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破界の魔王と吸血少女  作者: めらめら
第7章 最後のバーベキュー
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帰還

「よし、行くぞ、みんな!」

「えー。もう行っちゃうのリュウガ? ヤダヤダ! もっと外の世界のお話してよ~!」

「なーにミッケ。2、3日したらまたすぐ戻るさ。沢山お土産持って来るからな」

「ヤダヤダヤダ、もっと居てよー!」

 七色に光る蛙に彩られた川辺から立ち上がり、スタスタと歩き始めたリュウガ。

 彼の足に小さな猫人の少女ミッケが、すねた顔をしてしがみ付く。


「お、親父。なんでそんな……馴染みまくってんだよ……!?」

 まるで親戚の家の子供をあやすような調子で、つまみあげたミッケを自分の帽子に乗せて歩きだすリュウガ。

 その背中を、シュンは茫然として眺めた。


「こっちの世界に……溶け込んでる!?」

「まったく呆れたものよね。人間のくせに……」

 驚きの声を上げるメイに、翼の少女リートも呆れ顏をしてうなずいた。


「まあな。猫人の村は気のいい連中ばかりだからな。土産物をケチらず、敬意を払って接すれば口も固い……腰を据えてこの谷を見て回るのには、うってつけの場所なのさ……」

 リュウガは事も無げにシュンにそう答えた。


「ココの村……この谷って、じゃあ親父……この世界の他の場所の事も知ってんのかよ?」

「ああ、15年前に何度かな。他の場所では、また別の『やり方』が要るけどな……」

 シュンの問いかけに背中越しに答えたリュウガの声が、心なしか固かった。


「リュウガ、『入り口』の場所はわかるの? 向こう側への……。まだ確度も大きさも不安定なんでしょう?」

「ああ、抜かりないさリート。こいつがあれば……」

 リートが輝く様な金髪を揺らしながらリュウガにそう尋ねる。

 リュウガはリートを向いてニカッと笑うと、ジャケットのポケットから何かを取り出した。


「電話……!」

「人間の機械……?」

 リュウガの取り出したスマートフォンを見て、シュンとリートは再び首をかしげた。


「ああリート。接界点の観測と予想は、人間の方がお前たちより進んでるんだぜ。さ、車を出す準備をしてくれ」

「わ、わかったわ……」

 自信たっぷりのリュウガに、リートは微妙な表情でそう答えた。


  #


「じゃあねリュウガ、バイバイ!」

「またお土産買ってきてね!」

「リュウガ、猫酒(バルドリア)のいいやつ、また頼むよ!」

「おう、みんな、またな!」

 ガランガラン……。

 トロールのザックが引く荷車が猫人(ミアウ)の村を出発した。

 見送る猫人たちに、リュウガが手を振り別れを告げる。


「それにしてもなあ……。まさか、メイちゃんにそんな事情が……。シュン、お前もよく戦ったな……」

 猫人の村が背後の視界から消えた頃。

 ようやく荷車に腰を下ろしたリュウガは、メイとシュンとをしげしげ見つめた。

 荷車までの道すがら、シュンはリュウガこれまでの事情を話していたのだ。


「私も驚いてます……。でも、シュンが私の事を守ってくれて……」

「べ、別に、巻き込まれただけだからさ。それに当たり前だろ! メイを守るなんて……」

 リュウガに小さくうなずいてシュンの手を取るメイに、シュンは顔を赤らめてそう答えた。


「親父は……15年前からこっちの世界とか、ハルさんの事を知ってたのか?」

「ああ。魔影世界の存在を知ってフィールドワークを始めたのも、もともとはその何年か前、比良坂のハルさんからコンタクトがあったからなんだ。俺たちの世界と隣り合わせになったもう1つの世界。その世界の住人の生態や社会を、時間が許す限り詳しく観察して欲しいってな。資金も準備期間も、たっぷりだった。その時に、まあなんだ。ナユユ……母さんともな……」

「母ちゃんと……ハルさんの紹介で!」

 初めて耳にする両親のなれそめに、シュンは開いた口が塞がらなかった。


 シュンの両親は、比良坂ラインハルトを通じて知り合ったというのだ。

 シュンの如月家とシーナの比良坂家との因縁は、意外なほど深かったようだ。


「じゃあ親父も知ってるんだな? メイの父さんと、母さんの事も……」

「ん……ああ。キョウヤとは、ハルさんの紹介で何度かな……」

 シュンの問いかけに、リュウガはおずおずとそう答えた。


「あの……どんな人だったんですか? 私の父さんと……母さん?」

「うーんメイちゃん。キョウヤのことは……」

 真剣な顏で両親の事を尋ねるメイに、リュウガは言いずらそうな顔で頭を掻いた。


「ハルさんと出合って、魔影世界の事を知り、さらにはその世界の住人が人間世界にやって来ていると知った当時の俺は、もう夢中だったよ。どんな世界なのか、だんな奴がいるのか、どんな生活をしてるのか、見て、会って、話してみたい! ってな……。だがキョウヤはそんな事、おかまい無しだった、人間世界に出て来たこっちの連中を殺すことだけを考えていたからな。相手の事情もなにも知った事じゃない。正直、気に食わなかったよ……」

