表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
破界の魔王と吸血少女  作者: めらめら
第4章 集う獣、集う戦士
33/144

魔氷炸裂

「姉ちゃあああん!」

 凧にしがみ付きながら、いてもたってもいられずにシュンは叫んだ。


「わあああ!」「きゃああ!」

 近所の家々から飛び出してきた人々の悲鳴が聞こえてくる。


 シュンの家が、轟音を上げながら崩落してゆくのだ。


 その如月家の屋根板の上だった。

 端正な顏を歪ませながら、棟木にしがみ付いているのはシュンの姉、カナタだった。

 彼女が肩掛けにして背負っているのは、何が詰まっているのだろうか。

 膨れ上がった黒いボストンバッグ。

 そして彼女が左肩で支えているのは1人の老女。

 頭から血を流してグッタリとした様子。

 メイの祖母、秋尽ユウコだった。


「シュン!」

 シュンの声に気づいたカナタが、空を仰いだ。

 すでにシュンたちを乗せた大凧は、崩れた如月家の真上に到着していた。


「シュン、メイちゃん! ユウコさんを運んで……はやく病院に!」

 屋根の上のカナタが、頭上のシュンたちと左肩のユウコを交互に見回しながら叫んだ。


「ホタルちゃん! もっと寄せるんや!」

「わかりました。シーナ様!」 

 シーナの号令。

 ホタルが凧の舵を切った。

 グン。

 凧がその高度を下げる。

 シュンと彼に掴ったメイが、崩れてゆく如月家の屋根板に寄っていく。


「お祖母ちゃん!」

「姉ちゃん!」

 メイとシュンが、屋根板に飛び降りた。

 そしてユウコを支えたカナタに駆け寄った。


「メイちゃん……ごめんなさい! ユウコさんを……こんなことに……!」

「ううん! ごめんなさいカナタさん。私のせいで、大変な目に……」

 傷だらけのカナタが、メイを見てそう詫びる。

 その目には涙が滲んでいた。

 メイも涙を流しながら首を振り、カナタにそう答えた。


「シーナ、引っ張り上げてくれ!」

 意識を失ったユウコの身体を、姉と一緒に支え上げながら、シュンが叫んだ。


「わかったシュン! もっと……上の方まで……」

 シーナが、ユウコの身体を掴み上げる。

 彼女はユウコの腰に凧から垂れた命綱を結わえつけた。


「あと、これも頼むわ……」

「姉ちゃん、これは?」

 カナタが、肩掛けにしたボストンバッグをシュンに手渡す。

 黒いバッグを受け取るシュン。

 ずっしりと重い。中に、何が入っているのだろうか。

 シュンはバッグの持ち手を凧のロープに結んだ。


「わからない……でもユウコさんは、納戸でこれを探していたの。何か『助けになるもの』だ……って……」

 首を振りながらカナタが答える。

 と、突然、


「うわわ!」

 頭上からホタルの悲鳴。

 グン。

 凧の高度が更に下がったのだ。


「シーナ様! この凧は4人が限度です! それにあんな荷物まで……!」

 懸命に凧を繰りながら、ホタルの声が厳しい。


「あかんわ……誰か降りて、移動するしか……でもこんな中、どうやって『あそこ』まで……」

 凧に掴りながら、シーナも難しい顏でそう呟いた。

 その時だった。


 バリン!


 突然、屋根板を突き破って、シュンとカナタの足元から『何か』が飛び出してきた。


「うあああああ!」

 体勢を崩して、屋根板に転がるシュンとカナタ。

 彼らを狙いすましたかのように、足元から突き出してきたのは、白銀に輝く三日月杖の刃先だった。


「くそ! あいつか!」

 シュンが歯噛みした。

 大鰐のズィッヒェルが地中から自分の武器を突き立てて、シュンたちを攻撃してきたのだ。


 ギギギギギ……


 三日月状の刃が回転して行く。

 刃先が屋根板を、シュンたちの足場を引き裂き、突き崩していく!


