表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
破界の魔王と吸血少女  作者: めらめら
第9章 曝かれる魔姫《メイ》
79/144

黒蝶の影

「ぐ……! 私が甘かった。私のせいで、こんなことに……!」

 すっかり日が落ちた聖ヶ丘中学校の校庭だった。


 荒れ果てた校庭に立つシュンの母.

 如月ナユタは疲れ切った顏で崩れかけた校舎を見上げていた。


 獣王バルグルが姿を消してから数時間。

 学校に駆けつけた消防士や救急隊はいまだに慌ただしく駆けまわりながら、校舎に残された生徒や教職員の救護活動を行っている。

 傷つき血を流した生徒たちに救急隊が応急処置を施し、歩けない何人かが担架で運ばれていく。


 ナユタは唇を噛んで右手に握った自身の魔器『幻惑の音叉』をにらんだ。


 比良坂の魔器を使ってナユタが生み出した覚めてみる夢。

 完璧に制御された幻惑の術で魔王バルグルを足止めできる。


 そう確信して彼女の放った魔の調べが、恐ろしい災禍を招いてしまった。

 予期せぬ何者かが彼女の幻に、何かを乗せた(・・・)のだ。

 ナユタの幻惑の術は自身の制御を外れ、そして怒りに狂ったバルグルの力が暴走し、校舎を襲ったのだ。


「ボス……。どうか無事で……!」

 苦渋の表情でそう呟くナユタの脳裏には数時間前の戦いの光景がまざまざと甦っていた。


  #


「うそ! 私の術を……!」

「ナユタ女史、いかん!」

 黒煙の立ちこめた校庭で、ナユタとラインハルトは驚愕の声を上げていた。


 トカン。

 ドカン。

 ドカン。


 煙を切り裂き地面を割って。

 バルグルの斧から噴き上がった蒼黒い炎が校舎を、そして周囲の民家を次々に破壊して行く。


「おのれえ!」

 ラインハルトが怒号を上げる。

 右手の腕時計型ディスプレイを操作しながら、煙の向こうのバルグル目がけて駆け出した。


 と同時に、ガチャン、ガチャン、ガチャン。

 バルグルに砕かれて四散したはずのラインハルトの赤金の鎧、魔甲至高鎧(マコウプライム)が老人の元に集結し、その体に再装着されていく。


「ブースト!」

 ラインハルトの号令と同時に、至高鎧(プライム)の背面に装備された推進器(スラスター)が一斉に蒼白い炎を噴き上げた。


「やめて、ボス!」

 このまま、魔甲至高鎧(マコウプライム)もろともバルグルに特攻し、その動きを封じようというのか。


 ラインハルトの真意に気づいてナユタは悲鳴を上げた。

 だが、ラインハルトの決死の攻撃も、魔王の力の前では儚かった。


 ゴオオ!

 青黒い炎。

 バルグルの斧から放たれた一撃が、至高鎧(プライム)を直撃したのだ。


「があああ!」

 ラインハルトの悲鳴。


 再び砕ける鎧。

 胸から血を流しながら校庭に転がり、苦し気な息を漏らすラインハルト。

 彼の鎧もまた校庭に散らばって、今度こそ完全にその機能を停止した。


「ボス!」

 ナユタが再び叫ぶ。


 ナユタは煙の向こうにそそり立つ影を睨みつける。

 ラインハルトは倒れた。今この場で動けるのは自分のみ。


 自分の失策が招いたこの惨事。

 バルグルは、絶対に、止める!


「カナタ、シュン。ごめんね」

 ナユタは顔を伏せた。

 悲しげにポツリとそう呟くと、再び顔を上げてバルグルの方を向いた。


恐怖の幻影(テロル・ミラージュ)

 ナユタの唇から、決然と一言、声が漏れた。


 と同時に、ヒィィィィイイイイイイイイン…………

 彼女の右手の『幻惑の音叉』が、小刻みに振動しながら、異様な音を放ち始めた。

 だが、その時だった。


「バルグル! やめろおおおおお!」

 上空から、聞き覚えのある叫び声!


