それぞれの思惑
「それにしても、あいつ……」
シュンは校庭の向こうに広がる街並みを、ぼんやりと眺めながていた。
昼休み。
ここは学校の屋上。
シュンが一人で飯を食べたい時。
そしてボンヤリ考え事をしたい時にやって来る、彼のお気に入りの場所だった。
空は晴れていて、風も気持ちいい。
小高い丘陵地帯に建てられた聖ヶ丘中学の屋上からは、シュンの住む聖ヶ丘の街が一望できる。
シュンは購買で買ってきた昼飯のカツサンドの包みを、自分の前にひろげた。
午前中は、案の定上の空だった。
ノートに、自分で考えた如月家の『紋章』や、昨日手にした剣の落書きをしている内に、あっという間に授業は終わった。
シュンはカツサンドにかぶりつきながら『彼女』の事を考えていた。
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「如月シュン……くん?」
久しぶりに学校に姿を見せたその少女、夜白レイカ。
レイカは教室に入って来るなり、ツカツカとシュンの席まで歩いてくると、彼にそう話しかけて来たのだ。
「あう……夜白……さん。久しぶり……」
「本当、どうしちゃったのかしら。少し見ない間に変わった。強くなっている……」
シュンが、ドギマギしながら少女にそう答える。
レイカは不思議そうに眉を寄せて、シュンの顔を覗き込んでいた。
彼にむかって手を伸ばした。
そして、ツ……
真っ白な指先で、シュンの胸元を学生服の上から、ゆっくりとなぞったのだ。
「うおわぁ!」
レイカの突然の行動に、シュンはのけぞった。
「な……何してくれるんや、この女ぁ!」
「な……何してるのよ、シュンくん!」
シーナとメイが、同時に怒りの声を上げた。
ザワザワザワ……。
教室が一斉にどよめく。
「あら、あなたも……?」
「シーナや。転校生の比良坂シーナ。見ん顔やなあ、名乗らんかい!」
シュンの隣の机から、凄い勢いで跳ね上がったシーナを見て、不思議そうな顏のレイカ。
昨日転校してきたばかりなのに、なぜかデカい態度のシーナが、レイカを指さして叫んだ。
「そう。私はレイカ。夜白レイカ。よろしくね……シーナちゃん」
レイカは謎めいた微笑をうかべて、シーナにそう挨拶するした。
そしてシーナとシュンに背を向けて、ツカツカと自分の席に戻って行ってしまった。
「何やぁ、あの女……けったいな真似しくさって……!」
自分が変態なのを棚に上げて、シーナはブツブツそう呟きながらレイカの背中を睨んでいた。
「シュぅンンくぅんんんんんんん!」
「シュン、貴様ああああああ!」
後ろの席からは、メイの恐ろしい視線がシュンの背中に突き刺さって来る。
前の席からは、時河コウが凄い顔でシュンをにらんでいる。
「変わったって……どういうことだよ!?」
わけが解らず、混乱したシュンが、レイカの方に目を遣る。
レイカの人形の様な横顏は、何事も無かったかのように窓の外を眺めていた。
#
「まったく、昨日から本当に妙な事ばっかり……」
屋上でブツブツ愚痴りながら、シュンはカツサンドを食べていた。
朝方の事を級友にはやし立てられた。
そしてレイカの自称「一番のファン」であるコウからは、恐ろしい突き上げをくらった。
ゆっくり飯を食うために、ここまで逃げて来たようなものだ。
と、その時だ。
ボフッ!
