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破界の魔王と吸血少女  作者: めらめら
第7章 最後のバーベキュー
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神社のイタズラ

「シュン。2人だけで、こうやって歩くのって……なんだか久しぶりだね!」

「ん……。そうだな、メイ」

 天気のよい、日曜日の昼下がりだった。


 シュンとメイは、別に行くあてがあるでもなく、大栗川の土手沿いの砂利道を2人並んで歩いていた。


「ヤギョウさん……あそこに、置いてきちゃったね」

「うーん……。まあ、あとで迎えに行けばいいさ……」

 いつもメイについてくる、タヌキのヤギョウも今はいなかった。


 タヌキの事を気にしてか、すこし済まなそうな顏のメイに、オズオズとシュンは応える。

 2人の間には、微妙な緊張感と、お互い何か(・・)を期待するような落ち着かない空気が漂っていた。


  #


 発端は、シュンの母ナユタの一言だった。


「シュン。メイちゃん。ちょっと街まで下りて、買い物をお願いしたいの。今日はカナタとシーナちゃんも戻って来るし色々お祝いしなくちゃ。ほら、私は夕方まで仕事でしょ? だから代わりに頼まれて!」

 スーパー『徳徳』の今日のチラシをシュンとメイに渡しながら、ナユタはニッコリ笑って二人にそう言った。

 チラシには、目当ての商品すべてに○印が書き込まれている。


「え、でも買い物って……今から?」

 まだ昼前なのに。

 一瞬わけがわからずに首を傾げるシュンに、


「そうよ。夕方までに戻ってくればいいから。それまで少し、羽を伸ばしてきなさい。はい、これお小遣い」

 ナユタは鷹揚な様子で、シュンに五千円札を手渡した。


「シュン……行こうか」

 メイも少し照れくさそうな顏で、小さくシュンにそう言った。


  #


 シュンと同様、屋敷にはどこか緊張から解放されたような、おおらかな空気が流れていた。


 ラインハルトの決行した作戦で、メイを狙っていた魔王バルグルは滅びた。

 街中で暴れ回り、市民を恐怖に陥れた、赤猿、大豚、石鰐の3匹の怪物は、シュンたちの手によって倒されて消滅した。

 ラインハルトの操る魔捜(マソウ)ドローンの観測でも、その後市内の何処にも突出した妖気は検出されず、新たな魔物の暴れる気配はなかった。


 ただ1つの気掛かりはあの夜、比良坂邸に現れて以来姿を見せない『夜白レイカ』の行方。

 だがそれも、ラインハルトのレギオンの回収、修理が完了しドローンが市内を監視している現在、大きな脅威にはなり得ないというのが、ラインハルトの判断だった。


 そんなわけで現在、魔物の存在を世間に公表したラインハルトは、現在マスコミの対応に奔走中。

 シーナとカナタが帰って来るまでの間を見計らって、シュンとメイは「買い物」の名分で、2人で街に繰り出したのだった。


 だが……


  #


 街に着いたのは、丁度昼頃だった。


「ええと、この店はカツカレーなしか……。じゃあハンバーグかな。和風ソース、にんにくソース……ビーフシチュー。どれにすっかな。メイは?」

「私も、ええと、同じのにする……」

 急な出掛けで、特に行くあてもなかったシュンとメイ。

 2人はまずは腹ごしらえと目に留まったファミレスの『ジョニーズ』に入店していたのだ。


 好物のカツカレーが店になかったシュンは、テーブルでメイと一緒にメニューを思案している最中だった。

 (シュンがカツカレー好きなのは、家では絶対に出てこない「特別」なメニューだからだった)

 ところが、


「シュン……。なんだか……落ち着かない……」

 メイが、所在無げな様子でメニューから顏を上げてシュンを見た。


「……ねえねえねえ。あの子、今日のテレビに出てた……」

「……パルテノン御珠でお化けと戦ってたっていう、あの子だよね……!」

「……女の子連れてるよ……彼女かな?」

「……このへんの子? どこの学校なの……?」

「……あのナユ・フランソワーズの子供って噂だよ」

「……うそ! あのスーパーセレブの!?」

 ヒソヒソヒソ……。


 声を潜めていても、どうしても聞こえて来る周囲の会話。

 家族連れやカップル、サラリーマン。

 周りに座った客の視線が全て、シュンとメイに注がれているのを感じる。

 中にはスマホで写真を撮る者もいる。


「うううう……!」

 シュンもまた、落ち着かない顏で周りを見回した。

 シュンの顔は御珠中央公園の戦いは全国ネットで放送されていたのだ。


 加えて左目を覆った黒い眼帯。目立たないわけがない。

 頭では覚悟していたつもりだったが、実際に街に出てみると、好奇の目線が凄く痛い。

 ヒソヒソ声がたまらなくイヤだった。

 

