう答えた。

 窓から差し込んでくる日の光。今はもう昼間の様だ。シュンは一晩眠り続けていたらしい。


「そんな事より姉ちゃん! 母ちゃんは? ハルさんは? メイは、シーナは、ホタルは? 学校のみんなは……!」

 シュンの頭に、昨日の戦いの記憶が、辛い思い出が鮮明によみがえって来た。

 倒壊して行く学校。姿を消したメイ。そしてシュンを刺したルナの憎悪に歪んだ貌、怒りに燃えたあの眼……。


「シュン……」

 シュンの問いには答えず、カナタはベッドの傍らの丸椅子から立ち上がると、まっすぐにシュンを向いた。

 そして、ギュッ!


「姉ちゃん……うぎゅっ!」

 戸惑うシュン。一瞬息が詰まりかけた。

 姉のカナタがその両腕で、しっかりとシュンを抱きすくめたのだ。

 カナタの豊かな胸が、シュンの顔に押し当てられていた。


「あんた、立派だった。みんなを守って……良く戦ったよ!」

「姉ちゃん、俺、学校が……! メイが……コウが……ルナが……!」

 カナタの腕の中で、シュンの口から我知らず、友の名前が次々に零れだした。

 姉の貌を見て、張りつめていた緊張の糸が切れたみたいだった。

 シュンの緑の目から、止めどなく涙があふれて来た。

 カナタからこんな言葉をかけられたのも、こんなふうに抱きしめられたのも、シュンには初めてのことだった。

 そしてシュンは、姉の胸に顏を埋め、ひとしきり泣いた。


「いいねシュン。これからが正念場だよ……!」

 シュンが落ち着きを取り戻した頃、カナタはベッドから立ち上がると、これまでの情況を彼に説明した。

 多くの怪我人こそ出したが、学校での戦いによる死者はいなかった事。

 母親のナユタの指揮の下、活動の拠点を巨大客船『SOS号』に移した事。

 傷ついたラインハルトもその船に収容されている事……。


「シュン。あんたが無事で、本当に何よりだった。でも状況はまだ、マズイまま。ハルさんは大怪我で入院していて、今も目を覚まさない。メイちゃんとシーナも姿を消したきり。そして、ユウコさんは……」

