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破界の魔王と吸血少女  作者: めらめら
第4章 集う獣、集う戦士
32/144

追跡の先に

「なんだよ、アレ!」

 シュンは地上の怪異に息を飲んだ。


「ガアアアア!」

 車道を断ち割り、下水を滴らせながら、市街の地下から現れた鰐のような怪物。

 そいつ凧に乗ったシュンたちを見上げて咆哮を上げたのだ。


「あの三日月杖は……まさか『大顎のズィッヒェル』!」

「知っているの? ヤギョウさん?」

 シュンのリュックにしがみ付いたタヌキのヤギョウもまた、驚きの声を上げる。

 シュンに掴ったメイが、ヤギョウにそう訊く。


「はい、姫様。あやつはズィッヒェル。獣の谷に古くより巣食う『石鰐の一族』の酋長です!」

 震えながらヤギョウは答えた。


「他の部族に見境なしに戦いを挑んでは、根絶やしにする蛮族の長。谷の奥地まで及んだ獣王の統治に最後まで抗い、戦い、最後は一族もろとも谷を追放されたと聞いておりましたが……何故奴が今ここに!?」

 混乱したように頭を振るタヌキ。

 

「ふん。あいつらか……吸血鬼の言っていた人間どもは……」

 法螺のようなくぐもった声。

 巨大な鰐……ズィッヒェルが、空中を泳ぐシュンたちの凧をギロリとにらみ上げて唸った。

 そして、ボオオオオオ……

 凧を見上げたズィッヒェルの大顎から、真っ赤な光が漏れ出し始めた。


「やばい! なんや、仕掛けてくるで!」

 燃え立つ紅髪を震わせながら、空中のシーナが錫杖を構えた、次の瞬間。


 ゴオオオ!


 鋸の歯の様な鋭い牙の生え揃った大顎から、火炎が放たれた。

 ズィッヒェルの吐いた火が、暗い夜空を奔る真っ赤な流れになってシュンたちの乗った凧の方に迫って来る!


「まずい! メララちゃん! ウルルちゃん!」

 咄嗟にシーナが、銀の錫杖を振って叫ぶ。


 ボオオオオ……。

 プシューー……。


 シーナが腰に下げたランプとペットボトルから、火の精と水の精が空中に躍り上がった。


「姉さん!」

 火の精メララが自身を炎の奔流に変えて、鰐の放った火炎に激突する。


「お姉さま!」

 水の精ウルルが自身を水膜のカーテンに変えて、凧の前に広がる。


 ジュジュウウウウ……

 メララの特攻で火勢を減じた鰐の炎が、ウルルのカーテンに遮られ、モウモウと水蒸気を上げていく。


「火まで吐くんか! なんて怪獣や!」

「シーナ様、高度を上げます!」

 間一髪でズィッヒェルの炎を凌いだシーナが、愕然としてそう顏を歪めた。

 冷や汗をかきながら凧を繰るホタル。

 街の空を泳ぐ凧が、さらに上昇を始めた。


「おいシーナ、また来るぞ!」

 地上を見おろし、シュンが焦りの声。

 怪物の口から、再び炎が漏れ出した。

 攻撃の第2波を放とうとしているのだ。


「いや……大丈夫やシュン」

 シーナも地上を睨んで、だが確信に満ちた声でシュンにそう言った。


「これだけ距離をとっとけば、アイツの飛び道具も、確実にさばけるしな。大して怖くないわ。それに、見てみい……」

 シーナが、地上の鰐を指差した。


「あれは……!」

 息を飲むシュン。

 ウゥーーーウゥーーー……

 鳴り渡るサイレン。道を行くパトカー。

 周辺住民から通報を受けたのだろう。

 大鰐ズィッヒェルを取り囲むようにして、市街の車道に何台ものパトカーが殺到してゆく。

 警察が動き出したのだ。


「ほらな。あれだけデカイなりしたバケモンが街中に出れば、ああなるで!」

 少し安堵した様子で、地上を見下ろすシーナ。

 ターン。ターン。ターン。

 地上では銃声。

 怪物を包囲した警官隊が、発砲を開始したのだ。


「『接界』の時に『でかい実体』持ってコチラ側に出て来たバケモンは、大抵ああなる。そう聞いとるわ!」

 我が意を得たりといった顏で、シーナがシュンを向いた。


「ああいう連中には、銃も、ナイフも、普通に効くからな。迷い出て来た国の警察、軍隊にああやって退治されるんや。そして被害は、大体はトラやヒョウやカバ、猛獣の仕業として発表されるんや。なにせコチラ側で退治されたバケモンは、死ぬと煙みたいになって消えてまうからな……」

