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破界の魔王と吸血少女  作者: めらめら
第4章 集う獣、集う戦士
31/144

地を泳ぐ者

「フレーバー『ホイホイ』!」

 胸の前にガシリと印を結び、忍者箕面森ホタルはそう叫んだ。


 すると。


 ブワーーーーーーン……


 崩れた洋館の庭先のそこかしこから、不気味な羽音のようなものが立ちのぼった。


「なんや!?」

 シーナは目をみはった。

 遠目からは大豚エッゲの周囲に、何か灰色の霧の様なものが立ち込めてゆくのが見えた。


「ブキ?」

「虫!?」

 豚が戸惑いの鳴き声を上げた。


 シーナが再び驚きの声。

 霧に見えたモノの正体は、無数の「虫」だったのだ。


 ヤセバエ。

 カマドウマ。

 アオカナブン。

 シロシタバ。

 ムクゲコノハ。

 ジャノメチョウ。

 シロスジカミキリ。

 カブトムシ。

 そしてスズメバチやノコギリクワガタまで。


 洋館の周囲の藪の中から、木の幹から、荒れ果てた生垣から、そして落ち葉の下から現れた者

 彼ら何百匹もの昆虫たちがエッゲの周囲に飛来し、集り、その身体を這いあがり豚の顔面を覆っていく!


「ブギャーーー!」

 堪らずエッゲが悲鳴を上げた。

 頭を振り、馬鍬を振り回し、必死に虫を振り払おうとする。

 それでもなお執拗にエッゲの頭部に集って来る、虫、虫、虫、虫、虫、虫、虫、虫!


「今です、シーナ様。逃げましょう!」

 紫の瞳を煌めかせて、ホタルはシーナを向いてそう言った。


 言うまでも無く虫たちを誘引したのは、さっきホタルがエッゲの頭部に放った手裏剣だった。

 自身の体内で、あらゆる種類の芳香化合物を生成することのできるホタルが、刃先を一舐めして手裏剣に仕込んだモノ。

 それは『フェロモントラップ』だった。

 主に害虫の捕獲や駆除の際に使用される昆虫誘引剤は、対象となる昆虫が交尾を行う際に放つ性フェロモンを人為的に合成し、彼らをおびき寄せるための呼び餌として利用するものが多いが、ホタルはこのフェロモンを目前の敵を足止めする武器に用いたのだ。


「ホタルちゃん……相変わらず、地味にイヤな技使わせたら天下一品! ピンピンピンやで!」

「えへへ……地味もイヤも余計です! さあ、街への近道はあっちです!」

 ホタルの術の恐ろしさに、改めて感嘆の声を上げるシーナ。

 忍者は胸の印を解くと、崩れた洋館の裏手、麓へと下っていく細い山道を指差した。


  #


「エッゲ、どうした!?」

「シーナ?」

 洋館の庭で起こった怪奇現象に一瞬。

 赤猿シュタンゲと、猿に押されていたシュンの動きが止まった。

 庭に立ち込めた灰色の靄、豚の悲鳴。

 そして……


「シュン、こっちや!」

「今じゃ小僧、姫様を連れて退くんじゃ!」

 庭内からシュンを呼ぶシーナの声。

 シュンの背中のタヌキが叫ぶ。


「くっ! わかった!」

 シュンはそう答えて、庭先を向いた猿に、自身の左手をかざした。

 

 ビュルン!

 

 シュンの左手から伸びた緑の蔓が、シュタンゲの全身に絡みつき一瞬で猿を縛りあげた。


「うおお!」

 猿が驚きの声を上げる。

 エッゲの悲鳴に気を取られ、目前のシュンから猿の意識が逸れていた事がシュンの幸運だった。

 これで、数分、いや、数十秒でも時間が稼げれば……


「メイ! 行くぞ!」

「シュンくん!」

 猿に背を向け、洋館の門前で立ちすくむメイに向かって、シュンは全力で駆け出した。

 シュンの手を取ってメイも駆け出す!


「くそっ! 待ちやがれ!」

 猿の金切声を尻目に、シュンとメイは庭内のシーナたちの方に走って行く。


「2人とも、行くで!」

「わかったシーナ!」

 シュン、メイ、シーナ、ホタル、ヤギョウが合流した。


「ブギャアアアア! 許さんぞ、小豆ども!」

 虫に集られ視界を奪われ、無茶苦茶に馬鍬を振りまわす大豚。

 エッゲの脇を抜けて、一同は全速で山道を駆け下りて行った。


  #


 ハッ ハッ ハッ……


 息を切らせてシュンたち4人が、山道を疾走する。


「キャーーーーーー!」

 背後から、猿の金切声。


 ザッ ザッ ザッ 

 

 頭上の木の枝が揺れる音。

 直接見えなくても、シュンにはわかった。

 背後から、何かが迫って来る。


「追って来る!」

「こっから、どうする。ホタルちゃん!」

 シュンが苦渋の表情。

 シーナの顔も厳しい。


「大丈夫ですシーナ様! もうすぐです。『あの場所』に行きさえすれば!」

 まだ何か策があるのか、ホタルがシーナにそう答えた次の瞬間。


 ザッ!