「きゃああ!」

「限界か……! シュン、メイちゃんを守れるね?」

 メイも振動に耐えかねて、その場にへたり込んだ。

 忌々しげにそう呻くと、姉はシュンに目くばせした。


「ああ! 姉ちゃん!」

 そう答えて、シュンは右手に剣を構えた。

 ビュルンビュルンビュルン……緑の蔓がシュンの全身を覆う。


「だったら……跳ぶよ!」

 そう言った次の瞬間、カナタの足が屋根を蹴った。

 カナタの身体が、崩れてゆく家屋の2階から、庭先向かって大きく跳躍した。


「メイ、行くぞ!」

「う……うん!」

 シュンが、へたり込んだメイに手を伸ばした。

 メイも覚悟を決めて、シュンの手を取った。


「だぁ!」

 次の瞬間、シュンとメイの身体もまた空中に躍り出ていた。


 シュルルルル……

 緑の蔓が、シュンとメイを庇うように、二人の身体を球形に包んで行く。


 コロン……

 蔓に覆われた二人の身体が、大きな緑の毬のようになって如月家の庭に転がり落ちた。

 蔓は毬からその形を解くと、再びシュンの身体に収束して行った。

 シュンもメイも、無傷だった。


 庭では既に、如月カナタがスックと立っていた。

 カナタの厳しい視線の先には、崩落した自宅。

 そして立ち上る土煙の向こう側で蠢いた、巨大な影があった。


「シュン! メイくん! 今いくで!」

 頭上からシーナの声。

 ホタルの操る大凧が、彼らの方に下りてきた。

 だが……


「シーナちゃん……! 先に安全な所まで逃げて!」

 メイがシーナを見上げて、決然とそう言い放った。


「私たちは後から行くわ。お祖母ちゃんを助けて! お医者さんに診せて!」

「そうね。行きなさい芋虫! ユウコさんを安全な場所まで運ぶのよ!」

 凧に結わえられた祖母のいたましい姿を見ながら、メイの瞳には固い決意の光があった。

 カナタもまたシーナを見上げてそう叫んだ。

 その声には、反論を許さない迫力。

 そして怒りがこもっていた。


「ううう……でも、その……」

 一瞬、二人に気押されて、金色の瞳をパチパチさせるシーナだったが、


「わかったで! ホタルちゃん、上がるんや!」

「はい、シーナ様!」

 シーナもまた意を決して、ホタルに合図をした。

 ホタルの操る凧が上昇してゆく。

 ホタルとシーナを乗せ、メイの祖母ユウコと謎の荷物を結わえられた大凧が、如月家から離れて行った。


「メララちゃん、ウルルちゃん。シュンたちを助けてやってな!」

「わかったっす、姉さん!」

「わかりましたわ、お姉さま!」

 シーナの呼びかけにそう応える声。

 彼女が腰に下げたランプとペットボトルから、メララとウルルがシュンに向かって飛んで行った。


「シュン! 集合先は『あそこ』や! みんな絶対無事に戻るんやで!」

「ああ、わかったぜシーナ!」

 空中からシュンたちに呼びかけるシーナの声に、シュンは、力強くそう答えた。


 そして……ズズン、ズズン。

 崩落した如月家の、砕けたモルタルや、引き裂かれた屋根板を踏みしだきながら、土煙の向こうから『そいつ』が姿を現した。


  #


「『凧の子供』と『赤毛の子供』は逃がしたか……まあいい」

 くぐもった法螺(ホラ)の様な声が、シュンたちの頭上から降り注いできた。


「用があるのは『黒毛の子供』と『剣を持った子供』……そうだったよな……」

 自分に言い聞かせるようにそう唸っていた。

 二足歩行する大鰐の怪物、ズィッヒェルが3人の前に姿を現したのだ。


「あいつが……お祖母ちゃんを!」

 メイが、整った顏を歪めて怪物を見上げる。

 メイの緑の瞳に、氷の様な憎悪の煌めきが走った。


「く……やはりここで斃すしか……!」

 シュンが刹那の灰刃を構える。

 狼の倍以上の巨体。

 弾丸を通さない鱗。

 この怪物に、シュンの剣は通じるだろうか。


 だが、その時だった。


 ザッ!


