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破界の魔王と吸血少女  作者: めらめら
第5章 追憶の窓
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魔甲のレギオン

「何を言っているの? レイカさん、あなたはいったい……!」

 レイカのおかしな返答が、ユウコの心を得体の知れない恐怖で満たした。


 レイカに押し当てていた『鬼刺刃』を持つ手がこわばった。

 その一瞬を見計らったように、クルリ。首

 筋に刃を添えられたまま、レイカはユウコの方を向いた。


「な……!」

 刃を構えたまま、だがユウコの顏に狼狽の色。

 レイカの黒珠のような瞳は、まっすぐにユウコを見据えていた。


「ユウコさん……」

「動かないで!」

 1歩、2歩、レイカはユウコに歩み寄った。

 レイカから後ずさりしながら、語気を荒げるユウコ。

 だがレイカは動じる様子も無く、凛とした声でユウコに呼びかけた。


「私には『あの子』が必要なの。そう、『あの子』は元より私のモノ。コダマさんのモノでも、あなたのモノでもありません。ユウコさんだって、わかっていたでしょう? だってあの子は……」

「おやめなさい! あの子はモノじゃない!」

 レイカの声を遮り、悲鳴にも似たユウコの声が庭先に響いた。

 ツ……。ユウコの構えた短刀の刃先が震えた。

 刃先はレイカの首筋を裂き、レイカの白い胸元に一すじ真っ赤な血が流れた。


 と、同時に、プン……異様な匂いが辺りに立ち込めた。

 甘く、濃厚な、まるで腐った果実の様なレイカの血の香だった。


「うぅ……!」

 レイカから刃を引き、自分の口元を押えてユウコが後ずさった。


 何か、様子がおかしかった。

 足元がふらついた。

 グニャリと視界が歪んだ。

 ユウコの鼻をついたレイカの血に匂いが、ユウコをボンヤリとさせ、身体に自由を奪っていく!


「ユウコさん。確かにあなたの言った通り、私は何の力も持ちません……」

 ユウコに詰め寄り、レイカが続けた。


「でも、私の血の香は人も魔も酔わせます。含めれば記憶を消し、何もかもを忘れさせることだって……」

「ああ……」

 耐え切れず、縁側に膝をついたユウコを見おろして、レイカは優しげな声でユウコに囁いた。


「しばらくお眠りなさいユウコさん。あなたの心から、憂いの種を消しましょう。メイちゃんの思い出を消しましょう。もう何も思い悩むことはありません。そう……そして『あの子』は私のモノ……」

 レイカはそう言って、朦朧として動けないユウコの髪を撫でた。

 彼女がひざまずき、嫣然と微笑みながらユウコに顏を寄せてきた……だが、その時だった。


「ユウコさん!」

「ユウコ殿!」

 夜の空からユウコを呼ぶ声。

 

「あれは……?」

 夜白レイカは声の方を見上げた。


 飛んできたのは大きな方形の凧。

 乗っているのはホタルとシュンだった。


 タッ!


