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破界の魔王と吸血少女  作者: めらめら
第6章 魔瞳の煌めく時
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メイの涙、獣の夢

「その顏……その目……また、あいつら(・・・・)にやられたのね……」

 目を覚ましたメイが、半身を起こしたシュンの布団の傍らに腰を下ろしていた。


 シュンにそう訊くメイの顏は、血の気が失せて蒼白だった。

 シュンを覗き込む緑の瞳からは、驚きや、哀しみといった感情の光が失われていた。


 メイの目は虚ろだった。

 笑えば辺りに花が咲いたように思える整った顏立ちも、今は固く厳しくとざされた、白い彫像のように見える。


「ん……ああメイ。ちょっと……油断しちまってさ」

 シュンは、ぎこちなくメイにそう答える。

 自分の声が軋んでいるのが、はっきりわかった。

 シュンは、畳に視線を落とす。


 メイの顏を見るのが、メイと目を合わすのが、なんだか気まずかった。

 あの時(・・・)のメイの顏が、脳裏をよぎる。

 黒い氷で大鰐を引き裂いてゆくメイの、妖しく艶めいた顏。

 嗜虐の悦びに我を忘れたような、メイの、あの顏が。


 シュンは継ぐ言葉が出てこない。

 5秒……10秒……無言の時が流れる。


「でも、もう大丈夫さ、痛みは引いたし、時間が経てば目だって開くかも……」

 シュンが重苦しい沈黙を取り繕うように、メイにそう言いかけた、その時だった。


 ス……。

 無表情のまま、メイの左手が、シュンの頬に添えられた。

 メイが右手が、シュンの顔の創に触れた。


「うぉぁ、メイ、何を……!」

 シュンは息を飲む。

 シュンはドギマギする。

 幼馴染と、これほど間近で向かい合うことなんて、今までなかった。


 メイが、シュンの閉ざされた左の瞼を優しくなぞった。

 メイの冷やかの指先の感触が、シュンの白銀色の鱗に覆われた瞼の上からでも、はっきりわかった。


 そして……


「ごめんなさい、シュンくん。その創……その目。私が、シュンくんと替わってあげられたら……!」

 喉の奥から絞り出すように、メイがシュンにそう言った。

 メイの肩が、声が、震えていた。


「お祖母ちゃんに怪我をさせたのも、シュンくんを、こんな事に巻き込んだのも、みんな、私……私のせい……!」

 何かが崩れ落ちるように、メイの顏がクシャクシャになり、その緑の目から、ポロポロ大粒の涙が零れだした。


「メイ……なに言ってんだよ? おい、落ち着けって!」

 オロオロしながら、泣き崩れるメイを宥めようとするシュンだったが、


「シュンくん!」

 突然、メイが、シュンの胸に顏をうずめた。

 くぐもった声でメイが呻いた。


「私……怖い。何だか自分が、自分でなくなっていくような……この世界が、この世界でなくなっていくような、全部が崩れてしまいそう、そんな気がして……」

 Tシャツごしに、メイの体温がシュンに伝わって来る。

 メイの目から伝う涙が、シュンの胸を濡らして行く。


「ううう……」

 シュンは固まった。

 メイはあの時(・・・)の事をはっきり認識しているのだ。


「どうして? なんで私やシュンくんが、こんな事に巻き込まれなければいけないの? あんなタヌキと出会わなければ……戻りたいよ。何も知らなかった頃に。『別の世界』の事なんて、今の私たちには関係ないじゃない? 何が『魔王』よ。お母さんや、お父さんの事なんか、知らなければよかった……!」

「メイ……!」

 メイの言葉にシュンはしばし、返す言葉が見つからない。


 この数日で、メイとシュンを取り巻く世界は一変してしまった。

 とりわけ、メイの受けた衝撃と葛藤はシュンには思いも及ばないものだったろう。

 挙句がメイの内から生じたあの氷。メイ自身にも制御できない力と破壊衝動……。


 これまで、気丈に耐えられたこと自体、どうかしていたのだ。


 ……そして、少しの戸惑いの後、シュンは眦を決した。


「メイ……大丈夫だよ」

 オズオズと、シュンはメイの肩を抱いた。


「え……?」

 メイが顏を上げる。

 

「きっと、全部上手くいくさ。今度の事件が終われば、何もかも、元に戻ってるさ!」

 シュンはメイの顏を見た。

 メイの緑の瞳を見た。


「それにさ。タヌキや、メイの母さんを恨んだって、仕方ないだろ?」

 一言一言、メイと、そして自分に言い聞かせるようにシュンは続けた。


「この世界でさ、メイの母さんがメイの父さんと出会って……それで、ココに今メイがいるんだ。俺や……みんなが、メイと一緒に居られるのだって、母さんと父さんのおかげじゃないか……そうだろ?」

