蠢く黒蛇
「ガアア!」
狼が両手の鉤爪を振り上げて、シュンに飛びかかって来た。
タンッ。
シュンもまた後方に跳んだ。
ザクッ!
高速で振り下ろされた狼の鉤爪が校庭を抉り、周囲に土煙を散らした。
「やっぱ見える……追える……動ける!」
狼の攻撃を避けたシュンは、手の内の剣を見て確信した。
剣の力を解き放った時のシュンの反射神経は、普段のそれを遥かに上回っている。
運動能力も同様だった。
ノーモーションから一跳びしただけで、狼の着地点から5メートル以上の距離を飛んでいたのだ。
「だああ! いくぞ!」
そして間髪入れず、シュンは再び狼めがけて跳んだ。
狼が地面から鉤爪を抜く一瞬の隙を狙う。
シュンの剣が弧を描き、狼の頭部に切りかかる!
だが、ザクリ。
狼が、意外な行動に出た。
自分の右手を剣に向けてかざした。剣に掌を刺し貫かれる。
それでも構わず、シュンの剣を素手で……つかみ取ったのだ。
「グゲゲ……捕まえたぁ……」
狼が真っ赤な舌を出して嗤う。
まずい……剣を取られるわけにはいかない。
一瞬動揺するシュン。
だが、すかさず、
「メララ、頼む。バースト!」
「わかったっす! 兄さん!」
うごめく鎧の内に潜んだ、火の精メララにそう号令した。
メララの炎がシュンの両腕を伝って剣に流れ込んでいく。
水晶の刀身が赤い輝きを増して行った。
「いくぜ! デッドヒート散華!!」
メララの気合いと共に、ボチュッ!
剣から噴き上がった炎が、狼の右手を内側から破裂さた。
破裂させ燃やし尽くし、獣の右腕の手首から先を消滅させたのだ。
「よし! いいぞ!」
まずは右手の武器を封じたシュン。
快哉を上げて剣を引き、再び狼に切りかかろうとした、だがその時だった。
「え……?」
シュンは困惑した。
剣が引けない。
刀身が、何かに絡め取られている。
ズルン。
吹き飛ばした狼の手首から這い出した、何か得体の知れないモノ。
そいつらが剣に巻き付き、剣の動きを封じている!
「ゲゲ……言っただろう、捕まえたって!」
「なんだ……こいつら!?」
狼が濁った眼でシュンを見おろし、ニタリと嗤った。
シュンは眼前で起きている事が、一瞬理解できなかった。
剣に巻き付いているのは、薄紫の燐光を放った黒い蛇だった。
狼の体内、破壊された手首の傷口から這い出て来た何匹もの蛇たち。
そいつらがまるで黒い鎖のように刀身に絡みつき、シュンの手から、剣を奪おうとしているのだ。
「まずい! メララ!」
動転したシュンが、再びメララに号令をかけ、
ゴオオオオ……剣の内から真っ赤な炎が噴き上がるも、
「兄さん、ダメっす!」
蛇たちの体は、焼ける様子も、たじろぐ様子もなかった。
この蛇には、炎が効かないのだ。
「くそお、だったら!」
シュンは刀身に意識を集中する。
シュルン……シュルン……シュルン……
シュンの身体を覆っていた棘持つ緑の蔓が、剣の刀身に巻き付いていく。
シャー!
蛇たちが威嚇の声を発する。
蔓が蛇たちの体に絡み巻き付いていく。
巻き付き、締め上げ、その棘で蛇たちの鱗を裂いていった。
「よし!」
蛇たちの力が緩んだ。
シュンが今度こそ剣を引き、体勢を立て直そうとした、だがその時!
「逃がさねえよぉ!」
狼が吠える。
ブワッ!
狼の体躯が一瞬、倍ほどに膨れ上がったかのように見えた。
そして、ズルリ……ズルリ……更に奇怪な事が起きた。
狼の傷から、口元から、全身を覆った剛毛にの内から、更に何十匹もの黒蛇が這い出してくる。
蛇たちがシュンに向かって鎌首をもたげ牙を剥く。
シュンの身体を覆った蔓に逆に巻き付き、絡みつく。
シュンの身体から、剣を、鎧を、もぎ取ろうとしている!
「くっ!」
身動きの取れないシュンが焦りの声を上げる。
次の瞬間、
「死ね!」
剥き出しになったシュンの胸元めがけて。
狼の左手、鋭い鉤爪が飛んできた。
#
「まずい! なんやアノ技? なんてカラクリの多いバケモンや!」
「シュンくん! シュンくん! シュンくん!」
「お待ちくだされ、姫様!」
廊下の窓からシュンと狼の戦いを横目に見つつ、シーナが階段を駆け下りて行く。
後ろからは、不安そうなメイ。
ヤギョウも姿を隠すのをやめ、一緒に階段を駆けていた。
「シュン、メイ、どこ行ったんだよ?」
廊下では、クラスメートのコウが首を傾げてシュンたちを探している。
校内には既に避難の指示が出ていた。
クラス単位で点呼をかけ、非常口から校舎の裏へと列を作る生徒たち。
彼らの目を盗みながら、シーナとメイ、ヤギョウは校舎の一階へと進んで行った。
#
「がああ!」
シュンが苦悶の声を上げた。
咄嗟に剣をとり、鉤爪の直撃は凌いだものの、狼の拳撃をモロに喰らった。
シュンの身体が、10メートル以上ふっ飛ばされる。
蔓の鎧は、もう半分以上蛇たちに引きちぎられている。
シュンは剣の柄に意識を集中するが、鎧の再生が追い付かない。
体が、剥き出しのままだ。
「グ……ゲ……ゲ……どうした小僧、昨日の勢いはよぉ」
身体から何十匹もの黒蛇を生やした奇怪な狼が、シュンににじり寄って来た。
そして、ザクッ!
