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破界の魔王と吸血少女  作者: めらめら
第3章 闇を蒔く少女
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キリトの最期

「さあシュン、あとひと踏ん張りや!」

「う、ぐぐ……!」

 シーナの援護と激励に、シュンは左手の激痛に耐えながら、右手一本で刹那の灰刃を構えなおした。


 ジュウウウ……

 黒蛇に咬まれた左の前腕からは、いまだに不吉な煙が立ち上っている。

 シュンの身体を覆った緑の蔓は、いまやそのほとんどがシュンの左手に寄り集まっていた。

 傷口に潜り込み、シュンの腕の中でうねり、のたうちながら。

 左腕に広がった損傷を、どうにか修復しようとしているようだった。


「あの毒……こいつを纏っていなかったら……死んでいた!」

 シュンは恐怖にこわばった顔で、左腕と右手の剣を交互に見回す。


 左手は使い物にならない。

 生きた鎧は腕の修復に精一杯だった。

 シュンの全身は、ほとんどむき出しのままだ。

 

 それでも、やらなければ。

 今ここで、あの危険な狼を完全に滅ぼさなければ!

 シュンは意を決した。

 そして校庭から起き上がった狼を睨んだ。


「グアア! 調子に乗るなあ!」

 狼が怒りに吼える。

 鉤爪を振り上げ、全身から黒蛇をうねらせる。

 シュンとシーナの方にむかって、一直線に迫って来る。


「ま、待ちなさいなのですわー!」

 巨大な水柱に変じたウルルが、再び狼を捕えようとする。

 だが全力の狼のスピードには追いつけないようだ。

 渦巻く水柱を尻目に、シュンとシーナに飛びかかって来る狼。


「シーナ……サポート頼んだぜ」

「まかせいや、シュン!」

 満身創痍のシュンが、後方のシーナにボソッとそう言うと、シーナもニカッと笑って、銀の錫杖を構えた。

 

「メララちゃん、スパークや!」

「わかったっす、姉さん!」

 シーナが錫杖を振って、シュンの剣に潜んだメララにそう号令する。


 ボオオオオ……。

 火の精の返事と共に、シュンの右手の剣から噴き上がった炎。

 その炎が見る見るうちに線香花火の玉くらいまで縮まってゆくと……


「バニシング・バーニング・スパーキング花火(ハナビ)!」

 狼の正面に飛んで行った小さな火球が、パチン!

 突然、強烈な七色の光を放ちながら、狼の眼前ではじけたのだ。


「グオオ!」

 予期せぬ目くらましに、狼の脚がもつれる。

 

「ええで! メララちゃん、ウルルちゃん、選手交代や!」

 そのまま校庭に転倒する狼を見て、シーナは、校庭の水柱を向いて叫んだ。


「わかりましたわ、お姉さま!」

 水の精ウルルが答える。


 バシャン。


 次の瞬間、巨大な水柱が砕けて校庭に撒き散らされた。

 水柱の中から現れた透明な少女がシュンの正面まで飛んでくると、


 トプン。

 彼の左腕を覆った蔓の塊に吸い取られていく。

 トプン、トプン……清浄な青い光が蔓を覆っていった。

 光はシュンの身体を伝い、シュンの右手の剣にも吸い込まれていく。

 剣の刀身が、内側から冷たい輝きを増していった。


「ウルルちゃん。シュンが剣振った先にウルルちゃんの力を乗せるんや。今日は『アレ』使ってええからな!」

 シーナが、シュンの鎧に吸い込まれウルルにそう告げた。

 

「え、大丈夫ですの? お姉さま?」

「かまへん! 開けた場所、周りに人もおらん。今日はリミッター解除や!」

 不安そうな声のウルルに、シーナの檄が飛ぶ。


「小僧、もう容赦しねえ!」

 地面から立った狼が凄まじい形相でシュンを睨む。

 狼の全身から更に無数の蛇たちが這い出してくる。

 獣の姿がまるで、蠢く長虫の塊のように黒くおぞましく膨れ上がる。


 シャー!

 無数の蛇たちがシュンに向かって一斉に鎌首をもたげ牙を剥く。


 シュッ シュッ シュッ


 牙の先から噴出した紫色の液体。

 先程シュンの左腕を溶かした蛇の毒が、剥き出しになったシュンの体めがけて四方八方から飛んできた、だが、


「ウォーター・カーテン!」

 バシャアアア。

 ウルルの叫びと共に、シュンの左腕の蔓の塊から噴き出した、透明な水。

 ウルルの水はシュンの全面に膜を張ると、波立ちゆらめく清浄なカーテンを形成する。

 蛇の毒を、シュンに寄せ付けない。


「無駄なんだよ!」

 狼が吠える。蠢く無数の蛇が水のカーテンを食い破りながら、シュンの体に伸びて来る。


「うおあ!」

 たじろぐシュン。

 咄嗟に蛇を振り払おうと、右手の剣を振った、その時だった。

 

 ビシュン!


