メイの出生
「吹雪の塔に辿り付き、『裂花の晶剣』を封じようとした我らを待ち伏せていたのは、思いもよらない連中じゃった……」
ヤギョウは、一同を見回し話を続けた。
「『獣の谷』を統べる王。シュライエ様と同様、強大な魔力を持った魔王の一人。『獣王バルグル』と奴の率いる魔狼の軍団。そやつらが一斉に、シュライエ様と我らに襲い掛かって来たのじゃ……まるで、剣を封じようとする我らを、阻止するかのようにな!」
「阻止する……でも一体、何のために?」
苦々しい顔で呟くヤギョウと、首を傾げるシュン。
「わからぬ。バルグルもまた王であったのに、自身の領土を混乱に陥れるような大接界を、何故自ら望むような行いをしたのか。人間の世界に、何か野心を抱いておったのかも知れぬが……」
「それで、それからどうなったん?」
ヤギョウもまた訝しげに答えた。
シーナは不思議そうにヤギョウに尋ねる。
「うむ。シュライエ様はバルグルに屈する気などなかった。自らの魔力で果敢に獣王に立ち向かわれた。我らもまた魔狼の軍団と勇猛に戦った。だが事は一刻を争った。我らとバルグルが戦っている間にも、魔影世界と人間世界は、急速に溶け合い一つになりつつあった。もはや猶予はない、そしてついに……」
ヤギョウの表情は悲痛だった。
「シュライエ様は最後の決断をなされた。我らと人間の双方を救うため、自らの御身体に『裂花の晶剣』を突き立てたのじゃ。シュライエ様御自身を結界にして、剣の暴走を封じたのじゃ」
「自分を……結界に?」
ポツリ、ポツリとヤギョウは続けた。
シュンが息を飲む。
「そうじゃ。御自身を犠牲とした最後の一手。剣は急速にその力を失い、大接界によって一つに溶け合おうとしていた二界もまた、すぐにそれぞれの姿を取り戻していった。そして……晶剣の封印に全力を使い果たしたシュライエ様は、空中でそのまま意識を失い、急速に縮んでゆく『接界点』のその向こう。人間世界に落下して行ったのじゃ……」
ヤギョウは辺りを見回して言った。
「『こちら側』に……」
「落ちて来た?」
シュンとメイが、顔を見合わす。
「シュライエ様は、それきり我らの前から御姿を隠された。我らを邪魔立てした獣王バルグルもまた、シュライエ様を追うように人間界へと跳躍し、魔影世界から去った。シュライエ様を失った我らが『吹雪の国』は他の魔王たちに蹂躙、分断された。シュライエ様をお慕いしていた我ら臣下の者たちは、国を追われ辺境へと逃れた……」
「苦労したんやなぁタヌキ……」
タヌキが遠い目。
シーナが無責任な調子でウンウン頷く。
「それで、そのシュライエって奴はこっちに落ちてきて、それからどうなったんだよ? あとその、バルグルって奴も?」
「ああ。我らもまた、シュライエ様を探した。シュライエ様は生きておられる。そう信じておった。ご自身の内に剣を封じたとはいえ、強大な力を有した魔王の肉体は、そう簡単には滅びぬからな」
シュンの疑問にヤギョウは肯きながらそう答えた。
「でも、探すって、どうやって? 『接界』が過ぎたあとは、君らはこっちに来られんようになるんやろ?」
「うむ。接界が過ぎてもな、人間世界と魔影世界の繋がりは、すぐに断たれるわけではないのじゃ」
不思議そうな顔のシーナをヤギョウが見上げる。
「接界が終わったあともおよそ半年から一年、二界の間には各所に小さな『綻び』がくすぶり続けるのじゃ。我らは、辺境を巡り懸命にそれを探したのじゃ」
そしてタヌキは、自分の身体を見回した。
「そしてようやく見つけた『綻び』……小妖の姿に身をやつして、ようやく通り抜けられるほどの二界の小さな繋ぎ目を探し当てたわしは、綻びを通じて人間界に辿りついた」
ヤギョウの声は熱っぽく震えていた。
「二界を繋ぐ綻びが完全に消えてしまうその前に、なんとしてもシュライエ様を探し当てねばならぬ。わしは人間世界を懸命に巡った。我らの吹雪の国を復興するために! シュライエ様を見つけ、お救いして、再び魔影世界にお戻りいただくために! だが……」
昂ぶるヤギョウだったが、そこから急にタヌキは肩を落とした。
「人間界に幽かに残されたシュライエ様の魔気を辿り、ようやくシュライエ様の居場所に辿りついたわしは、そこで信じられぬものを見たのじゃ!」
「信じられないもの……」
タヌキの言葉に、シュンは不審な顔。