「……ン」

 シュンの言葉に、メイが無言で頷いた。


「メイは……俺が守るよ!」

 メイの瞳を覗き込み、シュンはメイに、キッパリとそう言った。


「この剣の正体が何なのか、どんな力があるのかは知らない。でも、俺のところに剣が来たのだって、きっと……何かの運命さ。俺に、メイを守れって……誰かが多分そう言ってるんだ!」

 シュンは枕元に置かれた黒い剣の柄に目を遣る。


「どんなバケモノが来たって、もう俺……メイにはあんなことさせないから。メイも、メイの祖母ちゃんも、絶対に傷つけさせない。俺が戦う!」

「シュンくん……」

 シュンの名を呼ぶメイの頬を、再び一筋涙が伝った。


「だからさ、もう泣くなよ。元気出せよ。いつもみたいにさ……」

 メイの涙を見て、自分の言葉が急に気恥ずかしくなって、シュンは顔を赤らめてメイにそう言う。


「うん、わかった……」

 メイがコクリと頷いた。

 蒼白だったその頬に、血の気のなかった唇に、僅かに紅みが戻ったように見える。

 メイが微かに笑った。


「優しいね……シュン(・・・)は……」

 メイがシュンに顏を寄せた。


 コツン。

 メイの額が、シュンの額に重なった。

 メイの、目と鼻と唇が、シュンのすぐ目前に来た。


「メイ……」

 シュンの胸が高鳴った。

 戸惑いながらも、メイがシュンにされるがまま、彼女と顏を寄せあっていた、だが、その時……


「ん……?」

 何か異変を察したのか、メイがシュンから顏を離した。


 布団からメイが立ち上がる。

 そしてそのまま、広間と縁側を隔てた障子に、ツカツカと歩いていき、ガラリと障子を開け放すと……


「どわー!」

「うああ!」

 障子の隙間にかじりつくようにして、縁側から耳をそばだてていた2人の少女が広間に転がり込んで来た。


「シーナ! ホタル!」

 シュンが目を丸くした。


「やっぱり……!」

 呆れ顔のメイ。


「な……! 何やってんだよ、お前ら! 覗き見してたのか!」

 顔を真っ赤にして布団から跳びあがるシュン。


「ひ……人聞きの悪い事言うなやシュン! 部屋ん中であんなコトされてて、入れるわけないやろが!」

 シーナも顏を真っ赤にしながら、燃え立つ炎の様な紅髪を震わせてそう抗議した。


「かー! そうですかシュン。ウチらが必死で戦ってる時に、イチャラブですか? キャッキャウフフですか? あーウラヤマシー!」

「イチャラブ……ち、違うって、そんなんじゃねーよシーナ!」

 逆切れして踏ん反りかえるシーナに、再び動転しながら必死に取り繕うシュン。

 クスリ。メイが再び、微かに笑った。


「シュン……? あんた、その顏!?」

「姉ちゃんも……勝ったんだな……」

 庭先から広間に戻って来たカナタが、シュンを見て息を飲んだ。

 姉の無事を認めて、シュンは胸を撫で下ろす。


「これこれ、どうした? 何を騒いどるシーナ?」

「メイ……! 目を……覚ました……無事でよかった!」

 次いで、ラインハルトとユウコが広間に入って来た。

 ユウコがメイの元に駆け寄る。


「お祖母ちゃん!」

 メイが祖母と抱き合った。

 メイの目から、再び安堵の涙が流れだした。


  #


 彼は、暗い谷間をひたすらに走っていた。

 谷を吹く風が、彼の大鷲の様な黄金の翼を撓らせ、輝く白銀の鬣を闇夜にたなびかせた。

 鬣同様に眩い銀毛に覆われたしなやかな四足で土を蹴り、岩を蹴り、彼は自身の根城へと疾走していく。


 彼は獣だった。


 夜を駆ける彼の身体を、谷の草木を焼く野火の明かりが不吉に照らし出していく。

 火の粉が、燃えた木の葉が、彼の全身に降りかかった。

 夜の森を渡る突風が疾走する彼の身体を叩き、キナ臭い火の粉と黒煙が彼の視界を覆ってゆく。


 そして、夜風に乗って、火の粉とはまた別に彼の鼻先を掠める可憐な断片があった。

 一片、また一片と、辺りに散っていく薄桃色の……花弁(ハナビラ)だ。

 コナイデ……アナタ……ココカラサキハ危険デス……

 か細い声が、彼の耳にそう囁きかけてくる。

 声は彼のすぐ耳元を掠める花弁の囁きだった。


「何を言う! 待っていろ!」

 薄桃の花の声を振り切るように、彼は吼えた。


 ザワザワザワ。地の穴から、岩場の影から、樹上の枝から、彼に飛びかかる無数の兵隊。

 彼の行く手を遮るのは、何百匹もの毛むくじゃらの黒い大蜘蛛だった。


 走りながら、彼が爪を振い牙を突き立てるそのたびに、切り裂かれ、齧り取られた蜘蛛達の死骸が谷に四散していく。

