恐怖の歌声
「ウゴアアアアア!」
ホタルの手裏剣に左眼を撃ち貫かれたトロールのザック。
大男は咆哮を上げながらホタルに突進してきた。
手に持った大きな虫取り網をブンブンと振り回して、足元のホタルを捕えようとする毛むくじゃらのトロールだったが……
「動きが滅茶苦茶……。戦士ではないのか。ならば……」
トロールの攻撃を素早くかわしながら、ホタルが冷静にそう呟く。
そして、タッ!
振り下ろされた虫取り網の竿に飛び乗るなり、それを足場にしてさらに跳躍、自身の3倍もあるトロールの頭上に躍り出た。
「動くな!」
「ウゴッ!?」
ザックの肩口に飛び乗ったホタルが、自分の忍刀をトロールの右眼に突き付けた。
「それ以上暴れるなら、こっちの目玉もいただくぞ!」
「ウゴゴ……や、やめてくれよぉ……」
凛然とした声でトロールにそう言い放つホタル。
ザックは情けない声を上げながら網を手放し、両手を上げて降参のポーズをとった。
#
「リートを返せえ!」
「な、なんなんだこいつら!」
時を同じくして、ゴブリンのガングに突進するシュン。
ゴブリンは驚愕の声を上げていた。
「ちっ! やれ!」
リートを地面に縛り付けていた小さな人形たちが、ガングの指示で今度は一斉にシュンの方に飛びかかっていく。
シュンの足元に群がる『火吹き男』、『ジャグラー』、『竹馬男』、『玉乗り男』たち。
からくり仕掛けの無数のサーカス団に、
「ヤッ!」
シュンは右手の剣を振った。
と同時に、シュンの全身を覆っていた緑の蔓がうねり、ざわめく。
蔓はシュンに飛びかかってくる無数の人形たちを弾き、打ち払ってゆく。
人形たちは、払っても払っても、とたんに地面から起き上がって、再びシュンに群がって来た。
「えーい。しつこいなあ!」
「くそ。なんて人間だ……人間、人間? ん?」
執拗な人形たちの攻撃に足止めをくらいながらも、それでもジリジリとガングとリートにジリジリ迫るシュン。
ガングはオロオロと慌てるが、何かに気付いたように戦いの場の一角に顏を向けた。
ダッ。
リートの元を離れて、ガングが駆け出した。
「あ、おい!」
ゴブリンの予想外の行動に、戸惑いの声を上げたシュンが、人形たちを振り払いながらガングを追いかけようとする。
「そこまでだ、人間ども!」
だが目的の場所に辿りついてシュンの方を向いたゴブリンの顏には、再びふてぶてしい自信の笑みが戻っていた。
ガングが今、自分の短刀をつきつけているのは、トロールの袋からこぼれて地面に転がった人間の一人だった。
がんじ搦めにされて猿轡をかまされて身動きの取れない、小学生くらいの齢の少年なのだ。
「な……しまった!」
「卑怯だぞ! 妖怪!」
子供を人質に取ったゴブリンに、シュンとホタルが怒りの声を上げる。
「うるせえ! 襲ってきたのはそっちだろうが! 俺達の商品に勝手に手え出しやがって……。ほら小娘、ザックから離れな!」
「……くっ!」
少年の首元に刃を突き付けながら、ガングがホタルの方をにらんで叫んだ。
ホタルは苦々しい顔で、ザックから刃を離して地上に飛び降りる。
次の瞬間、グワリ。
トロールの毛むくじゃらの手が、ホタルの身体を掴みとっていた。
「小僧、お前もだよ!」
「くそ……」
シュンに向き直って彼を牽制するガングに、シュンも自分の剣を収める。
とたん、からくり仕掛けの人形たちが一斉にシュンに飛びかかって、彼の身体を縛り上げて行った。
#
「リートさん……大丈夫?」
「ええ、ありがとう、でも彼らが、シュンたちが……!」
戦いの混乱に紛れて、メイはリートのもとに駆け寄っていた。
