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破界の魔王と吸血少女  作者: めらめら
第7章 最後のバーベキュー
59/144

獣の谷の少女

「これが『接界点』……魔影世界(シャテンラント)に通じている!?」

「はいシュン殿。間違いありません。ホタルも本物を見るのは初めてですが、古文書『比良坂流封魔儀式ひらさかりゅうほうまぎしき』にも記されている通りの形……! 今、こういった接界点が世界中の至る所に発生しているのです!」

 シュンは唖然として、目の前に揺れ立った奇妙な陽炎の様なものを見つめる。

 ホタルもまた興奮の面持ちだった。


 15年に一度生じる異界への門。

 タヌキのヤギョウや、メイの母シュライエの故郷に通じる入口が今、彼らの目の前に現れているというのだ。


「この向こうに……母さんの世界が……」

 メイは複雑な表情で、揺らぎの向こうを見る。

 向こう側は夜なのだろうか?

 黒い木肌に覆われた樹木の生え茂る、暗い森の景色が覗き見えるのだ。

 

 その時だった。


「キャー!」

 突然、すぐ近くから甲高い悲鳴が聞こえた。


「なんだ?」

 シュンは驚いて辺りを見回す。

 だがそれらしい人影は何処にも見あたらない。


「違う、シュン。ココじゃない……!」

 メイは『接界点』を見据えながら、驚きの声を上げた。

 悲鳴は、目前の揺らぎ……『接界点』の向こう側から聞こえて来たのだ。


 タッタッタ……


 接界点の向こうから続けて聞こえてきたのは、誰かの駆け寄って来る足音のようだった。

 揺らぎの向こう。

 暗い森の奥から、何かがこちらに近づいてくるのだ。

 次の瞬間。


「うわあああ!」

「キャッ!」

 接界点に目をこらすメイの胸元に、いきなり何かが飛びこんで来た!


「助けて! ユウトと、タスクが、大きなオバケに……つかまっちゃった!」

 接界点から飛び出してきた者が、メイにしがみついて悲鳴を上げた。


「子供……!」

 シュンは驚きの声を上げた。

 小さな身体、あどけない顏。

 まだ小学校3、4年生くらいだろう。

 揺らぎの向こうから飛び出してきて泣きながらメイに抱きついているのは、どう見ても人間の男の子だったのだ。


  #


「『向こう側』に……行ってみた!?」

「うん……。僕はイヤだったんだけど、ユウトたちが、中を調べてみようって……」

 ようやく泣き止み、話が出来るくらいに落ち着いた少年。

 彼がシュンたちの問いかけにポツリポツリと答え始めた。


 少年の名前は香坂宙(こうさかソラ)

 友達2人と近所の公民館でゲームをして遊んだ帰り道。

 たまたま見つけたこの神社の『接界点』の向こう側に、探検気分で入り込んだというのだ。


「中は暗くて寒くて夜みたいで……どこまで行っても森で……怖くなってきて、みんなもう帰ろうと思ってた。でも……」

 ソラが震えながら話を続けた。


「いきなり森の向こうから、黒いオバケみたいなのが出て来て……大きな網みたいなのに、ユウトとタスクが捕まって……僕だけこっちに逃げて来たんだ……!」

 向こう側での恐怖が甦って来たのか、ソラの目から再び涙がこぼれだした。


「捕まった……アッチ側のバケモノに!」

「ええ。決して珍しくないケースだと聞いています。接界の時期には、各地で行方不明になった家族の捜索願いが倍増するといいます。向こう側に迷い込んで、帰ってこれなくなる人がそれだけいるのでしょう……」

 唖然とするシュンに、ホタルは厳しい顔でそう答えた。


 シュンはヤギョウの話を思い出していた。

 接界で人間世界に迷い出て来た魔影世界の住人は、妖怪、魔物として警察や軍隊や、妖怪ハンター『夜見の衆』に退治される。


 では逆に、魔影世界に迷い込んでしまった人間は、向こう側で一体どうなってしまうのだろう?

