表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
破界の魔王と吸血少女  作者: めらめら
第5章 追憶の窓
42/144

追憶の窓

「だああ!」

 大豚を正面にして、如月カナタが猛った。


 ブンッ! ブンッ! ブンッ!


 カナタの打ちこむ正拳突きのその度に、拳から生じた突風が、迫り来る大豚の巨体を叩く。


「ブググググ……」

 だが先程とは様子が違った。

 馬鍬を構えてその場に踏みとどまった大豚が、逆にジリジリとカナタの方まで、にじり寄って来る。

 最初の一撃では、大豚をトンネルまで吹き飛ばしたカナタの突き。

 だが今はその威力を減じているようだった。


「さっきより風が弱い! ……『溜め』が要るってことか!?」

 両手に嵌めた『疾風の手甲』を見て、そう気づいたカナタ。


 グワリ。


 大豚エッゲがカナタに向かって巨大な馬鍬を振り上げた。


「くっ!」

 とっさに飛び退るカナタ。


 ズズン。


 振り下ろされた馬鍬が路面を砕く。


「うあああ!」

 飛散したアスファルトの飛礫が、カナタの全身を打つ。

 避けきれなかった。

 地面に転がるカナタの身体。

 白のタンクトップを地に染めながら、どうにか立ち上がったものの、飛礫のダメージでまだ足のフラつくカナタ。


「ブガァア!」

 再び馬鍬を振り上げて、豚が突進してきた。


「お姉さん、下がって!」

 その時だ。


 タッ! 

 

 燃え立つ紅髪を震わせて、シーナがカナタの前に出た。


「バニシング・バーニング・ウィップラッシュ鞭打(ベンダ)!」

 ビシン。

 シーナが豚に向かって振った鞭の軌跡に、紅蓮の炎が巻き上がり、突進する大豚の視界を奪った。


「ブキッ!」

 上体を振り回して眼の前の炎を振り払った大豚が、今度は狙いをシーナ定めて馬鍬を構える。

 だが豚の正面には、既にカナタもシーナはいなかった。


 そして、シュルン。

 大豚の構えた馬鍬の柄に何かが巻き付いた。


「まずは、その厄介な鍬から焼き切ったる!」

 豚の側面からシーナの声。鍬の柄に巻き付いていたのはメララの炎をたぎらせたシーナの鞭だった。


「メララちゃん、バースト!」

 ボオオオオ……

 シーナの合図とともに、鞭から滾った炎がその勢いを増す。

 エッゲの馬鍬の柄が赤熱し、拉げ、溶けてゆく。


 ガラン。


 大豚の馬鍬の巨大な刃が路面に落ちた。


「どや豚野郎! お姉さんこれで……おわあ!」

 豚の武器を落として、カナタの姿を探して目線を泳がすシーナだったが、それが一瞬の隙になった。


 グワッ!


 武器を取り落した大豚の巨大な右手が、今度は地面のシーナを捕えた。


「さっきはやってくれたな! この小娘!」

 つまみ上げたシーナを眼前に持ってきた大豚が、怒りに燃える目でシーナにらみつけた。


「今度は、焙ってから喰らってやる……」

 大豚の上半身が膨らんでいく。

 ゴオオ……豚の口中から炎が漏れ出す。

 シーナに向かって、間近から火球を放とうというのだ。


「ううう……」

 全身を叩く熱気から顏をそむけるシーナ。

 絶体絶命、だがその時だ!


「芋虫、時間稼ぎ、ごくろう!」

 タタンッ!

 積み上がった瓦礫の物陰から、そう叫んでカナタが飛び出した。

 そして、ビュッ!


 豚を見上げたカナタが、手首のスナップを効かせた裏打ちを豚の頭部めがけて打ち放つ。

 ゴオッ! 先程よりも範囲の限定された突風が豚の頭部を叩いた

 今まさに吐き出されようとしていた火球が、豚の口内に逆流した!


