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破界の魔王と吸血少女  作者: めらめら
第3章 闇を蒔く少女
24/144

魔王の潜窟

「シュン、驚かないで、見てほしいんや」

 シーナが話を切り出した。


「シュンくん、左手を……」

 メイが、シュンの左腕に手を添えて、彼の前腕をぐるぐる巻きにした包帯を解き始めた。


「う……うおあ……!」

 包帯の内から露わになってゆく自身の腕を見すえて、シュンは目を見開いて息を飲んだ。


「なんだよ、これ……」

 シュンの前腕は、緑色の燐光を放った棘持つ蔓に、縫い留め(・・・・)られていた。

 人狼、黒川キリトとの戦いで被った腕の損傷を修復するように。

 シュンの左腕に集った荊は、そのまま彼の前腕に潜り込み、一体化してしまったようなのだ。


 蠢く蔓が絡みつき、縫い留めた腕の傷。

 その傷の周囲には、白銀色に輝いた微細な鉄片のような『鱗』が生えそろっている。

 白銀の鱗は、シュンの前腕の丁度外側半分を覆っていた。

 彼の左腕は、そこだけがまるで魚や蛇のような別の生き物になってしまったように、奇怪な変化を遂げていたのだ。


「うわー! 俺の腕がー!」

 自分の腕を撫でまわしながら、取り乱すシュン。

 腕には痛みも、違和感もなかった。

 でもこんな形になってしまっては、家族や学校の友人に、なんと説明すればいいのか?


「シュンの身体と、剣の力が一体化しとるんや。こんな事例(ケース)、見たことないで……」

「シュンくん! 平気よ! ほら、これで覆っておけば……バレないから……多分……」

 シュンの腕を眺めながら、困惑気味のシーナ。

 メイはシュンをなだめるようにそう言って、シュンの腕に再び包帯を巻き始めた。


「うううう……」

 どうにか落ち着きを取り戻すシュン。

 確かに包帯の上からだと、蔓の動きも鱗の輝きもほとんど覆い隠されている。

 普通に、腕を怪我した者にしか見えないだろう。


 シュンが意識を失った後も、なお数時間の間。

 彼の右手の『刹那の灰刃』はその輝きを失わず、シュンの手から離れなかったという。

 彼の左腕に集った蔓は、シュンの傷を修復し続けた。

 そして数時間後、ようやく剣が輝きを失い、刀身が消滅する頃。

 緑の蔓はシュンの腕の中に消え、彼の左腕は白銀の鱗に覆われていた。

 メイは、シュンにそう説明した。


「剣の力が、小僧の腕を直し……変質させたということか。信じられん話じゃが……」

 シュンの机に腰かけていたヤギョウも、シュンの腕を見て驚嘆の声を上げている。


「それだけ……酷い『毒』だったってことか……」

 包帯に覆われた腕を眺めて、昨日の戦いを思い出したシュンは改めて身震いした。

 狼の体内から這い出てシュンを咬んだ黒蛇の毒は、シュンの腕を内側から溶かし、破壊しようとしていた。

 剣に守られていなかったら、あのまま全身まで……!


「おいヤギョウ、あいつ本当に、一体なんだったんだよ!? 身体の中に、蛇飼ってたぞ!」

「そや。夜に戦った時は、あんな技使うてこなかったで?」

 タヌキに訊いても詮無い事だと解ってはいるが、シュンとシーナはヤギョウに向かって声を強めた。


「わからぬ……だが、あの蛇はおそらく『ムルデの黒蛇』……」

「ムルデの黒蛇?」

「そうじゃ。魔影世界(シャテンラント)の獣の谷に棲む蛇の内でも、最も強い魔と毒を持つ蛇。じゃが、それを身体の内に秘め、戦いに使役するなど聞いたことも無い話じゃ。それも人間の身体の内に……」

 ヤギョウもまた、首を傾げて答えた。


「この事件。裏で手を引いているのは、魔王バルグルだけではない。誰か……『術者』がおる。それも、魔影世界(シャテンラント)の魔術の内でも、未だ体系化されておらぬ、おぞましい異端の術に通じた者が……」

 タヌキが身震いしてそう続けた。

 

