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破界の魔王と吸血少女  作者: めらめら
第8章 獣王進撃
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怪盗シュヴェルト

「翼の姉ちゃん……翼の姉ちゃん……!」

 リートが目を覚ますと、目の前には燃え立つ炎のような紅髪を揺らした心配そうなシーナの顏があった。


 気を失ってからどれくらい経ったのだろうか。

 そこは日が落ちかかって薄暗くなった雑木林の中だった。

 へし折られた木々や周囲の地面からは、いまだキナ臭い煙が上がっている。

 硫黄の匂いがプンと鼻をつく。


「あなたは……人間の戦士?」

「シーナや。比良坂シーナ。シュンとメイくんの……ダチや!」

 気を失ったリートの傷を、シーナは手当てしていたようだ。

 引き裂かれた右肩には、白い包帯が巻かれていた。


「シーナ……。あの子が、メイがさらわれてしまった! 魔影世界に戻らないと……行先はきっと……!?」

「落ち着くんや姉ちゃん……いったい何があったんや?」

 オロオロした表情でシーナの肩を掴むリートに。

 シーナもまたリートの半身を抱きかかえて彼女にそう訊きかえした。


「あの男……『シュヴェルト』が出て来たの……」

 リートは目をつむり、悔しげにそう呟いた。

 リートの瞼の裏には、つい先ほどの戦いの光景が、まざまざと甦っていた。


  #


 1時間前


「ほらシュヴェルトの旦那、着きましたぜ!」

「手間かけさせたな、ゴブリン、トロール……」

 雑木林に不時着したメイとリート。

 2人を追って現れた黒犬の三兄弟。


 そんな彼らの前に突然現れたのは、大きな荷車を引いたトロールのザックと、車に乗ったゴブリンのガングだった。


 そして……タッ!

 ゴブリンの背後の荷台から彼らをねぎらいながら、地面に降り立った影がある。

 背丈は人間の大人くらい。

 全身を覆った真っ黒なマント。

 目深にかぶったこれまた真っ黒なフードのせいで、薄暗い林の中ではその素顔は隠れていてわからない。


「ガング、ザック、どうして……!?」

「なんなんだ、お前ら……!?」

 突然やってきた意外な乱入者の姿に唖然とするリート。

 黒犬たちも不審そうな声で警戒のうなりを上げている。


「俺はシュヴェルト。その娘を貰っていく……」

「ちょ……何を?」

 黒衣の男はくぐもった声でそう答えると、スタスタとメイとリートの方に歩み寄っていく。


 淡々とした男の様子に、茫然として固まるメイ。

 その時だった。


「こいつが……シュヴェルト!?」

 その名を知っているのだろうか。

 リートは唖然として息を飲んだ。


「「「待て!」」」

 黒犬兄弟が、一斉に男の周囲を取り囲んだ。


「盗人のシュヴェルト! この者は我らの獲物。手出しはさせぬ!」

「丁度いい! 今ここでお縄になれ!」

 黒犬たちが男に吼える。


 そして。


「ガウッ!」

 黒犬の一匹が牙を剥き、黒衣の飛びかかった。

 だが次の瞬間……


「ギャアウ!」

 黒犬が苦悶の声。

 そして見ろ。

 いつの間にか男の手のに握られて、空中で静止した黒犬の喉首に深々と突き立てられていたのは……

 銀色の刀身を輝かせた、一振りの日本刀だった。


「ファングを! きさま!」

 男を囲んだ残りの2匹が怒りの唸りを上げた。

 と同時に、ボオオオオ……


 奇妙な事が起きた。

 男が空中で仕留めたはずの黒犬の体から、真っ赤な炎と黒煙が噴き上がり、辺り一面に硫黄の匂いが立ち込めてゆく。

 炎に包まれた黒犬が、自身の前足で刀身から喉首を引き抜くいた。

 そして再び男めがけて飛びかかったのだ!