リートを地面に縛り付けていた杭を抜き、縄をほどき、メイはリートを解き放った。
だが戦いの行方は既に決まろうとしていた。
今度はシュンの方が人形に縛り上げられている。
シュンの身体には無数の人形が群がっている。
ホタルはトロールに捉えられ、ゴブリンのガングは少年を人質に取りながら、油断なくあたりを見回していた。
「人間ども、好き放題やってくれたな。だがお前ら、仲間は殺せねえだろ。助けにきたんだもんなあ?」
シルクハットのゴブリンが、勝ち誇った顏で嗤った。
「ザック、袋を繕いな。商品が増えたぞ。いや、まずはそっちの翼人の始末だ!」
「ウゴッ! ウゴッ!」
リートの動きに気付いたガングがザックに命令を下した。
トロールがホタルを掴んだまま、リートとメイに近づいて来る。
「くそっ! ホタル、例の術で何とかならないのかよ?」
「うう……多分無理ですシュン殿。こっちのデカブツはともかく、あいつらには鼻がありません!」
悔しげに地上からホタルにそう叫ぶシュンに、ホタルは残念そうに首を振る。
シュンに集った人形たちのことを言っているのだ。
彼らにホタルの香気術が通用するとは思えなかった。
「リートさん……どうしよう!?」
状況を打開する策が思いつかない。
メイは縋るような気持ちでリートの方を向いた。
だが……
「うううっ! やむをえない。こうなったらもう『アレ』を使うしか……」
「リートさん?」
リートの様子がおかしかった。
目の前に迫って来るトロールが眼中にないようだ。
リートの肩が震えていた。ウェーブのかかった輝く様な金髪がフルフルと波打っていた。
雪の様だった頬が、何か恥辱を耐え忍ぶかのように紅潮していた。
「メイ……だったよね?」
そして数瞬後、何かを決めたようにリートはメイを向いた。
「耳を……塞いでいて」
「え?」
リートの言葉の意味が解らず首を傾げるメイの前で、ス……。
リートが腰に下げたポーチの中から、何かを取り出した。
「な、マイク……」
メイは唖然とする。
リートが取り出したのは、銀色に輝く円筒状の持ち手に卵型のカートリッジの付いた、人間世界のマイクとしか表現しようがないモノだったのだ。
「メイ……早く!」
「あ、はい」
頬を赤らめ小指を立ててマイクを握りながら、そう促すリートに、メイが言われるままに耳に手を当てた、次の瞬間!
"ボゲエエエエエ~~~~~~~~~!"
夜の森を震わせて、凄まじい轟音が辺りを渡った。
「うぁあああああう!」
頭を殴られるような衝撃に耐えかねて、メイはその場にうずくまった。
「うおああああああ!」
「きゃああああああ!」
「ぐあああああああ!」
「うごおおおおおお!」
轟音はシュンとホタル、ゴブリンとトロール、その場にいる全員に容赦なく降り注いだ。
「ううう……あれは……『歌』!?」
シュンは全身を叩きつけるような衝撃に必死で耐えながら、轟音の源に顔を向けた。
音は、翼の少女リートから発生しているようだった。
リートが、マイクのようなものを握って歌っている。
よく聴けば、何か言葉を……詞の様なモノを歌っているようだったが、それらはリートの全身から発する奇怪な音圧にかき消されていた。
それは歌とか音というよりも、もっと恐ろしく不快な「ボゲー」としか表現しようのない衝撃波だった。
やがて、ガチャン。ガチャン。
シュンたちに集っていた人形たちが、陶器の砕けるような音と共に壊れていく。
無数の人形が、糸の切れたマリオネットのように弛緩して、地面に転がっていく。
「ウゴー……」
ホタルを掴んだまま、トロールのザックが卒倒した。
ホタルも、その場で目を回している。