 高度を下げてゆく凧から、二人が屋敷の庭先に降り立った。


「ユウコさんから、離れろ!」

 レイカを指して、そう叫んび、縁側に駆け寄るシュンの全身を、

 ビュルン……ビュルン……

 左腕から生え茂った緑の蔓が覆っていく。


「この匂いは……」

 黒装束のホタルが、庭先に立ち込めた異様な匂いに顏をしかめた。


「箕面森流香気術、トップノート流香(ながれが)、フレーバー・スッキリ!」

 ホタルは胸の前に印を結んでそう叫んだ。


 とたん、プシューーーーーーー……

 ホタルの全身から緑色の靄のようなものが噴き出した。

 レモンとペパーミントを混ぜたような爽やかな香りが庭先を流れて、レイカの腐った果実のような血の香を消し去っていった。


「シュンくん……その姿!」

 シュンの全身を覆った緑の蔓。

 そしてシュンの右手に握られた水晶の剣を見て、夜白レイカの切れ長の目が驚きに見開かれた。


 トン。


 ユウコの傍を離れ、レイカもまた素足で庭先に降り立った。

 スタスタスタ……レイカが、まっすぐにシュンの方に近づいて来た。


「夜白レイカ……本当だったのか。メイを狙っていたのは、お前だったのか!」

 ギリリ。

 シュンが歯噛みして、レイカに剣を構えた。


 事件の黒幕。

 影から怪物の糸を引き、多くの人間を巻き込んで、犠牲にしてメイを狙っていた者。

 その正体は、シュンも憧れていた美貌のクラスメート。

 そして異世界の吸血鬼だったというのだ。


 シーナの話を聞き、館のあの写真を見ても、まだシュンには、信じたくないという気持ちがあった。

 だが、比良坂の屋敷に侵入しユウコを追い詰め、今、シュンの眼の前に迫ってくる少女の姿は、間違いなくレイカ本人なのだ。


「あれが闇の森のリーリエ……! 我らの留守を狙って姫様に近づくとは……! なぜ獣王があのような者と……!?」

 シュンのリュックにしがみ付いたタヌキのヤギョウも、怒りに燃える目で少女をにらんだ。


「すごいわシュンくん。あれからまた、随分と変わった……『強く』なったのね!」

「寄るな!」

 レイカが興奮した面持ちで、訳のわからないことを言いながらシュンに詰め寄る。

 刹那の灰刃を構えてシュンがレイカを牽制する。


「恐れるな小僧。あやつはタダの吸血鬼。ロクな魔気も持たぬ、非力で下賤な存在じゃ。捕えて奴の目的を吐かせるんじゃ!」

 シュンの背中からタヌキが耳打ちする。


「その左腕……剣の力と一体化しているのね。あなたが『人の世の剣』に選ばれるなんて。なんて巡り合わせなのかしら……」

「ううう……レイカ、レイカ……!」

 剣を恐れる様子も無く、レイカはウットリとした表情でシュンにそう呼びかける。

 シュンは戸惑った。レイカの言葉が、まるで理解できない。


 真っ赤な唇から漏れ出す、まるで譫言のようなレイカの言の葉。

 眼の前に来る、黒珠のような瞳、まるで人形の様な顏……。

 その時だ。


「小僧!」

「あ!」

 ヤギョウの一喝で我に返ったシュンが、とっさにレイカから身を引いた。


「ヤッ!」

 ザワザワザワ……

 シュンの気合いと共に、彼の全身を覆った緑の蔓が、レイカの身体に巻き付いた。

 蔓はレイカの自由を奪った。


「何をボーっとしとるか小僧!」

「わ……わるい!」

 耳元でがなり立てるタヌキに、シュンがそう言って頭をかいた。

 鈴を振るようなレイカの声。

 吸い込まれそうな黒い瞳に、一瞬我を忘れかけた。


 それでも、レイカは捕えた。

 シュンが安堵に胸を撫で下ろした、だがその時だった。


「力を……ここまで使いこなしているなんて。シュンくん、すごいわ。もっと『見せて』……」

 全身を緑の蔓に縛り上げられながらも、夜白レイカの顏から嫣然とした笑みは消えなかった。


「シュンくん。あなたは、まだまだ強くなる。そう……こんなふうに!」

「え……?」

 レイカの言葉に、シュンが再び彼女を見た、次の瞬間。


「シャーーーー!」

 何かを威嚇するような掠れた音。、


「うあああああああああああ!」

 と同時に、シュンの絶叫があたりの空気を震わせた。


 シュンの左目の視界が、真っ赤に染まっていた。

 左目の辺りを、凄まじい激痛が襲った。


「小僧!」

 戸惑いの声を上げるヤギョウ。

 顔面から煙を噴き出しながら、地面を転げ回るシュン。


 そして、シュルルルル……

 シュンの腕から伸びた蔓が、次々にレイカの縛めを解いていく。

 緑の蔓がシュンの身体に戻ると、今度はシュンの左顔面を覆っていった。


「貴様……一体何を……あ!?」

 ヤギョウが愕然としてレイカを見上げた。

 レイカの首筋から黒髪の間を這っているのは蛇。

 黒い鱗に覆われた、小さな双頭の蛇だった。


 シュンがレイカの方を向いたその瞬間。

 レイカの髪から這い出てきた蛇が牙を剥き、シュンの顔に目がけて毒を噴きかけシュンの左目を焼いたのだ!

 

「ムルデの黒蛇!」

「そうよ。ヤギョウ将軍。私が『彼』から預かった毒蛇の精髄。まだ一匹だけ残してあったの……」

 憤怒の呻きを上げるヤギョウを見おろし、涼しい顏でレイカが答えた。


「さあシュンくん、見せて頂戴。黒蛇の毒は剣の呼び水。剣の力はあなたを(あば)く。あなたを生んだ世界を(あば)く……!」

「う……ぐ……ああああ!」

 地面を転がり苦悶の呻きを漏らすシュンに、レイカは顏を寄せてそう囁きかけた。

 レイカの白魚のような指が、シュンの頬に添えられた。

 彼女の手が蔓に覆われた左目に這っていった……だが、その時だ。


 ズブリ。


「これは……!」

 レイカが戸惑いの声をあげた。

 レイカの左胸から飛び出しているのは、真っ赤な血をしたたらせた短刀の刃先だった。

 何者かがレイカの背中に突き立てた刃。

 その刃がレイカの左胸を貫き、彼女の正面に突き出しているのだ!