 蜘蛛たちを蹴散らしながら、彼の目指す先、それは谷を切り開き石を切り出して建築された壮麗な黒曜石の城。


 王の城だった。城からもまた、火の手が上がっていた。

 バサリ。黄金の翼を撓らせて、彼は飛翔した。

 翼持つ王と、その臣下だけが立ち入る事を許された、王の宮へと。


 そして……


「グオオ!」

 燃える城の中庭に降り立った彼は、再び悲壮な咆哮を上げた。

 中庭全体を壮麗な枝葉で覆った巨木。


 その木が燃えていた。

 炎に包まれ、枝一面に咲き誇った薄桃の花がハラハラと散ってゆく。

 花弁が逆巻く風に乗って、谷全体を渡ってゆく。


「キルシエ!」

 彼は絶叫した。

 燃える木の下、中庭に斃れた女の姿を認めたのだ。


 胸に突き立てられた、黒曜石の短刀。

 無残に横たわった、王たる彼の()の姿を!


 女の元に駆け寄って彼女の半身を抱き起す。

 女が目を開いた。花びら同様、薄桃色の唇が微かに開かれた。


 アナタ……

 それが、彼の耳に届いた、最後の声。

 女の生命の源である巨木が、燃え落ちて行く。

 と同時に、女の身体はその四肢の末端、指先から薄桃の花弁に変じて、炎に巻かれて舞い上がってゆく。


「逝くな……逝くな!」

 彼は女を抱き、夜空を見上げて慟哭した。

 やがて彼の抱いた女の身体の全てが花弁に変じて崩れ、風に舞い暗い夜の空に四散した頃。


「ガアウアアアアア!」

 怒りと悲しみの綯交ぜになった凄まじい彼の咆哮が、城全体の空気を震わせ炎を揺らした。


 その時だった。

 中庭全体を包んだ炎を割って、彼の前に立つ者がいた。

 彼の体躯の数倍もあるだろう黒い剛毛に覆われた巨体。


「貴様ァアアアアア!」

 彼は、その者を睨み上げた。


 グワリ。

 そいつの振り上げた幾本もの節くれだった()が、彼の頭上に振って来た。

 彼は渾身の力を込めて、己が爪を振った。


  #


「……!」

 只ならぬ気配に、バルグルは目を覚ました。

 何か恐ろしい夢を見ていた気がした。

 だが悲痛な記憶は、この場に満ちた何か異様な殺気を前にして、バルグルの頭の片隅に押しやられた。


 黒い氷に半身を裂かれ、動けぬ彼の座したこの場所。

 そこは、廃墟と化した集合住宅の屋内の方形の一間だった。

 崩れかけた屋上から漏れ入る月の光が、屋内を覆った黒々とした蔦の葉を銀色に濡らしている。


「く……!」

 そのバルグルの眼前で、困惑の呻きを上げて固まっている獣がいる。

 長い竿の様な武器を振り上げたまま、バルグルに見据えられて身体の竦んだ赤猿のシュタンゲだった。


「シュタンゲか……」

 眼前の猿をギロリと見据えて、バルグルは鼻を鳴らした。


「けッ! 腐っても獣の王か。魔王が眠るなんざ、墜ちたもんだと試してみれば!」

「ふん。相手の寝こみを襲うのが、火猿の武術家のやり方か? 相変わらずケソケソとした喧嘩をする奴だ……」

 バルグルの座した机床台から後ずさりながら、シュタンゲが構えた竿をゆっくり下ろした。

 数年ぶりに眠った彼の、隙を突こうとしていたらしい赤猿に、バルグルが呆れた様子でそう尋ねる。


「なに、安心しなよ獣王。さっきのは試しさ。動けぬあんたの寝こみを襲ってもつまらねえ。封印を解かれたあんたをブチ殺さなけりゃ、このシュタンゲの武名が廃るってもんさ」

「ほう、この場から俺が動けぬから、勝てる気でいたのか? 本当に頭の目出度い猿だな」

 そう言ってニヤニヤと笑うシュタンゲ。

 獣王もまた猿を見て獰猛に嗤った。


「……んだとゴラァ……!」

 バルグルの挑発に、シュタンゲの顏が歪む。


「今一度試してみるかい、シュタンゲ。その残った腕を落とされる覚悟があるならだが……」

 バルグルがシュタンゲにそう言い放つ。と同時に、

 ザワザワザワ……

 獣王の銀色の蓬髪が、風も無いのに靡き、逆巻き……


 ジャ!


 銀髪が寄り合わさると、幾本もの鋭い刃の様なものが形成されて、一斉に猿の方を向いた。

 

「ぐ! いいだろう、やってやらあ!」

 シュタンゲが唸る。

 猿が再び竿を構えて、バルグルと睨み合った。

 だが、その時だった。


「おやめなさい。御2方とも、お戯れが過ぎますよ……」

 鈴を振るような澄んだ声が、屋内に響いた。

 ハサハサと微かな羽音と共に、建物の窓から、崩れかけた天井の隙間から、何頭もの黒翅の蝶が飛びこんで来た。


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