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破界の魔王と吸血少女  作者: めらめら
第8章 獣王進撃
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魔氷ふたたび

「その声……! その魔気……! お前はヤギョウ将軍!」

 校庭に降り立って、足元から自身を見上げる小さなタヌキ。


 バルグルは驚きの声を上げた。

 タヌキのヤギョウが獣王の前に立ったのだ。


「獣王よ、このヤギョウの前で、これ以上の勝手はさせぬぞ!」

「なるほど将軍……変化の術に長けていると聞いてはいたが、まさかそんなナリで『こちら側』に紛れ込んでたとはな……」

 胸を張り、厳しい形相でバルグルを睨み上げるヤギョウ。

 獣王は感嘆の表情でそう呟いた。


「答えよ獣王……」

 沈痛な面持ちで、ヤギョウはバルグルに問いかけた。


 ヤギョウの胸には、15年前の大接界、吹雪の国辺境の戦いの記憶が鮮明に甦っていた。

 突然進攻してきたバルグルの軍団と相まみえ、主君である魔王シュライエを失った忌まわしいあの日の記憶が。


「獣の谷を統治する誇り高き王であったお主が、なぜ吸血鬼などと結託を……? なぜ我らの姫様をつけ狙う? そして……言え!」

 言葉を継ぐヤギョウの声は震えていた。


「我らが主、魔王シュライエ様は何処におられるのだ!?」

 15年前、意識を失い人間界に落下するシュライエを追って、バルグルもまた人間界へと姿を消した。

 その後、主を求めて人間界に飛び出したヤギョウが目にした驚愕の光景。


 気配無きバルグル。

 記憶を失ったシュライエ。

 人間の子を身籠った魔王の変わり果てた姿……。

 そして15年後の今、魔影世界より再び訪れた人間界、ヤギョウの求めるシュライエの姿は無かった。


 探し当てたのは何も知らない魔王の子、メイ。

 そして事件の元凶、獣王バルグルの一党……。

 ヤギョウは意を決して、バルグルに向かって自身の主君の行方を問いただした。


 この数日彼を苛んできたある恐怖。

 無意識に考えまいとしてきた、恐ろしい可能性とついに向き合う時が来たのだ。


「なに、お前に話したって詮無いことさ将軍。俺は国を捨てた。もう王でもなんでもねえ、誰とツルもうが俺の勝手さ。たとえ相手が、お前らが蔑む『吸血鬼』でもな……。それと、主を探しているなら残念だったな……将軍」

 ヤギョウを見下ろしそう答えるバルグルの声もまた、重く沈痛だった。


「お前たちの主君……魔王シュライエはもういねえ。この俺がぶっ倒した!」

 バルグルが、吐き捨てるようにヤギョウにそう言い放った。


「あいつがシュライエを……メイの母さんを……!」

 バルグルがヤギョウに告げた無情な事実。

 校庭に伏したシュンもまた愕然として息を飲んでいた……次の瞬間。


「う……うあぁああ!」

 校庭を渡ったヤギョウの慟哭。

 と、同時に。


 ズドン! ズドン! ズドン!


 バルグルの周囲の地面に、幾筋もの輝く稲妻が炸裂した。


 ジジジジジ……掠れた音と共に、ヤギョウのタヌキの体毛が、金色の光に包まれていく。

 逆巻く体毛の合間から、パチパチと飛び散る火花。

 光に包まれたタヌキの身体が、徐々にその大きさを増していった。


 そして、輝くヤギョウがシュンの方を向いた。

 

「立て小僧! 人間ども! この場はわしが預かる。お前たちは姫様を連れて、ここを去れ。一刻も早く、遠くまでじゃ!」

「ヤギョウ……!? う、ああ、わかった!」

 シュンに向かってそう叫ぶタヌキに、シュンは剣を支えにしながら、どうにか立ち上がって答える。


「あたたた……なんや、何があったんや?」

 校庭に墜落して気絶していたシーナも、ようやく意識が戻ったようだ。

 

「ぬうう……くるか!」

 変化してゆくヤギョウを睨んで、バルグルはそう呻いた。

 

「いいぜヤギョウ、魔影世界(シャテンラント)に聞こえた天剣の力、この俺に通じるかどうか、試してみろ!」

 ベルグルの形相は厳しかった。

 その灰色の目は変化していくタヌキの姿を鋭く射抜き、右手に携えた巨大な戦斧がヤギョウに向かって構えられた。


 だが、その時だった。


 ギンッ!