「シュン!」

 ナユタは空を見上げて驚きの声。


 全身に纏った緑の蔓。

 右手には輝く剣。

 背中には光の翼。


 ガキン!


 斧と剣とのぶつかる音。

 空から地上に舞い戻り、暴走する獣王を制すために再び彼に勝負を挑んだの者。

 それはナユタの息子、シュンだった。


 ガキン! ガキン! ガキン!


 黒煙の向こうから響いて来る、激しい剣戟の音。


「シュン……。ここは任せていいんだね? ……ならば!」

 ナユタは倒れたラインハルトに駆け寄る。

 老人の右手に嵌った時計型ディスプレイを操作して救援信号を送信する。


 ポータブル光学バリア、魔光(マコウ)シールドで老人の身体を覆う。

 自身の右手の薬指から瑠璃色の宝石の指輪を抜くと、光学迷彩機能を発動させ老人の身体を周囲から隠す。


「ボス……。すぐに救援が来ますから、それまで無事で……」

 沈痛な貌でラインハルトの傍から立ち上がったナユタは、生徒たちの悲鳴が響く崩れかけた校舎を見上げて厳しい表情で呟いた。


「私は、学校のみんなを……!」


  #


 その後ナユタは、単身で校舎に飛び込んだ。

 混乱した生徒や教職員たちの誘導に尽力した。

 だが時を置かず、校舎内内のナユタと生徒たちを見舞ったのは更に奇怪な出来事だった。


 キシキシキシキシ……


 倒壊寸前の校舎全体を、奇怪な薔薇の蔓が包み込んだのだ。


 蔓は校舎を繋ぎとめ、それ以上の崩落を防いだ。

 各所から上がっていた火の手は、青白く輝いた凍てつく氷と化していた。


「これは薔薇の蔓……シュン!?」

 何かに気づいたナユタは、窓に駆け寄り校庭を見下ろす。


 眼下の光景は凄惨だった。


 力尽き校庭に倒れたシュン。

 立ち尽くすバルグル。

 折しも白刃を握りしめてシュンに近寄ってゆく緋衣の少女。


 そして……次の瞬間少女に炸裂した、金色の稲妻!


  #


「シュン。凄かった。あなたの力が、みんなの命を救った……! でも……」

 ナユタはシュンの姿を思い返し、夜空を仰いだ。

 負傷者こそ多大だったものの、奇跡的に今までのところ、学校での死者は出ていなかった。


 シュンが自身に宿った蔓の力を尽くさなければ今頃は……ナユタは全身が総毛立つ。

 間一髪でヤギョウに助けられ、竜巻と共に空の彼方に消えた息子のシュン。

 いったい今、彼は何処に居るのだろうか。


「母さん。ハルさんの容体は……?」

 ナユタの背後から、不安そうな顔でシュンの姉、カナタがそう声をかけて来た。


 学校での戦いと惨禍は、既にテレビやネットで大々的に報じられていた。

 カナタもまたナユタの連絡を受けて、母親のもとに駆けつけていたのだ。


「わからないわカナタ。病院から連絡があったけど。まだ予断を許さない状態だって……」

「く……! ハルさん。それに……まさかアイツ(・・・)が、こんな事を……!」

 ナユタの答えに、カナタもまた悔しげに唇を噛んだ。


 カナタがラーメン屋で出会った銀髪の男。

 あの男こそが、学校を破壊しラインハルトに重傷を負わせ、シュンたちを死の直前まで追い込んだ敵の首領。

 魔王バルグルだったというのだ。


「あの時、あたしが気付いていれば……!」

 カナタの胸に、後悔と無念の思いが押し寄せる。

 だが、とても……悪事を働くような男には見えなかったのだ。


「母さん……これからどうするの?」

「そうね。ボスのことは比良坂の医療チームに任せるとして、私たちは……あそこ(・・・)に向かう。比良坂のお屋敷も、もう安全ではないでしょう。私たちも仕切り直しよ。シュンとメイちゃんとシーナちゃんを探しましょう!」