「え?」
シュンは、茫然として自分の左手を眺めた。
狼の体から長く伸びた蛇の一匹が、シュンの左腕に噛み付いていたのだ。
次の瞬間、
「ぎゃあああああ!」
シュンが絶叫して、校庭を転がった。
生まれてこれまで、味わったことの無いような凄まじい痛みが、左手を襲ったのだ。
痛みは、瞬く間にシュンの全身に広がっていく。
ジュウウウ……。
噛まれた傷口から、煙が立ち上り始めた。
蛇の毒が、シュンの腕を焼く、肉の腐ったようなイヤな匂いをたてている。
毒が傷口からみるみる、シュンの腕を溶かしていく!
「小僧、気が変わったぜ。引き裂くのはやめだ。そいつで、なるべく長いこと苦しんでから死ね!」
毒持つ蛇を自分の元に手繰り寄せながら、狼は嗤った。
だが、
「あん?」
狼が訝しげな声を上げた。
シュウウウウウウ……
シュンの右手の剣が、再び緑の輝きを増した。
柄から蔓が溢れ出した。
蔓はシュンの左腕に集中して行く。
溶けてゆくシュンの傷に潜り込み、シュンの内で蔓が蠢く。
「う……ぐ……」
凄まじい痛みに耐えながらも、シュンはどうにか意識を失わずに立ち上がる。
左腕はさっき以上の激痛が走る。
だが全身に広がった痛みは、徐々に消えて行く。
「けっ! 忌々しい剣め」
狼が吐き捨てるようにそう言って、
「やっぱり直接始末するか……」
痛みで動くこともままならないシュンに向かって、ギシギシと鉤爪を軋らせながら近づいてくる。
「どうする……どうする!?」
シュンは必死で策を巡らせるが、痛みでボンヤリした頭には、何も浮かんでこない。
今度こそ死ぬのか、俺。
シュンの頭を死がよぎった、だが、その時だ!
……バッシャアァァアアアアアア!
シュンに向かって歩いてくる狼の身体を、何かが叩きつけた。
「グアルウウウ!」
白い水煙を上げながら渦巻く『そいつ』に吹き飛ばされた狼が、校庭に転がる。
「おまたせ、シュン、間一髪やったな!」
「シーナ……! あえ?」
シュンの背中から、聞き覚えのある声。
振り返ったシュンは、おかしな声を上げた。
銀色の錫杖を持って、シュンの元に現れた女は、確かに比良坂シーナだった。
だが、何かがアンバランスだった。
その目元は真っ黒なグラサンで隠されている。
その口元は大きなマスクで覆われている。
そして、その頭全体を覆っているのは……
剣道部の部室からくすねてきたのだろうか。
いかめしい、剣道の面だったのだ。
「シーナ……なんつー格好だよ……」
「ウチは美少女やからな。シュン以上に顔バレNGなんや。汗クッサイけど、まー我慢や!」
一瞬、痛みを忘れて呆れかえるシュンに、気に留める様子も無いシーナ。
「それにしても、あれは一体……」
「ウルルちゃんや!」
シュンは茫然として、狼を吹き飛ばした物体……校庭の真ん中で渦を巻く、巨大な水の柱を見上げる。
シーナも、得意げに水柱を見上げた。
「ウルルちゃんはな、周りにある水と一体化して、自由に操ることが出来るんや。今日は積載量MAXでお願いしたわ!」
「でも、あんな水、一体何処から……あ!」
シュンは何かに思い至って、校庭のプールを向いた。
プールに溜められていた大量の水。
それが狼を吹き飛ばし、シュンを助けたモノの正体だったのだ。
「お姉さま~。この水、なんだか淀んでますし、カルキ臭いですし、葉っぱが沢山混ざっててイヤですわー」
巨大な水柱から響いてくる、不満そうな少女の声に、
「まあまあ、我慢やでウルルちゃん。あとで大好きな『エヴィアック』買うたるからな!」
シーナが、そう言ってウルルをなだめる。
「さあいくで、ウルルちゃん! スプラッシュ・モイスティング・ビッグウェイブ曝流!」
シーナが狼を向いて、銀の錫杖を振った。
「いきますわー!」
ゴオオオオ。ウルルの声と共に、再び巨大な水柱が狼向かって突進する。
「グオアアアアア!」
渦巻く水柱に絡め取られた狼が、20メートル近く上空に巻き上げられて、そのまま校庭に叩きつけられる。
シャー!
黒蛇たちが狼の体から苦しげな声を上げる。
メララの炎では焼くことのできなかった黒蛇。
その蛇たちもウルルの圧倒的な水圧に、次々に引き千切られ、押しつぶされていく。
「どや! ウチの力だけじゃあ、お前は殺せへん! でもな、ウチがサポートに徹すれば、ウチとシュンが力を合わせれば……!」
シーナが狼を指差して、高らか叫ぶ。
「さあシュン、あとひと踏ん張りや。今度こそ決着や!」
シーナは、シュンの方を向いてそう言った。