 校庭を切り裂く軋んだ音と同時に、斧を構えた獣王の手を、黒光りする何かが貫いていた。


「ぐぅおお!」

 シュウウウ……。

 予想外の出来事。

 冷たい湯気を立てながら右手に食い込んだ異物の正体を目にして、獣王は驚愕の声を上げた。


 彼の右手を貫いているのは、黒光りする半透明の……氷だった。


「まさか……この冷気は……!」

 バルグルを襲った異変に、シュンもまたオロオロしていた。

 校庭に立ち辺りを見回す彼の足元に、白い絨毯が広がっていく。


 校庭一面に、霜が降りて行く。


 そして、コツン……コツン……コツン……

 シュンとバルグル……校庭に立つ一同の頭上から、乾いた靴音が響いてきた。


「ああメイ……そんな……」

「メイくん……!」

 靴音の主の姿を空中に認めて、シュンは絶望の呻きを漏らした。

 シーナもまた愕然として呻いた。


 シュンとバルグルの頭上から。

 緑に輝く瞳で彼らを見下ろす。

 まるで能面のような蒼白の顔。

 そこに居たのは、秋尽メイだった。


 今彼女が立っているのは、不思議な柱だった。

 辺りを覆った強烈な冷気と同時に、校舎の階上の一窓に向かって地面からせり上がった、巨大な黒い霜の柱だった。


 霜は螺旋を描きながら校舎3階に開け放たれた教室の窓と地上とをつなぐ、黒い氷の階段だった。


 その階段を1歩、1歩、校庭向かって踏みしめながら。

 メイはシュンとバルグルとをゆっくり交互に見回した。


 表情を閉ざしたその顏とは真逆。

 まるでエメラルドの様な緑の瞳のその奥には、見るものを圧倒する冷たく刺すような光があった。


 教室の窓からメイを見下ろす生徒たちは、水を打ったように静まり返っていた。

 校庭で展開される戦いとメイの異変に、もう驚きの声すら失われていた。


「ひ……姫様、なりませぬ! お逃げくだされ!」

「ヤギョウさん、もういいわ。下がっていて……」

 金色の光に包まれた、狼狽するヤギョウを一蹴。

 メイは氷の階梯を降り、校庭に立った。


「う、ぐうぅ……」

 ヤギョウが呻く。

 メイが、バルグルとヤギョウの間に歩いて来た。

 と同時に、ヤギョウを包んでいた金色の光は急速にその輝きを弱めて薄らいでいった。


 ヤギョウの身体が、もとのタヌキの大きさへと縮んでいった。

 自身の技でメイを巻き添えにしかねない。そう考えたのだろう。


「なるほど、お前が『器』……秋尽メイか。はー……。その眼、その顏、『いかにも』ってナリしてやがるが……」

 バルグルは、目の前に立つ少女……メイと、自身の右手を貫いた黒い氷を交互に眺めて、大きなため息をついた。


「そうよ。はじめまして、私が秋尽メイ。あなたがバルグルね。私を襲って、シュンとお祖母ちゃんを傷つけた人、そして私の母さんを……殺した人……」

 淡々と……静かともいえる口調でバルグルにそう答えるメイ。

 だがその声には、隠しおおせぬ感情の軋みがあった。

 怒りと、憎悪だ。


「まあな、成り行きとは言え、その通りさ。詫びるつもりはねえ。それにしても、お前さんの方から出て来るとはな、引っ張り出す手間が省けたってもんだが……大人しくついて来る気は、ないみたいだな?」