「そうじゃ。ようやく探し当てたシュライエ様は、その魔力を身の内に秘され、その御姿を人間のものに変えておられた。そして何より……! シュライエ様は、魔影世界の魔王としてのお記憶を失われていた。懸命に話しかけるわしの声も、その時のシュライエ様には届かなかった。解せなかった。わしが人間界に至るまで一体何があったのか……」
いまだに納得いかない様子のヤギョウが続ける。
「シュライエ様は、人間の女として、人間の男の元に身を寄せていた。人間と……結ばれておったのじゃ」
重々しくタヌキが言った。
「「「人間の男と?」」」
シュンとメイとシーナが、声を揃える。
「左様。人間の男と結ばれ、既に身籠もっておられた……」
ヤギョウが、メイの方を見上げた。
「その男の名が『秋尽響也』……姫様の……メイ様のお父上です」
ヤギョウは静かにメイにそう告げた。
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「母さんが……魔影世界の魔王で、こっちに来て父さんと結ばれていた……!?」
メイは唖然として、掌で口を覆う。
メイの緑の瞳が驚きに見開かれる。
「間違いありませぬぞ姫様。その御顏、身に纏われた魔気、緑に輝く瞳、人の姿をされてはいても、何もかもが御母上……シュライエ様と瓜二つ!」
タヌキが、確信に満ちた顔でメイに答えた。
「メイの父さんと……母さん……」
シュンは複雑な表情でメイの顏を見た。
メイには既に両親がいなかった。
母親の秋尽木霊は、メイを生んでから程なくして病を得て亡くなったという。
父親も、それからすぐに交通事故で命を落としたという。
メイが幼少の頃から身を寄せているのは、彼女の父方の祖母、秋尽夕子の家なのだ。
物心つく前に両親を亡くしたメイを、祖母の夕子は大いに気にかけたという。
幼い頃からメイの面倒をよく見てくれたし、炊事洗濯、行儀作法まで厳しくしつけてくれたという。
メイも祖母には感謝して尊敬していると事あるごとに周りに口にしていた。
両親のいない事を特別寂しく思ったことはないという。
それでも……シュンは思い返す。
運動会や作品展、学校での催事がある度に、気にしまいとしても、つい目に入ってしまうメイの仕草を。
他の生徒たちが両親と一緒にいるときの、どことなく所在無げで寂しげな緑の瞳を。
そのメイの両親に、そんな秘密があったというのだ。
「結局……わしが人間界に身を置いていた十月の間、シュライエ様に記憶が戻ることも、わしの言葉が届くことも無かった」
ヤギョウが無念そうに話を続けた。
「接界によって生じた二界の綻びも、とうとう消え始めた頃、わしは人間界を去り魔影世界に戻った。こう思ったのじゃ。シュライエ様の、あのご様子も、なにかお考えあっての事。魔王の命運はいったん我らの手を離れた。魔影世界に戻り、シュライエ様ご無事の報せを臣下たちに伝え、次の接界まで機を伺おうと、接界で二界が通じたその時こそ、シュライエ様に魔影世界にお戻りいただき、吹雪の国奪還のため、お力を振っていただこうとな。そして時は満ちた。わしが魔影世界に戻り、臣下の者達は各地に身を潜めてから15年。再び二界を隔てる壁が薄らぎだした。『接界』がはじまったのじゃ。それが……現在じゃ」
ヤギョウは感慨深げに腕組みをしてそう言ったが、
「だが……人間に怪しまれぬよう再び小妖の姿に身をやつして人間世界に辿り付いたわしは、またしてもおかしな状況に戸惑っていた……」
タヌキが首を傾げる。
「シュライエ様の御姿が……今度は何処にも見当たらぬ。確かに魔気は香るというのに……そして辿り付いたのが姫様の元。シュライエ様の御子、『メイ』様だったのじゃ」
ヤギョウはメイを見てポツリそう言った。
「姫様。わかっているならお教え下され! シュライエ様は……御母上は今、何処に!? 15年前のあれから、一体何が起こったのです!?」
縋るようにして、メイにそう訊くタヌキだったが、
「そ、それは……」
「おい、やめろよタヌキ!」
緑の瞳を泳がせながら、答えづらい様子のメイ。
シュンが声を荒げて、ヤギョウを止めようとしたその時だった。
「そっから先の事は、ウチの方が詳しそうやね……」
そう言ったシーナが、燃え立つ炎のような紅髪を揺らしてタヌキの方を向いた。




