秘境のUMAハンター
ガラン……ガラン……ガラン……
森の中の一本道をトロールに引かれて、シュンたちを乗せた荷車が、何処かを目指して進んで行く。
「リート、さっきあの人たちに飲ませたのは……?」
シュンは少し不安そうに、荷車に横たわった十人の男女、ザックの袋に捕えられていた人々を見下ろした。
リートの歌に当てられて卒倒した人々が、あれからみんな、死んだように動かないのだ。
翼の少女リートは彼らを車に乗せる時、小瓶に入った何かをみんなの口に含ませていたのだ。
「ああ、彼らなら大丈夫……」
輝く様な金髪を揺らしながら、リートは軽い調子でそう答える。
「お城から持ってきた、ネムリバの葉の汁を含まれておいたの。ここで騒いだり、逃げたりしたら余計危険だもの。大丈夫、半日も経てば目を覚ますから……」
「そ、そんなものを持ってたのか!」
リートが彼らに飲ませたのは、眠り薬のようなものらしい。
「そうよ。こっちに迷い込んで来る人間にも色々いる。私たちを怖がって逃げ出す者。逆に暴れたり、私たちを捕まえようとする者も。一番厄介というか……鬱陶しいのは、私たちを恐れずに観察しようとする人間ね」
「観察……!?」
「そう観察。自分たちで探検家とか冒険家とか名乗っている連中。獣の谷に居座って、私たちの事を絵に写したり、本に書いてる様な連中。鬱陶しいから、そういうのを見つけたら捕まえて眠らせて、向こう側に放り出すようにしてるのよ……」
「探検家……!」
リートの言葉に、シュンは唖然とした。
2つの世界が繋がる間、魔影世界に入りこんでいる者。
住人を観察したり内部を探検したりする人間がいるというのだ。
「まあ、『あいつ』は別だったけどね……」
「あいつ?」
「ええ、あいつ。15年前と同じだわ。あんなにノラクラしてるのに、あんなに素早くて捉えどころのない人間、見たことないわ……」
首を傾げるシュンに、リートは忌々しげな顏でそう呟いた。
「ほら、見えてきたわシュン。あいつは今、あそこに居る……」
「あ、あれは!?」
リートの言葉に顏を上げたシュンは、驚きの声を上げた。
「明かり……炎?」
メイもまた目を瞠った。
トロールの引く荷車の前方。
暗い森の一本道の向こうに、明かりが見えたのだ。
「到着するわ。猫人の村よ」
リートが明かりの方を指さして、一同を見回した。
#
「あ、サーカスのおじちゃんたちだ!」
「戻って来たんだ!」
「見せて見せて!」
「サーカスやって!」
シュンたちを乗せた荷車を、道に転がり出した何人もの子供たちが取り囲んでいた。
頭には大きな猫のような耳。
毛皮に包まれたフサフサした尻尾。
背丈はシュンの膝くらいまでしかない。
毛皮におおわれ、半分猫で半分人間のような姿をした小さな子供たち。
「ここが……獣の谷の……村?」
シュンは荷車から周りを見渡して、息を飲んだ。
車が辿りついたのは村の広場のようだった。
各所に灯された松明の明かりが、広場を囲んだ家々の姿を浮かび上がらせている。
歴史の教科書で、見たことあるような恰好の家々。
大きさはシュンの背丈ほどしかない、藁のような植物を葺いた円錐状の竪穴式住居だった。
獣の谷の住人たちの集落。
リートが言うところの『猫人の村』にやって来たのだ。
「だめだ、だめだ。サーカスは無しだよ! そこの音痴の姉ちゃんが、俺の人形を全部ぶっ壊してくれちまったからな!」
縛られたままのゴブリンのガングが、猫人の子供たちを見回しながら不機嫌そうに悪態をつく。
「ったく、しつこいわね、このゴブリン……!」
リートはガングをにらんで溜息をついた。
「まあまあリート。そんなことより、ここに俺たちの『仲間』が……?」
「ええ、そうよ。見ての通り、猫人の一族は人間を……というか、他のどんな連中も無闇に恐れたりしない、自分たちが面白いか……自分たちに得になるかどうかだけで相手を受け入れるの……」
リートが荷車から飛び降りた。
シュンたちもそれに続く。
「『あいつ』はその習慣を利用したの。獣の谷では貴重な猫酒の材料を何処からか沢山持ってきて、彼らを手懐けて村に居ついたしまったのよ!」
「村、に居ついた……!?」
リートが広場を歩きながら、忌々しげに首を振った。
