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破界の魔王と吸血少女  作者: めらめら
第4章 集う獣、集う戦士
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ラスト・ニンジャ

「ホタルちゃん……生きとったんか!」

 シーナが、燃え立つ炎のような紅髪を震わせながら、廊下の奥の影に涙交じりで叫んだ。


「はい。ホタルです、シーナ様!」

 タッタッタッ……

 影がそう答えて、闇の奥から3人の方に駆けよって来た。


「人間……女!?」

「あなたは一体……?」

 陥没した床板から抜け出しながら、シュンとメイも驚きの声を上げた。


 シュン、メイ、シーナと丁度同じくらいの年頃だろう。

 三人の前に姿を現したのは、黒装束にその身を包みんでいた。

 紫紺の髪を三つ編みに結わえた一人の少女だったのだ。


「ホタルちゃん!」

「シーナ様ぁ!」

 ホタルと呼ばれた少女とシーナが、互いの身体を寄せてヒシッと抱き合った。


「申し訳ありません、シーナ様! 我ら御庭番衆、忍びの任を果たせませんでした。虚死郎(コシロウ)殿も、斬鬼丸(ザンキマル)殿も、幻之助(ゲンノスケ)殿も、松茸斎(マツタケサイ)殿も、皆、あの憎き狼に……!」