「う~あ~」
ゴブリンのガングも刃を取り落して、ついに気を失ったようだった。
「メイ……リート……」
シュンの視界も徐々に暗くなり、頭の中で星が瞬き始めた。
#
「……ン! シュン! シュン!」
闇の中、遠くの方から声が聞こえて来る。
声は徐々にその大きさを増していき。
「シュン!」
「うおあ!」
シュンを呼ぶ声に彼が目を覚ますと、目の前には心配そうなメイの顏がある。
「メイ、俺、今、いったい……」
ガンガンする頭を押えながら、シュンは地面から起き上がった。
人形たちの拘束はメイの手で解かれていたようだった。
シュンの周囲には、バラバラになった人形の首や手足、小さなゼンマイや歯車が無数に散らばっている。
「ううう酷い目に遭った……」
シュンの傍らには、先に目を覚ましていたらしいホタルが蒼い顏をしてそう呻いていた。
メイの背後に目をやれば、昏倒したトロールとゴブリンが手足を縛られて地面に転がっている。
「こ……これでみんな無事みたいね。よかったわ……」
メイの横では、翼の少女リートがモジモジしながら顏を伏せ、小さな声でそう呟いていた。
#
「あ……あれがリートの、歌ぁ……!?」
ようやく気分が落ち着いて、メイから事情を聞いたシュンは、呆れ果てた顏で翼の少女を眺めた。
「し……仕方ないでしょ。あなたたちを助ける為だったんだから!」
「うん、うん。ありがとう、リートさん……」
輝く金髪を揺らしながら恥ずかしそうに唇を震わせているリートの肩に、メイが優しく手をかける。
リートの一族、翼人の歌声の美しさは魔影世界でも有名だった。
妙なる調べにのせて流れる彼女らの声は、聞く者を否応なしに心地よい眠りの淵へと誘うのだ。
だがリートは特別だった。
一族の他の者と違い、彼女が歌うと、どんな歌詞もメロディも、聞く者をのたうちまわらせ、昏倒させる凄まじい不協和音になってしまうのだ。翼人の音色を美しさを際立たすマイク型の宝具『調和の錫杖』も、リートが握ると恐ろしい破壊の武器にしかならないのだ。
「そ、そんなことより約束は果たしたんだから、あなたたちも彼らを連れて、もといた世界に戻りなさい!」
まるで、見てはならないものを見たシュンたちを追い払うように、リートは胸を張ってそう告げた。
「ああ、そうだな。ありがとな、リート……」
シュンは、ザックの袋から助け出した人間たちに目を遣った。
みな一様に、リートの歌に昏倒して地面に寝たままになっていた。
「そうね、みんなを連れて、帰りましょう!」
メイが、その場から立ち上がった。
#
「けっ! 翼人の歌声っていや、どんな粗忽者でも聞き惚れて夢中になっちまうっていう噂だったのによ。まさかあんな音痴の姉ちゃんにやられるとはよぉ! 寿命が百年縮んだぜ!」
「ウゴゴ……俺、まだ気持ち悪い……」
森の道を、縄を解かれたトロールのザックが荷車を引いて進んでいた。
車の上にはシュンとメイ、ホタルとリート。
そして攫われて、眠ったままの人々と、こちらはまだ縛り上げられたままのゴブリンのガングがいた。
シュンたちに迫られてリートに気押されたザックは、素直に彼らに従って人間世界への出口を目指して車を引いているのだ。
「うるさい! うるさい! それ以上言うと、首を刎ねるぞ!」
「おーおーやってみろや姉ちゃん。 獣の谷の兵隊が、聞いて呆れらあ!」
悪態をやめないゴブリンに、リートが顏を真っ赤にしてレイピアに手をかける。
「まあまあリート、もういいだろ。それよりも、こいつらこのあと、どうするんだ?」
シュンがリートをなだめながら、ゴブリンのザックに目をやった。
