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破界の魔王と吸血少女  作者: めらめら
第5章 追憶の窓
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裏切りのパフューム

「う……んんあ!」

 絶体絶命の情況の中。

 箕面森ホタルの取った驚愕の行動に、シーナは金色の瞳を見開いた。

 迫り来る大豚エッゲの眼の前。

 ホタルはシーナに顏を寄せ、髪をなで彼女に自分の唇を重ねて来たのだ!


「んうん……んくっ!」

 ホタルの柔らかな唇がシーナの口を塞いだ。

 ホタルの濡れた舌先がシーナの内側をまさぐる。

 何やら甘い液体が、ホタルから口伝えでシーナの中に流し込まれて来た。


 と同時に、ホタルの全身から立ち上った甘いユリのような香りが二人を包んで行く。

 この危機的状況の中、シーナの手足が緊張を解き、緩んで行った。


 ホタルちゃん……そう(・・)やったんか……!?

 ホタルの突然の奇行に固まって、なすがままにされていたシーナ。

 ようやく、何かが解った気がした。


 代々続く主従の関係、主君と忍者、女同士……

 そんな二重の壁に隔てられ、秘せられてきたホタルのシーナへの想い。

 その想いが、迫り来る死の危機を前にして、ついにシーナにむかって解き放たれたのだ。


「ふああ……」

 甘い香りに包まれて、ホタルのキスを受け入れたシーナは、思わず陶酔の声を上げた。

 迫る死も、ミッションの遂行も、全てがどうでもいいことのように思えて来た。


 もう、ええわ……ホタルちゃんと一緒なら……


 などという事を、シーナが考え始めていた、だが、その時だ。


 スルリ……スルリ……


 シーナの手に、足に、何かが巻き付いていた。


「うん?」

 異変に気付いたその時にはもう遅かった。

 シーナはその場から、微動だにできなくなっていた。


 シーナの全身は緊縛されていた。

 ホタルが自身の黒装束から抜き取っていた腰帯。

 ホタルの左手で器用に繰られたその帯が、いつの間にかシーナの手を、足を、全身を縛り上げていたのだ。


 ス……


 ホタルがシーナから顏を離した。


「武芸百般。縛法(ばくほう)!」

 そう言って立ち上がったホタル。

 彼女は緊縛されて地面に転がったシーナを、紫の瞳で冷たく見下ろしていた。


「ななななな……どうしたんやホタルちゃん!?」

 思いもよらないホタルの行動に、シーナは驚きの声を上げるが、


 ガッ!


 ホタルはシーナに答えなかった。

 彼女は縛り上げられて丸まったシーナの身体を、まるでボールか何かの様に、大豚向かって蹴り飛ばした!


「うわー!」

 豚に向かって転がっていくシーナの身体。


 そして……


「許してください、お豚さま! この女は好きにしていいですから、ホタルは食べないでくださぁい!」

 なんと、ホタルがその場から後ずさりていく。

 大豚エッゲを見上げて、そう命乞いを始めたのだ。


「うぎーーーー! ホタルちゃん!? 裏切ったな~~!」

 ホタルの真意に気づいたシーナが、憤怒の声を上げるが。


「悪く思わないでください、シーナ様。ホタルは、ホタルは……(ゆえ)あれば寝返るのです!」

 わけの解らない御託をならべて、ホタルは涼しい貌。


「それじゃあシーナ様。長い間お世話になりました!」

 軽ーい調子でシーナにそう別れを告げると、大豚とシーナに背を向けホタルが一目散に逃げ出した。


「ブキキキ……仲間割れか……」

 大豚エッゲが嗤いながら、シーナの身体をつまみ上げた。


「なら先ずは、お前から踊り喰いだ。さっきのアイツは潰してから喰う……生きてると『臭う』からな……」

 そう言って大豚が、シーナの身体を自分の口に運んで行く。


「ヒッ……!」

 シーナの全身が恐怖に固まった。

 生きたまま豚に喰われる。

 これほど苦痛と恥辱にまみれた最期があるだろうか。


 グワリ。


 豚の口から涎が垂れる。

 剥き出しになる乱杭歯。

 豚のザラついた舌がシーナを巻き取っていく。


「ホタルちゃん! このヘタレ! 卑怯者ーーーー!」

 シーナの無念の叫びが、大豚の口中に呑みこまれていった……

 だが、その時だ!

