姉弟共闘
「へええ……。こいつは面白い」
ラインハルトのレギオンを自身の手の中に収めた赤猿シュタンゲが、ニタニタ嗤いながら右手の軍配を眺めまわす。
「この柄を握って意を込めるだけで……」
ジャキン!
シュタンゲが軍配をラインハルトとシュンの方に向ける。
と同時に12体のレギオンが一斉に銃を構え、二人に向かって狙いを定めた。
「は……ハルさん……! どうなってるんだよ!」
「ううう……あやつ……! わしの魔采軍配を操れるのか……!」
シュタンゲとレギオンから後ずさりしながら、シュンとラインハルトが狼狽の声を上げた。
「どれ、この鎧も……」
シュタンゲが、ラインハルトの脱ぎ捨てた赤金色の鎧、アタッシュケース状変形して床に転がった魔甲至高鎧に右足を乗せた。
すると見る間に……
ガチャン ガチャン ガチャン……
再び変形、展開しながら赤金の装甲板と化したアタッシュケースがシュタンゲの右脚を覆い、次いで猿の全身を包んでいく。
「プライムまで!」
「どーするんだよ! ハルさん!」
ラインハルトとシュンが、やりたい放題の猿に絶望のうめきを漏らす。
ラインハルトの魔甲至高鎧は今や完全にシュタンゲの全身を覆いっていた。
三日月飾りの兜をかぶった猿の顔面だけが露出して、高笑いを上げていた。
「クキキ! こいつはいい。この鎧と人形どもがあれば、いくらあいつだって、敵じゃあねえ! 待ってろよ獣王。だが、その前に……」
シュタンゲが、再びシュンとラインハルトをにらんだ。
「死ね。人間ども!」
猿が勝ち誇った声でそう言い放つ。
ビュビュビュビュビュ……
レギオンの向けた銃口から漏れた青白い光が、その強さを増して行く。
だが、その時だった。
カラン……カラン……
乾いた音と共に、シュンとラインハルトの足元を何かが掠めた。
「これは……?」
二人の後方から転がって来たらしい。
その灰色の円筒を目にして、シュンが首を傾げた、その時、
シュウウウウウウ……
「ううお!」
シュンとラインハルトの足元から立ち上った、モウモウとした白い煙。
煙は二人を、そして瞬く間にフードコートの屋内全体を白い闇で覆っていった。
「これは……! 煙幕!」
「今じゃ、シュンくん……退くんじゃ!」
驚きの声を上げるシュン。
状況を察したラインハルトがすかさずシュンに号令をかけた。
ラインハルトとシュンが、煙に紛れてレギオンから距離を置こうと走り出す。
「逃がすか!」
煙の向こうから赤猿シュタンゲの怒りの声。
ヒュン! ヒュン! ヒュン!
「うわ!」
レギオンの銃から放たれた蒼白い光線が、白い煙を切り裂いて、シュンとラインハルトの背後で爆ぜた。
#
「ふん……! くたばりやがったか」
猿が満足げな顏で、辺りを見回した。
屋内に立ち込めた煙が徐々に晴れて行き、レギオンの銃撃の成果を赤猿シュタンゲの眼前に露わにしてゆく。
コートの床には、レギオンの光線に貫かれ、無残な姿になったシュンとラインハルトの身体が転がっていた。
シュタンゲは右手の軍配と、自分の全身を包んだ赤金色の鎧をあらためた。
「クキキッ! 人間の武器が使えそうだとは思っていたが……こいつは期待以上……! 待ってろよ獣王。この俺をコケにしたこと……たっぷり後悔させてやる!」
ヒュウウウウウ……。
天井を仰いだシュタンゲ。
猿を包んだ鎧の背部から、手足の各所から掠れた音が漏れ始めた。
鎧の各所に配された推進器から蒼白い炎が噴き上がった。
次の瞬間、ズドン!