「さっさと注文して、食って、出ようぜメイ……」

「そうだね……シュン」

 精一杯、周りを気にしない素振りで、シュンとメイが小さくうなずき合った、だがその時だった。


「あの……ちょっとよろしいですか?」

 突然、自分の席を立っていそいそとシュンとメイのテーブルに近寄って来る男がいた。


「あ、う……」

「私、YooTubeでこういうチャンネルを手掛けてます、公田楼地埋(はむたろうちウマル)(愛称うまるん)と言います。この前のテレビ、凄かったっすねぇ!」

 シュンとメイがリアクションする暇もなく、金髪でグラサンをかけた、いかにも胡散臭い青年が『うまるんTV』なる番組名の記された名刺を二人に手渡してくる。


「あの剣は、どこでゲットしたんですか? その目はどうしたの? あんな風に戦うようになったのはいつから? よかったら、うちのチャンネルに出てみませんか。『いつでも、どこでも、なんでも、アポなしで突撃取材してみる』がモットーなんです!」

 男が、ハンディカムを持ち出してシュンの方に向けて来た。


「ちょ……! やめてください! そういうのはないです!」

 突然の取材申し込みと、突きつけられるカメラに、シュンは慌ててそう答えるが、


「そっちの子は、彼女? デート中なの?」

 聞く耳を持つ様子の無い男が、今度はメイの方にカメラを向ける。


「いや、その、私は……」

「だから、やめろって!」

 戸惑うメイ。

 シュンは声を荒げて席を立ち、男のカメラを振り払った。


「もういい! 出ようぜメイ!」

「わかった、シュン!」

 料理を注文をすることも出来ないまま、シュンとメイは席を立って早足で店の出口に向かう。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」

 カメラを持った男が、二人に追いすがった。


  #


「うん……? 早かったのう、小僧?」

 ファミレスの入り口では、ガードレールにハーネスで繋がれたタヌキのヤギョウが待っていた。

 どうしてもメイから離れない言ってきかないこのタヌキ。


 ペット入店禁止のこの店では、仕方なく二人が出て来るのを待っていたのだ。

 ハーネスは保健所に連れて行かれないためのカモフラージュだ。


「小僧といい、姫様といい、一体どうしたんじゃ?」

 慌てた様子のシュンとメイを見て首を傾げるヤギョウに、


「わ……! タヌキが喋った!」

 二人に続いて店から出て来た男が、ヤギョウに気付いて驚きの声を上げた。

 男の目線がシュンたちから逸れて、タヌキに注がれた。


「私、YooTubeでこういうチャンネルを手掛けてます、公田楼地埋(はむたろうちウマル)(愛称うまるん)と言います。うちのチャンネルに出てみませんか。『いつでも、どこでも、なんでも、アポなしで突撃取材してみる』がモットーなんです!」

「わー! なんなんじゃ!」

 タヌキをつまみ上げて、カメラを突きつける男。


「ヤギョウさんが……つかまった!」

「仕方ないか……ヤギョウ、適当に相手しててくれ! メイの事は絶対話すんじゃねーぞ!」

 シュンとメイは仕方なく、男の相手をヤギョウに任せて歩道を駆け出した。


「喋れるようになったのは、いつから? 飼い主はどちらに? 化けたりとかできるんですか?」

「待ってくだされ姫さまー!」

 男の矢継ぎ早の質問とヤギョウの悲痛な叫びが、徐々に遠ざかって行った。


  #


「静か……だねシュン」

「そうだな……メイ」

 ヤギョウを置いて人ごみから離れて、ようやく人心地のついたシュンとメイは、そのまま行く宛ても無く川沿いを歩いていた。


 日が高い。

 先週まで冷え込みが嘘のような陽気。

 川面をわたる風が涼しくて気持ちいい。


「お昼……食べられなかったね」

「そうだな……メイ」

「どこかで、買って食べようか」

「そうだな……メイ」

 どうでもいいことをポツポツ喋りながら、二人は歩き続ける。


「そうだ……あそこにしよ!」

「あそこ……?」

 何か思いついたように顔を上げるメイに、シュンがそう訊くと、


「うん。『あそこ』。あそこならきっと人もいないし、静かだよ」

 メイは笑顔でそう答えた。

 

