狭間の城で
「わたくしはコチョウ。この『狭間の城』のいっさいを取り仕切る、メイドでございます!」
「『狭間の城』……『メイド』!?」
愛らしい顔で微笑みながらそう挨拶をする少女。
シーナは唖然としてあたり見回した。
鏡張りの大広間。
足元のガラス張りの床からのぞいて見えるのは、何処までも広がる暗黒と瞬く星々。
「お客様、今お茶とお菓子を用意しますから、ゆっくりされていってくださいね!」
コチョウと名乗ったその少女が、そう言ってポンポンと手を叩く。
と、シーナの目の前に、まるで以前からそこに在ったように。
広間の床と同様透明に輝いたティーテーブルと一脚の椅子が唐突に出現した。
テーブルには銀色のポットと白磁のティーカップ。
「ちょちょちょ……! 待ってや、きみ!」
「あら、紅茶は苦手でして? それでは何か冷たいお飲み物を用意いたしますか。それともお食事を?」
「ちゃうわ! そんな事より、ココはいったい何処なんや! それに、あそこに倒れとるあの男……あいつはいったい、何者なんや!?」
シーナは鏡張りの広間を見渡す。
床に倒れた黒衣のシュヴェルトを指さして、メイド服の少女にそう尋ねる。
「何処と訊かれましても……ここは『狭間』ですわ。魔影世界と人間世界の……」
コチョウは小首をかしげてシーナにそう答えると、倒れたシュヴェルトの方を見た。
「そして、あの方はシュヴェルト様。なんでも泥棒をなさっているのだとか。ご主人様が招かれたお客様の中でも、泥棒の方は初めてですわ!」
「ご主人様? 招かれた?」
「はい。お客様と一緒ですわ。御主人様のお許しが無ければ、この城には来られませんの。たとえ城門の鍵『時の羅針』を持っていても……」
シーナの問いに、メイドのコチョウがマイペースな口調で答えて行く。
「どうして動かないんや、あいつ……死んどるんか?」
「わかりませんわ。どうもお身体が悪いのか、時々動かなくなってしまわれますの……」
コチョウは愛らしい顔を曇らせて、動かないシュヴェルトを見つめる。
「『狭間の城』……城門の鍵『時の羅針』……!?」
シーナは改めて鏡張りの広間を見回すと、呆然とした顔でコチョウの言葉を繰り返した。
シュヴェルトを追って辿りついたこの場所は、人間世界とも魔影世界とも異なる場所に在るというのだ。
そして何秒か思案にくれた後。
シーナは厳しい表情でシュヴェルトの方を向き、彼に近づいて行った。
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「メララちゃん、見張り頼んだで。妙な動きしたら、そのまま焼いてかまわん!」
「わかったっす、姉さん!」
数分後。
倒れたシュヴェルトの両腕は、シーナの魔器『乱魔の鞭』のトングに結わえ付けられていた。
シーナの命令に、鞭に宿った火の精メララが元気に答えた。
「『時の羅針』……これか……!」
シーナは縛られたシュヴェルトの左の手から、まるで羅針盤の無い方位磁針の針のような奇妙な物体を取り上げた。
「まあ、泥棒の方から泥棒を……?」
「念には念を……や。コチョウちゃん。お茶いただくで!」
呆れた様子で目を丸くするコチョウを脇に。
シーナは彼女の用意したティーテーブルに向かい椅子に腰かけた。
「ウチの名前は比良坂シーナ。呼ばれたつもりはなかったけどな、しばらく邪魔すんでコチョウちゃん。ズズズ……」
コチョウの注いだ紅茶を1すすりして、シーナは彼女を見た。
「教えてくれん、コチョウちゃん? あの男……シュヴェルトは、何の為に……ココでいったい何しとったんや? それと、コチョウちゃんの『ご主人様』って、いったい誰なんや? なんて名や?」
「詳しい事はわかりませんが、シュヴェルト様は魔影世界から盗んだ『宝物』を、このお城に集めていましたわ。何か大事な事に使うのだとか……。それと……」
コチョウはシーナを向くと、少し困った顏で彼女に続けた。
「御主人様に決まった名前はありません。いえ、色々なお名前を持つ方でしたわ。『大天使』、『監視者』、『大いなる者』、『最初の使徒』、『無貌の神』、『千の貌を持つ者』、『昏き者』、『這い寄る混沌』……。ですからわたくしは、ただ『ご主人様』と……」
「大……? 天使? なんやそれ?」
聞いたこともない言葉に、シーナは金色の瞳を見開いた。
「この世を統べる偉大なる調停者。全ての天使たちの長。ご主人様のご主人様……神さまを代行する御方ですわ!」
コチョウはそう言って誇らしげに胸を張っってから、不審そうにシーナを眺める。
「本当に、御存じありませんの? 人間世界にも伝わっているでしょう? ユダヤ教やキリスト教の聖典とか、えーとシーナ様のところだったら高天原の天津神とか……!」
「ユダヤキョウ? キリストキョウ? タカマガハラ? いったい何を言ってるんや!?」
コチョウは次々と聞いたことの無い名前を口にする。
シーナには何を言っているのか全く分からない。
