奪われたシーナ
「二人とも、いい子で留守してた?」
シュンとカナタの母、如月ナユタが2人を向いてニッコリ笑った。
「母ちゃん……帰ってきてたのか!」
「メールしてから1日経ってないのに……早!」
「当たり前でしょ! 家があんな事になって、あんたたちが大変な目に遭ってるのに、のんびりなんかしてられないわ!」
呆れ顔のシュンとカナタに、ナユタは力強くそう答えた。
「でも母ちゃん、何でココに? それに、さっきのアレは何だよ……!」
「ん……。まあちょっと、腹ごしらえにね。そしたらいきなり、あの猿が暴れ出したでしょ。何とか、みんなを逃がそうと思って……ね」
シュンが色仕掛けでシュタンゲをヤリこめしようとした母を問い詰める。
ナユタはシレッと彼から目を逸らして猿の方を向いた。
「だってテレビで放送されてたんだから……父さんが見たら、何て言うか……」
カナタも顏を赤らめながら、母親のさっきの姿を咎めると……
「父さん……ですって?」
ナユタの顏が、いきなり険しくなった。
「あの人が何だっていうのよ! 如月家を養ってるのは、この、私よ!」
ギリリ。
ナユタの歯ぎしり。
「大体……あの人が定職に就かずにフラフラしてるから、私だって前の仕事を辞めて、ビューティーライフだとかスピリチュアルだとかオーラだとか……詐欺まがいの仕事までして、必死であんたたちを育てたんだからね!」
「さ、詐欺まがいて……」
「母さん! 自分で言っちゃダメ!」
怒りが変な方向に暴走し始めたナユタ。
シュンとカナタが母親を必死でなだめた。
「ま……まあいいわ。とにかく今は、あいつを止めるのが先ね。私とカナタは、人質をコートの外まで誘導する。シュンと……シーナちゃんは、あの猿を足止めして!」
「わかった、母さん!」「OK、母ちゃん!」
「ウ……ウチのこと、知っとるんですか!?」
ナユタの言葉に、驚きで金色の目をパチパチさせるシーナ。
「ええシーナちゃん。お祖父さまとは、仕事で何度かね……。大きくなったわね。シーナちゃん!」
「あ。そうですか……ども、どうもです……」
ナユタがシーナを向いてニカッと笑った。
狭い世間に、シーナは照れ臭そうにナユタに挨拶した。
「ガキども……ようやく雁首揃えたか……!」
赤猿のシュタンゲが、シュンたちを見てニタリと嗤う。
「シュン! 頼んだよ!」
ナユタとカナタがその場を離れ、人質になったコートの客や取材陣を出口まで誘導して行く。
「シーナ、頼む!」
「いくで、シュン!」
シュンは剣の柄を、シーナは乱魔の鞭をシュタンゲに構えた。
ビュビュビュビュビュ……
腕から生え茂る蔓が剣と、シュンの半身を覆う。
「キーー!」
シュタンゲが奇声を上げながら右手の竿を振りかざして、シュンに飛びかかってきた。
「くっ!」
ガキン!
シュンが咄嗟に構えた剣が、猿の武器を受け流す。
ガキン! ガキン! ガキン!
矢継ぎ早に猿の放つ攻撃を、シュンの剣は確実に払ってゆく。
「見える!」
シュンは自分の剣さばきに、自分でも唖然としていた。
屋敷で戦った時にはまるで追えなかったシュタンゲの動き。
それが今夜は、はっきりと判った。
目で動きを追う。
肌で殺気を感じる。
そして、身体がそれに、ついて来る。
「こいつ……昨日と……まるで!」
猿の顏に驚き色が広がって行った。
「昨日は手を抜いていたのか? いや、まさか……ならばこれで!」
ピタリ。
シュタンゲは右手の棒をまっすぐシュンの頭部に構えた。
「伸びろ!」
そう言い放った次の一瞬、グン。
棒の長さが倍以上に伸長して、シュンの喉元を抉る……かに見えた。
だが、その時だ!
「ググ!」
シュタンゲが困惑の呻き。
竿は、シュンの喉元の直前で静止していた。
竿の先端を掴み取り、猿の攻撃を制したのもの。
それは薔薇の蔓に覆われた、シュンの左手だった。
「あの技を……止めた!」
猿が驚愕の形相でシュンをにらんだ、次の瞬間、グン!