「ぬう!」

 再び刀を振る黒衣の男。

 だが炎と化した黒犬の身体は刀身をすり抜け、そのまま男に突進して行く。


「ちっ!」

 マントをはためかせ、男は黒犬をかわした。


 と同時に、ボオオオオ……

 残り二匹の黒犬からも、一斉に炎が噴き上がる。


「やってくれたな、盗人シュヴェルト!」

「捕えて手柄にしたかったが、もういい。この場で焼き尽くしてやる!」

 次々に怒りの声を上げながら、炎と化した3匹の犬が男ににじり寄っていく。


「炎と黒煙に変化する黒犬(バゲスト)の業……刀は効かぬか。ならば……」

 だが炎の犬を前にしてそう呟く男の声は、さきほどと同じく淡々としていた。

 そして次の瞬間、ズドン!

 何かを叩きつけるような音と共に、地面が揺れた。


「あれは……!?」

「なにを……」

 黒犬と男の戦いを眺めていたメイとリートも、目の前で何が起きているのか理解できなかった。


「グウウウウ……」

 犬たちが、苦し気なうめきを漏らしている。


 3匹が3匹とも、地面にへばりついていた。

 まるで見えない何かに縛り付けられたように、その場から全く動けないようだった。


「これは『グラヴィタの鋼玉』。からくり街のマシーネの館から頂いた骨董品だが……」

 事もなげにそう呟く男。

 いつの間にか男の左手に在ったのは、ソフトボール程もある黒光りする艶やかな球体だった。


 何か、犬たちに術をかけたらしい。


「刃の通じぬ黒犬の戦士も、重さが100倍になれば身動きはできまい。しばらくおとなしくしていろ……」

 男は犬たちを一瞥すると、クルリとメイとリートの方を向いた。


「秋尽……メイだな? 間違いない……」

「あなたは一体……!?」

 メイにそう問いかけ、戸惑いの声を上げるメイにむかって、ファサ……

 メイの顏をよく見るためだろうか?

 男が、目深にかぶった黒いフードを取った。


「「あ!」」

 メイとリートが驚愕の声。


 露わになったフードの内は異様だった。

 男の顏を覆っているのは、男の刀同様銀色に輝いた……髑髏の仮面だったのだ。

 1歩、2歩、メイとリートに歩みを進める男。


「寄るなシュヴェルト! メイに手を出すな!」

 リートがとっさにレイピアを抜いて、男に切りかかろうとしたが、次の瞬間。


「グッ!」

 リートがうめいた。

 目にも止まらぬ速さだった。

 気付けば既に、男の身体はリートの懐に飛び込んでいた。

 そして男の握った刀の柄尻が、リートのミゾオチに深々とめり込んでいた。


「う……あ……メイ!」

 リートの身体が、そのまま地面に崩れ落ちた。

 意識はあるが、痛みでその場から動けないようだ。


「リートさん……よくも!」

 メイが緑の瞳を見開いて、男をにらみつけた。


 ヒィィィィィィンン……


 辺りの気温が、急速に下がって行く。

 ピタリ。

 メイが男を指差す。


「だめだ、メイ……」

 メイに向かって歩みを進めながら、仮面の男は頭を振った。


「その力は、使ってはならない……」

 くぐもった声でメイにそう呼びかける男だったが、その声はメイには届いていないようだった。


()……」

 メイが冷たい表情で、男に向かって自身の氷を放つ。

 と思われたが……


「メイ……? メイ……!」

 異変に気づいたリートが、メイを見上げて愕然とする。


 男をにらみ、男を指さし、それから、メイは微動だにしていなかった。


 まばたきもしていない。

 息をしているようすもなかった。

 メイ自身がそのまま氷漬けになってしまったようだった。

 まるで生きた彫像のように!