 シーナが、シュンとメイにそう説明した。


「おまわりさんたち、無事だといいけど……」

 メイが不安そうに顏を曇らせながら、ポツリとそう呟いた。

 地上からは怪物の咆哮。

 パトカーの陰から怪物向かって発砲を繰り返す警察官の姿。


「そやな。ウチらの面倒事に他人を巻き込んだみたいで気は引けるけど……」

「仕方ないさメイ。状況があんな風になっちまったら、もう俺たちにはどうしようもないだろ。俺たちは俺たちで、これから出来る事を考えようぜ……」

 シーナもまた微妙な表情。

 シュンもまた顔を曇らせながら、半ば自分に言い聞かせるようにメイにそう言った。


「ホタルちゃん、高度はそんなもんでええで。こっからシュンの家までフライトや……ん?」

 地上の方を用心深く見張りながら、シーナがホタルにそう指示を出しかけた、だが、その時だった。

 シーナの金色の目が見開かれた。何か、地上の様子がおかしい。


「ガウウ……」

 警官に包囲されたズィッヒェルが、ゆっくりと辺りを見回した。

 警官たちの放った弾丸は、ズィッヒェルの岩の様な鱗に遮られ、まるで効いていないようだった。

 そして、突然。


「グガアアアア!」

 恐ろしい唸り声を上げながら、ズィッヒェルは、彼を包囲したパトカーの1台むかって突進して行った。

 

「うわあああ!」

 警官たちの悲鳴。

 ドガン。大鰐の振った三日月杖が周囲の警官たちを薙ぎ払い、パトカーを転覆させた。


「逃がすな!」「撃て!」「撃て!」

 混乱する状況、警官の号令。

 だが次の瞬間、ズシーーーーン!


 地響きが辺りを揺らした。

 ズィッヒェルが、自身の図太い尾で道路を叩き、勢いで鰐の巨体は地上から10メートル近く跳ね上がった。

 そしてズズウウウウウウウ……

 巨大な丸太の様な胴体をくねらせながら、その鼻先から地上に激突したズィッヒェル。

 怪物の体が土煙と礫片を辺りにまき散らしながら、再び地中へと潜り込んでゆく!


「また潜った!」

「逃げるんか! いや……!?」

 シーナが不審な顏。

 ズズズズズ……再び地鳴り。

 道路がひび割れ、マンホールの蓋が跳ね上がり、地鳴りがシュンたちの方へ近づいて来た。


「また追って来た!」

「まったく、しつこいわー! うん!?」

 先程とは様子が違った。

 地鳴りが、シュンたちの凧の、すぐそばまで迫り、直下まで来る。

 そして、シュンたちの凧を……追い越して……どこかに向かって行くのだ。


「しまったあ!」

 シーナの顔が恐怖に歪んだ。

 