コートの床から飛翔したシュタンゲの身体が、まるで赤金色の巨大な砲弾の様に、フードコートから夜空に飛び出した。
次いで、猿を追うように12体のレギオンたちも一斉に飛翔。
猿と、彼の奪った軍団はコートからその姿を消し、何処かへと飛びたって行った。
この場から、生きて動く者の姿が絶えたかに見えた、だが次の瞬間……
ジジジ……ジジジジジ……
何かの軋むような音と共に、レギオンに撃ちぬかれて床に伏していたシュンとラインハルトの姿が、グニャリと歪んだ。
息絶えたはずのシュンとラインハルトの身体が、見る間に揺らぎ、薄れ、消えて行く。
そして……
「く……! どうにか急場は凌いだか……だが、しかし……!」
「ハルさん。今のは……!?」
消えた景色の、その背後に立っていたのは、ラインハルトとシュンだった。
二人の身体は、ドーム状の蒼白い光の被膜のようなものに包まれている。
ラインハルトもシュンも全くの無傷だった。
「うむ……万が一にと身に着けていた、ポータブル光学バリア。魔光シールドじゃ……」
ラインハルトが右腕にはめた時計型のディスプレイをポチポチいじると、二人を包んだ光のドームは徐々にその輝きを減じてゆき、やがて消えた。
「バリアー! そんなものまで!」
「うむ……あのレギオンのビームも、一瞬ならこれで防ぐことが出来る。それもこれも……彼女の援護のおかげじゃ……」
驚きの声を上げるシュンに、ラインハルトはそう答えて、背後を振り返った。
「お久しぶりです。社長……」
「母ちゃん!」
2人の背後に立ち、ラインハルトに挨拶したのはシュンの母、如月ナユタだった。
ナユタの右手の拳は、二人の方に向かって突き出されていた。
薬指に嵌められた指輪の小さな瑠璃色の宝石が、チカチカと不思議に光を瞬かせていた。
ナユタの傍らには、母親とともに人質の誘導を終えた姉のカナタがいる。
「ナユタ女史……その呼び方はやめてくれ。君のボスだったのは、もう二十年も昔のことじゃ。それにしても……」
ラインハルトが、禿頭を掻きながら照れ臭そうにそう答えた。
「礼を言うぞ。さっきの煙幕と君の『晦まし』がなければ、わしもシュンくんも、やられておった……。『幻影の那由他』の腕前。全く錆び付いておらんようじゃな……!」
「何言ってるんです。子供たちに関わる事だもの。あたりまえじゃないですか。他人行儀はやめにしましょう。またよろしくね、ボス……!」
頭を下げるラインハルトに、ナユタは涼しい顔でそう答えた。
「『ナユタ・ザ・ミラージュ』……!?」
「母さん……『前の仕事』って……一体なにやってたのよ……!?」
シュンとカナタは、唖然として母親の顏を眺めた。
「そんな事よりカナタ、シュン……!」
シュンとカナタの疑問には答えぬまま、ナユタはキッと二人を見据えた。
「バケモノを追うのよ。今度こそやっつけて、シーナちゃんを助けなさい!」
「そ……そうじゃ! シーナを助け出さねば。今からならまだ間に合うかも!」
ナユタとラインハルトが、真剣な顏でシュンとカナタを向いた。
#
「シーナが……そんなことに!」
シュンとラインハルトの話を聞いて、カナタは声を荒げた。
「聞きなさい、カナタ、シュン。あなたたち2人でバケモノを追って、シーナちゃんを取り返すのよ。私の技は直接戦闘……まして空中では役に立たない。ボスも武器を奪われてあのざまだし。2人にしか出来ないの。いいわね?」
ナユタは自分の右手の指輪とラインハルトの方を交互に眺めながら、苛立たしげにそう言った。
「でも……追いかけるって、何処まで……? それにあいつら、空を飛べるし……!?」
「シュンくん。その点は問題ない。猿に奪われたレギオンには、それぞれ位置情報を知らせるGPS発信機が搭載されている。それを辿れば奴の元に辿り付くはずじゃ、そして……移動は……」
シュンは途方に暮れて母にそう尋ねる。
