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破界の魔王と吸血少女  作者: めらめら
第5章 追憶の窓
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怒りの山ロード

「えー……、繰り返しお伝えします! この時間は予定を変更し、東京都御珠市に出現した……巨大不明生物(・・・・・・)の動向についてお伝えしております……!」

 臨時報道のアナウンサーの声が、戸惑いがちに状況を伝えていた。

 画面にはヘリコプターから空撮した御珠市街の光景が映し出されているが、いつもとは様子が違った。

 建物のそこかしこから、不吉な黒煙が立ち上っていた。

 民家の屋根が小刻みに揺れているのがわかった。

 振動の度に、立ち並ぶ外灯や家の明かりがパチパチと明滅していた。


 ドガーン!


 突然爆音と共に、ライトブルーの鉄塊が空中に舞い上がった。

 車道を爆走する、何か巨大なモノに路肩に停車していた軽自動車が跳ね飛ばされたのだ。


「あれは!」

 黒煙の向こうに垣間見えた巨大なモノの正体に、シュンは唖然とした。


 地響きを立て、対向車を跳ね飛ばしながら車道を爆走しているモノ。

 それは如月家の庭で四肢をもがれて倒れたはずの大鰐……ズィッヒェルの姿だった。


 メイの氷に穿たれた創口からは、黒い煙と共に真っ赤な炎が噴き上がっていた。

 半分裂かれた頭部から漏れ出す炎が鰐の前方を紅く照らしている。

 鰐のもがれた四肢の付け根から、黒くのたくった何百もの蛇がわきあがっていた。


 鰐から生えた蛇の群れが、もつれ、からまり、からまりあった身体の隙間から炎を漏らしながら、道路の上を高速で……回転していた!


「まさかあれは……ムルデの黒蛇!?」

 タヌキのヤギョウも驚きの声をあげた。


 鰐の失われた手足を、無数の黒蛇が代替していた。

 蛇の形成した4つの黒い円環が、鰐の巨体を走らせている。

 今やズィッヒェルの身体は、高速回転する奇怪な黒い車輪で爆走する、まるで巨大な、生きた戦車(チャリオット)だった。


 そして、その鰐戦車の背にまたがっていたのは……


「ブヒャッハーーーーーーーーー!」

 テレビの画面ごしにも、そいつの雄叫びがはっきり聞こえた。


「あいつは……あの時の豚!」

 シーナの燃え立つ紅髪が震えた。

 雄叫びを上げ、巨大な馬鍬を振り回して、周囲の車両や街灯を薙ぎ払っているのモノ。

 それは工房館を突き崩してシュンたちを襲った怪物の1頭だった。

 大豚のエッゲだ。

 

 ドガン!

 ドガン!

 ドガン!


 薙ぎ払われた乗用車が宙を舞い、路面に激突し、火を噴き黒煙を上げて行く。


「あいつら、無茶苦茶や!」

「関係ない人たちまで!」

 シーナの顏が怒りに歪んでいる。

 いてもたってもいられず、シュンも畳から跳ね上がった。


「現在、巨大生物は御珠ニュータウン通りを抜け、鎌倉街道を聖山方面に向けて移動しています! 近隣の地域の方は車両での移動は控え、地区指定の避難場所に落ち着いて移動してください。繰り返します……」

 信じられない災害を報道する、TVT大橋アナウンサーの声も強ばっていた。


「間違いない! ヤツらの目的は……此処や!」

「くそっ! あの鰐に、あんな隠し技が……!」

 シーナが歯ぎしりする。怪物の進路は、聖ヶ丘の中腹、比良坂の屋敷に向いていたのだ。

 カナタが、怒りの余り自分の拳を畳に叩きつけた。


「あのパワー、あのサイズ。警察では無理や。ウチらで……止めなあかん。」

「ああ、それしかないぜシーナ!」

 シーナとシュンが、それぞれの錫杖と剣を手に取った。


「ユウコさんは此処で……メイちゃんのことを頼みます。車を出すよ、シュン!」

「ホタルは凧を出します!」

 カナタは猛って、シュンにそう言った。

 ホタルも紫の瞳を煌めかせて叫んだ。


「わかった。カナタさん、シュンくん、シーナさん、ホタルさん……絶対に無事でね!」

 立ち上がった4人を見るユウコの顏は悲壮だった。


  #


「ブヒャッハーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

「ゴゴガアアアアーーーーーーーーーーーーーーー!」


 ドガン!

 ドガン!