 シュンの頭の中を、色々と不吉な想像が駆け抜ける。


 いずれにしても……


「ホタル、助けないと! この子の友達を!」

 シュンはホタルを向いて、そう声を上げた。


「助けるって……向こう側に行って? 危険すぎます! 向こうに何が居るかもわからないんですよ? それに……」

 ホタルは戸惑いの表情でシュンにそう答えた。


「このくらいの大きさの『接界点』は、とても不安定で移ろいやすいと聞いています。いつ消えてしまってもおかしくないのです。向こうに行って、そのまま戻ってこられなくなるかも知れないんですよ!」

「だからこそ! 今すぐ何とかしないと。出口が消えたら、別の出口を探せばいい! とにかく放っておけないだろ!」

「シュン、私も行く! 子供をさらうなんて……やっぱり許せない!」

 シュンの決意は揺るがなかった。

 メイもまた緑の瞳に怒りの光を煌めかせている。


「あーまったく、シーナ様もいないのに、なんでホタルがこんな事まで……!」

 ホタルが、呆れ果てた顔でシュンとメイを見まわし、頭を抱えた。


「ソラっていったよな?」

「うん……」

 シュンは不安そうな顔のソラを向いて、彼に声をかける。


「お前の友達は、俺たちが絶対に連れ戻すから……お前は家に戻って、父さんか母さんにこのことを伝えるんだ! 警察に連絡するようにって……」

「うん、わ、わかった!」

 慌ててこの場から駆け出すソラを見届け、シュンは目の前に揺れ立つ接界点を向いた。


「行くぞ!」

 シュンは揺らぎの中に右手をつっこんだ。


 ス……。

 右手は、何の抵抗もなく向こう側に吸い込まれる。

 春の昼下がりとはかけ離れた冷ややかな空気が、シュンの手を包んだ。

 

  #


大島悠人(おおしまユウト)くーん、日々野祐(ひびのタスク)くーん、いたら返事をしてー!」

「うーん、やっぱり返事なしか……」

「まったく二人とも、本当に無防備なんだから……!」

 メイとシュンとホタルは木々の合間を進んでいた。

 ソラの言った通りだった。神社の鳥居の下に出来た接界点は、その揺らぎをくぐりぬけた3人を何処とも知れない森へと招き入れたのだ。


「ホタル、その髪の毛で、何か見つからないのか?」

「うーん……無理です。妖怪を探そうにも、これだけ妖気が濃いと……」

 妖怪を探知する『探妖の針』が使えないかホタルに尋ねるシュン。

 だがホタルは、髪の毛の一房をピョコピョコさせながら、困った顏でそう答える。


「それにしても、バケモノの住む異世界っていうから、もっとこう、ドロドロした場所かと思ってたのにな……」

「シュン。子供が攫われてるんだから、油断しないで!」

 少し拍子抜けした様子で周りの木々を見回すシュンに、メイが厳しい顔で釘を刺す。


 3人が居る、松の様な木々が鬱蒼と茂った夜の森は、人間の世界のものと同じもののように見える。

 空気は冷たいが、今の服装で我慢できないこともない。

 枝の合間から降り注ぐ銀色の月の光のおかげで、3人は明かり無しでも森を進むことが出来る。


 だが、攫われたソラの友達、ユウトとタスクの行方を探すのは想像以上に困難なようだった。

 広大な森、動く者の姿は見えない。

 メイが辺りに呼びかけても、返事はなし。

 接界点から此処に来るまでの間、ホタルが木の幹に等間隔で道標の印を刻んでいる。

 帰り道に迷うことはないだろうが、森から逃げて来たソラの泣き顔と悲鳴を思い出すと、シュンはいてもたってもいられない気持ちになる。


「くそっ! どうすれば……!」

 シュンが苛立たしげに再び森を見回した、その時だった。

 

 ビュッ!

