ゴブリンのサーカス団
ガラン……ガラン……ガラン……
暗い森に通った一本道の真ん中を、軋んだ音を立てながら一台の車が進んで行く。
「ほれほれ、ザック。しっかり荷を引いた! 日が変わる前に、次の村まで辿りつくんだよ!」
「ウゴゴ……。わかってますってガングの旦那……まったく、トロール使いが荒いんだから……」
道を行くのは、金属製の何段重ねにもなった大きな葛籠を乗せた荷車だった。
その車を鎖につないで引いていくのは、シュンたちの背丈の3倍はありそうな全身毛むくじゃらの大男だ。
肩には大きなズダ袋を背負っている。
腰からは、これまた大きな虫取り網のようなものを下げていた。
そして、大男の引く荷車。
巨大な葛籠の上にチョコンと座ってゲキを飛ばしているのは、シュンたちの背の半分もないようなシルクハットの小男だった。
「やっぱり……この前、猫人の村で聞いた通りだった。あいつらがあの……」
「リート、あいつらは一体、何なんだ……?」
夜道を進む怪しい二人組のすぐ前方。
松の木の陰に身を潜めたシュンは、傍らのリートにそう尋ねた。
「あいつらは流れ者。何日か前から、機巧仕掛けのサーカス団を率いた子鬼の旅芸人が谷を回っているという話を聞いて、気になってはいたんだけど……」
「あの荷物……。あの袋……。いかにもって感じだけど……」
リートの言葉に、メイも眉をひそめた。
谷の村々を巡る流れ者がいるという話を村人から聞いていたリートは、彼らの話から次の行先の当てをつけ、この場でその流れ者を待ち伏せていたのだ。
「ま、捕まえて調べるのが手っ取り早いわね。あなたたちは此処で待ってて。人間がいると知られたら、色々面倒だから……」
「あ、リート!?」
リートはシュンを向いてそう言うなり、バサリ、
白い翼を羽ばたかせてその場から浮かび上がると、荷車の正面向かって流れるように飛んでいった。
「そこの2人、止まりなさい!」
「あん?」
リートが荷車にむかって叫んだ。
ガチャン。
大男が歩みを止め、車が静止する。
「私はリート。獣の谷の番人。最近、このあたりの村で泥棒や引き剥ぎが増えているの。悪いけど、荷物を検めさせてもらうわ!」
「へへへ……。これはこれは、獣の谷の兵隊の方でしたか……」
リートが2人に刺突剣を向けてそう言い放った。
荷台に乗った小男が葛籠から飛び降りて、リートの方に歩いてきた。
背丈はリートの腰ぐらいまでしかない。
イボだらけの顔に、大きなシルクハットが不似合いな男だった。
「あっしはガング。『からくり街』の、しがないゴブリンでさあ。細工の宣伝と見世物をかねて、そっちのトロールと一緒に獣の谷をまわってるだけなんでさ。こんな戦士の国で泥棒や引き剥ぎなんて、おっかなくって、とてもとても……」
「ウゴッ! ウゴッ!」
ガングと名乗ったゴブリンの言葉に、ザックと呼ばれたトロールも同意してうなずいた。
「そうね、私も別に疑っているわけじゃないんだけど、これも仕事なのよ。さあ、その袋と、荷物の中身を見せて……」
「へへへ……。勘弁してくださいよ兵隊さん。荷物は大事な商売道具。ここで商いの秘密を見せるわけには……」
リートの問いかけに、何かを誤魔化すようにニヤニヤ嗤いながら、ガングが彼女を止めようするが、
「いいから、見せなさい!」
「ウゴッ!?」
タッ!
次の瞬間、リートが跳躍していた。
「わ!」
「強引!」
木陰から様子をうかがうメイとホタルが目を瞠った。
シュラン。
真っ白な翼を撓わせてトロールのザックの頭上を飛び越えたリート。
少女はザックが背おったズダ袋に、右手のレイピアを一閃させた。
すると、ズルリ……ドサドサドサドサ……
裂けた袋から、中身が一斉にこぼれて地面に転がり出た。
「人間! あんなに!」
シュンは思わず、驚きの声を上げた!