「おお!」
猿が狼狽の声。
シュンの腕から伸びてシュタンゲの竿に絡みついていた蔓が、大きくしなった。
蔓は猿の右手から竿をもぎ取り、シュンの背中に。
フードコートの遥か後方まで、シュタンゲの武器を投げ放ったのだ。
そして間髪入れず。
「やっ!」
シュンの気合いと共に剣先から伸びた薔薇の蔓が、体勢を崩したシュタンゲの全身に巻き付いた。
「うおお」
身動きの取れないシュタンゲの身体が、コートの床に転がった。
「俺……昨日より、強くなってる!」
シュンは、驚愕と確信に満ちた面持ちで、自身の剣と蔓を眺めた。
昨日はまるで歯が立たなかった赤猿の戦士が、いまシュンの技に武器を取られ地に伏している。
と、その時だ。
「ええでシュン! あとはウチが!」
シュンの傍らに立ったシーナが、そう言って自分の鞭を撓らせた。
ボオオオオ……。
火の精メララの炎がトングに滾って、周囲を赤く照らし出す。
「もう祖父ちゃん待つまでもないで。これでとどめや! バニシング・バーニング・ウィップラッシュ鞭打!」
シーナの声と同時に放たれた彼女の鞭が、空を裂く炎の奔流となって赤猿めがけて飛んで行く。
ビチンッ!
身動きの取れないシュタンゲに鞭打が命中し、猿の小柄な全身を焼き尽くすかに思えた……だが、その時!
ブワッ!
猿の全身が、一瞬倍ほどに膨れ上がったように見え、次の瞬間、タッ!
目にも止まらぬ速さで床から跳ね上がったシュタンゲ。
再びシュンとシーナの前に立った猿の右手は、シーナの炎のトングをガシリと掴み取っていた。
「うそやろ!」
「なんで……動けないんじゃ!?」
紅髪を震わせ狼狽えるシーナ。シュンもまた驚きの声を上げる。
「へ……。生憎だな。俺に、炎は効かねえんだよ!」
シュタンゲが歯を剥いて嗤った。
先程シュタンゲの身体が膨れ上がったように見えたのは、彼の体毛によるものだった。
猿の全身を覆ったフサフサした赤毛が、一瞬にして寄り合わさった。
1フサ1フサがまるでハリネズミのハリの様に硬質化して猿から逆立って、全身に巻き付いたシュンの蔓を引きちぎったのだ。
「うおあ!」
シーナが悲鳴を上げた。
グン。
シュタンゲが、つかみ取った鞭を引っ張った。
今度は逆にシーナの手から彼女の武器をもぎ取ったのだ。
「へー。火の精を鞭に封じて戦うのか……なかなか面白れえ……!」
「なにしやがる! 触るんじゃねーぞこの猿!」
「こらー猿! メララちゃんを放せー!」
シュタンゲがシーナから奪った鞭を興味深げにいじり回す。
トングに宿った火の精メララが、シュタンゲに罵声を浴びせながら鞭を燃や立たせている。
だが炎は猿の手や体を焼く様子は無かった。
「まずい! メララちゃん、戻りや!」
「うう……すいません、姉さん、身体がいう事を……」
「なるほど、こうやって押えておくのか……」
慌てたシーナがメララを鞭から自分の元に引き戻そうとする。
だがシュタンゲに鞭の柄を握られたメララは、鞭から離れることが出来ないようだった。
「さっきはやってくれたな、小僧」
シュタンゲが恐ろしい形相でシュンを睨んだ。
シュンは油断なく剣を構える。
「どれ、その妙な剣も、いただいておくか。お前らを……殺してからな!」
猿が、そう言い放つと同時に。
ビチンッ! ボオオオオ……
猿の放った鞭。
メララの炎の奔流が、シュンとシーナに襲いかかった。
「うあああああ!」
「まぁずぅい! ウルルちゃん!」
シュンとシーナが炎から跳び退り、シーナが水の精ウルルを呼ぼうとした……だが、その時だ。
ギュンッ!