「ブギイイイイ!」

 大豚の鼻から、耳から、逆流した炎が噴き上がった。


「うおああ!」

 豚の手が緩み、落下して地面に転がるシーナ。


 矢継ぎ早に。


「ヤッ!」

 燃える豚の頭部にむかって、今度はカナタの内手刀打ち。


 ビスッ


 手甲から放たれた烈風が、炎を噴き上げる豚の頭部を、斜め一文字に切り裂いた。


唐竹割(からたけわり)!」

 シーナが感嘆の声を上げる。


「殺してやる……殺してやるぞ……!」

 頭部を内側から焼かれ、顔面を割られてもなお、豚はまだ戦意を失っていなかった。


 ズシン。ズシン。

 ふらついた蹄で道路を踏みしめ、カナタに近付いてくる大豚。


「なるほど。大体わかった……突けば竜巻、振れば風の(ヤイバ)ってことね! ならば……」

 ニタリと嗤って、カナタが豚を見上げる。


「これで終わりよ……豚野郎!」

 カナタが、自身の両手を大上段に構えて、頭上でXの字に交叉させた。


 ビョオオオ……。


 カナタの足元から巻きあがった風が、徐々にその強さを増していき……次の瞬間。


 ビュッ!


 渾身の溜めを作って振り下ろされたカナタの両手。

 手甲から放たれた風の刃が、アスファルトを割り、空を切り、大豚エッゲの胸に真っ赤なXの字を刻んだ!


「ブ……ギ……ギャアアアアアム!」

 豚の絶叫が、辺りの空気を震わせた。


 大豚の胸から噴き出す鮮血。

 カナタ刻んだ疵口が、そのまま豚の全身に広がっていき……


 ブチャア!


 4つに切り分けられた大豚の巨体が路面に散らばった。

 大量の血液と、斬り裂かれた臓物が、そのまま峠道に撒き散らされた。


「どうだ! これがあたしの必殺技。『旋風X斬(せんぷうエックスぎ)り』!!!」

 大豚を討ち倒したカナタが、拳を振り上げ雄叫びを上げた。

 

