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破界の魔王と吸血少女  作者: めらめら
第8章 獣王進撃
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忌まわしき幻影

「くそ……! キリがねえ!」

 銀色の蓬髪を震わせて、獣王バルグルは忌々しげにうなりを上げる。

 先ほどまでバルグルが踏みしめていた校庭の土は、いまや底の知れない泥沼となってバルグルの足をとる。

 周囲の地面から盛り上がった醜い土塊でできた怪物たちが、獣王の斧で砕かれても砕かれても、際限なく湧き上がって獣王に襲い掛かって来るのだ。


「リート……、あいつ、なんで!」

 土塊の怪物を砕き、殴りつけ、踏みしだきながら。

 バルグルは黒煙の合間からのぞいた空を見上げて顏を歪めた。


「いい子ね坊や、しばらくそのまま遊んでいなさい……!」

 黒煙の向こう。

 校舎の物陰から獣王の影をうかがいながら。

 シュンの母、如月ナユタが額に玉の汗を浮かべてニヤリと笑う。


 ヒィィイイイン……ヒィィイイイン……ヒィィイイイン……


 よく耳をすませばナユタを中心にして校庭に鳴り響いていくのは、なにか甲高い金属音のようだった。


 ナユタが右手に持っているのは、小さな銀色の音叉だった。

 ナユタが空中でその音叉を振るそのたび。

 何かを叩いたわけでもないのにヘルツの異なる微弱な音の波が校庭を渡ってゆくのだ。


「比良坂の魔器『幻惑の音叉』……。妖怪相手に使えるかイチかバチかだったけど、うまく行ったみたいね。知能の高いヤツで助かった……!」

「おお……ナユタ女史! きてくれたのか……」

 音叉を振りながら、ホッとした様子でそう呟くナユタ。

 バルグルに装甲を砕かれて昏倒していたラインハルトが、ようやく起き上がってナユタに近づいて来た。


「散々でしたねボス。シーナちゃんはシュンと一緒にメイちゃんを追っています。早く、本社の『援軍』と……あと自衛隊を!」

「わ、わかったナユタ女史……!」

 厳しい顔で老人を振り返るナユタ。

 ラインハルトも慌てて右腕の腕時計型ディスプレイを覗き込み、どこかと通信を開始した。

 その時だった。


 チリーン……チリーン……チリーン……


 ナユタの音叉の音色とは異なる、鈴の音のようなものが、何処からともなく聞こえてきた。

 と同時に、


「ウッ!」

 ナユタは思わず口元を手で覆った。

 校庭に充満した黒煙のキナ臭さを塗り潰すように。

 甘く腐った果実のような異様な匂いがあたりに立ちこめて行く。

 何か、様子がおかしかった。


「すごいわ。あの獣王を惑わすなんて。でも、いけないわ……」

 煙の向こうから、まるで鈴を振るような少女の声。

 声はナユタとラインハルトにそう語りかけてくる。


()にそんなことをするのは危険すぎるわ。そう例えばその音に、私の()乗せ(・・)たりしたら……」

「……何を言っているの! あなたは一体!?」

 ナユタは得体の知れない強烈な不安に駆られて、煙の向こうの影に叫んだ。


  #


 アナタ……タスケテ……アナタ……


 斧を振い土塊の怪物を蹴散らすバルグルの耳元で、ふと、誰かの囁き声がした。


「そんな……馬鹿な!」

 驚愕の形相で灰色の瞳を見開く獣王の眼前に、桃色の花弁が一片、また一片。と同時に、


 ズズズズズ……


 土塊の怪物たちがバルグルの前で寄り合わさっていく。

 黒い塊が、徐々にその形を変えてゆく。

 銀色の牙をギチギチと鳴らす。

 毛むくじゃらの八本脚で辺りの土を掻く。

 今バルグルの前にあるのは、真っ黒な剛毛に覆われた巨大な蜘蛛の姿!