「……!」「……!」「……!」
袋から現れたのは、細かい網のようなものに全身を拘束されていた。
猿ぐつわを噛まされて、声にならない声を上げてもがく何人もの人間だった。
子供がいた。
ソラの友達だろうか。
大人もいる、若者も、老人も、男も、女も。
遠目に数えても、10人はいる……。
「わああ! 大事な商品が! ザック、回収しろ!」
「うごっ!」
慌てて、ザックにそう命令するガング。
トロールが人間たちを拾い上げようと身をかがめたその鼻先に。
ピタリ。リートのレイピアが突き付けられた。
「やっぱり! 人間を攫っていたのは、お前たちだったのね!」
「待ってくれ、姉ちゃん!」
青い瞳に怒りを煌めかせてザックを牽制するリートに、ゴブリンのガングは抗議の声を上げた。
「こっちに迷い込んで来た人間に、俺たちが何しようが、それは俺たちの勝手だろうが? 村から盗んだわけじゃない、引き剥ぎをしたわけでもない。何であんたにそれを責める権利がある!?」
「だめよ。この獣の谷で、人間に手を出すことは許さない。それがこの谷に定められた掟なの……。そっちの荷物も見せてもらうわ」
ガングが怒りに声を震わせながらリートにそう訴えた。
だがリートは聞く耳を持たなかった。
ガングとザックに背を向けて、リートが荷車の上の葛籠に近づいて手を触れた、その時だった。
「待ちな、姉ちゃん!」
リートの背中にガングはそう呼び掛けた。
「『獣の谷の掟』だと? そんな掟は、聞いたことがねえぞ。獣王バルグルが定めた掟だと言うのなら、その獣王はあんたらの国を捨て、どこぞに消えちまったじゃねえか? 今、あんたが口にしたのは谷の掟じゃねえな。あんたの掟だろ……!」
「……黙れ!」
ガングの言葉にリートは激昂して、ゴブリンの方を向こうとした。
その時だった。
パチリ。
ゴブリンが自分の指を鳴らした。
次の瞬間、パクン。
リートの正面の葛籠の一部に小さな切り欠きが出来ると、
ボオオ!
突然葛籠から噴き出した真っ赤な炎が、リートの顏を覆った。
「うああう!」
悲鳴を上げるリート。
炎が少女の視界をふさぎ、金髪を燃やす。
「いまだ! やれ!」
ゴブリンが会心の笑みを浮かべてそう叫ぶと……。
パクン、パクン、パクン、パクン……
金属製の葛籠の至る所に生じた切り欠きから、一斉に何かが飛び出してきた。
「あれは……人形!?」
「あんなに沢山……!」
木陰に身を潜めたシュンとメイとホタルは、驚愕に息を飲んだ。
葛籠から飛び出して来たのは、一体一体は手の平に乗るくらいの大きさの、精巧な人形だったのだ。
松明を両手に構えながら、口から火を吐く『火吹き男』がいた。
幾本もの虹色のクラブを、空中で回転させながら踊る『ジャグラー』がいた。
自身の3倍以上のポールに乗って地面を飛び跳ねる『竹馬男』がいた。
マリのように地面を飛び跳ねる色とりどりのボールに乗っているのは、太っちょの『玉乗り男』だった。
「な……なんだ、こいつら!?」
顏から炎を払いながら、リートは戸惑いの声をあげた。
今リートの足元を練り歩き、飛び跳ねているのは、機巧仕掛けの自動人形。
小さな、サーカス団だったのだ。
ボオオ。
葛籠に乗った火吹き男が、再びリートに炎を吹きかけて来る。
ユッサ……ユッサ……ユッサ……
リートの背丈位もあるポールに乗った『棒跳び男』たちが、彼女の周囲を縦横無尽に跳ねまわりがら、投網のようなもので彼女の翼を、身体を、絡め取ってゆく!
「しまった!」
体勢を崩して地面に転がったリートの体に、一斉に小さな人形が群がった。
リートの全身は、瞬く間にロープと網でがんじ搦めになった。
地面に打ちつけられた杭で、その場から起き上がることもできない!