シュンの頭上に、モコモコした何かが落ちて来た。
「どわっ!」
「まーったくシュン。ドコ消えたかと思えば、こんなとこでボーッとしとったんか」
慌ててシュンが振り向く。
立っていたのは、燃え立つ炎のような紅髪を揺らした比良坂シーナだった。
「なんだよシーナ。お前も一人飯か?」
「ちゃうわ。このタヌキが外出たい言うからな、人目につかんトコロは……思ってな」
シュンが鬱陶しげな顔でシーナにそう言う。
シュンの頭に落とした物を見ながら、シーナは答えた。
屋上の床に転がってるのは、モコモコとしたシーナのスクールバッグだったのだ。
「ぷはー! 暑かった!」
そのバッグの中から、苦しそうな声で飛び出してきたのは、二本足で立った小さなタヌキ。
ヤギョウだった。
「ヤギョウ。学校までついて来たのかよ……」
「当然じゃ! 何時また敵が襲って来るともわからん! 姫様をお守りするのが、今のわしの務めじゃ!」
呆れ顔のシュンに、タヌキが胸を張った。
「それにしてもシュン……」
シュンの隣に腰かけて、シーナが怪訝そうにシュンに尋ねる。
「朝の、あの女……夜白レイカゆうたな。あいつ、一体、何者なんや?」
「ああ、あいつか。凄く……綺麗だろ。それに、凄く……綺麗だ。そんでもって、凄く……綺麗なんだ……」
シュンは首を傾げながら、シーナにそう繰り返した。
シュンには、そうとしか答えようがなかったのだ。
夜白レイカ。
シュンやメイたちのクラスメート。
道をすれ違う男どもが、全員目を見張って振り返ってしまう。
そんな、ちょっと凄みさえ感じさせる美貌の持ち主。
ただ、体が弱いとかで、めったに学校に来ない。
そして来ても大抵、図書室か保健室で終日『自習』だ。
人の多さに「当る」体質だという。
親しくしているクラスメートは、一人もいないみたいだ。
たまに教室に顔を出しても、口数は少ない。
……というか、誰か話をしたことのある者がいるのか、それもわからないのだ。
それが、今日までの彼女に関して、シュンが知っている全てだった。
今日も四限目の授業が終わった時点で、気分が悪いからと、スタスタと保健室に引っ込んでしまった。
「はーん。要は、『何も知らん』ゆうことやね……」
「何だよシーナ、あいつが、何か気に入らないかよ。また色々『匂う』とか?」
呆れ顔のシーナに、シュンがムッとしてそう聞き返す。
「その逆や。何も『匂わん』かった」
「匂わなかった? それって『普通』ってことだろ?」
「ちゃう。普通の人間でもな、そのへん漂っとる妖ひっかけたり、『スポット』を通ったりしてるうちにな、僅かばかりの『体臭』が身につくモンなんや。接界の時は尚更や。それがあの女、全く何も匂わんかった。完全ムシュー。何やウソくさい。シュンの胸の創にも気付いっとったみたいやし……」
シュンの問いかけに、眉を寄せてしてブツブツそう呟くシーナ。
その時だ。
「うん?」
更に何かに引っ掛かったように、シーナは顏を上げてシュンを見た。
「そういや、シュンも確か、初めて会った時……クンカクンカ」
「またかよ? やめろってシーナ!」
シーナはシュンに顔を寄せて、クンクン彼を嗅ぐ。
鬱陶しそうにシーナから離れるシュン。
「そっか。今は駄目か。剣の匂いが強すぎるわ。ま、ウチの気のせいかも……」
シーナは首を振りながら、自分に言い聞かせるようにそう呟いた。
「ところでシーナ、お前、一体いつまで俺ン家にいるつもりなんだよ……」
シュンは改めて、非常に迷惑そうな顔でシーナにそう訊いた。
毎朝毎朝、あんな修羅場が続いては堪らない。
「決まっとるやろ。ウチが指令を果たすまで。メイくんを守りきるまでや。襲ってくる敵みんな片付けて、今の接界が終わるまでや!」
シーナが胸を張ってシュンに答える。
「ま、まずはあの狼男と、ボスの『バルグル』ゆう魔王を片付けな。あんなやばいバケモンがその辺ほっつき歩いとるなんて、『夜見の衆』としても、絶対に許せんしな……」
「狼……『黒川切人』か……」