「ユウコさん? ユウコさんに何かあったのか!?」

 メイの祖母ユウコの安否を問うシュンに、カナタの向けた貌は暗かった。


  #


「リュウガ殿、ナユタ殿……! 申し訳ありません、ユウコ殿が……!」

「ホタルちゃん……! 一体、何があったの?」

 比良坂の屋敷で傷付き意識を失ったホタルは、リュウガの介添のもと、ヒラサカインダストリーの輸送用ヘリコプターで『SOS号』船上の病院に搬送されていた。

 魔影世界から戻ったリュウガが妻のナユタの指示の元、比良坂の通称『おばけ屋敷』を訪れた昨晩。

 屋敷で落ち合うはずだったメイの祖母ユウコの姿は、既に其処には無かった。

 庭内にプンと立ち込めた硫黄の匂い、荒らされた屋敷。

 そして傷つき倒れた、忍者箕面森ホタルの姿……。


「あの晩、比良坂のお屋敷を襲ったのは、これまで見たことも無いモノノケでした。煙と炎に変じた、三匹の黒犬……! あいつらの狙いはユウコ殿だったんです!」

 怪我と火傷の治療を受け、ようやく意識を取り戻したホタルは、ベッドの上から涙ながらにリュウガとナユタにそう訴えた。


「黒犬……。学校に現れた、あの連中ね……!」

 敵の正体を知って、ナユタは忌々しげに唇を噛んだ。

 翼の少女リートとともに学校に現れた黒犬(バゲスト)の三兄弟。

 おそらくは獣王バルグルの指示の元、こちらの世界に残されたメイの匂いを辿って屋敷を襲ったのだろう。


「ホタルの忍術も……香気術もヤツらには……!」

 ホタルもまた悔しげに呻いた。

 炎と煙と共に屋敷に現れた黒犬には、ホタルの刀も手裏剣も通じず、彼女の魔器『雷鳴の弓』も近距離戦闘では役に立たなかった。

 苦し紛れの香気術すら、硫黄の匂いに塗りつぶされて犬たちには効かなかったのだ。


  #


「うう、シーナ様、ごめんなさい……」

 万策尽きたホタルが犬たちの前で死を覚悟した、その時だった。


「もうやめて、ホタルさん……」

 傷ついたホタルと黒犬の間を割って立つ人影があった。

 屋敷から現れたのは、秋尽ユウコだった。


「匂いが……似てる。こいつだ、こいつがバルグル様の言っていた……」

「あの娘の、家族だ!」

 黒煙を噴き上げながら興奮した様子でユウコを取り囲む犬たち。


「こいつらの狙いは、私のようね……」

 庭先に立ったユウコが、黒犬たちを見回しながら厳しい表情でそう呟いた。


「だめですユウコ殿、下がっていて! もうじきに比良坂のお迎えが……」

「ありがとうホタルさん。あなたたちには、何度も助けられた。メイのことも守ってくれて。だから……」

 傷ついた体を鞭打ってユウコを止めようとするホタルだが、ユウコの意志は固いようだった。


「今度は私が、あなたたちとメイを守る番よ……。何を隠れている妖怪! 私は此処にいるわ!」

「ユウコ殿!」

 ホタルの制止を聞かず、ユウコは夜空を仰いで決然とそう言い放った。


「そうかい。だったら、話が早え……!」

 ユウコとホタルの頭上から、野太い声が聞こえた。

 バサリ。巨大な銀色の翼の羽ばたきが庭内を照らした月光を遮った。

 羽音とともに比良坂の庭内に降り立ったのは、傷付いた鱗鎧(スケイルメイル)で胸板を覆った身長2メートルは超えていそうな壮漢。

 背中には鷲のような銀色の翼。同じく銀色に輝いた蓬髪、獰猛な面構え。

 獣王バルグルだった。


「バルグル様!」「バルグル様!」

「ご苦労だったな兄弟。あとは俺がやる……」

 バルグルの足元に駆け寄る犬たちを。獣王は満足げな顏で見回した。


「秋尽の家の者だな? (おい)らぁバルグル。故あって、お前さんの身体を借りうけるぜ。大人しくしてれば、手荒な真似はしねえよ……」

「お前が敵の首魁……『獣王バルグル』!」

 ユウコがバルグルと向き合った。メイを襲った災禍の元凶。初めて出会う獣王を睨みつけるユウコの目には爛たる怒りの炎があった。


「言いなさい。何故メイを狙う! あの子は今……何処にいるの!?」

「さあな。俺も探しているのさ、だから……お前さんに用がある!」

「グ……!」

 バルグルの答えと同時に、ユウコが息を詰まらせる音。

 獣王がその腕でユウコの胸倉を掴み上げたのだ。


「ユウコ殿!」

 ホタルが悲鳴を上げた時にはもう、獣王の手の中でユウコの全身はグッタリと弛緩していた。

 バルグルのもう一方の手にいつの間にか握られているのは、小さな小瓶だった。


「安心しな。こいつは獣の谷のネムリバの葉の汁だ。あいつ(・・・)の香炉ほどキツくはねえ。しばらく眠ってな……」

 獣王がユウコの口に無理矢理含ませたのは、何かの眠り薬のようだった。


「ファング、クラーレ、ナーゼ。いくぞ! 明日は決闘だ! 花火を上げるぞ!」

「はい、バルグル様!」

 バサリ。動かぬユウコを小脇に抱えて、バルグルが銀色の翼を羽ばたかせた。

 比良坂の屋敷を離れて、夜空に舞い上がる獣王。黒犬たちがその後を追って駆け出した。


「そんな……待てえ! ユウコ殿ぉ!」

 ホタルの無念の叫びが屋敷の庭内に虚しく木霊した。


  #


「ユウコさんが……攫われた……!」

 姉の口から、昨日の比良坂邸の顛末を聞いたシュンは、呆然としてそう呻いた。

 メイに続いて、ユウコの行方までわからないというのだ。しかも彼女を攫ったのは、あの獣王バルグル!