「ウ……ウチの出る幕、ほとんど無し! いったい何者なんや……如月家の人間は……!?」

 バラバラになった豚の傍に尻もちをついたシーナが、カナタを見上げて驚愕の呻きを漏らした。


「御苦労だったわね、芋虫。さあ、屋敷にもどるわよ!」

 シーナをギロリと見下ろして、そう言うカナタに、


「お……お姉さんの技……お見事です!」

 立ち上がったシーナは畏敬の念を込めてカナタに答えた。

 秋尽の武器を身に着けているとはいえ、妖怪退治の心得も何もない一般人のはずのカナタ。

 それが、あの強大な大豚を屠り去ったのだ。


「まあね。でも、あんたの時間稼ぎが無ければ、あたしも危なかったわ。この『手甲』はかなりクセがある……けど、使いこなして見せる!」

 そう言って、カナタは不敵な笑みを浮かべたが次の瞬間、


「それと、いい加減その『お姉さん』て呼び方やめないと、また殴るよ……シーナ!」

 少し照れくさそうな顏をして、シーナの名前を呼んだ。


「わ……わかりました、カナタさん!」

 ようやく人間扱いされた気がして、シーナが力強くカナタにそう答えた。

 その時だった。


「ん? あれは……!?」

 カナタが不審そうに夜空を見上げた。


 パラパラパラパラ……


 夜空をプロペラ音が渡って行った。

 警視庁航空隊のヘリとも、テレビ局の報道ヘリとも違う。

 中型の輸送用ヘリコプターが何機も、比良坂の屋敷の方へ飛んで行くのが見えるのだ。


「あのヘリは……まさか!?」

 ヘリの編隊に気づいたシーナの顏に、再び驚きの色が広がっていった。


  #


「立ちなさいレイカさん。メイから離れて……」

 比良坂の屋敷だった。

 暗い寝所。

 メイの横たわった布団の傍らに跪いた夜白レイカの首筋に刃を添えて、レイカの背後に立った秋尽ユウコが沈痛な声でそう言った。


「ユウコさん。やはり無事だったんですね……」

「歩いて。此処から出るのよ……」

 畳からゆっくりと立ち上がりながら、レイカはユウコにそう答えた。

 レイカに刃を添えたまま、ユウコは厳しい顔で彼女にそう促した。


「……わかりました」

 レイカはユウコに従い歩き出した。

 一体何を思うのか、レイカの人形の様な顏からは、何の表情も読み取れなかった。


  #


「じきに、あの子たちが帰って来る。あなたにはメイに手出しなどさせない。あなたの処遇はシーナさんと、あの……西の者たちに任せます。でもその前に、少し話をしましょう……」

 二人は屋敷の縁側に立っていた。

 ユウコは異形たちの這い回る庭先を眺めながら、レイカにそう語りかけていた。


「ユウコさん。私が怖くないんですか? 私にはメイちゃんが要るの。彼女を連れて行くためならば、私はどんな手だって使う。あなたの事を傷つけ殺めることだって……」

「いいえレイカさん。あなたにそんな力はない。コダマさんには恐ろしい『力』があった。でもあなたは違った。何か、不思議なくらい……『何もなかった』。私だって秋尽の人間だもの。それくらいは分かるわ」

 小首を傾げて、そう背後のユウコにレイカが問う。

 油断なくレイカに刃を突きつけながらも、ユウコの声には、やるせなさがこもっていた。


「教えて、レイカさん。あなたはただ、私たちを利用するためだけに、キョウヤに近づいたの? あの頃、キョウヤやコダマさんや私と過ごしたあの1年間……あれもあなたにとっては、ただの謀にすぎなかったの……?」

 ユウコが続ける。


「あなたは記憶の無いコダマさんに、本当に良く尽くしていたわ。赤ん坊のメイの事だって、とても可愛がっていたのに……あれも全部……嘘だったの?」

 レイカの白いうなじを睨んで、ユウコは淡々とそう問い詰めた。

 

「いいえ、ユウコさん。嘘ではありません。人の世のあの1年。あなた方といたあの時期は、私にとっても、ひと時の安らぎでした。私もまた、キョウヤさんを、コダマ様を、そしてあなたを、お慕いしておりました……」

 ユウコに背を向けたまま、夜白レイカはそう答えた。

 心無しかその声からは凛とした冷たさが影を潜め、何か哀切な色があった。


「だったら、どうして、こんな事を!」

 ユウコの語気が、荒くなった。


「ユウコさん。この世界に天と地とが開かれてからこの方、私が愛さぬモノなどありません。燃え立つ炎も流れる水も、空の鳥、地の獣、海の魚、影の国の魔、そしてこの世の人……。そう、とりわけ人は素晴らしい……何よりも愛おしい、私の子供のようなモノ……」

 夜白レイカがポツリ、ポツリ、ユウコにそう答えた。


「……何を……言っているの?」

 ユウコの顏に、戸惑いの色が浮かんだ。


「それ故です。このような狂った世に、紛い物の世(・・・・・)にあなたたちを打ち捨てておくなど、私にはとても耐えがたい事。今度こそ、どんな手を使ってでも、私が世界を満たさねば……『あの者』の愚行を正し、あなたたちを正しい世界に導かねば……」

 鈴を振るようなレイカの声の内には、怒りの色と、揺るがぬ確信があった。


「だから……何を言っているの!?」

 ユウコの心を、得体の知れぬ恐怖が満たしていった。

 確かに、レイカはユウコの問いかけに答えているようだったが、その言葉の意味するものが、ユウコにはまるで理解できなかったのだ。


「そのためにもユウコさん。さあ、私に『あの子』を渡して……」

 そして、クルリ。

 唐突にレイカが、ユウコの方を向いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