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破界の魔王と吸血少女  作者: めらめら
第6章 魔瞳の煌めく時
49/144

シュタンゲの暴走

 夕刻。


 シュンとメイ、シーナとタヌキが何だか気まずい雰囲気の中、屋敷への帰路を歩いていた。


「メイ……あのさ……あいつの事は、気にするなよ。俺たちにだってどうにもならなかったさ……」

「そや。メイくん、悪いのは全部、あのバケモンと、夜白レイカや……」

 夕闇の迫る通学路。

 顔を伏せながら歩を進めるメイの隣から、シュンとシーナは遠慮がちにそう話しかけた。


「うん……そうかも……しれない。でもルナちゃんが……」

 メイの顏は晴れなかった。


  #


「ルナの母さんが……昨日の事故で!?」

 昼休み。

 親友コウの口から藤枝ルナの欠席の理由を聞いたシュンは、それ以上の言葉を継げなかった。


「ああ……。昨日の怪物事件……ニュータウン通りの方の事故。凄かっただろ? あの場所にルナも、ルナの母さんも居たんだって……。昨日の今日だし、まだ容体も落ち着かないし、クラスのみんなが動揺するといけないからって、ナナセは理由を言わないけどさ……」

 ツンツン頭の時河コウもまた、沈痛な面持ちだった。


 普段から口うるさいクラス委員長の藤枝ルナとその母親。

 その2人が昨晩の怪物事件、大鰐ズィッヒェルの暴走に巻き込まれていたというのだ。


 コウの話では、ルナ自身は、軽い創(・・・)程度で済んだそうだ。

 だが母親の方はそれで済まなかった。

 大鰐の跳ね飛ばした軽自動車は、ガードレールを突き破って、歩道を歩いていたルナの母を直撃した。


 病院に搬送されたルナの母は、現在も集中治療室の中で生死の境にあるというのだ。

 担任のナナセが話を伏せているのに、コウがこの話を知っているのは、多分ルナは昨日、コウにだけ今の状況を話していたのだろう。


 あるいはコウはルナの病院まで足を運んでいたのだろうか。

 シュンも前々から察していたが、コウと委員長のルナには何か、二人だけの間に築かれた奇妙な絆みたいなモノがあった。

 それは友情とか、恋愛とか、何かそういうモノを通り越した、もっと深い(・・)、ノの様に感じられることがある。

 でもそれ以上の事は、今のシュンには解らなかった。


「ルナが……そんなことに……」

 シュンは暗い顔でそう呟いた。


 窓から見渡す校庭の風景、晴れあがった空。

 怪物が現れる前と変わらない、いつもの日常が戻って来たかのように思えたのに。

 現実は、シュンのクラスメートと家族を傷つけ、教室の一角にポッカリ暗い穴を空けていたのだ。


「大丈夫さシュン。俺たちが心配したって、どうにかなる事じゃないさ。そうさ、ルナは強い。あいつは……強い……」

 シュンの様子に気付いたコウが、そう声をかけて来る。

 だがその声は、自分の気持ちを納得させるためみたいに思えた。


  #


「シュン……私たち、本当に学校に行っていていいのかな……?」

 シュンの隣を歩きながら、彼にそう話しかけて来るメイの声も暗かった。


 メイもまた、自分のせいでクラスメートを傷つけたという後悔の思いから逃れられないようだった。

 藤枝ルナが教室に戻って来たとして、シュンとメイは彼女にどう接したらいいのだろう?


「メイ……この事件……早く……終わらせるしかない。終わらせるしかないんだ……!」

 メイの問いに明確な答えを出せるはずもない。

 シュンは口の中でブツブツそう繰り返すしかなかった。


 接界が終わるまで、メイの身を守り抜き、怪物たちを全て倒す。

 俺に出来ることはそれだけだ……。

 シュンは自分に再びそう言い聞かせていた。


  #


 夜の比良坂邸。

 広間には、屋敷に身を寄せる全員が集っていた。


「みんな、見たまえ。これがホタルの報告にもあった、この一帯でも最大の妖気の溜り場(スポット)……通称『御珠トロポサイト』じゃ」

 シーナの祖父ラインハルトが、広間の大画面にテレビに映し出しているもの。

 それは広大な敷地内で、鬱蒼とした蔦に覆われた集合住宅群の俯瞰写真だった。


「魔捜ドローンがこの場所で検出した妖気は、およそ450,000YK。接界が近づいているとはいえ、考えられん数値じゃ……」

「やっぱり、ホタルちゃんの見つけた、この場所か……!」

 眉をひそめて数値を睨むラインハルト。

 シーナもまた厳しい表情。


「問題はここからじゃ。ドローンが溜り場に接近して行くぞ……」

 ラインハルトが続ける。

 カメラの高度が徐々に下がって行き、蔦に覆われた敷地内の建物に接近していった。


 この映像はラインハルトが街中に放った虫型マシン『魔捜ドローン』に搭載されたカメラから送信されているらしかった。

 崩れかけた集合住宅の屋上むかって、徐々に徐々に距離を縮めて行くドローンの映像。

 だが次の瞬間、屋上の一角が銀色に瞬いたかと思うと、


 ビュッ!


 ガチャ!