シーナが忌々しげに顏を歪めた。
シュンは男の名前を思い出して、うなじの毛が幽かに逆立つのを感じた。
黒川キリト。
シュンと戦った狼の正体。
ネットや新聞で調べれば調べるほど、その男の凶暴さは常軌を逸していた。
女性に対する暴行事件が8件。
うち1件は、来客も多かったファミリーレストランの、トイレの死角。
1件は、あろうことか衆目の中、昼間の電車の中だったのだ。
彼を取り押さえようとした乗務員と乗客3人をナイフでメッタ刺しにして重傷を負わせた。
そしてそのまま走る電車から車外に逃亡、フッツリと姿を消して警察の手を逃れていたという。
そんな異常な男が、メイを狙っていたというのだ。
「あいつ。今度会ったら、絶対に倒す!」
「一番気をつけなあかんのは、今から二週間。正念場は二週間後。満月の夜や!」
シュンは懐に忍ばせた魔剣の柄を握って、小さくそう呟いた。
シーナがシュンを向いた。
「過去のケースからいって、その夜が接界のピーク。それからアチラ側とこちら側は、またすぐに二つ分れてく。接界が終わってしまえば、アチラ側のモンも、もうコッチで大した悪さも出来んやろ?」
「そうじゃ。それまでの間に、何としても姫様を守りきり、シュライエ様の行方を探し当てるのじゃ!」
ヤギョウが、シーナの言葉に頷いた。
「ところでヤギョウ……その、シュライエが……メイの母さんが見つからなかったら、お前ら、どうするんだよ?」
「うむ……。そんなことは考えたくもない。だが、その時は……」
シュンが神妙な顔でタヌキにそう訊く。
ヤギョウの境遇を思えば、メイを守るだけでなく、メイの母親の、シュライエの行方も気にかかる。
タヌキの顔は苦々しかった。
「姫様……メイ様に、我らが吹雪の国に……魔影世界にお戻りいただく」
「な……ウソだろ? メイを魔影世界に!」
ヤギョウは重々しくシュンにそう答えた。
シュンの顔がこわばった。
「ははーん……そういうことだったんか……」
シーナが何かに思い至ったように、腕組みをしてウンウンうなずく。
「嘘ではない。メイ様はまだ幼いものの、その身に纏われた魔気の格は、間違いなくシュライエ様の……魔王のもの。我らの国にお戻りいただき、我らの新たな女王となるに相応しい御方じゃ」
「だめだ! そんな、メイを連れてくなんて!」
シュンを見上げてヤギョウが続ける。
シュンは慌ててヤギョウに抗議する。
その時だ。
「え、私が……」
茫然とした声が、シュンの背中から聞こえて来た。
「メイ!」「姫様!」「メイくん!」
振り向いた三人の前に立っていたのは、緑の瞳を驚きに見開いた、秋尽メイだった。
昼休みも終わろうとしていた。
姿を消したシュンとシーナが気になって、ここまで探しに来たのだろう。
「その通りです姫様。姫様は人間の世界でなく、我らが魔影世界でこそ、そのお力を振われるのがふさわしい御方。共に我らと戦い、我らをお導きくだされ!」
「いえ、でも、そんな……」
メイに熱弁をふるうヤギョウ。
キョドキョドのメイ。
「だめだ! だめだ! 絶対だめだ!」
「なるほどねー。という事は、メイくんを守り切って、メイ君がアッチ行ってまえば……」
憤然とヤギョウに叫ぶシュン。
シーナの金色の瞳が、妖しく輝いた。
と、その時だった。
ゾワッ!
タヌキの全身の毛が逆立った。
ピタリ。
シーナの動きが止まった。
「……シュン、メイくん、タヌキ。その話は後や!」
「ああ、そのようじゃな……」
シーナが顏を歪めて、忌々しげにそう言った。
ヤギョウの声も掠れていた。
「おい、じゃあ、ひょっとして……」
「ああシュン。昨日よりも、もっとエゲツない匂いや。来おったで白昼堂々……あいつや!」
二人を見回し不安げなシュンに、シーナが呻いた。
「まさか、真っ昼間に!」
「近い! 学校に……入り込んどる!」
シュンが愕然とする。
シーナもまた驚愕の声。
「キャーーーーー!」
そして階下から、恐ろしい悲鳴が聞こえた。