「いこ……」

 キュ……。

 メイがシュンの手を取った。


  #


「それにしても、メイの祖母ちゃんて凄い人だったんだな。魔物を家族にするなんて、普通できないぜ。あの夜も、刀1本でレイカからメイを守ったし……」

「私も驚いてる。でもシュンのお姉さん……カナタさんも凄いよ。あんなに強くて、頼りになって。ナユタさんだって有名人だし……」

「ま……まあ乱暴だけどな……。母ちゃんは色々怪しいし……」

 木漏れ日の差し込んだ、神社の境内。


 石畳に腰を下ろしたシュンとメイが、コンビニで買ったおにぎりを頬張りながら、そんなことを話していた。

 2人きりになってはみても、いつもほとんど一緒にいるので、お互い改めて話すような事が、なにもない。

 いきおい話題は、共に戦いに巻き込まれた互いの家族のことばかりになる。


 メイの思い付きで二人が足を運んだのは、川辺から程近い小高い丘の上。

 『九頭竜神社』の境内だったのだ。

 勾配の急な石段のせいか、どことなく寂れた佇まいのせいか、人がいるところをほとんど見たことがない不思議な神社だった。


 だがシュンにもメイにも、この地は特別な場所だった。

 小さい頃、一緒に『見えないモノ』が見えた場所。

 シュンとメイが秘密を共にしていた、忘れられない場所。


「メイ。今でも、その、見えてるか?」

「ううん。まだ昼間だからかな、気配は感じるけど、姿は見えない。比良坂の御屋敷が凄すぎるから、慣れちゃったのかも……」

「たしかに、あそこは異常だよな……」

 比良坂邸の庭に棲む、異形の者達の姿もすっかり見慣れてしまった自分に気付いて、シュンとメイは互いにクスリと笑った。


「そう言えばシュン。その目……まだ治らないんだ」

 ふと、メイがそう言って、シュンを見上げた。

 眼帯に覆われた彼の左目のことを言っているのだ。


「う……ん……まあな」

 しどろもどろにシュンは答える。

 本当はもう創は治っていて目も開いているのだが、なんとなくその事はメイに言いたくなかったのだ。


「創……どんな感じ?」

 おもむろに、メイが石畳から立ち上がってシュンの眼帯に手をかけようとした。


「ちょ……! やめろってメイ」

「いいから……心配!」

 咄嗟にメイを振り払おうとするシュンに、意固地になったメイが迫る。その時だった。


「わっ!」

 メイの身体が、突然グラリとかたむいた。

 シュンの抵抗に足がもつれて体勢を崩したのだ。


「うおあ!」

 シュンもまた戸惑いの声を上げた。

 メイの華奢な身体が、シュンの身体に覆いかぶさったのだ。


「ごめん、シュン……」

「メイ……」

 メイの整った顏が、シュンのすぐ目の前にある。


 メイの白磁の様な頬が、桜色に染まっている。

 花柄のトップスが、メイの柔らかな胸が、シュンの胸に押し当てられているのがわかった。

 フワリとしたスカートから覗いたメイの細い脚が、ここの場から立ち上がろうとシュンの脚の間でジタバタしているのがわかった。


 ドクン……ドクン……


 シュンの胸の鼓動が早まった。

 頭がカッカする。

 体中から熱い何かが噴き出しそうだった。


「メイ!」

「あ……シュン!」

 シュンがメイの両手を掴んだ。

 そのまま石畳を1回転して、シュンが、メイの上になった。


 メイはシュンから顏をそらしている。

 だがシュンに掴れた両手も、押し倒された上体も、まるで抵抗する素振りがない。


 ――あんまりイヤがって……ない!


 メイのリアクションが、シュンに残された最後の理性を消し飛ばそうとしていた。

 今のシュンを突き動かすのは、メイとの間に築かれた絆でも、幼馴染を守りたいという使命感でもなかった。


 ――ただメイが……メイが欲しい!


 シュンの右手が、僅かに膨らんだメイの胸元をまさぐる。

 シュンの脚が、スカートから覗いたメイの脚に絡まり押さえつける。

 そして、ス……。メイの桜色に濡れた唇に、シュンは自分の顏を寄せて行く。


 いつの間にか、人影のない神社の境内には、頭が痺れるような甘い香りが立ち込めていた。

 メイもシュンも、その香りの中で、何だかいつもとは違う、一つがいの動物になってしまったみたいだった。


 だが、その時だ。


「ん……? 『香り』?」

 ふと、痺れて行くシュンの意識の中から、微かな違和感が頭をもたげた。


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