 

「なぁんてね!」

 坂道を逃げて行くホタルが、ペロリと舌を出してそう呟くいた。


「フレーバー・シュールストレミング!」

 飲まれたシーナと大豚の方に向き直ったホタルが、敢然とそう叫んでいた。


 ホタルの胸元には、ガッキと忍びの印が結ばれていた。

 次の瞬間!


 プシューーーーー!


 大豚の口内から、白い霧のようなものが噴き出した。


「ブギャ~~~~!」

 エッゲの絶叫が響き、腐った魚と糞尿を混ぜ込めたような凄まじい悪臭が辺りに充満した。


 そして、

 

「ブ……ギ……ギ……」

 豚の巨体がよろめき、蹄の生えた両足がもつれた。


 ドドウ……


 豚の巨体が、路面に転がった。

 そして、コロン。

 だらしなく開け放たれた大豚の口の中から転がり出てきたのは……


「どぎゃ~~~~! なんやコレ~~~~!」

 ヌラヌラと豚の唾液に塗れながらも、どうにか五体は満足な様子の比良坂シーナだった。


 そして見ろ。シーナの口から、鼻から、腋から、穴という穴から。

 シューシューと噴き出しているのは、先程大豚の口から漏れだした、白い霧だった。

 エッゲの口中で炸裂し、その場で大豚を昏倒させた悪臭の正体は、シーナ自身だったのだ。


「みたか! 箕面森流香気術。ミドルノート『移香(うつりが)』!」

 胸に印を結んだまま、ホタルが得意げにそう叫んだ。


「シーナ様、お怪我はありませんか?」

 そう言って、笑顔でシーナに駆け寄るホタル。


「ホタルちゃん! どういうつもりや! 死ぬかと思ったで!」

 緊縛されたシーナが怒りの形相でそう叫ぶ。


「お許しください、シーナ様。ホタルの術は、ヤツに知られています。だから、シーナ様に(・・・・・)食べられてもらう必要があったのです……!」

 ホタルが不敵に笑いながら、シーナの縛めを解いていく。


 先ほどのキスでホタルがシーナに含めた甘い液体。

 それはホタルが自身の体内で生成した芳香化合物だったのだ。

 シーナが体内に取り込んだホタルの香が、十数秒のタイムラグを経て大豚エッゲの口内で炸裂した。

 エッゲがシーナを飲み込む、正にその瞬間に猛烈な悪臭を放って、豚を昏倒させたのだ。


 悪臭で気絶するなんて、そんな大袈裟な。

 と思う方もいるかもしれない。


 だが、ホタルがその香を模した、俗に『世界一臭い食べ物』と呼ばれている『シュールストレミング』は、缶詰を開けた瞬間に噴き出す臭気で失神する者が後を絶たず、屋内で使用した場合、最悪死に至る事もあると言われている。

 敵を無力化する兵器として、充分実用に耐えるのである。


「ウ……ウチを『人間爆弾』にしたんか!?」

 驚愕と怒りが交ぜこぜになった目で、ホタルをにらむシーナに、


「まあまあ。これもシーナ様をお助けるするためです。敵を欺くにはまず主君から! なのですぅ……!」

 さっきのキスで何かに目覚めてしまったのだろうか。

 ホタルが妖しく微笑んで、シーナの手をキュッと握った。


「ホタルちゃん、なんか……なんか怖いで!」

 外道極まるホタルの作戦と、香気の術の底知れなさにシーナは改めて驚愕のうめきを漏らした。


「さてと……あとはこいつのとどめを……」

 ホタルが厳しい貌でそう呟いて、路上に転がった大豚を向いた、その時だった。

 