 パトカーが蹴散らされ、交通機動隊の巡らせたバリケードを突き破られた。

 炎を噴き上げ爆走する鰐と豚は、屋敷に至る峠道まで迫っていた。

 

 パラパラパラパラ……


 聖ヶ丘の上空を行き交う報道ヘリの合間を縫うようにして、方形の大凧が夜空を舞っていた。


「来よったでホタルちゃん。この地蔵峠で、一気にケリつけたるからな!」

「わかりました、シーナ様!」

 ホタルの操る大凧に掴ったシーナが、峠を行く怪物を厳しい目で見下ろす。


 カナタとシュンに先んじて、ホタルの凧が目標を眼下に捉えたのだ。

 シーナとホタルの顏は、ホタルが用意していた黒装束の忍び頭巾に覆い隠されていた。

 

「ホタルちゃん、もっと寄せて!」

「はい!」

 爆走する2頭の頭上に凧が接近する。


「ユウコさん。預かった武器、使わせてもらいます……」

 シーナは右手で握った黒い鞭を見てそう呟くいた。


「メララちゃん! バースト!」

 そう叫んで、眼下の豚の頭上めがけて、ユウコから譲り受けた『乱魔(らんま)(むち)』を一振りした。


 途端、バシュウウウウウウウウウウ……


 空中を真っ赤な炎が走った。

 メララの炎をたぎらせた黒いトングが、大豚エッゲの頭部に命中した。


「ブキャアアアア!」

 大豚が悲鳴を上げた。

 燃え滾る鞭が、エッゲの頭部を焼き、分厚い脂肪を溶かし、その片耳をそぎ落としたのだ。


「この出力……段違いや!」

 シーナが手元の鞭を見て驚きの声を上げる。

 錫杖のブーストで焼けなかった豚の頭を、秋尽の鞭は易々と破壊したのだ。


「ブギイイ!」

 エッゲが凧に乗ったシーナを恐ろしい形相で睨み上げた。

 今ようやく、空中の敵に気づいたのだ。


「もう一撃!」

 シーナが再び、燃える鞭をエッゲに振った。

 だが……グワリ。


 大豚には既に備えがあった。

 炎の鞭が、豚がかざした馬鍬の柄に絡みついた。

 鞭は豚の頭を焼くに至らなかった。


「しまった!」

 咄嗟に鞭を引こうとするシーナだったが、


 グン。


 間髪入れず、馬鍬を振り回す大豚。


「うおあああ!」

 馬鍬に絡まった鞭に引っ張られて、シーナの身体が凧から転がり落ちた。


「シーナ様ぁ!」

 ホタルの悲痛な叫びが辺りを劈いた。

 シーナの身体が、路上に叩きつけられると思われた。

 だが、その時だ。


「大丈夫や、ホタルちゃん!」

 シーナは無事だった。

 器用に鞭を繰り、馬鍬の柄にしがみ付いたシーナが、次の瞬間には、


 タッ!


 馬鍬から鞭を解き、大豚エッゲのまたがった巨鰐の背中に躍り出たのだ。


「シーナ様! つかまって!」

 シーナの無事を認めたホタルが、疾走する鰐に凧を寄せようとするが、


「来んでええホタルちゃん、このまま作戦通り、次のトンネルの出口で待ち伏せるんや! フェイズ2や!」

 鰐の背中から、シーナはホタルにそう言い放った。


「わ……わかりました、シーナ様!」

 シーナの覚悟を認めたホタルが、凧を操る。

 ホタルの凧は豚と鰐とシーナを離れて、その高度を上げて行った。


 ビュンッ!


 シーナと大豚を乗せた疾走する鰐が、そのままトンネルに突入した。


  #


「ブギギ……あの時の小娘か……!」

 黒煙の充満したトンネルの内部で、大豚とシーナが相対していた。


 大豚エッゲは怒りに歪んだ顔でシーナを睨み下ろしていた。

 豚の頭部が半分焼け焦げ、耳はシーナの鞭にそぎ取られている。


「そや! どや? ウチの新必殺技の切れ味は! この豚野郎!」

 鞭を構えて、鰐の背のシーナが不敵に笑う。


「許さん! 死ね!」

 大豚がシーナ向かって巨大な馬鍬を振り上げるが……


 ガガガガガ……!


 馬鍬の刃が、トンネルの天井に遮られた。

 粉塵を上げて崩れて行くトンネルの壁面。


「ブガガガ!?」

 豚が困惑の声を上げる。


 ここでは、大ぶりな攻撃は命取りになる。

 豚の動きはシーナより鈍い。

 そして今のシーナの武器なら十分に豚を倒せる。

 トンネル内で豚を片付けておけば、あとの始末は……


 いける! シーナは勝利を確信した。


「さあ! 焼豚(ヤキブタ)にしたるで!」

 そう叫んでシーナが鞭を振り上げた、だがその時だ!


 ズルリ……ズルリ……

 シーナの足に、何かが絡まりついた。


「うそやろ!」

 シーナは愕然として自分の足元を見た。

 蛇だった。

 鰐に穿たれた傷口から這い出してきた無数の黒蛇。

 それがシーナの脚に絡みつき、彼女の動きを封じているのだ。


 蛇はシーナを咬むでもなく、鰐の背と彼女の脚を繋ぎ、シーナを縛り付けているのだ。


「ブキキキ……いい様だな。この小娘が……」

 涎を垂らして、大豚が嗤う。

 シーナの足首を、太ももを、何匹もの双頭の黒蛇が這い上がり、締めつけてくる!