「バルグル……! あの時、俺があいつを斃せていれば……!」

 シュンの脳裏に学校での戦いがまざまざと甦る。

 バルグルとシュンが互いの命を賭して決着をつける、まさにその瞬間、校舎の倒壊が始まったのだ。

 シュンは獣王との戦いを捨てた。剣の力の全てを、校舎を支えるために使い果たしたのだ。

 

「あいつ……今度は一体、何を企んでいるの……?」

 カナタも忌々しげにそう呟いた。その時だった。


「あ……!」

 母親からのメールをチェックしようと携帯を覗いたカナタの目が、驚きに見開かれた。

 

「どした、姉ちゃん?」

「シュン、テレビを……!?」

 訝し気なシュン。カナタは慌てた様子でベッドの傍らのテレビにリモコンを向けた。


「な、なんだこれ!?」

 モニターに映し出された異様な映像に、シュンとカナタは唖然として息を飲んだ。


  #


「ねえママ。スカイツリーだよ!」

「そうねユウくん、あっちには富士山も。あそこにあるのは新宿御苑ね。ほら、あんなにハッキリ……」

 抜けるような青空の広がった昼下がりだった。

 新宿、東京都庁第一本庁舎の展望室は、都心まで買い物に来た親子連れや、デート中のカップル、外国人観光客の姿でにぎわっていた。

 天気にも助けられ、関東平野を一望できる展望室からの景色に、皆一様に感嘆の声を上げていた、そんな時だった。


「ねえママ、鳥……!」

 窓から広がる景色の一角を指差して、小さな少年が母親の袖を引いた。


「鳥? カラス?」

「ううん、違う、もっと大きな……」

「……? ああ!」

 少年の指差した方を向いた母親の貌に、驚愕の色が広がっていった。


「なんだあれは!?」

「うそ……なに……」

 ザワザワザワ……。

 その親子だけではなかった。展望室の西南の空。巨大な銀色の翼を撓らせて近づいて来る異様な影に、その場に居合わせた者は皆一様に、動揺の声を漏らしていた。

 都庁舎むかって飛んくるのは、一見すれば確かに翼を持った鳥のようにも思えたが、よく見れば普通の鳥などより、遥かに巨大で異質な姿をしていた。

 翼を羽ばたかせ空を飛ぶそいつには、銀色の鬣があった、逞しい四足があった。鋭い爪があった。

 飛んでくるのは全身を覆った銀毛を陽光に煌めかせた、一頭の翼を持った獅子だったのだ。

 そして、その獅子が右前足で器用に抱え込んでいるのは、縞紫の単衣にその身を包んだ、一人の華奢な老女の姿だった。


「こっちに……近づいてくる!」

 少年の母親が、悲鳴を上げた。

 銀色の獅子が、都庁舎の展望室にまっすぐに突っ込んでくる。

 巨大な獣が展望室に激突する、窓を突き破る! かに思えた、だがその時だ。

 バサア! 羽音と共に、銀獅子の翼が大きく撓った。獅子の身体が上方に翻った。

 

「上っていく!」

 展望室に広がる驚きの声。

 獅子がその高度を上げて行く。

 都庁舎の窓や壁面すれすれに、ビルの外壁に沿うように、垂直に上昇して行くのだ。

 その時だった。


「うおあ!」

 窓に張り付くようにして、外の様子を窺っていた中国人観光客の一人が、悲鳴を上げた。

 たった今、目の前を、窓の外を黒煙と赤い炎に包まれた影のようなものが過ったのだ。

 影が、銀色の獅子の後を追うように都庁舎の壁面を走っていく。一筋、二筋、三筋と……!