シュンとシーナの傍らを、何か鉄の塊の様なモノが目にも止まらぬスピードで通過して……
「グキャーーーーー!」
シュタンゲの悲鳴と共に、猿の身体が遥か後方、コートの壁面まで吹き飛ばされた。
ドガッ!
壁に叩きつけられる赤猿。
「あれは……レギオン!」
「祖父ちゃん!」
シュンとシーナが、塊の正体に気付いて思わずそう叫んだ。
空中から飛来して、まるで巨大な砲弾のようにシュタンゲに体当たりしたのは、青銀色の装甲に覆われた人型のマシン。
ラインハルトのロボット兵士、魔甲レギオンの一体だったのだ。
ヒューン ヒューン ヒューン……
そして、矢継ぎ早に次々飛来する青銀色のマシーンたち。
計12体のレギオンが、シュンとシーナの周囲に降り立った。
「シーナ。シュンくん。待たせたな!」
2人の背後から聞き覚えのある声が聞こえて来て、
ガチョン ガチョン……。
金属のこすれ合わさる重々しい響きと共にコートに姿を現したのは、赤金色の装甲に覆われた鎧武者の様な物々しい姿。
右手には黒銀色の軍配のようなモノを握っていた。
メタルスーツ魔甲至高鎧をまとったシーナの祖父。ラインハルトだった。
「祖父ちゃん! 遅いで!」
「すまんなシーナ。レギオンたちには、ナユタ女史とともに、人質の保護と誘導を任せていたんじゃ。それもこれも……」
安堵の面持ちで頬を膨らますシーナに、ラインハルトは、すまなそうな声でそう答えると……
「アイツを、存分に叩きのめすためじゃ!」
吹き飛ばされた猿の方を向いて、右手の軍配を差し上げた。
「グギギギ……舐めた真似しやがって……!」
床から立ち上がったシュタンゲが、怒りの形相でラインハルトとレギオンを睨みつけると、炎の鞭を振り回しながら、ラインハルトに突進してきた!
「クキャーーーーー!」
「やれ! レギオン!」
奇声を発しながら襲い掛かってくるシュタンゲ。
猿に向かって、ラインハルトは軍配を振りレギオンにそう号令した。
とたん、ギュン! ギュン! ギュン!
12体のレギオンの手足に配された推進器が一斉に蒼白い炎を噴き上げた。
魔甲レギオンが一斉に浮揚して、シュタンゲめがけて突進した。
「この木偶人形が!」
猿の振う炎の鞭が、レギオンたちを打ち払う。
だが機械の兵士たちが炎に怯む様子はない。
ドガン、ドガン、ドガン!
12体のレギオンの体当たりが猿を突き回し、その度に猿の身体が地面に転がる。
「グギャアアアア!」
たまらず猿が、悲鳴を上げた。
既に再び立つ力も尽きかけ、無念の形相で膝をついたシュタンゲを12体のレギオンが円形に取り囲んだ。
「すげえ……!」
シュタンゲと魔甲プライムの圧倒的な戦力差に、シュンは唖然として息を飲んだ。
シーナの祖父、ラインハルトの自信には確かな裏付けがあったのだ。
「強い! やっぱすごいわ祖父ちゃん!」
「ハハハ……まあなシーナ!」
興奮の面持ちのシーナに、ラインハルトが得意げにそう答えると、
「終わりじゃ……妖怪!」
再び猿のシュタンゲを向いて、厳しい声でそう言い放った。
「レギオン・エクスターミネート!」
軍配を振りラインハルトが叫ぶ。
「了解シマシタ。目標ヲ殲滅シマス……」
レギオンが機械音声で一斉にそう答えた。
そして両手に構えたマシンガンの銃口をシュタンゲに向ける。
ジジジジジ……。
銀色のマシンガンの銃口から漏れ出す蒼白い光が、徐々にその強さを増していく。
赤猿シュタンゲの命も、風前の灯かと思われた。
だが……
「成る程……あのガキが『シーナ』で、あの鎧はガキの家族……ならば……」
地面に顏を伏せたシュタンゲが、小さな声でブツブツ何かを呟くと、突然、
「おい、シーナ!」
立ち上がったシュタンゲは、シーナの方を向いて乱暴な調子で彼女にそう呼びかけたのだ。
「あん? なんや、猿!」
シーナが不審そうな顏で、シュタンゲを見て邪険にそう答えた、その時だ。
「キキキ! かかったぁ!」
死んだも同然の猿が、快哉を上げた。
シュウウウウ……。
シーナの身体が蒼白い光に包まれてゆく。
「なん……や!?」
驚きの声を上げるシーナの身体が、見る見る内にその大きさを縮めてゆくと……
「あ……これ」
シーナが次の言葉を発する暇も無く、シュポンッ!