 何かが空を切る音と共に、


 バラン。


 シュンに迫った蛇たちの鎌首が、空中で、千切れた。


「え?」

「グオア?」

 シュンは、一瞬何が起きているのか理解できない。

 狼もまた戸惑いの声を上げる。


「ええで。シュン、連撃や!」

「あ、ああ!」

 シュンの背中から、シーナが叫んだ。

 シュンは訳が解らぬまま、狼向かって剣を振る。

 その度に、ビシュン! ビシュン! ビシュン!

 剣の切っ先から空中に放たれた『何か』が、狼の体から這い出た蛇身を切り裂き、刈り取り、狼の身体を剥き出しにしていく。


「グウオオアア!」

 慌てる狼が、シュンから飛び退る。剣から距離を置く。


「ウルルちゃん、照準がいまいちやで! ちゃんと本体狙うんや!」

「大丈夫ですわ、お姉さま。シュン様の剣のクセ、大体覚えましたわ!」

 シュンの背中ら飛んでくるシーナの叫びに、青く輝いた剣の内からウルルの声がそう答える。


「シュン、次でとどめや!」

「ああ、シーナ、わかった!」

 事の大体(・・)が飲み込めたシュンは、右手の剣を上段に構えた。


「やるんや、ウルルちゃん!」

「いきますわ! スプラッシュ・モイスティング・ウォータ-ジェット水刃(ヤイバ)!」

「だああ!」

 シーナが猛る。ウルルが応える。

 同時にシュンが、狼向かって大きく剣を振り下ろした!


 ビシュン。


 一際鋭く空気を裂く音が校庭を渡って、シュンの周囲に水飛沫が散った。

 シュンの剣撃の軌跡が、校庭の土を断ち割った一直線になって狼のもとまで走っていた。


 数瞬の沈黙の後、


「グ……ゴ……ガ……」

 狼の口から、愕然の呻きが漏れた。


 バクリ。


 狼の胸元が裂ける。

 ドス黒い血が校庭を濡らす。

 狼の胸から上が、ズルリズルリと斬り口からずれて、地面にむかって滑り落ちて行った。

 シュンの剣先から放たれたのは、ウルルの水だったのだ。


 超高圧に加圧されたウルルの水流が、形を持たない空舞う刃となって、狼の身体を真っ二つに切断していたのだ。


「ギャアアアアアアア!」

 狼の断末魔。口から噴き出す血泡。

 