 風を切るような音と同時に、何かの砕ける音。テレビの画面が暗転した。


「撃墜された……!」

「間違いない。やっぱりココや、この場所に、『魔王バルグル』が……!」

 息を飲むシュン。

 興奮の面持ちのシーナ。


「うむ……。まず間違いなかろう。この妖気、この守り、敵の親玉はこの場所に潜んでおる。明日。日の出と同時だ。わしとレギオンで、この場所に総攻撃をかける……!」

 ラインハルトはみなを見回し、重々しくそう告げた。


 と、その時だった。

 ピピピピピピ……

 老人の右腕の端末から何かのアラーム音。


「む……! 別のドローンが、強い妖気を検出したな? 場所の方は……?」

 ドローンから端末に送信されて来た情報を検める老人。


「らいんはると様。ポイント『BH-1024』二テ、24,000YKノ妖魔反応ヲ検知シマシタ。繰リ返シマス。ポイント『BH-1024』二テ……」

「なんじゃと? 間違いないのか……?」 

 端末から発せられる音声情報に、ラインハルトは訝しげに首を傾げた。


「この場所は街中……それも……!」

 ドローンから報告された座標を確認したラインハルト。

 彼が驚きの声を上げて、テレビのリモコンのスイッチを入れた。


 すると……


「これは……!!!」

 放送中の報道番組に、一同は驚きの声を上げた。


「えー……、あー……、引き続き、この時間は予定を変更し、御珠市フードコートで発生した……『立て籠もり事件』の動向についてお伝えしております……!」

 大写しになったTVT大橋アナウンサーが、戸惑い顏で現場から状況を伝えていた。


「『妖気』……『立て籠もり』……いったいどういうことだ?」

「それにあそこは……ニクトピアじゃない!?」

 アナウンサーの背後に映し出されている場所。

 そこはシュンもメイもテレビのグルメ番組などでよく見る場所だった。

 ステーキ、ハンバーグ、すき焼きなど、肉料理専門のフードコートとして高い人気を誇る『ニクトピア御珠(みたま)』のコート内の風景だったのだ。


「現在、犯人は人質を取ってコート内に立て籠っており、警察では人質の安否の確認と救出を最優先とし、説得と強行突入の両方面からの対策を検討……して……して……いたのですが……!」

 震える手でマイクを握った大橋アナが、涙目だった。


「全員やられてしまいました! ていうか私たちも人質です!」

 悲鳴にも似た大橋アナの声。大橋アナの背後には何かに薙ぎ払われて、昏倒した何十人もの警察官の姿が映し出されていた。


 ガチャーン。

 突然、いくつもの食器が割れる音とともに誰かに放り投げられたらしい、椅子やテーブルがの画面の端をよぎった。


「もっとだ! もっと酒と喰いモン持ってこい!」

「は……はい、ただいま!」

 シュンには聞き覚えのある怒号に答えて、コートのスタッフと思われる数人が、必死の形相でステーキや、ソーセージ、ケバブの塊の乗った大皿を声の元に運んで行く姿が映し出された。


「あ……あいつは!」

「あの時の猿……!」

 テレビカメラの移動と共に画面に映った事件の『犯人』の姿。

 シュンもシーナも、この場にいる一同は唖然とした。


 コートの食事スペースの真ん中に踏ん反り返って、スタッフの運んでくるステーキやシャブシャブやソーセージやケバブを次々に貪っている者。

 それは1匹の赤毛の猿だった。

 昨日の夕刻、廃屋と化した『工房館』でシュンを叩きのめし、彼らを追い回した赤猿シュタンゲの姿だったのだ。


「へ。この国の兵隊は、弱すぎて話にならねーな……」

 右手に持ったジョッキから(シュヴァルツ)ビールをグビリと飲み干した猿は、カメラの方をにらんで不満げな声を上げた。


 駆けつけた警官全員を、自身の竿で叩き伏せたのだ。

 そしてこの場所に居座って、文字通り酒池肉林を繰りひろげているらしい。


「もっと、強えー奴はいねえのかよ。早くしねーと、この場に居る全員、このシュタンゲの手で皆殺しだぜ……」

 そう言って赤猿は、カメラ目線でニタリと嗤った。


「あいつ……あんな所で、何やってんだよ!?」

「挑発や! ウチらを誘ってるんや!」

 驚きのあまり畳から跳ね上がるシュン。

 燃え立つ炎の様な紅髪を震わせて、シーナも怒りの声を漏らした。


「おのれえ妖怪、勝手な真似をしおって……! 魔甲レギオン、緊急出動(スクランブル)!」

 シーナの祖父ラインハルトも、怒りに燃える目で畳から立ち上がった。

 ラインハルトが腕に嵌めた液晶端末を操作して、自身のマシン軍団に出動を指示しようとした。


 だが、その時だった。


「オラ女! さっさと酌しねーか!」

「お、お許しを、お猿さま! ただいま……おつぎ致します!」

 モニターの中のシュタンゲが、人質の1人に怒号を上げた。

 オロオロと動揺しながら、シュタンゲの持つジョッキに日本酒を注いでいるのは、シュタンゲの傍らに(はべ)らされている、1人の女だった。


「あれは……!」

 シュンの目が驚きに見開かれる。


 女の齢は二十半ばくらいだろうか。

 ピッチリしたグレイのパンツスーツに包まれた全身。

 イヤそうな顏で猿に酌をする仕草1つからも、何とも言えないミステリアスな色香が漂ってくる、グラマラスな眼鏡美人だった。


「母ちゃん!」

「母さん!」

 シュンとカナタはテレビを指差し、愕然として叫んだ。


 モニターの中で困った表情で猿に酌をしていたのは、シュンもカナタも良く知った顏だったのだ。

 仕事でフランスに出張しているはずの2人の母親。


 如月那由他(きさらぎナユタ)の姿だった。


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