「術者……か」

 シーナの顏が厳しくなった。


「シュン、メイくん。ウチな、昨日の戦いの後、面白いモン見たんや!」

 シーナが、シュンとメイを向いた。

 シーナは二人に、昨日図書室で見たことを話した。

 彼女が駆けつけた時には既に、図書室の床で息絶えていた黒川キリトのこと。

 そして、その死骸を見下ろしていた、一人の少女のこと。

 霧に紛れて姿を消したクラスメート、『夜白レイカ』のことを。


「夜白レイカが……!?」

「まさか、そんな……?」

「そうや、間違いない。あの女、やはり絶対に何かある!」

 驚きの声を上げて顔を見合わすシュンとメイ。

 声を荒げるシーナ。


「でもあいつ……ずっと前から知ってる。俺達と同じ世界に住んでる人間だぜ?」

「そうよ。確かに、ちょっと変わったところはあるけど……学年が変わる前からずっと知ってたし……」

 シュンとメイは納得いかない顔。


「正体まではウチも解らん。アチラ側の術に通じた、コチラ側の人間か、バケモンに憑かれた人間か、それとも人間に化けたバケモンか……いずれにしても……」

 シーナが続ける。


「とっつかまえて、口を割らせるんが一番手っ取り早いわ。シュン。学校の住所録、はよ見せてな!」

 シーナはシュンを見て、彼をせっついた。


「シュン、メイくん。今日はゆっくり休んで、明日は朝から探偵や! スクープや! 二人とタヌキにも、手伝ってもらうで!」

 燃え立つ炎のような紅髪を揺らして、シーナは一同にそう告げた。


  #


「ただいまー……」

 夜になった。

 メイは、自分の家の玄関を開けて帰宅を告げた。

 シュンとシーナに、夕食のカレーを準備したメイは、タヌキのヤギョウに今度こそ絶対シーナから目を離さぬように釘を刺した。

 そして祖母の待つ隣の自宅に帰って来たのだ。


「おかえりなさい。遅かったわねメイ」

 そう言ってメイを出迎えたのは、彼女の祖母。秋尽ユウコだった。


 手入れの行き届いた白髪のショートヘア。

 シャンと伸びた背筋。

 端正な顏に刻まれたしわ。

 古希の齢を過ぎた今もなお、凛とした美しさを失っていない、メイの育ての親だった。


 食卓では、既に夕飯の準備が出来ていた。


「ごめんなさい。お祖母ちゃん。シュン君が昨日から熱を出して寝込んでしまって。あの子、今家に一人だけでしょ。だから、放っておけないし……」

 食卓について、祖母と食事をはじめたメイは、ユウコにそう言い訳する。

 毎日きっかり七時。

 祖母と囲む二人きりの食卓だ。


「まったく。女の子が、男の子の家に上がり込むなんて。シュンくんも年頃なんだから、少しは気を付けないと……」

 そう言って、眉をひそめるユウコ。


「大丈夫。一人で行くわけないじゃない! 友達のシーナちゃんと一緒だから……」

 祖母に余計な心配をかけまいと、メイは彼女にそう答えた。

 (実際にはシーナの方がよほど危険だし、今もシュンの家にいるアイツの事を考えるだけでハラワタが煮えくり返りそうになるのだが、その事もグッと堪えて黙っていた)


「そう……とにかく、最近は色々物騒だし、学校でもあんなことがあったばかりなんだから色々気を付けるのよ、メイ」

「わかってるって。ところでさ、お祖母ちゃん……」

 なおも不安そうに顏を曇らせる祖母に、メイは、ふと顏を上げて祖母に何かを言いかけた。


「どうしたの、メイ?」

「ううん。やっぱいい、ごめん、何でもない……」

 不思議そうな顔の祖母。

 メイは首を振ってユウコにそう答えた。


  #


「ごちそうさま……」

 食事と洗い物、片づけを終えて自室に戻ったメイは、昨日から敷き放しだった布団の上にバサリとその身を横たえた。


「ああ……」

 全身に広がる疲労感に溜息をもらしながら、メイは天井の木目を見つめる。

 この3日間は、混乱と恐怖の繰り返しだった。

 おかしな転校生。

 襲い掛かって来る怪物。

 いきなり明かされた自分の出生。

 