話に割って入ったラインハルトがシュンにそう答えながら、右腕のディスプレイをポチポチ操作し始めた。
すると……。
「ヒヒーン!」
頭上から馬のいななき。
パラパラパラパラ……。
フードコートの上空でホバリングしていた輸送用ヘリが地上付近までその高度を下げていく。
開け放たれたハッチから、何かが地上に飛び出した。
「あれは……! 馬!」
「うむ。魔進戦馬マツカゼ! あれを使えば、空中の猿を追いかけることも……」
息を飲むシュンにラインハルトは重々しくそう答える。
パカラ パカラ パカラ……
金属製の蹄をならして、一同の元にやってきた青銀色の鉄馬を仰いで、ラインハルトは再び右腕のディスプレイを操作した。
「トランスフォーム・モード追跡者!」
老人の号令、と同時に……
ガチャガチャガチャガチャ……
「「あ!」」
全身を覆った青銀色の装甲をスライドさせて、見る間にその姿を変じさせてゆく機械馬。
シュンとカナタは再び驚きの声を上げた。
変形を完了し、今シュンとカナタの目の前にあるのは、その車体の両側面から優美な青銀色の翼を伸ばした、流線型のバイクのようなマシンだった。
タイヤに該当するだろう前後の二輪の内側には、回転翼が唸りを上げている。
これが、空中を移動する際のローターの役目を果たすようだった。
「こいつに、レギオンの追尾システムをセットすれば……」
ラインハルトが、マシンのメーターパネルに、自身の腕時計型ディスプレイをセットする。
すると、ヒィィィィイィイィインンン……。
掠れた機械音と共に、マシンの二輪が地上と平行にその向きを変え、青光りした車体が、地上からわずかに浮揚した。
「なるほど……! 運転の方は単車と同じか……」
マシンのメーターパネルとグリップを触りながら、カナタが頷く。
「母さん、ハルさん。わかったわ! シュン、後ろに乗りな!」
「うん……ああ!」
カナタは、おもむろにマシンに飛び乗るとハンドルのグリップを握った。
シュンも言われるまま、後部座席に飛び乗るとカナタの腰に手をやった。
「シュン。万一のため……これも持っておきな!」
そう言ってカナタがシュンに差し出したのは、シュンが比良坂の屋敷に置いて来たはずの猟銃。
ユウコから預かった魔器『鬼撃月』だった。
「姉ちゃん、それも持って来てたのか? でも、銃なんてまだ……」
「いいから! 何が起こるかわからないんだし!」
姉が無理矢理差し出した鬼撃月を、不安げに受け取るシュン。
射撃の訓練を受けたわけでもなく、おまけにこの目。
持って行っても、果たして使いこなせるだろうか?
「カナタ、シュン……頼んだよ!」
「すまない! 2人とも……シーナを頼む!」
「ああ、ハルさん! シーナは絶対に助ける!」
「いくよ、シュン!」
シュンはラインハルトに力強くそう答えた。
ギュン……!
カナタの合図とともに、青銀色の空飛ぶバイクが、2基のローターの唸りと共に夜空に舞い上がった。
#
「シュ~~~~ン……! 祖父ちゃあああああああん……! 誰か、聞こえとらんのぉ?」
何処ともわからない薄暗い穴蔵で、紅髪を震わせたシーナが心細げな声を上げていた。
そこは生暖かく湿った狭い桶の底のようだった。
シーナが仰いだ上方は闇に包まれて出口もわからない。
「やっぱりここは……あの瓢箪の中! くそーあの猿、まさかあんな古典的なアイテム使ってくるなんて……」
シュタンゲの瓢箪の内部に囚われたシーナが、苛立った様子で爪を噛んでいると……
「籾ヲ落トシマス……」
闇の彼方から、そう無機質な声が響いてくると……
シャー……
上方から水の飛沫の様なモノが降り注ぎ、シーナの全身を濡らしていった。
「な……なんや!」
そしてシーナは、自身に起こった変化に戸惑いの声を上げた。