「……そうだったんですね」

 リュウガの答えに、メイは顔を伏せた。


 祖母のユウコが比良坂の屋敷で話した通りだった。

 メイの父キョウヤは、魔物、妖怪に対しては容赦の無い男だったようだ。


「だがあの『大接界』の後……そんなキョウヤも変わったよ。夜見の衆の一線を退き、無闇にこっちの奴らを殺すこともなくなったってな。顏つきも落ち着いて、穏やかになって。あの人と暮らすようになってからな……」

「母さんですね!」

 リュウガの言葉に、メイは緑の瞳を輝かせた。


「ああ。コダマさんだ。1度しか会った事ないけどな。綺麗な女性(ひと)だったよ。今思えば本当に、人間とは思えないくらいの……」

 そう答えるリュウガの目は、どこか遠くを見据えていた。

 そうこうしている内に。


「あのー、そろそろですぜ。翼人(ジレーネ)の姐さん……」

 ザックがリートを向いて、おずおずとそう言った。


 ガクン。

 トロールの引く荷車が止まった。

 リュウガの指示した場所、猫人の村から西に向かって3kmくらいだろうか。

 目的地にやってきたらしい。


「よし、この辺りだぜみんな。接界点は多分このへんに……ほら!」

 止まった荷車から身を乗り出して辺りを見回していたリュウガが、夜の森の1点を指差して声を上げる。


「あれは!」

「来た時と同じ……」

「これでやっと帰れる!」

 シュン、メイ、ホタルもリュウガの指差す先に目を遣って驚きの声。


 何もない空中に揺らめき立つ七色の陽炎。

 そこにあったのは、シュンたちが神社で見つけたのと同様の2つの世界の通り道、『接界点』だった。


「でもこの場所、どうしてわかったんだよ、親父?」

「ああ、谷の各所に仕掛けたマーカーが、接界点から向こうに流れて行く妖気の量をモニタリングして、こいつに送信してくるのさ。接界点の付近ほど妖気の乱れが激しいからな……」

 不思議そうにリュウガにそう尋ねるシュン。

 リュウガはポケットから取り出したスマートフォンをシュンに見せてそう答えた。


「こっちじゃ電話は使えないが、比良坂の連中が開発した妖気計と検知アプリは十分役に立つからな!」

「スマホで、そんなものまで……!」

 おそらく比良坂ラインハルトの手によるものだろう。

 父親の持つ電話の意外な機能に、シュンは息を飲んだ。


「よしトロール。いったん車ごと、向こうにみんなを運ぶんだ。全員降ろしたら帰してやるからな!」

「ウゴゴ……わかったよぉ」

 リュウガが有無を言わさぬ様子で、トロールのザックにに指示を出す。

 ザックがしぶしぶ、車を引く縄を再び担いだ。


  #

 

 ザックが車を引いて潜りぬけた接界点の向こうは、『九頭竜神社』の人気のない境内だった。

 向こう側へ行く前は、石畳にこぼれていた昼下がりの木漏れ日も、今は落ちかかる夕日に替わって、あたりの景色を橙色に染めていた。


「あー、やっと帰って来れた!」

「これが……人間の国。出て来るのは初めて……!」

 ホタルが両手を伸ばして晴れ晴れした顔。

 同行してきたリートが、不思議そうに辺りを見回している。


「境内……さっきと場所が違うのか……?」

 来る時は石段の下だったのに。

 シュンは不思議な気分で辺りを見回す。


「ああ。この時期はまだ不安定だからな。おおよその位置は一緒でも、発現する時期によって微妙に入口の座標が変わるのさ。さあみんな、眠ってる人たちを降ろすんだ!」

 リュウガはシュンを向いてそう答えると、車を飛び降り一同に指示を出した。


「あーあ、せっかく集めた商品が……。猫人の村にも人間が潜り込んでやがるし、獣の谷の連中は一体どうなってんだよ……?」

 荷車から次々に運び出される人々を眺めながら、縛り上げられたゴブリンのガングがこれ見よがしに大きな溜め息をついた。


「ゴブリンにトロールか。人攫いが商いとは、まったく仕方のない連中だな!」

 リュウガは、縛り上げられたゴブリンのザックをにらみあげる。


「いいことガング! この先も、あの牙蜘蛛の連中とは関わらないのが身のためよ。あいつらの獲物が人間だけではないことくらい、あなたたちだって知っているでしょう?」

 リートが青い瞳を光らせて、厳しい顔でゴブリンを問いただした。


「んーなこたぁ判ってるよ。音痴の姉ちゃん!」

 ガングは忌々しげにリートを睨み返す。


「でもよ。あの連中が隠の洞から掘り出してくる黒魔石や流れ銀は、からくり街の細工物に欠かせないんでね。まあ向こうもこっちも、得する商売ってわけよ。元手も要らねえしな……」