シーナの身体が、蒼白い煙の様なものになった。
そして一瞬にして赤猿の腰に結わえられた『何か』の内に、吸い込まれてしまった。
「なんじゃ! シーナ!」
「うそだろ!?」
消えたシーナ。愕然とするラインハルト。
シュンも我が目を疑う。
「貴様! 何を!」
怒りに燃える目でラインハルトがシュタンゲを睨むが、
「おっと……もう遅いぜ! そいつらの武器を下げさせな!」
「あれは……瓢箪!?」
すっかり余裕を取り戻した猿が、ニヤニヤ嗤いながらラインハルトにそう命令した。
シーナを吸込み、猿の腰からぶら下がったモノの正体に、シュンは再び愕然とした。
それは、真っ赤に塗られた瓢箪としか表現しようのない器だった。
「フン……こいつはシュメルツェの瓢。蓮華の洞のホルン兄弟をブチ殺した時に手に入れた、魔法の宝具さ……。名を呼ばれ答えた者を吸い込んで、溶かして酒にしちまう。妙な武器だが、まさかこんな所で役に立つとはな……」
猿が腰に下げた瓢箪を見つめて不敵に嗤った。
「人間! こいつを返してほしけりゃ、その鎧を脱いでこっちに渡しな! グズグズしてると、一時を待たずに、こいつは溶けちまうぜ……」
赤い瓢箪をかざして、シュタンゲはラインハルトにそう言い放った。
「そんな……まさか、シーナ!」
「……ハルさん!?」
老人の顔が凍りついていた。
シュンもどうしてよいか分らず、ラインハルトの顔を仰ぐしかない。
「グ……グググググ……」
鎧に覆われた全身を無念に震わせ、しばし呻吟していたラインハルトだったが……次の瞬間。
「分離……!」
ラインハルトの口から、小さくコマンドが下されると……
ガチャン……ガチャン……ガチャン……。
老人の全身を覆った赤金色の鎧が、見る間に展開し、折りたたまれ、老人の足元で小さなアタッシュケース型のユニットに変形してゆく。
「そいつも置け!」
「……っく!」
シュタンゲが、ラインハルトが右手に持ったままの黒銀色の軍配を指してそう命令する。
老人は苦渋の表情で軍配を床に置いた。
「下がりな、じじい……」
シュタンゲが得意満面の顏でラインハルトを追い払うと、老人の置いたアタッシュケースと軍配を抱え上げた。
「成る程、人間の使う機械ってやつか。だが、それだけじゃないな? この技、見たことあるぜ、確か魔影世界の『傀儡師』のところで……」
興味深げに軍配と、アタッシュケースを眺めまわすシュタンゲに、
「約束じゃ、妖怪。わしの孫を返さんか!」
老人は苛立った様子でそう言った。だが……
「馬鹿かじじい? 誰が人間との約束なんか守るかよ!」
シュタンゲがラインハルトを向いて、歯を剥いて嗤った。
「貴様!」
「ふんっ!」
老人が憤怒の形相で猿に迫ろうとしたが、猿が鼻を鳴らして、老人に向けて軍配を振った。
途端、ジャキン!
猿の背後に待機していた12体のレギオンたちが、一斉に……老人の方にその銃口を向けたのだ!
「まさか!」
シュンは愕然。
軍配を持った猿が、ラインハルトのレギオンを奪い、操っているのだ。
「クキキキ……! 今まで散々舐めた真似しやがって……死ね、人間!」
「ググググ……。すまん! シーナ……!」
猿が舌なめずりをしながら、黒銀の軍配をゆっくりと振り上げた!
肩を震わせ、ラインハルトが無念の呻きを漏らす。
「シーナ……シーナ……! 一体どうすれば……!?」
シュンもその場から動くことができず、ただジッと赤猿をにらみつけるしかなかった。