 バルグルは、少し悲しそうにも見える顏でメイにそう答えると、彼女の方に歩みを進めて行く。


「メイ……やっぱりお前……その力を……!」

 シュンは剣を支えにメイとバルグルの方に身体をひきずっていく。


 心のどこかに、ずっと引っ掛かっていた。

 認めたくなかった。

 あの時、倒壊した秋尽の家でメイが放った黒い氷。


 大鰐の四肢を、頭部を、全身を無残に引き裂いたあの力。

 制御できない激情に突き動かされた、あの場限りの力だと思いたかった。


 だが、もう疑いようがなかった。

 バルグルの右手を貫いた氷。

 校庭から校舎の三階までせり上がった黒い階段。

 メイは黒い氷の力を、自身の意志で操ることが出来るのだ。


 そして今、シュンたちを蹂躙し叩きのめしたバルグルの前に立って。

 メイは自身の力でバルグルを倒そうとしているのだ。


「メ……メイ、やめろよ、その力、もう使わないって……」

「大丈夫よシュン。もう、シュンを戦わせたりしない。シュンは命がけで私を守ろうとしてくれた。それでもう、充分……」

 オロオロしながらメイを止めようとするシュンの方を向いて、メイは優しげな声でそう答えた。


「この力を使えば、私がシュンより強い事も知っていた。シュンが私の為に戦ってくれるのが嬉しかっただけ。でももう駄目よ。もう終わりにする……」

「……メイ!」

 シュンに微笑むメイのその顏に、シュンの胸に教室で覚えた戦慄が甦った。


 何かが吹っ切れたようなメイの瞳。

 妖しく艶めいたメイのその顏。

 シュンの全身が、再び総毛だった


「ふん、随分な自信だが、ヤギョウもお前さんも、やっぱり気づいてないんだな、お前さんのその、魔王の力は……」

 メイに向かって斧を構えて、彼女に何かを言いかけるバルグルだったが、次の瞬間。


 フ……メイの口許から笑みが消えた。

 ピタリ。メイの白魚の様な指先がバルグルを差した。


「右手!」

 校庭に響いたメイの冷たい一声。


「来るか、メイ!」

 バルグルの顏が歪んだ。


 ギンッ!


 獣王の周囲の空気が歪んで、彼の周囲を冷たく輝く魔氷が覆った。


 ボオオオオ……巨大な戦斧から噴き上がる炎で、バルグルは黒い氷を溶かして防ごうとする。

 だが空中から絶え間なく精製される氷は、炎を圧倒して容赦なく獣王の右腕に食い込んでゆく!


「メイ! やめろぉ!」

 バルグル向かって氷を放ったメイに、シュンがたまらずそう叫んだ。

 その時だった。


「オオオオオオオンン……」

 何処からともなく聞こえてくる、犬の遠吠え。


 そして、ボオオオオ……

 校庭の地面から、バルグルの戦斧の炎とは異なる、真っ赤な炎が噴き上がった。


「なんだ!」

 突如の変事に驚くシュン。

 目の前で噴き上がった炎が3つの火球に変じると、ザッ!


 炎の中から、何かが校庭に駆け出した。


「「「バルグル様ぁ!」」」

 次々とそう声を上げながら獣王の許に駆け寄っていく者たち。

 それは燃えるような紅い目と、真っ黒な体毛をした、仔牛位もある大きさの……3匹の犬だった。


「ファング、クラーレ、ナーゼ! ゲブリュル兄弟か!」

 メイの氷を防ぎながら、犬の姿に戸惑うバルグル。


「あの姿は……黒犬(バゲスト)!」

 三匹の黒犬の姿を認めて、タヌキのヤギョウもまた驚きの声を上げた。


 次いで、


「バルグル様……!」

 空から降って来る鈴の音の様な声。


 バサア!

 翼の羽ばたくような音とともに、空の一点が黒く陰った。


「あの声は……」

 シュンは空を見上げる。

 聞き覚えのある声だった。


 バサリ、バサリ。

 羽ばたきの音と共に空を陰らす一点がみるみる大きくなり、地上に接近し……。


 タン。校庭に降り立ったのは、輝く様な金色の髪を靡かせた、一人の少女だった。

 チェインメイルにその身を包み、背中に広がったいるのは純白の翼。


「リート! なぜココに!?」

 獣王の目が、驚愕に見開かれた。

 翼人(ジレーネ)の少女、リートがやって来たのだ


黒犬(バゲスト)翼人(ジレーネ)……獣の谷の戦士……!」

 校庭に降り立った新たな闖入者の正体に気づき、ヤギョウは再び驚きの声を漏らした。


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