 

 風を切る音が、シュンの耳を掠めた。


「わ!」

 シュンが慌てて後ろに飛び退った。


 シュンの足元の湿った土に、何かが突き刺さっていたのだ。

 白い羽飾りのついた、小さな鋭い針の様なモノが。

 

「それ以上進むな、人間!」

 と同時に、突然3人の頭上から、厳しい声が降って来た。

 良く通る女の声だった。


「此処は、お前たちが来ていい場所じゃない! すぐに引き返せ!」

「くっ! いきなりかよ!」

「シュン、待って!」

 再び頭上からの牽制の声に、右手で黒剣の柄を構えようとしたシュン。

 だがメイが、それを止めた。


「メイ?」

「私たちのことを人間だって知ってる。それに今のは威嚇。言葉も通じる……ひょっとしたら……」

 戸惑うシュンの傍らで、メイが小さく何やら呟くと頭上を仰いだ。


「ねえ、この森で、人間の子供を見なかった? 私たちはその子たちを探しているの。あなたたちの住処を荒らすつもりは無いのよ!」

 謎の攻撃者に負けない良く通る声で、メイは木々を見回してそう尋ねた。


「子供……? お前たちも子供ではないか?」

 声の調子が訝しげになった。


「もっと、もっと小さな子供よ。この森で、大きな者に網みたいなもので掴ってしまったみたいなの。お友達も、お父さんも、お母さんも悲しむわ。お願い、何か知っていたら教えて……! 困っているの!」

 メイが語気を強めて、再びそう尋ねると、


「大きな……網!?」

 答えた声には、驚きの色が滲んでいた。


 次の瞬間。


 バサアッ!


 何かの羽ばたく音と共に、木の枝の影に潜んでいた者が、3人の前に飛び降りてきた。

 月の光を浴びて目の前に立つ影は、背丈はシュンやメイと変わらない。

 身に纏っているのは白銀の鎖鎧(チェーンメイル)

 腰から下げた剣は刺突剣(レイピア)だろうか。

 シュンたちの前に立っているのは、彼らと同じ人間の様だった。


 だが……


「天使……!」

 シュンは目の前に降り立った少女の姿を見て、思わずそう呟いていた。


 一見して、少女の姿は、普通の人間のものだった。

 いや、ウェーブのかかった輝く様な金髪。小さな銀色の鈴をあしらった赤い花の髪飾り。雪の様な肌。ブルーの瞳。

 普通の……というか、凄い美少女と言っていいかもしれない。


 だが少女には、普通の人間とは決定的に違っているところがあった。

 少女の背中から生えているのは、まるで白鳥の様に優美な……広げれば自分の身体の倍にもなりそうな大きな翼だったのだ。


「で……出たなバケモノ! 子供たちは何処だ!」

「バケモノですって? まったく人間て、どうしてこう、みんな無礼で物を知らないのかしら……」

 懐の手裏剣に手を伸ばしながら、翼の少女を問いただすホタルに、その少女は眉を寄せてそう答えた。


「私はリート。翼人(ジレーネ)の一族。主の去ったこの地を守り、見張る、黒獅子(くろじし)城の戦士! 歯向かうならば容赦はしないわ!」

 翼の少女は胸を張ってそう答えた。

 少女は腰に下げた鞘からレイピアを抜き放ち、ホタルの方に向けた。


「待って! ホタルちゃんもやめて!」

 ホタルと、リートと名乗った少女の間に、メイが割って入った。


「さっきも言った通り、私たちは人を探しているだけなの! 子供たちが見つかったら、何もしないで出て行くわ。争う気はないから……」

「……わかった」

「……ちっ!」

 気迫のこもったメイの言葉に、リートとホタルは互いの武器を収めた。


  #


「人間の子供たち。私もこの場所で争いを起こす気はないわ……。この地に生じる諍いを収め、国を守るのが、我が一族があの方から託された約束だもの。人間がむやみにこの地に立ち入ることは、無用な諍いの種だから許しはしない。でも逆に、この国の者が人間を襲い、攫うことも許さない。それがあの方の口癖だった……。さっきの話を、詳しく聞かせなさい」

