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破界の魔王と吸血少女  作者: めらめら
第6章 魔瞳の煌めく時
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出撃ニクトピア

「母ちゃん!」

「母さん、なんで……あんなところに!?」

 テレビのモニターに映し出された自分たちの母親の姿に、シュンとカナタは目を丸くする。


「あの人は……! じゃあシュンとカナタさんのお母さんて……!」

 テレビを覗きこんだ、シーナの金色の目が驚きに見開かれた。


「あの、有名な、ビューティーライフコーディネーター……。『ナユ・フランソワーズ』!」

「あ、ああ……」「ええ、まあね……」

 驚嘆の声を上げるシーナに、シュンとカナタは微妙に恥ずかしそうな表情でそう答えた。


 如月ナユタ。

 ペンネームをナユ・フランソワーズ。


 普段はほとんど家に居ない父親に替わって、如月家を切り盛りする2人の母だった。

 40半ばの年齢を全く感じさせない、どう見ても20代前半の外見。

 驚異的にナチュラルな美貌を維持する眼鏡美魔女として、『アンチエイジング界の(ゴッド)』、『西東京の魔女』、『凍れる時の女王』など数々の異名を取り、各方面に多くの信奉者を持ったカリスマビューティーライフコーディネーターだった。


 また『ハイパーピラティスインストラクター』『スピリチュアルオーラカウンセラー』『活き活きガーデニングアドバイザー』『根野菜ソムリエ』『TKGソムリエ』『お味噌汁検定四段』『温泉検定1級』『田舎暮らし検定初段』といった数々の資格を持ち、その豊富なキラキラノウハウを元に執筆されたHowTo本やエッセイ集の刊行数は年間20冊を超えている。

 書店の新刊コーナーで彼女の著書を目にしない月は無いと言ってよいくらいの売れっ子エッセイストだった。

 自著の海外出版権を巡るトラブルを契機に、ここ1ヶ月はパリの出版社との直談判と箔付け(・・・)のため、自らフランスに出向いていたはずだ。


 そんな母親が今、ニクトピア御珠に現れた猿のシュタンゲに人質に取られて、困った顏をしながら猿にお酌をしているのだ。


「あれは……ナユタ女史……!」

「え……? 祖父ちゃんも知っとるんか?」

 ラインハルトもまた驚きの声を上げ、孫のシーナは訝しげに祖父を見上げた。


「ん……。まあなシーナ。何度か仕事でな……」

 老人は、シュンとカナタの方に目を泳がせながら、何かを取り繕うようにシーナにそう答えた。


「いずれにしても……助けに行かないと!」

「ああ、そうだな姉ちゃん!」

 カナタが口元を厳しく結んで立ち上がった。

 シュンも剣の柄を手に取り畳から跳ね上がる。


「祖父ちゃん、いよいよその……レギオンの出番やな!」

「うむ……この魔甲レギオンの力、今こそ実戦で試す時じゃ!」

 頼もしそうに祖父を見るシーナに、ラインハルトも力強くそう答えた。


「ラインハルトさん。あたしたちも出ます!」

「ああ。母ちゃんにあんなことされて、黙ってられるかよ!?」

 カナタとシュンがラインハルトを向いて意気を上げる。


「そやなシュン。ウチもサポートするで! ええやろ、祖父ちゃん?」

 シーナも燃え立つ紅髪を揺らして祖父にそう言った。


「うーん……。彼女なら、まあ、1人で大丈夫な気もするが……」

 首を捻りながら、小さくそう呟くラインハルト。


「え?」「どうしてです?」

 不審そうに眉を寄せるカナタとシュン。


「あ、いやいや……なんでもないわい。何れにしてもあの情況(・・・・)では、わしのレギオンだけではラチがあかん。シーナと君たちにもサポートをお願いしたい。助けてくれるか、カナタくん、シュンくん?」