 下り道がいきなり途切れて、


「おわあ!」

 4人と1匹は開けた場所に転がり出た。


「走り続けて!」

 ホタルが一同に号令する。


「ここは……!」

「こんな場所に通じて……!」

 走りながら、シュンとメイは驚きの声を上げた。

 そこは見覚えのある場所だった。

 人気のない広場。

 沈む夕日が、周囲の植え込みやベンチを茜色に染め上げている。

 眼前に広がっているのは、小高い丘陵から一望できる御珠市の街並み。

 その向こうには赤黒い山並。

 狭い山道を下って一同が転がりついたのは、市内でも有数の景観を誇る、御珠城址公園みたまじょうしこうえんの展望広場だったのだ。


 と、突然。

 

「シーナ様、飛びます!」

 腰に下げた大きな信玄袋(しんげんぶくろ)から何かを取り出しながら、ホタルがシーナにそう言った。


「飛ぶ……そういうことか!」

「飛ぶって……」

「おい、何言ってんだよ?」

 何かが納得いった様子のシーナと、何を言っているのかわからないメイとシュン。


「ハッ!」

 そうこうしていると、ホタルが走りながら、信玄袋から取り出した何かを空中に放り上げた。


 途端、カシャン……カシャン……カシャン……

 ホタルの手元のロープに繋がれた、大きな風呂敷包みの様な「それ」が、シュンたちの頭上でみるみるうちに広がり、その面積を増してゆく。


「『凧』か!」

 シュンは驚きの声を上げた。

 ホタルの手に繋がれて空中を待っているのは凧だった。

 今や一辺がシュンの背丈の三倍はありそうな、巨大な方形の凧だったのだ。

 

「『大凧の術』! ええでホタルちゃん、それでこそ忍者や!」

「えへへ……さあみんな、ここをしっかり持っててください!」

 ホタルが得意げに、手に持ったロープの一端を全員に引き渡して行った。


「メイ、つかまってろ!」

「シュンくん!」

 ロープを握るシュン。シュンに縋るメイ。


 ビュウウウウ……。ぐん!


 一際強い風が空を渡って、凧に掴ったホタル、シーナ、シュン、メイ、ヤギョウの身体が宙に浮き、展望広場から飛び立った。

 だが、その時だった。


「逃がすかよ!」

 ザザッ!

 シュンたちの背後、雑木林の木々の枝が大きく撓ると、


「キャアアアアアアア!」

 奇声を上げて、赤猿シュタンゲが樹上から広場に飛び出した。

 猿の全身に絡みついているのは、引き千切られた緑の蔓の端々。

 シュンが放った剣の縛めを破って、ようやくシュンたちに追いすがったのだ。


「大丈夫……! やりすごせる……」

 地上を駆けて迫って来る猿を振り向きながら、ホタルが確信に満ちた顏でそう呟く。

 すでに凧に掴った一同は、20メートル以上広場から離陸していた。

 猿の跳躍力がいかに優れていても、この距離ならば……。

 シュンもそうタカを括っていた、だが、その時だった。


「え?」

 シュンは目を瞠った。


 シュルルルル………


 猿が右手に携えた棒が、2倍、3倍、4倍とみるみる長さを伸ばしてゆき、次の瞬間、

 

 グンッ!


 撓った棒を地面に突き立て、それを支柱に、シュタンゲが跳んだ。


「うおああああ!」

 愕然とするシュン。

 シュンと戦った時と同様だった。

 シュタンゲは自身の武器の尺を引き伸ばし、それを棒高跳びの棒のように利用して、空中に躍り上がったのだ。


「捕まえたぁ!」

 シュンの目前に、シュタンゲの獰猛な顔が迫って来る。


「まずい!」

「あかん!」

 シュンとシーナの顔が蒼ざめる。

 シュンの腕はメイを抱えてふさがっていた。

 剣を振る間はない。

 絶体絶命かシュン、だが、その時だ!


「ペッ!」

 凧を繰っていたホタルがいきなり、シュンに迫った猿の顔面向かって唾を吐いた。


 ピッ!


 ホタルの唾の飛礫が、猿の右目に正確に命中した。


「クキッ!」

「今だ!」

 予期せぬ攻撃に頭を振る猿。

 シュンが咄嗟に放った蹴りが、猿の脇腹に命中。

 

「クキャアアアア!」

 バランスを失った猿の身体が、支柱を手放し、地上へと落下して行った。


「ふんっ! 空中戦では高度を稼いだ者が勝つのです。マヌケな猿め!」

「さすが忍者……きたない!」

 平然とそう言い放つホタルを、シュンは感嘆の面持ちで見上げた。


 ホタルの操る凧は一路、シュンとメイの家に向かっていた。


  #


「くそっ! あのガキども、舐めた真似を……!」

 城址公園。

 すっかり日が落ち、夕闇に包まれた展望広場。

 その地面から立ち上がって、忌々しげにシュタンゲが呻いた。

 