「……バケモノ!」

 怯える少年を抱きすくめて、母親は思わずそう呟いていた。


  #


「此処でいいか。このあたりで一番目立つ(・・・)。それに色々、懐かしい場所だ……」

 庁舎の屋上に設置されたヘリポートの上に降り立って、翼を持った銀色の獅子が満足そうにそう唸った。

 獅子の足元には、先程まで右足で抱え込んでいた華奢な老女……秋尽ユウコがその身を横たえている。

 ボオオオオ……。不意に、獅子の全身から青黒い炎が噴き上がった。炎に包れ、獅子がその姿を変えて行く。

 銀色の鬣は輝く蓬髪に。獣の後足と前足がそれぞれ、二足と腕に。胸元を覆った鱗鎧。右手には巨大な斧……。

 立っているのは獣王バルグルだった。


「バルグル様!」

 獣王の周囲には、彼の後を追ってビルを駆けあがって来た黒犬三兄弟の姿。


「いいぜ、だいぶ集まって来たな……」

 ヘリポートから空を見上げて、獣王はニヤリと笑った。

 既に東京上空を横断する奇怪な獣の姿を追って、警視庁航空隊の擁するヘリコプターの空色の機影や、各局の報道ヘリがせわしなく上空を飛び回っているのだ。

 そして次の瞬間……!


「シュン! 俺が見えているんだろう、シュン! ご覧の通りだ。『秋尽メイ』の家族は俺が預かっている……」

 空を飛び交う、報道のヘリを見回しながら、バルグルは空気を震わすような大声でそう言い放ったのだ。


「今からこの場、日が暮れるまで待ってやる。『秋尽メイ』を連れて、此処に来い。決着をつけようぜ! でねえと……コホッ」

 バルグルは足元でその身を横たえたユウコを見下ろし、心なしか恥ずかしそうに小さく咳払いをすると、


「この女の命は()えぞ!」

 ユウコの喉元に斧の刃を突き付けて再び空を見上げると、仰々しくそう叫んだ!


  #


「ユウコさんを人質に……! バルグル……なんて真似を!」

「シュンを名指しで!」

 御珠中央病院の病室でテレビにかじりついていたシュンとカナタは、報道ヘリの映し出した映像に驚愕の声を上げていた。

 テレビに映っていたのは新宿都庁舎の屋上。立っているのは獣王バルグル。その足元には、気を失ったユウコの姿。

 そしてバルグルがカメラ目線で、はっきりと呼んだのはシュンの名前! そして……

 