「ええんや、ホタルちゃん! みんなの仇は取ったからな! ホタルちゃんだけでも生きとって、本当に何よりや!」

 涙を流しながら、シーナにそう詫びる少女に、シーナも金色の瞳を潤ませながら、少女の紫紺の髪を撫でた。


「あのー。お取込み中すいません……」

「シーナ。誰だよそいつ?」

 シュンとメイが、少女と抱き合うシーナに、恐る恐る声をかける。


「ん……そうか。シュン、メイくん、紹介するで」

 シーナがようやく、二人の方を向いた。


「この子はホタルちゃん。ウチより先にコッチ来て、メイくんを監視しとった夜見の衆の精鋭。『比良坂御庭番衆ひらさかおにわばんしゅう』のくノ一や!」

箕面森蛍(みのおもりホタル)です。よろしくお願い致します!」

 シーナに紹介されたホタルは、シュンとメイにそう言ってペコリとお辞儀をした。


「御庭番衆……! くノ一……! 『忍者』か!?」

 ホタルの姿を眺めて、シュンが再び驚きの声を上げた。

 その身を包んだ黒装束。

 さっき投げて来た棒手裏剣。


 この少女は、忍術を使って戦うようだ。


「そんなことよりホタルちゃん、どうして今まで連絡くれなかったんや! それに、何で此処に……?」

 シーナが首を傾げて、ホタルにそう尋ねると、


「はい、シーナ様。実は……」

 苦渋の表情のホタルが、アメジストの様な紫の瞳を煌めかせながら、ここに至る経緯を話しはじめた。


  #


 もともとは甲賀忍者を源流に持つホタルの一族。

 彼らはその忍びの術で妖怪を討つ『夜見の衆』の一党として、代々、シーナの血筋、比良坂家に仕える家系だった。

 『夜見の衆』の西の統領、シーナの祖父から秋尽メイの警護と。

 そして妖怪討伐の命を受けたホタルは、同胞の4人の忍者と共に、シーナに先んじて東京のこの地に到着して、メイの監視にあたっていた。


 だが、程なくして彼ら『比良坂御庭番衆ひらさかおにわばんしゅう』は、この地に巣食った禍々しい影の存在に気づくことになる。

 連日、夜の街を徘徊して、遊び半分で女を殺し、喰らう怪物がいたのだ。

 人狼に変じた殺人鬼。

 黒川キリトの姿だった。


 人の世に仇なす妖怪の討伐を使命とする彼らが、罪の無い人間を殺し喰らうキリトを見過ごせるはずは無かった。

 ホタルら御庭番衆は、人狼を倒すべく彼に戦いを挑む。

 だが、怪物の力は、ホタルたちの想像をはるかに上回るものだった。

 忍者の手裏剣も、刃も、人狼キリトには通じなかった。

 狼の受けた傷は、たちどころに塞がっていった。

 御庭番衆のメンバーは次々に狼の手にかかり、おぞましい牙の餌食になっていったのだ。


 仲間が倒れて行く中、奇跡的に狼の致命の一撃をしのぎ、ただ一人怪物から逃げおおせたホタル。


 彼女は苦渋の選択を余儀なくされた。

 キリトの暴虐をいったん見過ごし、彼女の主君の家系が……新たな『力』が到着するまで、この地に身を潜めることを。

 人目をしのび、陰から怪物の正体を追い、弱点を突き止め、勝利の手掛かりを探ろう。

 そう判断したのだ。


  #


「そういうことか……ホタルちゃんの隠密(ステルス)能力は、御庭番衆でもトップクラスやったもんね!」

「えへへ……その通りです。シーナ様!」

 シーナがホタルを向いて、感嘆の声を上げた。

 ホタルも、少し得意そうに鼻をこすった。


 ホタル以外の御庭番衆は、いったん狼の鼻に、その匂いを覚えられてしまうと、もう狼の執拗な追撃を逃れる術はなかった。

 だが、ホタルは違っていたのだ。

 『箕面森流香気術みのおもりりゅうこうきじゅつ』。

 忍者の一族として生まれ持った特異体質によって、自身の体内であらゆる種類の芳香化合物を生成することの出来る能力。

 ホタルはこの能力で周囲の空気に完全に自分を溶け込ませることも、逆に強烈な異臭を放って相手の嗅覚を麻痺させることも自在だったのだ。

 

 どんな種類の犬狼も、彼女の位置を、その嗅覚で以て捕捉することは不可能なのだ。


「シーナ様、この事件。黒幕は……『女』です!」

 ホタルは厳しい表情で、シーナにそう訴えた。


「『女』……やっぱりアイツか……」

 紅髪を揺らして、シーナが呻いた。


  #


 狼の手を逃れ、逆に狼の足取りを尾行することに成功したホタルは、やがて異様な光景に遭遇したのだ。


 この場所。荒れ果てた謎の洋館にやってきた人狼キリト。

 そして、館の門前で人狼を待っていた一人の少女の姿を。

 深紅のワンピース。真っ白な肌。長い黒髪。人形の様な顏。


 その少女は狼に、自らの血を与えていた。

 鋭い犬歯で自分の手首を噛み裂き、地面に滴った血を狼に舐めさせていたのだ。


 ホタルは身を潜めながら、少女と狼の行為に息を飲んだ。

 奇怪な景色だった。

 ホタルの同胞、比良坂御庭番衆のリーダーでもあった頸木幻之助(くびきゲンノスケ)が死の間際に放った最後の一撃。

 『波刃五月雨(はっぱさみだれ)の術』が狼の全身に穿った刀傷が、見る間に塞がり治癒していったのだ。


 少女の血には何か、魔物の身体を活性化させる作用があるようだった。


  #


「間違いない! そいつは『夜白レイカ』や!」

「レイカが自分の血を……キリトに?」

 確信に満ちた顏で、シーナはホタルに答えた。

 蒼い顔でシュンが呻く。


 シーナの話。

 ホタルの話。


 学年一の美少女、クラスメートのレイカの異様な側面が次々に浮かび上がって来る……。


「『女』……? 『自分の血』……? まさかな……」

「何か、知っているの。ヤギョウさん?」

 シュンのリュックにしがみ付いた、タヌキのヤギョウが、そう呟いて首を捻った。

 メイはヤギョウに尋ねた。


「はい、姫様。直接見知っているわけでは無いのですが……」

 ヤギョウが答えた。


魔影世界(シャテンラント)の東の(かた)、獣の谷を超え、吹雪の国から遥かに隔たった場所。『闇の森』を彷徨う、そのような小妖がいるという噂を聞いたことがあります……」

 ヤギョウは目を瞑り、幽かな記憶を必死で辿っているようだった。


「人間の女の姿をし、森に迷い込んだこちら側の人間や、小さな獣の血を啜るしか能のない吸血鬼。ですが、その者の血には人や魔物を酔わせる、何か不思議な力があるとも聞きます。名は確か、何だったか……」

 顔をしかめるヤギョウ。名前が出てこないようだ。


「女……吸血鬼……自分の血……? 確かに重なるトコも多いな。そいつがその、魔王バルグルと手を組んでるってことか?」

 シュンはヤギョウにそう尋ねる。


「いやいや、考えられん話じゃ」

 ヤギョウが首を振った。


「吸血鬼など、魔影世界(シャテンラント)の魔族の内でも、最も非力で下賤な存在。まともな者なら誰も関わろうとは思わんわ。まして、あの誇り高く勇猛な、獣の王が……。まず有り得んことじゃ!」