「「当たり前です!」」

 ラインハルトの問いに、カナタとシュンは再び語気を強めた。


「よし、出るぞ! ホタルはこの屋敷でメイくんとユウコ殿についておれ!」

「わかりました。御屋方様!」

 ラインハルトの指示に、箕面森ホタルは跪いてそう答えた。


「シュン……。気を付けて。絶対に無事に戻ってね!」

「大丈夫さメイ。みんながついてる。今度こそあの猿をやっつけて……メイも、ルナも、もうあんな事に巻きこんだりさせない!」

 メイがシュンの前に立ち、不安そうに彼の手を握った。

 シュンはメイの緑の瞳を覗き込み、力強く彼女にそう答えた。


「よし! 出陣じゃ!」

 ラインハルトが皆に檄を飛ばすと、パラパラパラパラ…………

 屋敷の上空から聞こえて来るプロペラ音。

 老人の呼び出した比良坂インダストリーの輸送ヘリが近づいて来たのだ。


  #


「へええ。ヘリコプターまで自動操縦なんですね!」

 ラインハルトと共に輸送ヘリに乗り込んだ一同。

 操縦桿らしいものが見当たらず、自動的に目的地に向かって飛行を始めたヘリコプター。

 そのヘリの貨物室から機内を見渡し、カナタは溜息を漏らした。


「うむ。我がヒラサカインダストリーの技術の賜物。目的地までのルートの選定、離陸、飛行、ホバリングまでを完全に自動化したオートパイロットシステムじゃ!」

「でもラインハルトさん……?」

 得意げに胸を張る老人に、カナタは首を傾げて尋ねた。


「そこまで凄いシステムがあるなら、どうしてラインハルトさんが現場まで出向くんですか。この『レギオン』たちだって、自律型のロボットなんでしょ? 妖怪退治や人質の救助も、全部彼らに任せることも……?」

「カナタくん。そう簡単にはいかないんじゃ……」

 貨物室にスタンバイした、青銀色の装甲に覆われたマシーン。

 計12体のレギオンを見回しながら不思議そうなカナタに、老人は首を振ってそう答えた。


「このレギオンたちに搭載された人口知能(AI)は、妖魔の存在を自動的に判定し、攻撃することは出来る。だが今回の様なケース……人口の多い市街地での戦闘や、人質の救出を優先すべき場面では、わし自らが直接彼らに指揮を出す必要があるのじゃ。レギオンたちには、優先して保護すべき人間を判断する事……そもそも、目の前の人間が保護すべき危険に晒されているかどうかを判断することすら出来ないんじゃ。彼らにしてみれば判断基準が膨大で、曖昧すぎるからな。それが今の我々のロボットの限界なんじゃ……」

「ふーん……そういうものなんですか……?」

 ラインハルトの説明に、解ったような解らないような顏をしてカナタは唸った。

 そうこうしている内に、


「祖父ちゃん、到着やで! シュン、カナタさん……マスクを!」

 貨物室の丸窓から外を眺めてシーナが叫ぶ。

 比良坂の屋敷を離陸したヘリは、ほんの数分でニクトピア御珠の上空に到達していたのだ。


「もう到着か!?」「わかったわ……」

「報道陣のいる真ん中に飛び込むんやからな。くれぐれも顏バレ注意やで……」

 シュンとカナタ、そしてシーナは出発の着前にホタルから手渡された忍者マスクで顔を覆った。

 

「祖父ちゃん!」

 忍者姿のシーナが祖父を促すと……


「うむ……魔甲至高鎧(マコウプライム)適合(アダプト)!」

 自身の傍らに置いてあった赤金色のアタッシュケース状のユニットを抱え上げ、ラインハルトはそう号令した。


 とたん、ガチャガチャガチャガチャ……

 アタッシュケースが、まるで箱根細工の秘密箱の様にスライドして、展開していった。

 何重もの赤金色の金属板へと拡張したユニットが、みる間にラインハルトの全身を覆ってゆく。

 ラインハルトが三日月飾りの兜と面で頭部を覆った、金属製の鎧武者のような姿へと変わってゆく!