「生きていたのか……! 貴様ァアアアアアアアア!」

 バルグルが怒りの咆哮を上げた。

 獣王の握った巨大な斧の刃から、蒼黒い炎が猛然と燃え上がった。


  #


「放して、放してよリートさん!」

「だめ、放さないメイ!」

 メイを抱きかかえて校庭を飛びたったリートが、白い翼をしならせて市街の上空を飛行していた。


「約束した! バルグル様にはメイに手出しをさせないって! そしてメイにもバルグル様には……」

「下ろしなさい、リート! シュンのところに戻るのよ!」

 リートに抗って、なんとか彼女の手から逃れようと。

 空中でその身をくねらせるメイだったが、その時、


「ぐっ!」

 リートが苦悶の声を上げる。


「あ……!」

 今ようやくリートの様子に気づいたメイは、緑の瞳を見開いた。

 校庭から飛びたつ直前、リートの右肩はメイの放った黒い氷に深く抉られていた。


 氷は今もリートの衣を裂き、彼女の肩口で冷たい光を放っている。

 肩から流れる血が、リートの半身と、同時に彼女の抱きかかえたメイの半身を赤く濡らしていた。


「だめか……もう限界……下りるね……」

「リート……さん……」

 リートが、力ない声でメイにそう呼びかける。

 純白の翼のしなりが徐々にその回数を減らしてゆく。

 リートとメイの高度が、ゆっくりと下がって行った。


  #


 ザザアアア……


 ほとんど不時着に近い形でリートが降り立ったのは、御珠市の丘陵地帯に広がった雑木林の中だった。


「ううあ!」

 着地と同時に、リートが苦痛にその身をよじる。

 翼の少女の身体が地面に転がる。


「リートさん! どうして……そこまでして!?」

 こちらは全く無傷のメイが、狼狽してリートの半身を抱き上げた。

 そのつもりは無かったとはいえ、メイがリートを傷つけたのだ。


「メイ、お願い、バルグル様とは争わないで。あの方は吸血鬼に騙されているだけなのよ。私が、絶対にやめさせる。なにか手立てを考える。だからお願い。それまで何処かに逃げていて……」

「リートさん……ごめん、私あなたを……」

 自身の創も顧みず、リートは金色の髪を揺らしながらメイに力なく訴えた。


「メイ。接界がおわるまで、私と一緒に獣の谷に行きましょう。あそこにはまだリュウガがいる。猫人(ミアウ)の村ならメイも……シュンだって隠れていられる。きっと安全よ……」

「リートさん、でも私……」

 リートの半身を抱きしめ、彼女の金色の髪撫でながら。

 メイは戸惑い顏でリートに答える。


 自分が慕う王とメイの間に立って、リートはこうすることしか出来なかったのだろう。

 獣の谷で知り合ったとは言え、リートにとっては異世界の住人に過ぎないメイの為に、彼女は身体を張ってそこまでしてくれたのだ。

 リートの気持ちには答えたい。でも……


 メイは迷う。

 校庭で獣王バルグルが発した言葉。

 メイの母コダマは死んだ。獣王は母親の仇。

 シュンの命が危ない。

 メイは、その場で胸の内に吹き上がる怒りを抑えきれなかった。

 あれからシュンは無事だろうか。

 彼女を守るために戦った、シーナ、ホタル、ラインハルトたちは……?