 そして、戦いに身を投じたシュン。

 傷ついたシュン。

 シュンの変身。

 シュンの左腕の傷……


「これから、どうなっちゃうんだろう? お祖母ちゃん、何か、知ってるのかなぁ……」

 仰向けになったメイが、力なくそう呟く。

 あの時、食卓でメイはユウコにその事を尋ねたかったのだ。

 今はもういない父の事。

 異世界からやってきたという母の事。


 祖母のユウコは、何か知っているのだろうか。


「でも……」

 メイは、昨日の出来事を思い出す。

 学校に侵入した凶悪犯の事件が警察に通報され、テレビでも放映され、生徒の避難が報じられた。

 メイはシュンを送り届けて、ようやく自宅に帰還した時のユウコのことを思い出す。


 普段は物事に動じない祖母が、安堵の涙を流してメイに縋り、泣き崩れる様を。

 そんな祖母が、もし父の事も、母の事も、何も知らなかっとしたら?

 学校の事件の呼び水がメイ本人であり、メイが異世界の謎の化け物に狙われていることをユウコが知ったら……


 どれほど祖母を動転させ、悲しませることになるだろう。

 そう思うと、メイはどうしても、父と母の事をユウコに訊くことが出来なかったのだ。


「やっぱり……アイツに付き合うしかないか……」

 メイは目を閉じてそう呻く。

 メイの瞼の裏を、燃え立つ炎のような紅髪が。

 忌々しいアイツの顏がよぎって行く。


 明日も早い、もう……お風呂入って……寝よっ……と……


 起き上がって風呂に入る余力もなかった。

 メイの意識はそのまま布団の上で、泥の様な眠りの内に沈んで行った。


  #


 その頃。


 外灯の明かりも疎らな、人気のない夜の砂利道を滑るようにして、一人の少女が歩いていた。


 少女の100メートルほど背後には、錆び付き、金網の目のところどころが破れて、もう随分前からその役目を果たさなくなっているだろう朽ちかけたフェンスが広がっている。

 少女の行く歩道の脇には、崩れかけた壁面の全てを黒々とした蔦に覆われた、かつては集合住宅だったと思われる幾棟もの建物が見える。

 その、廃アパートの向こうから黒い夜の空にニュッと顔を出して少女を見下ろしているのは、これまた錆びて崩れかけた鉄塔と、通信用の巨大な二基のパラボラアンテナだった。

 ここはシュンたちの住む聖ヶ丘から程ない平野。

 今では廃棄され、放置されているかつての米軍基地の跡だった。

 少女はその廃墟の中を、崩れかけたアパートの一棟に向かって歩いていた。


 身に纏ったブレザー。

 夜の闇に溶け込んでゆくような、風に靡いた黒髪。

 真っ白な肌。

 切れ長の眼。

 まるで人形の様な顏。


 少女は、夜白レイカだった。


「なぁ姉ちゃん。いったいどこまで行くのさぁ?」

 そのレイカの背後から軽い調子でそう話しかけながら。

 彼女を追いかける一人の男がいる。


 日焼けした肌。

 金色に染められた長髪。

 鼻と耳には幾つものピアス。

 まるで絵に描いたようなチャラチャラした男。


 そいつがしつこくレイカに話しかけて来るのだ。

 偶々、バスの停留所で目にしたレイカの美貌に一目惚れして、ナンパを仕掛けてきたこのチャラ男は、つれない素振りのレイカを諦めきれずに、彼女の後をつけて来ていたのだ。


「ごめんなさいね。遊んであげたいところだけれど、今夜は急いでいるの……」

「急ぐってさぁ、こんな何もないとこで? 誰と待ち合わせ? もしかしてヤバいパーレー?」

 そっけなくそう答えて、歩みを止めないレイカに、しつこく食い下がるチャラ男。


「ええ、パーティーと言えばそうだけど……」

「じゃあさ、俺のダチのディーラー呼ぶぜ? 最高にキまるヤツ準備させるからさ。なあ、ほらさあ、いいっしょ?」

 少し困ったように形の良い眉を寄せて、男に答えるレイカ。

 彼女の肩に手を駆けて、無理矢理彼女を引き留めようとするチャラ男。

 だが、その時だった。