「ブキキキ……!」

 ガサリ、ガサリ。

 雑木林の木々を断ち割って現れた大豚エッゲも悔しげな鳴き声をあげる。

 顔面に集った虫をようやく振り払って、この場所まで降りて来たのだ。


「この俺から逃げおおせるとでも……? 追うぞ、エッゲ!」

 夕闇の空を行く大凧を獰猛な顔で睨みつけ、シュタンゲはエッゲにそう号令した。


 ビュン……ビュン……ビュン……

 猿が地面から拾い上げた棒を、自身の頭上で猛烈な勢いで回転させ始めた。


「行くぜ!」

 ゴオオオオオ……。

 猿の足元から、風が巻いた。

 だが、その時だった。


「お待ちを、シュタンゲ殿!」

 ビュウウウ……。

 夕闇の広場を冷たい風が渡って、鈴を振るような澄んだ声が猿の名を呼んだ。


「ふん……! お前か!」

 忌々しげな顔でシュタンゲは、いつの間にか彼と大豚の背後に立っていた1人の少女の方を向いた。


 風に靡いた長い黒髪。

 真っ白な肌。

 朱をさした様な唇。

 切れ長の目。

 黒珠のような瞳。

 まるで人形の様な顏。

 立っていたのは、夜白レイカだった。


「何の用だ吸血鬼? 言伝があるなら、サッサとすませな。お前と同じ場所に居るってだけで、ムカついて反吐が出そうだぜ!」

「シュタンゲ殿、エッゲ殿、状況が変わりました」

 レイカに向かって、馬鹿にしきった顔でそう言い放つ猿。

 レイカは涼しい顏をして、猿と豚にそう答えた。


「子供らに、獣王の寝所の場所を知られました。シュタンゲ殿は獣王の元にお戻りください。エッゲ殿は、これより私と共に……」

「何だと?」

「ブキャ?」

 レイカの言葉に、シュタンゲとエッゲは顔をしかめた。


「ふざけんな! 人間のガキにここまでコケにされて、このまま引き下がれるか!」

「シュタンゲ殿。これは獣王のご命令です。子供らの足取りは、ズィッヒェル殿にお任せしました。重ねて、シュタンゲ殿は獣王の元に……エッゲ殿は私と共に……」 シュタンゲは怒りで顔を歪めて、レイカにそう叫ぶ。

 答えるレイカの声は凛然。

 少女の黒珠のような瞳が、動じることなく猿と豚を見据えていた。


「ケッ!」

 猿が再び、忌々しげに呻いた。


「下賤の吸血鬼が! どんな手を使って獣王に取り入ったか知らねえが、接界が終わって王の庇護を離れてみろ。この赤髭シュタンゲに指図したこと、地獄の底で後悔することになるぞ!」

「ご随意になさりませ。シュタンゲ殿。私の願いは、ただただ獣の王に尽くす事。私の務めはただただ獣王の命をお伝えすること。それだけにございます……」

 獰猛な顔でそう吐き捨てる猿に、表情を変えぬままレイカはそう答えた。


 レイカの視線は獣たちを離れ、シュンたちの飛び去った彼方、星の瞬き出した夜の空を見据えていた。


  #


「ふー。どうにか逃げおおせたか……」

「シーナ、ホタル、これから……どうする?」

 夜の街の上空を舞う凧にすがり、紅髪を揺らしたシーナがそう言ってため息をついた。

 シュンも疲労困憊した顔でシーナたちに尋ねる。

 

「いったん、シュンの家に戻って、作戦の立て直しや! あんなヤバイ怪獣出てきたら、こりゃシュンやウチらの力だけじゃ、埒があかんわ……援軍が必要かも……」 シーナも困惑した様子でそう答えた、その時、


 ズズズズズ……


「うん?」

 シュンは足元の方から轟く音に、訝しげに首を傾げた。


「何か……来る!?」

 シーナも地上を見た。

 シュンたちの20メートル下方、住宅街の地下から響く地鳴り。

 ガタガタと家々が揺れて、次の瞬間、ボン!

 歩道のマンホールの蓋が、一斉に空中に舞い上がった。

 ゴオオ! 歩道のアスファルトに亀裂が走って行く。

 

「ウチらを、追ってきとる!」

 シーナが愕然としてそう叫んだ。

 市街の地下に潜んだ、何か巨大なモノが、シュンたちの掴った凧の進路を追うようにして、地下を……掘り進んでいる!


「嘘だろ!」

 シュンもまた呆然。

 ボコン。車道が陥没した。


「ガアアアア!」

 シュンの眼下、地中から、そいつが姿を現した。

 ゴツゴツとした岩の様な鱗に覆われた全身。

 図太い尾、鋸の様な無数の牙。

 丸太の様な右手に握られているのは、白銀色に輝く三日月形の刃を頂いた長い杖。

 現れたのは、体長5メートルは超えているだろう、巨大な鰐のような姿をした怪物だった。


 長い夜が始まろうとしていた。


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