 

「お前の時を凍らせた。これは『時の羅針』。俺が彼の地に身を沈めて7年……ようやく探し当てた魔影世界最強の宝具……!」

 そう呟いた男の掌の上で宙に浮き、メイの方を差しているもの。

 それは金色に輝いた、まるで羅針盤のない方位磁針(コンパス)の針だった。


「そんな、メイ!」

 悲鳴を上げるリートを背中に、仮面の男は彫像のように固まったリートの身体をかつぎ上げた。

 

「終わった。戻るぞ、ゴブリン、トロール!」

「はー。お見事なモンで、旦那!」

 メイを小脇に抱えて、男がガングとザックに号令する。


「ウゴゴ……。リートの姐さん……」

「心配するな。殺しちゃいない。出せ、トロール!」

 後ろ髪を引かれるように、不安そうな顏でリートを振り返るザック。

 だが男の声に、渋々車を引き始める。


 男がメイを荷車に乗せる。

 男とメイをゴブリンを乗せて、トロールの引いた車はそのまま林の奥に消えて行った。


  #


「間違いない。あいつは怪盗シュヴェルト!」

 ようやくダメージから回復したリートが、憤懣やるかたない顔でシーナにうめいた。


 荷車が消えてから程なく、黒犬たちを地面に縛り付けていたシュヴェルトの術は解けた。

 地面から跳ね上がった犬たちは、怒りの咆哮を上げると、動けぬリートを残して、黒煙とともに消えた。

 男を追うのか、それともバルグルの元に戻ったのだろうか?


「神出鬼没、変幻自在で正体不明。魔影世界を股にかけ、魔王の居城にすら難なく忍び込んでは宝物を盗み出す。手練だとは思っていたけど、まさかあんなに強いなんて!」

「『怪盗』……そんなんまでおるんか!?」

 リートの説明に、呆れた顔で息を飲むシーナ。


「そうよ。もう何年も姿を見せていなかったのに、まさかあいつまでメイを狙っていたなんて!」

 リートはそう答えてシーナの手を取った。


「シーナ……だっけ? 助けてくれてありがとう! お願い、一緒にメイを探して!」

「メイくんを? えーとその……リートくんと一緒に?」

「ええ。あいつらは魔影世界に戻ったはず。今ならまだ間に合うかもしれない!」

 真剣な表情でシーナを見つめるリート。


「ううう……」

 シーナは迷う。


 あれから祖父のラインハルトと、連絡が取れない。

 ヘリコプターから飛び降りたホタルの行方も知れない。

 学校から上がった爆炎も気になる。シュンは無事だろうか?


 それでも……


「シーナ……メイのこと頼む……」

 シーナの頭をよぎるのは、シュンが別れ際に彼女に託した、その言葉。


「シュン。信頼してええんやな? こっちは任せてええんやな?」

 シーナは口の中で、何度もブツブツそう呟くと……


「わかった、リートくん。メイくん探すで、向こう側まで案内してや!」

 リートの肩を叩いて、力強く


「ありがとう、シーナ! きっと『あいつ』も力になってくれるわ、さあ!」

 リートの顏が、明るくなった。


  #


 カツン……カツン……


 何処までも何処までも、まるで無限に続いていると思えるような螺旋階段を、1人の男が昇っていく。


 そこは奇妙な場所だった。男の踏みしめる階段も、周囲を覆った壁も、一点の傷も曇りも無い、無色透明な輝く水晶製のようだった。

 壁の向こうから、階段の足元から透けて見えているのは、一面の暗黒に宝石をまき散らした様な星々の輝き。

 男が纏っているのは漆黒のマント、その顏を覆っているのは銀色の髑髏の仮面だった。

 男の右腕には、凍れる彫像になったメイが抱きかかえられている。


「メイ……」

 男は冷たい表情で固まったままのメイの顏を見て、くぐもった声でそう呟いた。


 不意に、螺旋階段が途切れた。男の周囲に在った星空の暗黒が視界から消えた。

 階段を昇った先。男が辿り付いたのは、大きな、鏡張りの広間だった。


「おかえりなさいませ、シュヴェルトさま!」

 鈴を振るような音色で、そう男をむかえる声。


「まあ、それが新しい宝物ですの?」

「ああ、コチョウ。新しい宝物……そして最後の宝物だ……」

 不思議そうな様子で彼に尋ねる少女の声。

 黒衣の男シュヴェルトはメイを見下ろし、自分に言い聞かせるようにそう呟いた。


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