「ん……ううあぁ!」

 堪らず鰐の背に膝をつくシーナ。


「このまま踊り喰いだ……」

 馬鍬を治めたエッゲの巨大な手が、シーナの身体に迫って来る。

 危ないシーナ! だが……


「いけ…この速度なら、あと3秒……2秒……1秒……」

 ブツブツと、何かをカウントダウンしてゆくシーナ。

 そして、次の瞬間。


「シーナ様ぁ!」

 爆走する鰐の前方からホタルの叫びが聞こえた。


 トンネルの出口が見えて来た。

 凧を降り、出口の間際に立ったホタル。

 忍者は矢をつがえ赤い弓を構え、大鰐に狙いを定めていた。

 

「やるんや! ホタルちゃん!」

 動けぬシーナが背面のホタルに叫んだ。


「ブキ?」

 豚が戸惑いの声。


「グアアアアアア!」

 大口を開け、口内から炎を漏らした大鰐ズィッヒェルの牙がホタルに迫る。


 キリキリキリ……


 迫り来る鰐を睨み弓を引くホタル。

 手の内は整っている。伸合も十分。

 そして次の瞬間。


 ビュンッ!


 ホタルの弓から放たれた矢が、青白い稲妻を纏いながら一直線、大鰐ズィッヒェルの口中に飛び込んだ。


 途端、ボボンッ!


 鰐の丸太の様な胴体が一瞬倍ほどに膨れ上がると、炎を噴き上げトンネルの内部で爆発した!

 鰐と共に引きちぎられ、四散してゆく無数の黒蛇。


「ブギャアアアアアア!」

 戦車を失った大豚が路面に転がる。


「うわあああああ!」

 蛇の縛めを解かれたシーナの身体が宙を舞った。

 

 トンネルの壁面が、ガラガラと音をたてながら瓦解していった。


  #


「ああ()つつつつつ……!」

「シーナ様! 御無事で!」

 シーナが目を覚ますと、ホタルが涙を流しながら彼女を覗き込んでいた。


「ううあ、ホタルちゃん、やったか!」

 頭を振り振り、ホタルの膝枕から起き上がろうとするシーナだったが。


「いたたー!」

 まだ全身が思うように動かない。

 路面に叩きつけられて気を失ったシーナ。

 そのシーナをホタルが抱き上げて無我夢中、瓦礫と炎を避けながらトンネルから脱出したのだ。

 トンネルの入り口は、完全に崩れ落ちていた。

 大豚エッゲはトンネルの内部で生き埋めだろう。


「はい、やりました! シーナ様!」

 どうにか無事のシーナを認めて、ホタルにも笑顔が戻った。


「それにしても、ホタルちゃんの矢、予想以上やな……」

 シーナが驚嘆の声を上げる。

 『雷鳴の弓』の威力がこれ程とは。

 シーナの身も危うかった。


「申し訳ありません! シーナ様までこんな目に!」

 そう言ってシーナに頭を下げるホタルに、


「ええんやホタルちゃん! 大手柄やで!」

 シーナは路上から、笑ってホタルの頭を撫でた。


 だが、その時だった。


 ズズーン……


「「え……?」」

 シーナとホタルは息を飲んだ。

 崩落したトンネル入り口の瓦礫をかき分け、巨大な影が二人の前に立ちあがったのだ。


「ブググググ……喰ってやる……喰ってやるぞ小豆ども……」

 現れたのは、全身から赤い血を流し、巨大な馬鍬を携えた大豚エッゲだった。

 生き埋めになったトンネル内部から、瓦礫をかき分け、今再び2人の前に姿を現したのだ。


「まずい!」

 シーナの顏がこわばる。

 全身を打ったショックで、まだ身体が思うように動かない。


「いけない……!」

 ホタルも蒼ざめる。

 雷鳴の弓を構えようにも、敵はもう眼の前。

 開けた場所で、エッゲの馬鍬は一瞬で2人を叩き潰すだろう。


「うう……これまでか……」

 ホタルが絶望の呻きを上げると、だが、次の瞬間。


 ス……


 ホタルの指先が、燃え立つ炎の様なシーナの紅髪を撫でた。

 ホタルの手が、シーナの頬に添えられた。


「ホタルちゃん?」

 ホタルのおかしな様子に気付いたシーナが、唖然としてホタルを見ると……


「シーナ様。長い間……お世話になりました……」

 シーナの顏を見て、ホタルは寂しげに微笑んでいた。

 彼女の紫の瞳が、シーナを覗き込んで妖しく煌めいていた。

 そして、次の瞬間、


 ツ……


 ホタルの柔らかな唇が、シーナの唇に重なった。

 ホタルの濡れた舌先が、シーナの中に這入ってきた。


「うんにゅううううううううううう!?」

 シーナの金色の瞳が驚愕に見開かれた。


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