 ナユタの問いにそう答えて、ナユタは娘の方を向いた。


 カナタを見る母親の顔は、彼女がこれまで見たことないくらい厳しく凛々しかった。


「母さん……」

 カナタは目をパチパチさせ、驚愕の表情でナユタを見る。


 如月ナユタ。旧姓を嵐堂(らんどう)ナユタ。

 シュンやカナタにこそ、その過去を伏せていた。

 だがかつては彼女もまた妖怪ハンター集団、西の夜見の衆の一員だったというのだ。

 

「カナタ。ユウコさんにも連絡を。メイちゃんの事も、伝えておかないと……」

 比良坂家の『お化け屋敷』が建つ聖ヶ丘の山並を向きながら、ナユタの表情は暗かった。


  #


 時はしばらくさかのぼる。


「母ちゃん、ハルさん。まだ学校に居るのかな……?」

 公園を出て山を下りたシュンは、母親たちの居場所を思案していた。


 携帯はバルグルとの戦いでどこかに行ってしまった。

 駅の方へ行けば公衆電話があるかもしれないが、そもそもナユタやカナタの電話番号なんて、わざわざ覚えていない。


 やはり学校に行こう。

 コウやルナ……クラスメートたちの安否も気になる。


「それにしても……」

 シュンは自分の左の瞼に手を遣りながら、別れ際のヤギョウの言葉を思い返していた。


 ――なぜじゃ。何故お前の身体に、魔王シュライエ様の御徴(おしるし)が……!


 魔影世界に戻る直前。改めてシュンの身体を検めたタヌキのヤギョウは、信じられないという表情でそう呻いたのだ。


「この鱗が、目が、シュライエのもの……!」

 シュンは白銀の鱗に覆われた前腕を眺めて、改めて息を飲む。


 人狼キリト。

 夜白レイカの黒蛇。

 魔物との戦いでシュンの身体が深手を負うたびに、シュンの持つ剣『刹那の灰刃』はその薔薇の蔓でシュンの身体を縫い止め、修復してきた。

 そしてそのたび、傷を負ったシュンの身体は、人ではない異様なモノの姿に置き換えられていくようなのだ。


「メイの祖母ちゃん……ユウコさんも言ってたっけ……」

 シュンはユウコの言葉を思い返す。


 その正体を取り戻したメイの母コダマの姿。

 白銀の鱗、緑の瞳、光の翼、雪の女王……!


「メイの眼も緑、俺の左眼も……。何が、どうなってるんだ!?」

 シュンは、何か得体の知れない強烈な不安に駆られて一人で声を荒げた。


 1人でいると、戦いに夢中で頭の片隅に追いやっていた、ある恐怖が頭をもたげてくる。

 自分の身体が人ではなくなっていく恐怖。いや、それよりももっと恐ろしいこと。


 何か大事な者(・・・・)との関係が、根本的に崩れ去ってしまいそうな恐怖が……!