 タヌキの顔には、蔑みの表情が浮かんでいた。


「ふーん。そういうモンなんか。いずれにしても、『夜白レイカ』が魔影世界からやってきた曲者であることは、もう疑いようがないわけやね。問題はその目的や……」

「レイカの足取りがわかるかどうか……とりあえずはメイの祖母ちゃんを当たってみるとして……ところでさ?」

 シーナもタヌキを見て、そう呟いた。

 そして、シュンは不思議そうに忍者箕面森(みのおもり)ホタルの方を向いた。


「シーナがこっちに来てるんだったら、なんで真っ先に連絡しなかったんだよ? シーナも、安心したんじゃないか?」

 素朴な疑問をホタルにぶつけるシュン。


 ぎくっ!


 ホタルの顔がこわばった。


「あーうー。それはですね。携帯も、『伝書の(ハヤブサ)』も、『報せの虫』も、みんなあの狼に喰われてしまったのです。路銀も尽き、連絡の手段も無く、こうして身を潜めながらシーナ様を待つしか……」

「でも、黒川キリトの足取りは知っていたんだろ。あの夜の公園の戦いも、見てたってことか?」

 しどろもどろになりながら、そう答えるホタルに、納得いかない様子のシュン。


「そや。ホタルちゃん。もっと早くに連絡くれたら、一緒に戦えたやんか?」

 シーナも首をかしげる。


「うぅうぅうぅ……それが……」

 ホタルの答えが、要領を得なかった。


  #


「「狼が怖くて、足がすくんで動けなかったあ?」」

 ようやく話を始めたホタルの答えに、シュンとシーナは同時に声を上げた。


「うううう、すみません。仲間がやられる姿が、フラッシュバックして……あいかわらずアイツ、めちゃくちゃ強そうだったし……」

 涙目でそう答えるホタル。


「じゃあ学校の戦いの時は? シュンの剣もあった。ウチもいた。十分に勝算のある戦いやったやろ?」

 引き続きそう訊くシーナに、

 

「うぅうぅうぅ……それが……」

 再びホタルの答えが、要領を得なかった。


  #


「「蛇が怖くて、足が竦んで動けなかったあ?」」

 シュンとシーナが、ホタルの答えに再び呆れ声を上げた。


「うううう、すみません。もともとヘビが大嫌いで。しかもあんなにいっぱい出て来るなんて。ほら、人類は生まれつき蛇を怖がるようインプットされてるって言うじゃないですか……」

 どうでもいいトリビアを交えながら、涙目でそう答えるホタル。


「それで、絶対に勝てそうな『夜白レイカ』がここに戻ってくるのを、罠を張って待ち伏せてたんですぅ。御庭番衆として、手柄を立てておかないと、シーナ様に、すまないと思って……!」

 洋館に居た理由を、ホタルが明かした。


「ホタルちゃんて、ひょっとして……」

 微妙な表情のシーナ。


「ヘタレ?」「卑怯者?」

 シュンとシーナの口から、思わず零れ出た本音。


「へ……ヘタレではありませぬ! 卑怯者でもありませぬ!」

 ホタルが顏を真っ赤にして、シュンとシーナに抗議した。


「や……(ヤイバ)の下に心を置くと書いて『(シノビ)』! 闇に生き、闇にまぎれ、闇から敵を討つのが『(シノビ)』! 絶対に勝てる戦況を作ってから戦い申す! 人知れず仕掛けて仕損じなし。 人呼んで『(シノビ)』! そういう、余人にはわからぬ闇の美学というか戦闘哲学みたいなのがあるのでござる! それが『(シノビ)』でござる!」

 息を切らせながら、必死でよくわからない御託を並べたてて、ホタルはシーナにそう弁解していく。


「な……何でいきなり『武士語』になってんだよ?」

「ホタルちゃん……あいかわらずキャラがブレまくりやな……」

 シュンとシーナは呆れ顔で、そう呟くしかなかった。


「と……とにかく、そういう忍びの美学が功を奏すこともあるのです!」

 ゼイゼイと肩で息をしながら、ようやく落ち着きを取り戻したのか、ホタルが話を続けた。


「シーナ様。このホタル、敵のもう1つの潜窟! 見つけ出しました!」

 ホタルがシーナに、そう言って胸を張った。


「もう1つの……」

「隠れ家!」

 シュンとメイとシーナが、ホタルの方に身を乗り出した。


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