「そうか……今は『ご主人様の頃』とは、ずいぶん様子が違っているのですね……。あの頃はこのお城にも多くの天使が行き来して、『天上の城』なんて呼ばれていましたわ……」
コチョウは残念そうに肩を落とすと、遠い目をして鏡張りの天井を仰いだ。
「ご主人様。もう随分の間、このお城を空けられたままですわ。もう15サイクルもの間……あれ、30サイクルだったかしら、えーと、60、75、300……!?」
そのあたりの記憶がアイマイなのだろうか。
コチョウは困惑した表情でしきりに首を傾げると、
「とにかく、あの『裂界』が有って以来、何処かにお出かけになったまま、戻ってこないのです……」
黒い瞳を寂しげに潤めて、シーナにそう答えた。
「『裂界』……なんやそれ!?」
「世界が2つに裂けた時の事ですわ。人間世界と、魔影世界に……」
またしてもコチョウが口にした耳慣れない言葉に、目を丸くするシーナ。
コチョウはキョトンとした表情でシーナに答えた。
「世界が裂けたって……じゃあ、人間世界と、魔影世界は、元々1つだったゆうことか!?」
「え、御存知なかったのですか……!?」
愕然とするシーナの顏を、コチョウもまた驚いた様子で見つめた。
「だって、不思議に思われなかったのですか、違う世界の者たちと、どうして最初から言葉が通じるのか、とか……?」
「な、何おかしな事ゆうとるんや? 言葉なんて、通じるから在るんやろ……?」
コチョウの問いかけに、シーナは唖然としてそう答えた。
この小さなメイドとは、どこか話がかみ合わない。
「日本語、英語、中国語 etc etc……そりゃ、場所によってそれぞれ訛りはあるけどな、それで言葉が通じんかったら、えっらい不便やんか?」
自分の問いにシーナは自分でうなずく。
そういえば、祖父のラインハルトが初めて日本に来た頃も、アメリカ訛りが凄くて周りに笑われたって。
そんな思い出を笑いながら話してたっけ……。
シーナは祖父の話を思い返す。
「『裂界』……『接界』……『裂界』……『接界』?」
シーナはイライラした顔で、コチョウの言葉と今起きている事象を繰り返し呟く。
『狭間の城』。
この奇妙な場所に居る小さなメイドの言葉は、どこかシーナを不安にさせ、苛立たせた。
まるで、彼女が認識しているこの世界そのものの姿が、大きく変わってしまうような、そんな不安に……
でも……!
シーナは心を決める。
話を聞かなければ。
『大接界』。
メイを襲った魔王バルグル。
バルグルの目的。
今度の事件の真相にも関わる事かも知れないのだ。
「コチョウちゃん。知ってたら教えてや!」
シーナは再びコチョウに尋ねる。
「15年前の異常な接界……『大接界』のもとになったのは、魔影世界の剣『裂花の晶剣』やったゆう……そして、そこの男シュヴェルトが狙っとったんは人間世界の『刹那の灰刃』。この2つの剣はいったい何なんや。『大接界』と何の関わりがあるいうんや!?」
「『裂花の晶剣』。『刹那の灰刃』。あの二剣は……もともとは御主人様の剣なのです」
シーナの問いに、あっさりとコチョウは答えた。
「御主人様……その、『大天使』の……?」
「はい。御主人様の剣です。まだ世界が1つだった頃、御主人様が世界を統べる監視者として力を振われていた頃。世界の調和を乱す者たちが在りました。1人の男を憎むあまりに邪悪な秘術を用いて世界に綻びを生んだ魔女。そして己が身の内に滾る破壊への欲望の赴くままに世界を砕かんとした荒ぶる鬼神。御主人様が天使の力を尽くして彼らを倒し、彼らから抜き取った力で鍛えた勝利の証。大天使の剣。それが『裂花の晶剣』と『刹那の灰刃』なのです!」
「あの剣に、そんな由来が……」
コチョウの話に、シーナは改めて愕然とする。
シュンの振っていた『刹那の灰刃』は、世界が2つに裂かれる前から存在していたというのだ。
ユウコが口にしていた「御珠山の鬼」の伝説も、コチョウが言うところの荒ぶる鬼神の話が変形したものなのだろうか?
「でも、ちょっと待ってやコチョウちゃん、その剣と『大接界』に、いったい何の関係が……?」
「それは……わたくしにも分かりません」
シーナの問いにコチョウは首を振った。
「『裂界』が起こったあの時、2つの剣は御主人様から奪われたからです。剣は裂かれた世界のそれぞれに封印されました。ご主人様もそれきり、姿を消されました……」
「奪われたって……誰に、何のために?」
「ご主人様のご主人様……『神さま』です」
コチョウは愛らしい顔を曇らせて、シーナにそう答えた。
「詳しい事は分りませんが、それまでご主人様がお仕えしていた神様に……『代替わり』があったようなのです。それから御主人様と神さまの間に、諍いが起こるようになりました。世界を巡る考えの違いによる諍いが。神様が『裂界』で世界を2つにお分けになったのも、それが原因なのかもしれない……。それから今まで、わたくしはこのお城、ご主人様の居城『狭間の城』で、ずっとあの方のお還りを待っているのです」
そう言って、コチョウは少し寂しそうにシーナに微笑んだ。