 シュンを遮って、怪物の前に立った影。

 巨大な鰐を、怒りに満ちた目でにらみ上げる影があった。

 姉のカナタだった。


「あんたが、ユウコさんを……! あんたが、あたしン()をぉ……!」

 ズィッヒェルに向かって漏れ出る姉の声は、シュンには燃えたぎる憤怒の塊のように聞こえた。

 

「姉ちゃん……何を……!?」

 シュンが姉にそう訊く間もなく、


「ずぁあああああああああああああああ!!!」

 裂帛の気合いと同時に、カナタがズィッヒェル向かって跳んだ。


「ガウッ!?」

 予期せぬカナタの先制を、大鰐が巨大な三日月杖を振り下ろして叩き潰そうとする。


 だが、ズズン!

 庭の土を抉った刃の下に姉はいない。


「あっ!」

 刃を躱したカナタの次の行動に、シュンは息を飲んだ!


 タタッタタッタタッ……

 カナタが、ズィッヒェルの杖を駆けあがって行く。

 大鰐の放った武器をかけ橋のようにして、ズィッヒェルの丸太の様な腕を上り、肩口を駆けあがり、鰐の頭部に、馬乗りになった。


 そして……


「あたしだって、怒ってんのよ!!!!!」

 姉の怒りの叫びと共に。


 バシュッ!


 カナタの放った拳の一撃。

 渾身の下段正拳突きが、大鰐の眉間に突き刺さった!


「バケモノを素手で……!」

「無茶苦茶だーーーーー!」

 驚きの声を上げるメイ。

 呆れ果てるシュン。

 子供の頃から鍛え上げて来たカナタの空手。

 拳皇会空手(けんおうかいカラテ)四段の拳が今、異界の怪物に炸裂したのだ。


 だが……


「グアアアウ!」

 ズィッヒェルが怒りの咆哮。

 ブンッブンッブンッ……

 三日月杖を支柱に立った怪物が、その頭部を無茶苦茶に振り回し始めた。


「うっわっわっ……」

 たまらずバランスを失い、頭上のカナタがよろめく。


「姉ちゃん! 掴まれ!」

 姉の苦境に、怪物のもとに駆け寄るシュン。

 シュンの掛け声と共に、彼の左腕から放たれた緑の蔓が、怪物の頭上、カナタの方まで伸びてゆく。


「シュン!」

 蔓を掴むカナタ。

 

「やっ!」

 蔓を引くシュン。


 タタッ!


 カナタの身体が怪物の頭部から跳躍し、シュンの背後に着地した。

 

「何考えてんだよ姉ちゃん! アイツに空手技なんか、効くわけないだろ!」

 怒りで見境なしの姉に、シュンがそう怒鳴る。


「そうかもしれない……! そうかもしれない……! でもダメ。まだよ、まだまだ怒り足りない……!」

 シュンの背中から、姉が憤怒の呻き。

 怪物を打ったカナタの拳は、怪物を覆った岩の様な鱗に引き裂かれて赤い血が滴っていた。


「シュン、次、来る!」

 そして、姉の警戒の声と同時に、


「グオアアアア!」

 ズィッヒェルが怒号を上げて、2人に突進してきた。

 ズン。怪物が突き出した三日月杖の刃先が、シュンとカナタにむかって一直線に迫って来る。


「まずい!」

 咄嗟に剣を構えるシュン。

 シュルルルル……蔓がシュンの前面に展開する。


 ガキンッ!