「そうね……あなたたちとの約束は果たしたわ。今回は揉め事になってしまったけれど、彼らには彼らの事情がある。獣の谷からは出て行ってもらうけど、それで終わりよ……」
そう言ってゴブリンをにらんだリートの顏は、まだ先程の怒りが収まらないようだったが、口調は落ち着いていた。
「ちょっと待てよ? こいつらを自由にしたら、また別の場所で人間を攫うかもしれないだろ? いいのかよそれで!?」
シュンは納得の行かない様子でリートに迫るが、リートは顔を伏せて黙ったままだ。
「けっ! なに都合のいいこと抜かしてるんだよ、小僧!」
ゴブリンがシュンを見上げて、忌々しげにそう吐き捨てた。
「こっち側に勝手に入り込んで来た人間を俺たちがどう扱おうが、お前たちに文句をつける筋合いなんぞ無いだろうが! 知ってるんだぜ、お前たちの世界に迷い込んだ俺たちの仲間が、お前たちからどんな目に遭わされているかをな……!」
「うう……!」
ガングの反論に、シュンは言葉につまった。
メイを守るためとはいえ、シュンたちもまた魔影世界の魔物たちを倒してきたのだ。
石鰐、大豚、赤猿……そして魔王。
「でも、だからって、何もできない人達を攫って……売るなんて!」
「ゴブリン、さっき牙蜘蛛と言ってたな。教えろ。彼らは何故人間を買い集めている?」
メイの声が震えていた。
リートは厳しい表情でガングを問いただす。
「さあな。売り払った連中がどうなるかなんて、こっちが詮索することじゃねえしな。まあいずれにしろペットにして可愛がるような趣味はなさそうだわな、牙蜘蛛の旦那がたはよぉ……」
「く……! こいつ!」
悪びれる様子も無く投げやりにそう答えるガングに、怒りに駆られたシュンが思わず剣に手をかけた。
だがその時だった。
「ない……! ない……! ドコにも見当たらない……!」
ホタルの悲鳴が、シュンたちをさえぎった。
ガクン。
トロールの引いた荷車が停止していた。
「どうしたんだよ、ホタル?」
ホタルの只ならぬ様子に、シュンが首を傾げると、
「シュン殿、メイ殿……! 確かにこの場所から入って来たんです、なのに、てゆうか、やっぱり……!」
涙目のホタルが、恨めしげな顏でシュンとメイを睨んだ。
「向こう側への出口が……『接界点』が消えてしまっています!」
#
「だからあれだけ注意したのに! どうするんですか!? 帰れなくなっちゃいましたよぉ!」
「うーん……入って来た接界点からは戻れないってことか……!」
「シュン、どうしよう?」
激昂して騒ぎ立てるホタルに、シュンとメイは顏を見合わせた。
ホタルが森の木々に刻んでいた目印は、間違いなくシュンたちがこの場から魔影世界に入って来たことを示している。
肝心の出口……『接界点』が既に消えてしまっていたのだ。
「あなたたち……入口の『確度』や『周期』も気にしないでこっちに来たの……? 帰れなくなったってこと?」
翼の少女リートが3人を見回して、呆然としている。
「どうも、そうみたい……」
「リート、どうにかならないかな……?」
シュンが頭を掻きながらリートの方を向くと、
「全く仕方ないわね、どうしてそう無鉄砲なの? まあ……『あいつ』に訊いてみるしかないか……」
リートは呆れ顔でシュンにそう答えた。
「あいつ?」
「ええ、あいつ。きっとあそこに居るわ。あなたたちの、お仲間よ。ザック、車を出して……」
首を傾げるメイ。
リートは溜息をつきながら、トロールに指示を出した。
「「お仲間??」」
ザックに引かれて再び動き出した荷車の上で、シュンとメイは不思議そうに顏を見合わせた。