「「ああ!」」

 シーナとホタルが、同時に驚きの声を上げた。


「信じられない。『魔王の氷』も『剣の力』も使わず、あの石鰐と大豚を止めるなんて……」

 いったい何時からそこにいたのか。

 昏倒した大豚の鼻先に立って、ブツブツとそう呟く者がいるのだ。


「お前は!」

 シーナが怒りの声を上げた。


「比良坂の、シーナさん……それにホタルさん?」

 鈴を振るような声でシーナとホタルの名を呼び、豚の前に立った少女が二人の方を向いた。


 深紅のワンピース。

 長い黒髪、真っ白な肌、切れ長の目、黒珠のような瞳。

 まるで人形の様な貌。


 そこに居たのは、夜白レイカだった。


 ゴオオオオ……


 そして少女が右手に携えているのは、真っ赤に焼けた、テニスボール程の何か石片の様なものだった。

 熱せられたその石が、レイカの手を焼く様子はなかった。

 良く見れば石片は、少女の真っ白な掌の上で浮遊しているのだ。


「やっとお出ましか! 夜白レイカ!」

「やってくれたわね、シーナさん。この者たちは、メイちゃんに『使う』はずだったのに。西の夜見の衆の力、少し見くびっていたみたい……」

 シーナが怒りに燃える目でレイカをにらんだ。

 シーナを見ながら、だがレイカは自分に話しかけるようにそう呟いた。


「ぬかせレイカ! バケモン操って、沢山の人間殺して……メイくんに何企んでるか知らんが、今すぐここで引導渡したる!」

「ホタルも助太刀します!」

 まだフラついた足で路面から立ち上がったシーナが、レイカ向かって鞭を振り上げた。

 ホタルは懐の手裏剣に手をかける。


「そうね、ここで遊んであげてもいいけれど、私も行くところがあるの……」

 レイカが妖しく微笑んで、二人にそう答えると、


 キッ! 冷たい瞳で昏倒した大豚の方を向いた。


「エッゲ殿。獣の谷を震え上がらせた野盗の統領が、人間の子供相手にこのザマとは……! お立ちなさい。もはや魔王の『糧』とする価値もありませぬが、子供らを足止めすることくらいは出来るでしょう?」

 冷淡な様子でそう言い放ったレイカ。

 彼女の掌から真っ赤な石片が浮き上がり、だらしなく開け放たれた豚の口中へと吸い込まれていく。


「それは『ラーヴァの火炉』。石鰐の勇者の証。砕けて力は減じていますが、豚の『気付け』くらいにはなるでしょう……」

 大豚にそう呼びかけるレイカ。

 

「させるか!」


 ビュン。


 レイカの背中めがけて、メララの炎をたぎらせたシーナの鞭がしなった。

 ホタルの打ち放った手裏剣が飛来した。


 だが、次の瞬間。


 ザザザザアアアアア……


 突如レイカの全身が、黒い影の塊のような物に覆われ、次いで周囲に四散した。

 影が飛び散った後にレイカの身体は無かった。

 鞭は虚しく空を切り、手裏剣は大豚の鼻先にめりこんだ。


「なんや!?」

 驚愕のシーナが辺りを見回すと、

 ハサリ……ハサリ……微かな翅音。

 四散した黒い影が、シーナとホタルの周囲を舞っていた。


「蝶……!?」

 ホタルが驚きの声を上げる。

 二人の周囲を、夜の空を舞っているのは、何百頭もの……まるで夜の闇に溶け込むような黒翅の蝶だったのだ。

 レイカの身体が変化した何百もの蝶の群れがシーナとホタルから、地上から離れてゆく。

 暗い夜空に吸われるように、どこかに向かって飛んで行く。


「レイカ……あんな術を!?」

 歯噛みするシーナ。

 間違いない、蝶の流れてゆく先は、比良坂の屋敷だった。


「シーナ様! 凧で追います!」

 ホタルが畳んだ大凧を開きながら、シーナにそう呼びかけた、だがその時だった。


「ブッヒャッハーーーー!」

 シーナとホタルの背後から、奇声を上げて巨大な何かが跳ね上がった。


「ヤバイ! あいつもう目ぇ覚ましたんか!?」

 シーナが狼狽の声。

 立ち上がったのは、口中から真っ赤な炎を漏らした大豚。

 焦点の定まらない目つきで2人を見下ろすエッゲだった。


「くっ!」

 ホタルとシーナが忌々しげに大豚から跳び退り、それぞれの武器を構えた、その時。


「シーナーーーーー!」

 背後からシーナを呼ぶ声。


 プルルルル……


 軽快なミニバンのエンジン音。

 やってきたのは、車の窓から半身を乗り出したシュンと、運転席でハンドルを握ったカナタだった。


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