「これ以上の勝手は……許しません!」

 刃の持ち手が悲壮な声で、貫かれたレイカにそう告げた。

 レイカの背後から彼女を刺したのは、秋尽ユウコだった。


 ホタルの香気術でレイカの血の香の縛めを解かれたユウコ。

 彼女が縁側から立ち上がり、短刀を構え、レイカに近づき、彼女の背中に自身の鬼刺刀を突き立てたのだ!


 だが……。


 クルリ。


 通常の人間ならば間違いなく絶命している深手を気にする様子もなく、レイカはシュンの元から立ち上がりってユウコの方を向いた。


「そんな……! これは『鬼刺刀』よ!」

 ユウコの顏が再び恐怖に歪んだ。

 モノノケを退治するために造り出された秋尽の武器。

 それがレイカには、まったく通じないのだ。


「無駄な事です、ユウコさん。あなたはさっき、私には『なにもない』と言ったけれど、当たっているわ。そう、今の私には何もない。命も、身体も、みな仮初(カリソメ)。もとより滅することなど出来ないのよ……」

 そう言ってレイカはユウコに微笑んだ。


「ううう……」

 ユウコの手が、短刀の柄を離れた。

 レイカを睨みながら後ずさるユウコ。

 地面には苦悶のシュン。


「シュン殿ー!」

 二人の危機に、ホタルが懐の手裏剣に手をかけた、その時だった。


 パラパラパラパラパラパラ……


 空から異音が降り注いで、屋敷の庭の木々が、強風に揺られてたわんだ。

 屋敷を叩くのは、大きなプロペラ音だった。


「あれは……!?」

 空を見上げたユウコが目を瞠った。

 

「う、ぐ、ぐ……」

 苦痛に顔を歪めながら、シュンも残された右眼で空を見た。

 轟音を上げながら屋敷の上空を旋回しているのは、警視庁航空隊の物とも、テレビ局の報道用の物とも違う。

 銀色の機体を煌めかせた、何機もの輸送用ヘリコプターだったのだ。


「何が……」

 夜白レイカもまた、旋回する機影を見上げて戸惑いの声を上げた。


 そして、ガチャン。

 下方から仰いでもはっきりと判った。

 輸送ヘリの後方のハッチが、空中で一斉に展開すると、


 ヒューン……ヒューン……ヒューン……


 空を切る音と共に、搭乗口から何かが落下してきた。

 そして、ガチャン……ガチャン……ガチャン……

 金属の擦れ合わせるような駆動音と共に、ヘリから落下してきた者達。

 そいつらが一斉に屋敷の庭先に着陸すると、シュンとユウコ、そしてレイカの周囲を円形に取り囲んだ。


「こ……これは!」

 シュンは息を飲んだ。


 そいつら(・・・・)の全身は、銀色と青鉄色の金属製の装甲版のようなもので覆われていた。

 手足の各部や背面に装備された小型の推進器(スラスター)からは、青白い炎が漏れ出して、身体の各所を輝かせていた。

 右手に携えているのは、まるでSF映画に出て来る未来製のような、銀色のマシンガンだった。

 フルフェイスのヘルメットのようなこれまた銀色の頭部には、センサーと思われる二つのカメラアイがチカチカと金色に明滅していた。


「ロボット……!?」

 シュンが驚きの声を上げる。

 ヘリコプターから降下してシュンたちを包囲したのは12体。

 金属装甲に覆われた人型のマシンだったのだ。


「これは……比良坂の『魔甲』!」

 機械人形を見回して、ユウコがそう叫んだ。


 そして、ガチャン。


 12体のマシンが、夜白レイカに向かって一斉に銃を向けた。


「抵抗ハ無駄デス。タダチニ投降シナサイ!」

 マシンの1体の頭部からレイカに発せられた機械音声。


「負傷者ハ、至急めでぃかるゆにっとマデ……」

「うおわ!」

 マシンの1体はシュンの身体を抱え上げ、彼を屋敷まで運んで行く。


「なるほど、これは西の夜見の衆の『援軍』……」

 自身に銃を向ける機会人形たちを見回して、レイカは呆れたようにそう呟いたが……突然。


「わかりましたユウコさん。機を改めましょう。メイちゃんは今しばらく、あなた方に預けておくわ……」

 クルリ。

 レイカはユウコの方を向き、彼女に凛然とそう言い放った。


「いずれにしても、もうじきに復活の時(・・・・)。舞台の華は『彼』に譲るとしましょう。ユウコさん。この剣は手向けとして私が頂きます。次に会った時は、この刃先があなたを貫く時。それまでこれは、お預かりしておくわ……」