「へへ……。姉ちゃん、からくり街の人形師の業。舐めて貰っちゃあ困るぜ……」
「う……ぐぐぐぐ!」
ニヤニヤ嗤いながらリートに近づくガング。
リートはゴブリンを怒りの形相で見上げた。
「この時期、人間の収集はいい稼ぎになるんだよ。牙蜘蛛の旦那方が結構な値で引き取ってくれるんでね。俺たちが獣の谷を巡ってるのは、そのためでもあるのさ……。ザック。商品を回収しな!」
「ウゴッ! ウゴッ!」
リートの周りを練り歩きながら、ガングは不敵に笑ってザックに指示を出した。
ザックは袋を切り広げて、地面に転がった人間たちを拾い上げようとしている。
「悪く思うなよ姉ちゃん。あんたが余計な手出しをしてくるからいけないんだぜ。だが獣の谷の兵隊と諍いを起したとあっちゃあ、今後の商売にも差しさわる。誰にも知られず、ひっそり消えてらうぜ……」
「く……くそお!」
ガングが少し神妙な顏でリートを見下ろすと、腰から下げた短刀を抜いた。
リートに止めを刺そうというのだ。
だが、その時だった。
「待てよ!」
「あん!?」
道の前方から、怒りに満ちた声が響いた。
ガングとザックが声の方を振り向くと……。
「人間!?」
リートもまた声の正体に気付いて、驚きの声を上げた。
そこに居たのは、シュン、メイ、ホタルの3人だった。
「お前ら、リートに手出しするな!」
「攫った人たちを、返しなさい!」
「あーもう。なんで二人とも、いちいち余計な面倒事に……!」
メイとシュンが怒りに燃える目で、ゴブリンとトロールを睨む。
ホタルはイヤそうな顔で頭を掻いている。
「人間だと……。じゃあこの女、やっぱり人間とつるんでやがったのか!」
「ウゴゴゴゴ……!」
ガングとザックが、まるでゴミか何かを見るように、リートを見おろしそう吐き捨てる。
「だがまあ、こいつは運がいい。若くて鮮度のいい人間が、あと3匹増えるってことか。ザック、回収しろ!」
「ウゴッ!」
ガングの命令に、ザックが頷いた。
ズーン。ズーン。
大きな足音を響かせて、トロールのザックがシュンたちに近づいて来る。
ザックが腰から下げた大きな虫取り網の様なものに手をかけた。
「だめよ! 逃げなさい! あなたたちじゃ勝てない、殺されるわ!」
リートが必死の形相で、地面からシュンたちにそう呼びかけた。
「ふ。勝てないってさ……。どうする、ホタル?」
「えへへ……。さあ、どうしますかねえ、シュン殿」
シュンとホタルは、不敵に笑って互いに目くばせをした。
リートには、人間世界で魔物に襲われたことは話している。
だがその魔物を倒したのは、シュンたち自身の力であるという事を、まだ彼女に教えていなかったのだ。
「メイ、下がってろ。いくぞ、ホタル!」
「はい、シュン殿!」
シュンとホタルが、一斉に自分たちの武器を構えた。
シュンの握った黒剣の柄から、光り輝く水晶の様な刀身が形成されてゆく。
ビュルンビュルンビュルン……
シュンの左腕から生え茂った緑色の薔薇の蔓が、彼の全身を覆っていった。
「なんだ……あれは!」
「うごご!」
ガングとザックが驚きの声を上げる暇も無く、ズサッ!
トロールのザックの左眼に、ホタルの抜き打った棒手裏剣が突き刺さっていた。
「ガアアアアアアアア!」
「ザック!?」
思いもよらない攻撃に、混乱する2匹。
「あの姿は……あの剣は……何なの!」
シュンの変身を目の当たりにして、リートが驚愕の呻きを漏らした。
「リートを、返せえええええええ!」
水晶の剣を構えたシュンは、雄たけびを上げながらガングに打ちかかった。