「くっ! ダメだ、余計な事考えるな!」

 シュンは頭を振って、不安を振り払う。


 今は母親たちと合流するのが先だ。

 シュンはバルグルとの戦いでボロボロになったブレザーでを理矢理身に纏う。

 上半身はほとんど剥き出し。左手と顔の一部は白い鱗で覆われている。


 電車で移動するのは目立つし、着替えを買おうにも財布が無い。

 やはり目立たないよう裏道を歩いて……。


 シュンがそんなことを思案しながら、夜道を歩いていた。その時だった。


「如月シュン……」

 聞き覚えのある声がシュンの名を呼んだ。


「ん……?」

 シュンは立ち止まる。

 冷たい外灯の明かりを背にして、シュンの前に立つ人影があったのだ。

 背格好はシュンより小柄。右手には外灯の光を反射して銀色に輝いた、一振りの短刀。


「その短刀、たしかユウコさんの……!?」

 唖然としてそう呟くシュンの前に、1歩、2歩、人影が近づいて来た。


「あ、ルナ!」

 人影の正体に気づいて、シュンは驚きの声を上げた。


 長い黒髪をツインテールで結わえ上げ、冷たく眼鏡を光らせた一人の少女。

 蒼白で何の表情も読み取れないその貌は、まるで能面のようだった。


 身体の各所が擦り傷だらけだった。その左手は、包帯に覆われて朱い血が滲んでいた。

 右手に握られている白刃は夜白レイカに奪われたはずの秋尽の魔器『鬼刺刀』だった。


 少女はシュンのクラスメート。

 藤枝ルナだった。


  #


「コウくん……! しっかりして、コウくん!」

 救急隊員が慌ただしく駆け回る学校の校庭で、藤枝ルナはクラスメートの時河コウを運ぶ担架に、涙を流してすがっていた。

 校庭から獣王バルグルが姿を消してから、十数分後の事だった。


「うう……ルナ。大丈夫か……」

 担架からシュンの親友、血まみれのコウが弱々しくルナにそう声をかける。

 

「動かしちゃだめだ。腕が折れている。この子は1号車へ!」

 コウにすがるルナを制しながら、救急隊員が周囲を見回しテキパキと作業指示を出していく。


 傷ついたコウの身体は、ルナを置いて救急車へと運ばれて行く。

 このまま振り分けられた病院に搬送されるのだろう。


 バルグルの暴走で起きた校舎の破壊は、ルナとコウのいた2年C組の教室も直撃していた。

 窓が割れ、床はひび割れて、天井の一部が剥落して、恐怖に震えて動けないルナの身体を直撃する、その寸前、


「ルナ、どけ!」

 ルナを突き飛ばして、彼女を庇う者がいた。


「コウくん!」

 ルナに替わって砕けたスラブの直撃を受けて倒れた者の姿を見て、ルナは悲鳴を上げた。

 彼女を助けたのは、クラスメートの時河コウだったのだ。


 その後の救助活動で、ルナたち2年C組の生徒は全員校庭に誘導された。

 ルナは全身に擦傷、左手には切り傷を負ったが、どうにか幸い大事には至らなかった。

 だがコウは違った。崩れた天井の直撃で、肩の骨が砕けていた。右腕も骨折だという。


「コウくんまで……! どうして、なんでこんな事に!」

 ルナは薔薇の蔓に覆われ奇怪な姿になり果てた校舎を見上げて、やり場のない憤怒の声を上げた。


「如月シュン……! そして秋尽メイ……!」

 ルナは怒りに燃える目で、2人のクラスメートの名を呼んだ。


 ルナの母は、街中でのシュンと怪物との戦いに巻き込まれて意識不明の重体だ。

 そしてルナの……特別な存在(・・・・・)、時河コウもまた、シュンと魔物との戦いに巻き込まれて……!


 そして、校庭の魔物バルグルが呼んだ者の名は秋月メイ。

 氷の階段を作り、シュンとバルグルの戦いの火に油を注いだあの女……!


「ぜんぶ、あいつらが……引き起こしたんだ。許さない……!」

 ルナは、シュンとメイの校庭を見回して、そう呟いていた。


 その時だ。


「うん?」

 荒れ果てた校庭の片隅に落ちている、ある奇妙なモノに気が付いて、ルナは首を傾げた。


「これは……! 剣?」

 救急隊員や生徒たちの身体の間をかいくぐり、それのもとに近づいたルナは、銀色に輝くそれ拾い上げて、驚きの声を上げた。

 今ルナの手の中にあるのは、一振りの短刀だった。

 

「タスケテ……タスケテ……」

「え?」

 不意に、耳元で微かな囁き声が聞こえた気がして、ルナは辺りを見回す。


 ハサハサハサ……

 掠れた音を立てながら、ルナの周囲で瞬くぶ影があった。


 一頭の、小さな黒翅の蝶だった


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