 ユウコにそう告げながら、夜白レイカの身体が、黒い影の様なものに覆われて行った。


 そして次の瞬間、ザザザアアアアアアアア……

 影の塊となったレイカが、四散し宙に舞に舞った。

 レイカの身体は屋敷の現れた時同様、何百頭もの黒翅の蝶に変わると、屋敷を飛び立ち夜空の何処かへと流れて行った。


「いいでしょう、夜白レイカ。もう、あなたを家族とは思いません。次にまみえた時、その剣はあなたの首を落とすもの。決して容赦はしないわ……」

 空を覆った影を睨み、ユウコもまた決然とした声でそう答えた。


  #


「あのヘリは、それにあいつらは……何!」

 大豚を倒し、今やっと比良坂の屋敷に戻って来たカナタ。

 彼女は屋敷を包む喧騒に茫然としていた。


「あれは……『魔甲レギオン』! 完成しとったんか!?」

 ヘリから降り立った機械人形を眺めて、シーナが驚きの声を上げた。


「知ってるの、シーナ!?」

「知ってるも何も、アレはウチの……」

 そう問うカナタに、シーナが何か答えかけた、その時だった。


 バラバラバラバラ……


 屋敷の上空で待機していた銀色のヘリの一機が、ひときわ低く屋敷の屋根スレスレまで高度を下げる。


 バカン。後部のハッチが開いた。


「ヒヒーン!」

 馬のいななく様な音が辺りを渡った。


 次の瞬間。


「ハイヤー!」

 威勢の良い掛け声とともに、ヘリから空中に何かが躍り出た。

 馬に乗った『そいつ』が、ヘリから屋敷の庭先に降り立ったのだ。

 いや、よく見れば、乗っているのは馬ではなかった。

 先ほどの機械人形同様、銀色と青鉄の装甲に覆われた全身。

 微細なアクチュエーターの伸縮する関節部。

 それは馬の形をしたマシンだった。


「ユウコ殿、お怪我はありませぬか?」

 そのマシンの背部にまたがっている、人型の鎧が、馬を進めながら茫然と佇むユウコにそう訊いて来た。


 全身を覆った、金色と赤銀色の装甲。

 頭部を覆っているのは、戦国武将の兜を模したと思われる、三日月飾りの鉄面。

 乗っているのは、まさに金属製の奇怪な鎧武者としか形容しようのない物体だった。これもロボットなのだろうか。


 だが……


「その声は……ハルくん!?」

 ユウコの声が明るくなった。

 

 ガチャン。

 馬型の機械から庭に下り立った鎧武者が、拳を振り上げて、


分離(セパレート)!」

 しわがれ声で一言そう言い放つと、


 ガチャン、ガチャン、ガチャン……


 奇妙な事が起きた。

 鎧武者の纏った金属製の装甲が、次々に展開し、装着者から分離してゆく。

 草稿はその者の背後で小さく折りたたまれて、膝に乗るくらいの赤金色のアタッシュケースへと姿を変えたのだ。


「ユウコ殿……お久しぶりです」

 鎧の内部から姿を現した人物が、そう言ってユウコに頭を下げた。


 ツルツルと光った禿げ頭。

 右目に輝く単眼鏡。

 厳めしい顔。

 口許を覆った、燃え立つ炎の様な真っ赤なカイゼル髭。

 鎧から現れたのは、胸元に「I LOVE 孫」の三語がプリントされたTシャツを着た、1人の老人だった。


「祖父ちゃん! 来てくれたんか!?」

 目を輝かせてシーナが叫んだ。


「おお、シーナ! 危険な目に遭わせてすまなかったな。わしが来たからには、もう安心じゃ!」

 シーナに気づいた老人が、そう言って彼女に手を振る。


「『あの人』……お祖父ちゃん……『比良坂』って、じゃあまさか、あんたのお祖父ちゃんて、あの、『ヒラサカインダストリー』のCEO!」

 老人の顔を知っているらしいカナタが、シーナと老人を交互に見回して驚愕の呻きを漏らす。


「いかにも。わしが比良坂財閥総帥にして、西の夜見の衆の統領。比良坂(ひらさか)ラインハルトじゃ!」

 カナタにそう答えて、老人はニカッと笑った。


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