 翼の少女リートは、まるで自分に言い聞かせるように小さくそう呟いた。

 何かを決めたように、リートはメイの方を向いた。


「それじゃあ子供たちのこと、知っているの?」

「いいえ、でも助けにはなれるかも知れない……ついてきなさい」

 うれしそうに声を上げるメイに、リートは淡々と答えると、3人に背中を向けた。


「助けに……なれるかも……?」

 シュンは呆気にとられて、リートとメイのやり取りを見ているしかなかった。

 この1週間、様々な怪物に襲われ、大変な目に遭ってきたメイなのに。


 今は彼らの仲間と、正面から堂々と交渉して、協力まで頼んでしまったのだ。

 凄い肝っ玉と判断力だ。


 考えてみれば、ヤギョウやメララやウルルだって、元々はこの世界からやって来た者なのに。

 シュンは魔物や怪物を、無条件で敵だと決めつけていた自分に気付いて、少し恥ずかしくなった。


「それにしても、最初に出会ったのがこの私で運がよかったわね。この地には人間を恐れ、憎む者も多い。本来ならば、この獣の谷は、あなたたち人間が来ていい場所じゃないのよ……」

「え、『獣の谷』って……ヤギョウが言ってた……!」

 リートの言葉に、シュンは思わず声を漏らした。


「じゃあ此処って、あの魔王バルグルの……?」

「な……何故あなたたちが、あの方を……我らが王バルグル様の事を知っているの?」

 ヤギョウの話が、シュンの頭の中で反復する。

 メイをつけ狙う敵の首魁、この場所は、あの魔王バルグルの治めていた国だというのだ


 シュンの言葉を聞いて、リートが再び彼を向いた。

 その美しい顔が、不審に曇っていた。


「えーと、それは……その……」

 リートの問いにシュンは口ごもった。


「言え! 子供! あの方は今、何処におられるのだ!」

 リートが、何かに縋るような表情でそう言って、シュンに迫って来た。


  #


「そうか……お前たちと、バルグル様には、そのような縁が……」

 森の中を歩きながら、シュンとメイは仕方なしに、リートにこれまでの経緯(いきさつ)を説明していた。


 突然メイに襲いかかってきた怪物たち。

 彼らの手を引いているの、人間世界の何処かに潜んだ魔王バルグルだということを。

 ただ、メイの正体と、バルグルの行方だけは伏せておいた。


 リートがバルグルを崇拝していることは、目に見えて明らかなのに、シュンたち人間がその魔王の命を絶ったと彼女が知ったら……。

 シュンとメイは、そのことを恐れたのだ。


「大接界……ならずの者エッゲ、ズィッヒェル、シュタンゲ……それに吸血鬼! わからない。なぜあの方が、そのような者達と……」

 リートは気持ちの整理がつかない様子で、シュンたちの言葉をブツブツ繰り返していた。


「なあリート……バルグルってその、お前らの王様だったんだろ? なんでそんな真似をして、世界を滅茶苦茶にしようとしたのか……何か心当たり無いのか?」

「知るか! あの方は偉大な王だった。公正で、どのような者にも分け隔てなく接れられる。強さや武功を尊ばれても、決して無闇な諍いや弱い者への暴虐は許さない、そんな立派な方だったのだ! なのに……」

 リートは無念そうに顏を伏せた。


「王は変わってしまわれた。そう、牙蜘蛛一族との戦争でキルシエ様を失くされてから……お城に籠り、民の前に姿を見せることがなくなった……。そしてあの、忌まわしい吸血鬼がこの谷に這入ってきてから……!」

 リートの言葉には、怒りと憎しみがたぎっていた。

 

「その吸血鬼って、名前はレ……リーリエ……」

 ヤギョウから聞いたレイカの二つ名をシュンは口にしかけたが、


「言うな! 耳にするのも汚らわしい!」

 リートは忌々しげに、シュンの言葉を遮った。


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