天井の方から降り注ぐ奇妙な雨に打たれて、シーナがその身に纏っていた真っ赤なジャージが、忍者マスクが、ブラジャーが、パンツが、全ての衣服が……
ドロドロに溶けて床に流れ落ちて行く。
雨はシーナの滑らかな肌と華奢な全身を剥き出しにして、彼女の在るか無きかの胸を容赦なく露わにしていった。
そして、シーナの衣服が全て解け落ちて床に染み込んだ頃……
「糠ヲ取リマス……」
「蒸シマス……」
「仕込ミマス……」
闇の彼方から矢継ぎ早、声が無慈悲にそう告げてくる。
「ひ……ひいい!」
事態の意味を理解したシーナは、自分の肩を抱いて恐怖の呻きを上げた。
さっきのが「籾すり」という事は、今度は……
「い……いややぁ! まだ、オトコとキスもエッチもしたことないのに……こんなわけの解らん場所で死ぬなんて……いやあああああああ!」
取り乱したシーナが、涙を流しながら無念の叫びを上げた、その時だった。
「お姉さま、気をしっかり!」
シーナの耳元で澄んだ少女の声が響いた。と同時に、
シュウウウウウウウ……
彼女の足元に転がっていたペットボトルの中から、澄んだ水が空中に流れ出した。
「ウルルちゃん……!」
我に返ったシーナ。水の精ウルルもまた、シーナと一緒に瓢箪に飛び込んでいたのだ。
「お姉さまは、私が守ります!」
ウルルの力強い声と共に、流れ出た水が透明な薄いカーテンを形作って、シーナの全身を覆っていった。
「う……んんあ!」
全身で波立つ冷たい水の感触にシーナが戸惑いの声を上げる。
今やウルルはシーナを包む、まるで透明な水の羽衣だった。
シャー……
再び闇の奥から降り注ぎだした奇怪な雨の粒を、今度はウルルの水衣が弾いてシーナの身体に寄せ付けない。
「うううう……ありがとな、ウルルちゃん! 外出たら、大好きな『エヴィアック』沢山買うたるからな!」
シーナの目から流れた感謝と安堵の涙が、ウルルの水衣に溶けていった。
「でも……いつまでも持ちませんわ、お姉さま……はやく……外に出ないと!」
奇怪な雨に打たれて、ウルルの声も苦し気だった。
その時だ。
ドカン!
シーナの全身を震わす爆音。暗い穴蔵全体がグラリと揺れた。
「外で……戦っとる……シュン! 祖父ちゃん!」
水衣に包まれたシーナが、厳しい表情で再び穴蔵の上方を仰いだ。
#
「なんなんだあれは……!」
「空を飛んでる……人!?」
「ロボット……! バイク……! 戦ってる!?」
ザワザワザワザワ……。
御珠駅周辺の商業施設でショッピングや夕食を楽しんでいた人々は、皆一様に夜空を仰ぎ、不安と動揺の声を上げていた。
市の中央公園に建造された複合文化施設。
『パルテノン御珠』の上空で激しくぶつかり合う奇怪な一団の姿が、駅舎やレストランの窓からもはっきり見てとれたのだ。
そして夜の空を行き交うヘリ……TVT報道ヘリのカメラが、今や鮮明にその全容をテレビのモニターに映し出していたのだ。
「しつこいぞ! 人間!」
赤金色の鎧を纏った猿の様な顏をした怪物が、空中でそう叫んで軍配を振う。
と同時に、青銀色の鎧の軍団が一斉に銃を構えて、空中を疾走するおかしなバイクのような乗り物に青白い光線を撃ち放つ。
「きたぞ! 姉ちゃん!」
「シュン、しっかりつかまってな!」
バイクに乗っているのは黒いマスクで顔を覆った人間……まだ少年と少女のようだった。
「ずああああああああああああ!」
「シュタンゲ! シーナを返せええええええ!」
バイクの後方に乗った少年が、怒りの声を上げて右手の剣を振り上げた。
ビュビュビュビュビュ……。
その少年……シュンの全身を、緑に輝く薔薇の蔓が覆っていった。
#
「あれは……昨日と同じ……バケモノ……!」
御珠中央病院。病棟の一室の窓から公園の方に目を遣った一人の少女が、夜空で戦う一団の姿を認めてボソリとそう呟いた。
少女の声は、冷たく乾ききっていた。
カーテンに添えられた、その指先は怒りで震えていた。