シュンも呆れてリートの言葉を繰り返す。
すごい度胸というか、相当魔影世界の事情に通じているようだ。
「リート! リート!」
「こんばんは、ドーラ」
リートの足元から、彼女のズボンを引っ張る小さな手があった。
リートはその場に膝を屈めて、小さな手の主に微笑みかける。
モフモフした虎縞の毛皮に包まれた、猫人の子供たちの中でも一際小さな少女の姿があった。
「リート、お話をしてよ。乱暴な石鰐をやっつけた時の、獣王バルグル様のお話!」
「ドーラ、お話はまた今度ね。今日は、あいつを探しているの。教えて、あの人間は今何処にいるの?」
話をせがむ少女に、リートはそう訊きかえした。
「ああ。リュウガなら、ミッケと小川にいるよ。そんなことより、バルグル様のお話してよぉ!」
「小川ね……。ありがとうドーラ!」
リートが少女の頭を撫でて、その場から立ち上がった。
「リュ……リュウガ……!?」
リートと少女のやり取りを聞いていたシュンが、おかしな声を上げて目を白黒させた。
#
「す……すげえ! 目玉が3つ、角が1本。おまけに交尾の時に出す信号の色が全部バラバラ……。いったいどうやって識別してるんだ……!?」
「ねえリュウガ……カエルなんか見てないで一緒に遊ぼうよぉ。何かお話してぇ!」
村の外れを流れる小川のほとりだった。
ケロケロケロケロ……
蛙の合唱が辺りを流れていた。
そして奇妙な事に、夜の闇に包まれているはずの小川や、辺りの草むらがボンヤリ明るかった。
あたりを照らし上げているのは、色とりどりの燐光だった。
よく見れば、光の源は何匹もの蛙だった。
頭に角を生やして目玉の三つあるトノサマガエルくらいの大きさのその蛙。
彼らが喉を膨らませるたびに、カエルの全身が、赤に青に黄に、七色の光を瞬かせているのだ。
そして、ボンヤリ光った無数の蛙を興奮した顔つきで眺めながら、ノートにペンを走らせている1人の男がいた。
引き締まった上半身を覆ったレザーのジャケット。
テンガロンハットを目深にかぶり、浅黒く日焼けした精悍な顏つき。
人間の男だった。齢は40半ばくらいだろう。
「リュウガ。遊んでよ。遊んで遊んで遊んで!」
「悪いミッケ。もうちょい待ってくれ。あとこれだけ書いたらな……」
男のテンガロンハットに乗って、帽子の唾に爪を立てているのはミッケ。
キャリコ模様の毛皮に包まれた小さな猫人の少女だった。
と、その時だ。
「ん……!」
それまでは、夢中な様子で蛙を観察していた男が、急に不審そうに眉を寄せた。
「ミッケ、降りてな!」
「わっ!」
男が帽子の上に乗った少女に手を伸ばすと、そのまま首根っこをつかんでゆっくりと地面に下ろす。
「誰だ? リートか? どうしたこんな夜に!」
「まったく、気配は消しているはずなのに、どうしてそう勘がいいというか……敏捷いのかしら。今日は何をしているの?」
男は草むらから立ち上がると、辺りを見回しそう叫んだ。
草むらの向こうから姿を現したのは、翼の少女リートだった。
「トモシビガエルを見ていただけさ。別にあんたにも、猫人の連中にも迷惑はかけちゃいない。リート、俺を追うのも大概にしてくれないと……」
「待ってリュウガ。今日はあなたを捕まえにきたんじゃない。ちょっとお願いがあるのよ……」
男にそう声をかけるリートの後ろからは、シュン、メイ、ホタルの3人の姿。
そして……
「や、やっぱり、お……親父!」
男の顔を見て、シュンが驚愕の声を上げた。
そこに居たのは、シュンも良く知っている男。
シュンの父親、如月琉河の姿だった。
「シュンの知り合い!?」
「お父さん!?」
「お父上?」
リートとメイとホタルもまた、同時に驚きの声を上げた。
#
「おう、シュン。しばらく会わない間に、いい面構えになったな! どうしたその目?」
「親父こそ、メールしても返事ないと思ったら……何やってんだよこんな所で!」
「何って、決まってるだろ、仕事さ!」
数か月ぶりに、それもこんな異世界で再会した息子に、リュウガは事も無げに手を上げてニカッと笑った。
シュンは状況が呑み込めず、戸惑い顏だ。
「あれがシュンの……お父さん……!」
メイも意外な人物を目の当たりにしてキョドっている。