「ありがとう、でもあなた、もう帰った方がいいわ」

 ピタリ。レイカの歩みが止まった。

 目前の廃アパート、鬱蒼とした蔦に覆われ黒々聳えたその建物を見上げ、レイカは呟く。


「ここから先は、『彼ら』の領域だもの……」

「あん? リョウイキ?」

 わけが解らずに、レイカの人形の様な横顏を見るチャラ男。


 その時だ。


「ガアッ! ガアッ! ガアッ!」

「うわああああ!」

 しわがれた鳴き声と、チャラ男の悲鳴が闇を切り裂いた。

 突如、得体の知れない黒い影が、チャラ男の頭上から彼に襲い掛かったのだ。

 尖った爪がチャラ男の金髪を毟る。鋭いクチバシがチャラ男の額をつつく。


「なんなんだ!?」

 顔を血だらけにしながらも、両手を振り回して影を振り切ったチャラ男は、ようやく周囲の闇の異様な雰囲気に気づいた。


 バサリ。

 チャラ男を襲った影が、蔦に覆われた廃屋のベランダにとまって彼を見下ろしている。


 カラスだった。

 闇夜にまぎれてチャラ男に襲い掛かったのは、昼行性のはずの真っ黒なハシボソガラスだったのだ。

 ベランダや屋上にとまっているのは、カラスだけではなかった。

 ツグミ、スズメ、ホオジロ、メジロ、ドバト、トビ、ムクドリ……廃屋に集った無数の鳥たちが、チャラ男を見下ろしている。


「ひいっ!」

 チャラ男は、さらなる怪異に悲鳴をあげた。


「グルルルウ……」

 警戒心の唸り声を上げながら彼を取り囲む影たちがいた。

 犬がいた。猫がいた。ハクビシン、ホンドタヌキ、ドブネズミ、アライグマ、イノシシ、ニホンジカまで。

 付近に棲む鳥と獣が、野生動物たちが、まるで『何か』に引き寄せられるように、この場所、崩れかけた廃屋に集ってきているのだ。


「なんか……ヤベェ!」

 辺りの異様さに危険を感じたチャラ男が、レイカに背を向けて、この場から逃げようと駆け出した、だがその時だ。


「うおあ!」

 何かに足を取られたチャラ男の身体が、砂利道に転がった。


「なんだこれ?」

 起き上がったチャラ男が茫然として呟く。

 さっきまで、そんなものがあっただろうか?

 彼の足を取ったのは、黒々とした、成人の腕でも二抱えはありそうな、何か図太い丸太のようなものだった。

 ズルリ。その丸太が、チャラ男の目の前で蠢いた。

 

「ふん……獣の王を訪ねて此処まで来てみれば、出迎えは下賤の吸血鬼と、下らぬ人間とはな……」

 法螺のようなくぐもった声でそう呻きながら、図太い丸太が、チャラ男の前に聳えた(・・・)


「これはズィッヒェル殿。お早いご到着で。獣王もお喜びになるでしょう……」

 夜白レイカが表情を変えずに、屹立した影にそう答える。


「あっ……! ああ!」

 目の前に聳える影に、チャラ男の声が恐怖で引き攣った。


 闇夜の中で丸太に見えたのは、地面に寝そべった巨大な爬虫類の胴体だったのだ。

 今、二本の脚で立ちチャラ男を見下ろしているのは、彼の身長の三倍はある、ワニのような巨大な怪物だった。


 ガシリ。

 岩の様な鱗に覆われた怪物の腕がチャラ男の身体を捉えた。

 鋸のような無数の牙の生えた、怪物の顎が開いた。


「ひぎゃあああああ!」

 闇夜の廃墟に、チャラ男の絶叫が鳴り渡り、そしてすぐに途絶えた。


「バルグルよ。影の国の魔王、獣の谷を統べる偉大なる王よ!」

 背後の惨状には目もくれず、夜白レイカは眼前の廃屋を仰いだ。


「これなるは闇の森のリーリエ。御目通りを願います……」

 まるで鈴を振るような澄んだ声で、廃屋むかってそう呼びかけるレイカに、


「まったく。お前さんは、いちいち仰々しいんだよ。戸口なら開いてるぜ。入りなリーリエ……」

 廃屋の内から野太い声が響いて来た。


 ザワザワザワ……

 建物を覆っていた蔦が蠢く。蔦の茂みが二つに割れてゆき、建物の入り口が姿を現した。


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