「姉ちゃん。俺、行くよ……」

「駄目よ、シュン! 罠に決まってる! バルグルは、あんたを待っているのよ!」

 シュンはフラリとベッドから立ち上がり、カナタに告げた。

 カナタは慌ててシュンを止めようとするが、


「でも、ユウコさんを助けないと……!」

「だったら、あたしも行く! 待ってなさい、これから船に戻って、魔進戦馬(マシンウォーホース)のリペアを……」

「……いや」

 猛り立つ姉のカナタを、シュンは静かな声で制した。


「姉ちゃんの空手でも、あいつには勝てない。今あいつと戦えるのは、俺だけだ。わかるだろ、姉ちゃん……」

「…………!」

 どこか淡々としたシュンの言葉に、カナタは言葉を失った。

 その通りだった。学校での戦いの顛末はカナタも知っていた。

 夜見の衆の総がかりでも、あの獣王バルグルを止めることはできなかったのだ。

 ラインハルトの魔甲軍団(マコウレギオン)も、至高鎧(プライム)も、シーナの放魔も、ホタルの弓も、ナユタの幻影も……。

 止められたのは只一人、弟のシュンだけだった。


「シュン。大丈夫なんだね?」

「ああ、姉ちゃん」

「一人で、戦えるね?」

「やれるだけやるさ、姉ちゃん」

「……わかった。あたしはいったん船に戻る。父さんと母さんと、出来る事を探す。あなたは……絶対、死ぬんじゃないよ!」

「ああ、わかったよ姉ちゃん!」

 立ち上がって、病室から出ようとするシュンの背中を、カナタは掌で思い切り叩いた。


「ユウコさん、どうか無事で……」

 カナタの声を背に、シュンは病室を飛び出した。

 医師や看護師の目に留まらないよう早足で一階の出口に向かおうとするシュンだったが、


「あ……! シュン!」

「……おまえ!」

 廊下の向こうから、シュンにそう声をかけて来る人影に、シュンは息を飲んだ。

 ジュースの自動販の前で、左手だけでたどたどしく小銭を入れようとしていたそいつ(・・・)の顏を見て、シュンの胸に千切れそうな何かが込み上げて来た。

 そこに居たのはシュンのクラスメート。右手にギブスを嵌めた、時河コウの姿だったのだ。


  #


「なるほど……獣王よ。私が消え、秋尽メイも見失い、次はどう動くかと思えば……」

 新宿、東京都庁第二本庁舎の屋上の縁に腰かけて、半ば呆れた貌で抜けるような空を仰ぐ一人の少女がいる。

 風に靡いた長い黒髪、深紅のワンピース、まるで人形の様な貌。


「場所も上々、役者も揃った。これはなかなかの舞台立て。それに……」

 朱をさした様な唇をうっすらと歪めて、少女が嗤う。


「どうやら『彼女』も動き出したみたい……」


  #


「起きな女。目覚めているんだろ、知っているんだ……」

 空を行き交うヘリコプターを睨みながら、第一庁舎の屋上に立ったバルグルはボソリとそう呟いた。


「バルグル……。随分と派手な立ち回り。私の知っていた頃の妖怪たちとはだいぶ違うのね……。ここは開けていていい場所ね」

 そう答えてヘリポートの接地面から起き上がったのは、秋尽ユウコだった。


「ああ。俺にはやる事があるのさ。じきに人間の助けがくるだろう。シュンと……それにアイツ(・・・)もな。それまでは、しばらく此処で付き合ってもらう……」

 バルグルがユウコの方を向いた。ユウコを見る獣王の灰色の目にはどこか悲痛な色があった。


「『秋尽ユウコ』か……お前さんの家には色々あったが、それももう、全部終わる。お前さんに手は出さねえ。それが俺の、せめてもの……」


「いい場所ね、開けていて、周りに人もいない。とてもいい……この場所ならば(・・・・・・・)いいでしょう……!」

 だがバルグルの言葉はユウコに届いているのだろうか? ユウコはしきりに辺りを見回しながら、自分に言い聞かせるようにそう繰り返す。


「何を……言ってやがる……!?」

 ユウコの只ならぬ様子に気づいたのか、バルグルの表情が一変した。

 ユウコの華奢な体躯は、獣王と比べればまるで大人と子供ほどの差があったが、ユウコの目は臆せずジっとバルグルを見据えていた。

 ス……。唐突に、ユウコが自分の胸元に手を遣った。そして縞紫の単衣の懐から彼女が取り出したのは、一見して用途も分からない奇妙な物体だった。

 クヌギか、クリの木か何かだろうか?

 今ユウコの手に在るのは、茶色く拉げた小さな木片だったのだ。


「言ったはずですバルグル。メイは……私が守ると!」

 ユウコは端正な貌を歪めて凄絶に笑った。

 そしてバルグルを見上げたユウコが、自身の頭上にその木片を掲げた。


「ぬうう、仕掛けてくるか女!」

 ユウコの真意に気づいたバルグルが、右手の斧を彼女に向けた。


「ガアウ!」

 犬たちがユウコを取り囲み、警戒の吠え声を上げる。


「秋尽流放魔術……『桃色遊戯(モモイロユウギ)』!」

 凛然としたユウコの声と同時に、彼女の手の中の木片がカタカタと小刻みに震え出した……だがその時だった。


「ユウコさーーーーん!」

 ユウコの頭上から、彼女の名を呼ぶ声。


「シュンくん! いけない!」

 声の主の正体に気づいたユウコが、空を見上げて戸惑いの声を上げた。


「来たか! シュン!」

 バルグルもまた声の方を向き、獰猛に笑った。

 二人の頭上、報道ヘリの合間を縫うようにして、近づいて来る人影。

 その全身を緑に輝く蔓で多い、光の翼を羽ばたかせたシュンの姿だった。



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