「やっ……た!」

「袈裟斬り一刀両断! 今度こそ、勝った!」

 シュンが剣を下ろし地面にガクリと膝をつく。

 シーナが紅髪を震わせて勝鬨を上げた。


 だが……


「ガアア! 死にたくねえ!」

 黒い血を吐きながら狼が吠える。

 そして見ろ。ズズズズズ……

 シュンに両断されて、地面に転がるかと思われた狼の胸から上は、まだ彼の半身の上に留まっていた。


「まさか……!」

「うそやろ!」

 シュンとシーナが息を飲む。

 蛇だった。

 獣の身の内から這い出た黒蛇が、まるで糸のように獣を裂いた切断面の縁に絡みつき、縫い取りながら、狼の身体をかろうじて一つのままに留めていたのだ。


「死にたくねえ! 死にたくねえ! 死にたくねえ! あいつは、あいつは……!」

 醜く縫い留められた傷口のそこかしこから、血と臓物をまき散らしながら。

 狼は必死の形相で『何か』を探すかのように、周囲を見回す。


 そして、


「あそこか!」

 探し物の当てがついたのか、獣は学校の校舎の一角を見上げる。

 狼がシュンとシーナに背を向けて、全速力で校舎向かって駆け出した。


「あかん! シュン、とどめや!」

「だめだ……シーナ、俺もう……」

 シーナが血相を変えて、シュンにそう叫ぶが、シュンは歯噛みしながらシーナに応える。


 シュンの消耗は、彼自身の想像をも絶していた。

 蛇の毒で損傷した左腕はまだ動かない。

 蔓の塊は腕から離れようとしない。

 校庭に膝を突き、両手をついたまま、シュンはその場から微動だに出来なかったのだ。


「シュン、大丈夫か!?」

 戸惑うシーナ。

 その間にも、ダッ! 手負いの狼が、校舎向かって跳躍した。

 ガチャン。両断されているとは思えない程の勢いで空中に躍り出た狼の身体が、そのまま校舎の窓を破り二階の廊下に転がり込んだ。


「シーナ! 行ってくれ! あいつを追って、早くとどめを!」

「わかったわ、シュン。今のあいつなら、ウチだけでも……」

 もう喋るのも辛そうなシュンにそう応えて、シーナはキッと狼の逃げた校舎を睨んだ。


「ウルルちゃん、目晦まし頼むわ」

 シーナがシュンの剣の内のウルルにそう言うと、


「わかりましたわお姉さま。スプラッシュ・モイスティング・ミスティック濃霧(ノーム)!」

 ウルルの返事と同時に、シュウウウウウ……

 剣から噴き出した乳白色の霧。

 霧はみるみる校庭全体に立ち込めていった。


「メイくん! タヌキ! 今のうちや。シュンの回収、頼んだで!」

 昇降口まで駆けて来たシーナが、シューズボックスの物陰から戦いの様子を窺っていたメイとヤギョウにそう声をかける。


「シュンくん! シュンくん! シュンくん!」

 矢も楯も堪らず、メイは濃霧の校庭に躍り出た。


「姫様! こちらですぞ!」

 ヤギョウが、あたりの空気をクンクン嗅ぎながら、シュンの元にメイを先導していった。


  #


「グ、ゲ……ゲゲゲ……」

 校舎の床に汚い血の跡を残しながら、狼……黒川キリトは廊下を進んで行った。


 既に生徒と職員の避難はほとんど終わっていた。

 人気のない校舎、外からは、何台ものパトカーのサイレン音が近づいてくるのが聞こえる。

 狼の身体を繋いだ黒蛇は、彼が苦しげに息を吐き血泡を漏らすそのたびに、弛緩して(ほど)けそうになり、そのたびに、狼から噴き出た黒い血が、床や、窓や、天井にピチャピチャと飛び散っていく。


「そこに、そこにいるのか?」

 ガタン、ガタン。

 入り口の戸を叩き割り、周囲の机や椅子をガラガラと押し倒しながら狼が転がり込んで来たのは、人気のない図書室だった。


「敗けたのね。キリト……」

 いや、図書室は無人ではなかった。

 一人だけ、少女がいた。

 長い髪、切れ長の眼、黒珠の瞳、朱をさしたような唇……人形の様な貌。

 図書机の一角、ボードレールの詩集に目を通していたその少女は、まるで狼がここに来ることを知っていたかのように、物憂げな様子で彼にそう言った。


「頼む……また血をくれ。体が崩れる……もう、もたねえよお!」

「無駄よキリト。損傷が大きすぎる。その創はもう癒えないわ。いくら私の血をもってしても……」

 必死の形相で狼が少女に懇願するが、少女は表情一つ変えず、無情に狼にそう答えた。


「そんな、いやだ……死にたくねえ!」

 狼の顔が恐怖に引き攣る。


「畜生、殺してやる! 騙しやがったな!」

 狼の目が憤怒に濁っている。狼が少女に迫る。


「てめえも……引き裂いてやる!」

「……騙してなんかいないわ」

 瀕死の狼が、少女向かって左手の鉤爪を振り上げた、その時だった。

 少女は美しい貌で、しげしげと狼を眺めた。


 そして少女が机に本を置き、白魚の様な自身の二指をパチリと鳴らした、次の瞬間。


 ズルリ。


 狼の身体を繋いでいた無数の黒蛇が、一瞬にして『解けた』。


 グチャリ。


 狼の胸から上が、床に落ちて潰れた。

 と同時に、オオカミの残りの半身も図書室の床に膝をつき、そのままゴロリと転がった。


「あなたは力を望んだ。だから私は与えた。でもあなたは私との約束を違えた。ただそれだけのことよ……」

 図書机から立ち上がった少女が、床にまき散らされた狼の残骸を見下ろす。


「この蛇は返してもらうわ。やはり、とても役に立つ(・・・・)……」

 ズルリ、ズルリ。キリトの残骸から這い出た黒蛇たちが、少女の身体を這いあがっていく。少女のスカートの中に、胸元に、黒髪の内に、蛇たちはその身を沈めて行った。


「際立っていたわ。あなたの情念、欲望の強さ。だからもう少し頑張れるかと思ったけれど残念……。さようならキリト。私の坊や……」

 少女は小首を傾げながら、少し悲しそうにそう言った。


 ガタン。入口の方から何かの転がる音が響いた。


「お前は……なんでここに!」

 図書室に駆け込んできたのは、比良坂シーナだった。

 シーナは燃え立つ炎のような紅髪を震わせながら、狼の死骸を見下ろすその少女を睨んだ。


 少女は、夜白レイカだった。


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