 メイはこれから、どうすればいいのだろう。


「わからない、わからないよ……」

 ため息をつき、メイは首を振った。

 その時だ。ビクン。

 リートの全身に緊張が走った。


「リートさん?」

「黒犬兄弟……! もう来た!」

 只ならぬ様子のリートに不安の声を上げるメイ。

 リートはメイを振り解いて、苦しげにその場から立ち上がると辺りを見回した。


 グルルルルルル……


 雑木林の合間から、犬たちの唸り声が近づいてくる。


「リート、逃がしはしない!」

「その娘をバルグル様にわたせ!」

 そして、校庭での戦いと同じだった。


 ゴオオオオ……

 地面から噴き上がる3本の真っ赤な火柱。

 炎の中から現れたのは、仔牛位もある3匹の黒犬。

 バルグルに忠誠を誓ったゲブリュル兄弟が、メイとリート追ってここまでやってきたのだ。


「く……! メイ、下がっていて」

「リートさん、だめ!」

 リートが苦痛に顔を歪めながら、血塗れの右手でレイピアを構える。


「本当に……俺たちと戦うつもりだなリート! 容赦せんぞ!」

 黒犬の1匹が牙を剥き、リートにそう告げる。


「それは……こちらの台詞!」

 バサリ。


 リートが純白の翼を広げた。


 ザワザワザワ。


 何かがざわめく様な音とともに、翼から生えた羽毛が、ゆっくりと逆立っていく。


 今、共に同じ王に忠誠を誓った翼人(ジレーネ)の少女と黒犬(バゲスト)の3兄弟が、刃を交えようとしている……その時だった。


 ズシン、ズシン。雑木林の木々がユサユサ揺れた。

 徐々に近づいて来る地鳴りのような音。


「これは……足音!?」

 リートは油断なく辺りを伺う。

 この音には聞き覚えがあった。


 そして……


「本当にこっちでいいんだな、ザック?」

「ウゴゴ……。間違いありませんやガングの旦那。俺の鼻は魔狼(ワーグ)より利くって評判なんで……」

 何かに苛立つような甲高いしわがれ声に、間の抜けたような野太い声がそう答える。


「急ぐんだよ、『入り口』が閉じる前に、早いとこむこうに帰るんだからな」

「ウゴ……わかってまさあ……」

 バリバリバリ……

 茂みをかき分ける音とともに、声の主がメイとリート、黒犬たちの方に近づいて来る。


「何だ?」

 黒犬たちも警戒の面持ちで身構えている。


「いました旦那、リートの姐さんです!」

「ザックと……ガング!?」

 現れたのは、巨大な荷車を引いた大男と、荷台に乗ったシルクハットの小男だった。


 緊迫した戦いの直前。

 唐突に現れた意外な顔ぶれに、リートは唖然としてそう呟いた。

 トロールのザックと、ゴブリンのガングだった。


「どうして……」

 メイも緑の瞳を見開き息を飲むしかなかった。


「旦那、シュヴェルトの旦那、着きましたぜ、まだ生きてますぜ!」

 そう言ってガングは、荷台の後ろに座っている黒衣に包まれた影を振り返った。


  #


「シーナ、あっちだ、あの林の向こうだ!」

「ああ、わかっとるで、シュン!」

 市街上空、リートとメイを追って校庭から飛びったシュンとメイが、遠方で落下して行くリートの姿を認めて焦りの声を上げていた。

 シーナの操縦で空中を疾走してゆくのは、エアバイクに変形したラインハルトの魔進戦馬(マシンウォーホース)マツカゼ。

 後部座席に座ってシーナにつかまったシュンは、不安の面持ちでリートの落ちた先を睨んでいた。


「メイ……リート……!」

 そう呟いて唇をかむシュン。その時だった。

 

 ドガーーーーン!


 シュンとシーナの背後から、凄まじい爆音が響いた。

 ビリビリと空気が震えた。


「いったい何が……ああ!」

 座席から後方を振り返って、シュンは愕然として息を飲んだ。

 爆音の源は、シュンとシーナが先程飛び発った聖ヶ丘中学校だった。


 校庭から、校舎から、猛然たる爆炎が噴き上がっていた。

 ガラガラと音を立て、校舎の一部が倒壊して行く。


「母ちゃん! みんな!」

「祖父ちゃん! ホタルちゃん!」

 シュンとシーナがほぼ同時に、絶望の叫び声を上げた。


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