 蔓のクッションを切り裂いた三日月杖の刃先を、シュンの握った刹那の灰刃がガシリと受け止めた。


 だが……


「「うわーーーーー!」」

 三日月杖の勢いを受け止めきれず、そのまま後方に弾き飛ばされるシュンとカナタ。

 サイズも筋力も、怪物の方が遥かにシュンを上回っていたのだ。


 吹っ飛ぶカナタ。

 転がるシュン。


 ゴチッ!


 カナタの身体が庭の塀に叩きつけられる。


 続いて、


 ムギュ~。


 タンクトップに包まれた姉の豊かな胸に、シュンの顔がめりこんだ。


「シュンくん! カナタさん!」

 悲鳴を上げて、2人の元にメイが駆け寄る。


「あたたた……! こらシュン、どこ触ってんのよ!?」

「痛い! 痛い! 姉ちゃん! 今それどころじゃねーって!」

 自分の胸にめり込んだシュンの頭をポカポカ殴るカナタと、必死で抗議するシュン。

 

「終わりだ。子供ら……その手足、貰っていくぞ……」

 ズズン、ズズン……大鰐ズィッヒェルが三日月杖を携えて、3人の方に迫って来た。


「こいつが、お祖母ちゃんを。こいつが、お祖母ちゃんを。こいつが、お祖母ちゃんを……!」

 シュンとカナタの前に立ち、怪物を睨み上げたメイが、ブツブツと小さくそう呟いていた。


 いつの間にかメイの心から、死への恐怖が消えていた。


 育ての親である祖母ユウコが傷つけられた。

 意識がない。

 生死にかかわる傷なのか、それすらわからない。

 怒りが、恐怖を塗り潰して行った。


「まずは、お前か……」

 ズィッヒェルがメイを見おろし、三日月杖を振り上げた。


「ユルサナイ」

 怪物を見上げて、メイは一言そう言い放った。


「メイちゃん! 何やってるの!?」

「メイ、下がってろ。下がってろよ……!?」

 メイのおかしな様子に気づいたカナタとシュンが、メイにそう呼びかけるも……


 ト……ト……


 1歩、2歩と自ら怪物に近づいてゆくメイ。


「やめなさい!」

「メイ!」

 カナタとシュンの悲鳴。


 ブンッ!


 怪物の三日月杖が、メイに向かって振り下ろされた……だが、その時だった。


 ギギイイイイイイイイ…………!


 何か、軋むような音が、辺りを渡った。


「グ……ガ……!」

 ズィッヒェルが戸惑いの声を上げた。

 怪物の三日月杖は、そのまま空中で静止していた。


「何だ!?」

「空気が!?」

 シュンとカナタも、周囲に起こった異変に気付いた。

 辺りの気温が、急速に、下がっていくのだ。


 そして、ギ、ギ、ギ、ギ、ギ……


 三日月杖を握った丸太の様な腕が、見る見る内側から膨れ上がっていくと。


 バギン!


 右腕が、突然、()ぜた。(くだ)けた。


「ガアアアアアアアアア!」

 突如右腕に起こった異変に、大鰐が苦悶と混乱の声を上げた。

 怪物の右腕の中から出現し右腕を引き裂いたのは、異様な冷気を放った……何か、黒い岩塊のようなモノだった。


「氷!?」

 茫然としてシュンは呻いた。

 良く見ればそれは岩ではなかった。

 紫色の燐光を放った半透明の、巨大な氷なのだ。


「ガッガッガッ…!」

 右腕を失い、地面を転げ回る大鰐。


「メイ! 一体、何を……」

 シュンがメイに駆け寄る。メイの様子がおかしい。


「シュンくぅん……」

 陶然とした声でそう答えて、メイが、シュンの方を向いた。


「……ぁあ!」

 シュンは声を継ぐことが出来なかった。

 メイは、それまでのシュンが見たことも無いような顏をしていたのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