「ホタルちゃん! アイツを追いかけるんや。急いで! 全速力や!」

「わかりました……シーナ様!」

 シーナが頭上のホタルにそう叫ぶ。

 ホタルも焦燥した顔で、紫紺の髪を震わせながら凧を操っている。


「おい、どうしたんだよシーナ? あいつ一体、ドコに向かってんだよ!?」

「アイツ……空中のウチらには手え出せんから……ウチらの拠点から潰しに行ったんや!」

 訳がわからず、シーナにそう訊くシュンに、シーナは答える。


「拠点て……まさか!?」

「そうや、あの方角……間違いない。シュンとメイくんの家や!」

 愕然としてシュンが叫んだ。

 苦々しい顔でシーナも呻く。


「そんな、だめ……だって、家にはお祖母ちゃんが……!」

「姉ちゃんも!」

 メイの声が恐怖に震えていた。

 シュンの顔が歪む。


「止めなあかん! 追うんや!」

 シーナが再びホタルに号令した。


  #


「お祖母ちゃん……お祖母ちゃん! どうして出ないの!?」

 夜の空を進む凧の下、スマホを耳にあてたメイが、涙目になりながらそう繰り返していた。

 自宅にかけた電話に、祖母のユウコが応対する様子が一向にないのだ。

 ユウコは携帯電話を持っていなかった。

 自宅の電話にでないということは、買い物に出掛けているのだろうか。

 それとも、散歩か、入浴中なのかも……


「頼む、姉ちゃん……でてくれ!」

 シュンもまた縋るような気持ちで、自身の携帯から姉のカナタに電話をかける。

 姉もまだ、自宅にいるはずだ。

 プルルルル……

 1コール……2コール……3コールの後……


 プッ


「もしもーし……」

 シュンの姉、如月カナタの声。

 姉と電話が通じたのだ。


「姉ちゃん! 姉ちゃん! 今、どこに居んだよ!」

「どこって……あたしン家に決まってんじゃない。どうしたのさ、大声あげちゃって?」

 電話機にかじりつくようにしてそう叫ぶシュンに、呑気な姉の声。

 


 ほおおおおお……

 シュンの全身が、一瞬安堵で弛緩する。


「姉ちゃん! よく聞いてくれ!」

 シュンは再び携帯に叫んだ。


「今から隣に……メイの家に行って、メイの祖母ちゃん……ユウコさんがいるか、確認してくれよ! そしてユウコさんみつけたら、急いで、そこから離れて、なるべく遠くに逃げるんだ!」

「『逃げる』って……なんで。どうなってるのさシュン?」

「説明してる暇ないんだ。いいから、すぐにユウコさんと、家から逃げてくれよ! そっちに、ヤバイ奴が近づいてるんだ!」

 シュンの指示に、不審そうなカナタの声。

 必死の形相でシュンはそうまくし立てた。


「ん!? 何か知らないけど、ヤバイってことね!」

 シュンのせっぱ詰まった様子に何かを察したのか、カナタの口調が変わった。


「わかったシュン。今からメイちゃんの家に行って、ユウコさんに会ってくる。一回切るからね、シュン!」

「頼むよ、姉ちゃん!」

 家から動き始めた様子のカナタにそう懇願すると、シュンは携帯を切ってポケットにしまった。


  #


「まだかよホタル! もっとスピードでないのかよ?」

 シュンが頭上で凧を操るホタルに苛立ちの声を上げた。

 凧のスピードは思うように上がらないようだった。

 すでに地下を進む地鳴りは凧から大きく隔たり、遠ざかっていく。


「四人も乗ってるんや……やっぱりこの凧でアイツに追いつくのは無理か、あとは、カナタさんだけが頼りか……」

 そう言って、シーナも苦渋の表情。

 凧は徐々に徐々に、シュンとメイの家へと距離を縮めて行く。

 あと600メートル……500……400……

 プルルルル……

 シュンのポケットの中の携帯が振動している。


「姉ちゃんだ!」

 シュンが慌てて携帯を取り出して、姉の着信に応答しようとした、その時だった。


 ズズーーーーーン……


 シュンとメイの家の方角から、地響きのような、爆音のような轟きが聞こえて来た。

 

「姉ちゃん……ああ!」

 音の響いてきた方、ようやく視界の内に入って来た自分の家を向いて、シュンが絶望に呻いた。


「お祖母ちゃん……いやあああああああ!」

 メイもまた絶叫した。

 あたりには土煙が立ち上っていた。

 おそらく地下からせり上がって来た「何か」が暴れた跡だろう。

 メイの家は完全に瓦解し、ひしゃげた屋根板と崩れたモルタル壁、へし折れた棟木の残骸になり果てていた。

 そしてシュンの家は……


「姉ちゃん!」

「お祖母ちゃん!」

 シュンとメイが同時に叫んだ。


 シュンの家もまた、轟音を上げて崩れつつあった。

 立ち込める土煙、地下に潜んだ何者かが、如月家をその基礎から突き崩し、崩落させつつあった。

 その家の二階の、屋根板の上に二人。人がいた。

 一人はメイの祖母、ユウコ。頭から血を流して。閉じられた目、生気のない顔。

 意識を失っているのだろうか。


 そして、そのユウコの身体を肩で支えながら、揺れる屋根板に必死の形相でしがみつく者がいた。

 ルーズに編み込んだ黒髪が、粉塵に白く染まっていた。白いタンクトップの各所に、赤い血が滲んでいた。


 シュンの姉、如月カナタの姿だった。


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