「すげえ! これが魔甲至高鎧(マコウプライム)!」

 ラインハルトの『変身』を初めて目の当たりにしたシュンは、目を輝かせて驚嘆の声を上げた。


「皆の者。出るぞ!」

 鎧に覆われたラインハルトが鬨の声を上げ、同時に輸送ヘリの後部ハッチが開け放たれた。


  #


 時刻は数分遡る。


「オラ女、さっさと酒注げや! 足をここに乗せろ! 乳揉ませんかぁい!」

「アレー。乱暴はおやめくだいませ。お猿様!」

 御珠ニクトピアのコート内では、赤猿シュタンゲがヤリたい放題の限りを尽くしていた。

 完全に下品なオヤジと化した赤猿が、シュンの母ナユタを無理矢理の脇に抱き寄せている。

 ビールをグビグビ飲み干しながら、スペアリブを貪っている。


 その時だった。


「お猿さまぁん……」

「クキッ?」

 突然、猿の傍らのナユタがしどけない声を上げて、猿の身体に寄り添ってきた。


 どんな心変わりがあったのか。

 先ほどのイヤそうな顔とは一転。

 ナユタは艶っぽい表情で猿を見上げた。


「これだけお尽くししてるんですもの。他のヤツはどうでもいいから、私だけは助けてくださいましね……」

「へ……! 何かと思えば命乞いか……このスベタめ!」

 クネクネと身体をくねらせながら猿の耳元でそう囁くナユタに、シュタンゲは呆れ顔でそう答える。


「それに私……強い(オス)が好きなの。ハッキリ言って、あなた私のタ・イ・プ……! こんなところでお酒ばかり飲んでないで、アッチでもっとイイコトしましょ……?」

「ムキ……ムキキキ……!」

 なおも引き下がらないナユタが、(メス)力を全開にして猿にしなだれかかった。

 ナユタの右手の指先が、まるで猿同士の毛繕い(グルーミング)のようにシュタンゲの胸の毛をまさぐった。

 毛先をクリクリとイジりはじめる。

 シュタンゲもまんざらでない様子でおかしな声を上げ始めた。


 だが、その時だった。


 ス……。

 ナユタのもう片方の手が、自身のスーツの胸ポケットに滑り込んだ。

 彼女がポケットの内から取り出したのは、山形に折りたたまれた白い薬包紙だった。

 そして、ナユタの左手の指先だけで器用に開けられた包紙の中身の白い粉末が、

 サラサラサラサラ……。

 シュタンゲの目を盗みテーブルに置かれた飲みかけのジョッキに流し込まれて行くではないか。


「ささ。お猿様。残ったお酒を片付けて、アチラでゆっくり楽しみましょう……」

「ああ、それも悪くねえな……!」

 そして涼しい顔をして、ナユタは怪しい粉末を流し込んだ飲みかけのジョッキを猿にすすめた。

 ナユタの誘いにその気になりかけたシュタンゲが、ジョッキに残ったビールを一気に飲み干そうとした、だがその時だった。


「クキ……?」

 猿の顏から、横柄な笑みや放埓さが消えた。


 クンクン……。

 猿の鼻が右手に持ったジョッキの匂いを嗅ぎ、次の瞬間、バッ!

 シュタンゲがその場から跳ねた。

 猿が右手に掴んだ棒状の武器が、目にも止まらぬ速さで、ナユタの頭上から彼女めがけて振り下ろされる。


「くっ!」

 ナユタが呻く。


 ガチャンッ!

 猿の棒がコートの床にめり込み、椅子とテーブルを叩き割って辺りにまき散らした。

 だが猿の棒の打ちおろされた先に、ナユタの姿は既に無かった。

 猿の攻撃に一瞬先んじて、バク宙2回転でその場から跳び退っていたのだ。


「女! 何か仕込んだな……!」

 シュタンゲが歯を剥いてナユタを睨んだ。

 サルは砕けたジョッキと床に撒き散らされた飲みかけの酒に目を遣った。


 すると、どうだ。

 ジュウウウウウウ……。

 床に散ったシュタンゲの酒から白い煙が立ち上り始めると、鼻の曲がるような異臭と共にコートの床に染み込み、焦がし……溶かしてゆく!


「成る程……。妙に肝の据わった女だと思ったら、人間の暗殺者か! このシュタンゲに一服盛ろうなんざ……覚悟は出来てんだろうな!」

 猿が、右手の竿をクルクルと回転させながら獰猛な顏でナユタをにらむ。


「あーあ。『作用』するまで、完全に無色、無味、無臭のアレを見破るなんて……。下衆猿のクセにナマイキ……」

 ナユタは悪びれた様子も無く、夜空を仰いで投げやりな調子でそう呟いた。

 空から、プロペラの音が近づいてくる。


「子供たちが来る前に、楽してチャッチャと片付けたかったけど、そういうわけにも行かないか……。さっきは好き放題やってくれたわね下衆猿! あんたの方こそ、覚悟はいいわね!」

 シュタンゲの方を向き直ったナユタが、猿にそう言ってニタリと嗤った。


 その顏は先ほど猿に向けた媚びるような様子とは一転。

 不敵で、精悍だった。


 その時だった。


「母ちゃあああああん!」

「母さん!」

 ナユタの頭上から彼女を呼ぶ声。

 

 パララララララララ……。


 輸送用ヘリのプロペラ音が辺りを震わせ……


 タッ!


 ヘリコプターの後部ハッチから飛び降りて、ナユタの周囲に降り立ったのは、シュン、カナタ、シーナの3人だった。


「これが、本物のナユ・フランソワ―ズ! 凄いオーラや!」

 ナユタの著作のどれかにかぶれていたらしいシーナが、紅髪を揺らして眩し気にナユタを見つめた。


「母ちゃん……どうして此処に……!?」

「そ……そうよあたしらの前で、何て事してんのよ!」

 (メス)力全開で猿に迫っていた母の姿を見ていたカナタとシュンが、顏を真っ赤にしながらナユタにそう訊く。


「カナタ。シュン。元気だったみたいね。いい子で留守してた?」

 ナユタは涼しい顔をして、カナタとシュンを向きニッコリ笑った。


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