「く……! こいつ!」

 悪びれる様子も無いゴブリンに、こらえかねたシュンが彼の胸ぐらを掴もうとするが、


「やめてシュン!」

「だってリート……」

 リートがシュンを制した。


「人間たちは取り戻したでしょう。約束は果たした。ガングたちも谷の境で開放するわ。これでこの件は、おしまいよ……」

「ああ、その通りだシュン。さ、手伝ってくれ。眠ってる人たちを向こうに運ぶんだ」

 リートとリュウガが荷車を降りて、シュンにそう告げた。


「わ……わかったよリート、親父……」

 シュンも渋々ガングから離れて、荷車から飛び降りた。


  #


「じゃあな、リート。色々ありがとな!」

「リートさん、助けてくれてありがとう……」

「いいのよ。仕事なんだから。私も、あなたたちには助けられたし……」

 暮れなずむ神社の境内。

 シュンとメイは、リートと別れの挨拶をかわしていた。

 リートの手伝いもあり、トロールの袋に捕えられていた人たちは全員荷車から降ろされ地面に寝かされている。


「うごご……ねえ姐さん……はやく帰りましょうよ」

「こらーザック! 何で音痴の姉ちゃんにヘコヘコしてんだよ!」

 傍らでは、トロールのザックが不安そうに辺りを見回してリートをせっつく。

 荷車の上からは、縛られたゴブリンのザックが怒りの声を上げていた。


「ええ、帰りましょうザック、でもその前に……メイ、お願いがあるの」

 リートがそう言って、メイの方を向いた。

 そして腰に下げたポーチから何かを取り出して、メイに手渡す。


「メイ。あなたたちがバルグル様を良く思っていない事は知っている。吸血鬼たちと争って、命を狙われていることも……だからこんなことを頼むのはおかしいかも知れない……でも、聞いて欲しいの!」

「これは……?」

 リートの言葉に、メイは緑の瞳を見開いた。

 メイが受け取ったのは木製の小さな横笛だった。


「これは『翼人(ジレーネ)の笛』。たとえ世界を隔てていても、接界の間ならば私がその笛の音を聞き逃すことは無い。もしバルグル様に出会ったら、これを吹いて私を呼んで。獣の谷の何処からだって駆け付けるわ。誰にも……バルグル様にも、あなたたちに手出しはさせない!」

「リートさん……!」

 リートの言葉に、メイは息を飲んだ。


 人間世界に潜んだ魔王バルグルの拠点はラインハルトの攻撃によって破壊された。

 巨大な妖気の反応も消え、バルグルは既に死んでいるだろう。

 この少女に、本当の事を伝えるべきだろうか。


 だが……


「わかった、リートさん。約束は守る。彼に会ったら、絶対にあなたを呼ぶから」

 メイはリートの笛を手に取って、彼女にそう答えた。

 リートのまっすぐな瞳が、メイに残酷な事実を伝えることをたじろがせた。


「ありがとうメイ。本当は私が人間の世界で、バルグル様を探したい。でも谷を見守るのが私がバルグル様から託された仕事なの。感謝するわ……」

 リートはそう言ってメイに微笑むと、金色の髪を翻して境内に揺れ立つ七色の陽炎を向いた。

 

「行くわよザック。獣の谷に帰るのよ!」

「ウゴッ! わかったっす姐さん」

「ちくしょーとんだ貧乏くじだったぜ!」

 翼の少女リートが接界点の向こうに姿を消した。


 次いでリートの背中を追うトロールと、車に乗ったゴブリンが姿が揺らいでいく。

 魔影世界の住人たちが自分の世界に戻って数分も経つと、七色の接界点の揺らぎも徐々に薄らいで夕闇に消えていった。


「あー。もう消えちまった。またマーカーを撒いて入り口を探さないと……いや、ハルさんがこっちに来てるなら、そっちの設備を使うか!」

「親父……もう向こうに行く気かよ……!?」

 再び異世界に渡る気満々の父親リュウガを、シュンは呆れ顔で眺めた。


「あたぼーよシュン。接界期は短いんだ。なるべく長く向こうに渡って……フィールドワークを……うん?」

 シュンを向いてそう答えかけたリュウガが、胸元の異変に気付いてスマートフォンを手に取った。

 電話が振動している。こちらの世界に戻って、着信が可能になったようだった。

 そして、


「着信300回……! ナユユ……!」

 スマホの液晶を眺めるリュウガの顏が、みるみる青ざめていった。


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