「お隣のメイちゃんか。大きくなったな。こんなところで、シュンとデートか?」
「あ、どうも。でもデートって、そ、そんなんじゃ……」
リュウガの言葉に、メイがシュンの背中でモジモジしている。
「如月と、リュウガ……? 如月琉河って……ではあの伝説のUMAハンターの!」
リュウガの名前と、シュンの名字の組み合わせ。
ホタルは何かに気付いて目を丸くして息を飲んだ。
如月リュウガ。職業、冒険家。
日本各地の『つちのこ』。
フィリピン、パラワン島の『アスワング』。
米国ウェストバージニア州の『モスマン』。
アフリカ、コンゴの熱帯雨林に生息する『モケーレ・ムベンベ』etc、etc……
かつては幻の生物として、捕獲や観察が断念されていた希少生物を、次々に発見、捕獲する。
伝説の未確認生物ハンターとして、業界でリュウガの名前を知らぬ者はいない程の凄腕だった。
彼がこの20年間、世界中を巡って発見、発表した希少生物の種類は実に50種類を超えていた。
また今では信じられない話かも知れないが、北海道旭山動物園の雪男館などで普通に見ることが出来る『ロッキーサスカッチ』いわゆる『雪男』も、前世紀までは幻の生物とされていた。
イギリスCBB放送のプロジェクトチームがロッキー山脈の北部にその足取りを捉えて初めてサスカッチの捕獲に成功したのも、この男、如月リュウガの協力によるところが大きいと言われているのだ。
「親父……魔影世界にまで手を出してたのかよ……!」
「あたぼーよシュン! 15年に1度のチャンスなんだ。この俺の周りに、まだ誰も知らない生き物がいて、この俺の周りに、誰も知らない世界が広がってるんだ。こんな男のロマンがあるか! あーもうたまらん!」
「ロマン、ロマン、ロマン。まったく親父……そんな夢みたいな事ばかり言ってるから、いつも母ちゃんに怒られるんだろ!」
「……あいつの事はいいんだ! それにこれは、ちゃんと金になるビジネスでもある!」
異世界の探検まで乗り出して、勝手に盛り上がっている父親にシュンは微妙な表情だった。
「初めまして、如月リュウガ殿。箕面森ホタルと申します。ご高名はかねがね!」
「おう、どうも!」
ホタルがリュウガに挨拶して、ピョコンと頭を下げた。
「親父、こいつはホタル。色々あって知り合った……えーと、忍者なんだ……」
「忍者……? そうか! すると比良坂の連中も東京に来てるんだな……」
事情を説明しようとするシュンに、リュウガは首を傾げてそう呟いた。
「親父も、知ってるのか? シーナ……ハルさんたちの事?」
「ああ、昔ちょっとな……比良坂のハルさんたちとは、ビジネスパートナーだったのさ」
シュンの問いに、リュウガは曖昧な表情でそう答えた。
「そんなことよりリュウガ。頼みがあるんだけど……」
シュンとリュウガを遮って、リートが話を切り出した。
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「帰るあてもないのに、こっちの世界に飛び込んで来たぁ?」
リートの話に、リュウガは呆れ顔でシュンたちを見回した。
「仕方ないだろ親父。出口はその時、ちゃんとあったんだから……それに……」
「人が……子供が、攫われかけてたんです! 放っておけなくて!」
恥ずかしそうな様子のシュンを、メイが語気を強めてそうフォローした。
「あのゴブリンとトロールか……。3日前ここを通った時は、そんな様子はなかったがな。ま、あれから随分『接界』が進んだってことか……」
リュウガはひとしきり苦々しい顏で、ブツブツ何かを呟いていたが、
「まったく2人して後先考えないというか、熱血バカというか……ここに居られるのも、あと1週間ばかりだってのに……」
シュンとメイを交互に見回すと、リュウガはおもむろに草むらから立ち上がった。
ブツブツ文句を言いながらも、2人を見るその顏はどこか誇らしげだった。
「わかった。シュン、メイちゃん、ホタルちゃん。行くぜ、ついてきな!」
「行くって何処に……」
首を傾げるシュンに、
「『むこう側』への入り口さ。一緒に帰るんだ!」
リュウガはそう答えて、ニカッと笑った。




