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破界の魔王と吸血少女  作者: めらめら
第2章 影の国より
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死闘の記憶

「最初に『異変』に気付いたのは、我ら『魔影世界(シャテンラント)』の住人じゃった……」

 ヤギョウが、シュンとメイに向き直って話を始めた。


「我らがのんびり暮らしておった『吹雪の国』のそこかしこ、『氷柱の森』の奥や『オーロラの山』の裾野……魔影世界に、これまで決して立ち入る事のなかった人間たちが迷い込んで来るようになったのじゃ」

「前回の『接界』の話やね。ウチも直接は知らんけど、えらいゴッツイ規模(スケール)やったって、祖父ちゃんから聞いとるわ」

 眉間にしわを寄せて、苦々しい声のタヌキにシーナが答えた。


「左様。たしかに過去にも『接界』によって世界の各所に生じた『綻び』を『入口』として、人間と我らが両者の世界に迷い入ることはあった。だが15年前に生じた『綻び』は、その規模も、数も、全てにおいてこれまでとは桁違いだったのじゃ」

「当然、人間界……ウチら夜見の衆もその事には気づいとった。世に出る妖の数が急に膨れ上がりだしたんや」

 ヤギョウが腕組みして答える。

 シーナも相槌をうった。


「だが事態は、それだけに止まらなかった。そう、『あの日』を境に突如、厳密に分たれていたはずの二つの世界が、ある一点から、繋がり、一つに溶け合い始めたのじゃ!」

「そうや。シュンもメイくんも、話くらいは聞いたことあるやろ?」

 タヌキが、震える声で続ける。

 シーナはシュンとメイの方を向いた。


「15年前に起きた、東京は新宿の『幻の森』事件や」

 シュンとメイの顔を交互に見ながら、シーナはそうつけ加えた。



 『幻の森』!!



 シュンは息を飲んだ。

 その頃シュンはまだ生まれていなかった。

 だから直接覚えてはいなくても、学校の現代史でも確かに教わった。

 いや、それ以前から、シュンは知っていた。

 世界の怪奇事件の中でも大事件中の大事件として、その話は超常現象研究家の間では常識だったのだ。


 15年前の20XX年某日。新宿副都心第一都庁舎を中心とした。半径3kmの円陣。

 その円陣の中に一夜だけ、突如として巨大な『森』が出現したというのだ。

 月明かりを遮って鬱蒼とした樹々。

 だが、その森は人の手では木の幹に触れることも、その葉を手に取ることも出来なかったという。

 触ろうとしても、その手は枝葉をすり抜けて空を切ってしまったというのだ。


 まるで、別の場所の風景をそっくり其処に再現しただけの、精巧な夜の蜃気楼だった。

 当時、幻の円陣の範囲内に、『森』の内側にいた人々は皆、口を揃えてそう言った。


 そしてまた、何人もの人間がこう証言している。

 鬱蒼とした森の上空を、何かが飛び回っていたと。

 明らかにこの地上のものではない、何体もの翼を持った奇妙な怪物。

 そして空を舞う人間の様な影が、緑や赤の光を散らしながら、激しく争っていたと。


「それが前回の『接界』じゃった。その地から、二つの世界が急速に一つになり始めたのじゃ」

 ヤギョウがポツリ。


「驚いたのは、お前たち人間だけではなかった。我らもまた、パニックに陥った。幾星霜の昔より、我らは我らの国を作り、秩序を守って暮らしていたからな。人間と一つの世界で暮す事など、誰も望んでいなかったのじゃ。このまま事態が……『大接界』が進み世界が溶け合ってしまえば、人間との争いは避けられん。大きな戦が起こる……」

 悲しげな面持ちのタヌキ。


「そして、我らの悲願を受けて立ち上がった御方がいた。自ら陣頭に立って、世界に生じた巨大な『綻び』を元に戻そうとした御方がな……」

 ヤギョウの声は悲痛だった。


「それが、シュライエ様。世界最強格の魔力で、我らが『吹雪の国』を治めていた魔氷の女王。魔影世界(シャテンラント)を統べる『魔王衆』の御一人じゃ」

「その……シュライエっていう『魔王』が世界を救おうと?」

 ヤギョウの言葉に、困惑しながらシュンは尋ねた。


「そうじゃ。御気性(ごきしょう)は激しいが心根は優しく、常に吹雪の国の民を思われておったシュライエ様は、皆の先陣に立って『綻び』を直そうと力を尽くされたのじゃ」

 ヤギョウは誇らしげにシュンに言った。


「それに、シュライエ様は焦っておられた。何故ならあの時の異様な『大接界』は、シュライエ様の治める吹雪の国の辺境、荘厳なる象牙の巨搭『吹雪の塔』から始まったからじゃ! それが……お前らの世界で言う、『新宿』にあたる場所じゃ……」

 重々しくタヌキは言った。


「シュライエの領土から『接界』が? なんでそんな事が……!?」

「うむ。辺境を超えて吹雪の塔に辿り付き、ついに『大接界』の呼び水を探し当てたシュライエ様と我らもまた、大いに困惑した。塔の鐘楼で鳴動し、奇怪に輝きながら世界を一つに繋ごうとしていたのは、吹雪の国に代々伝わる魔剣『裂花(れっか)晶剣(しょうけん)』だったのじゃ……」

 首を傾げるシュンに、そう答えるヤギョウ。


「その剣に、何故そんな力が備わっていたのか、シュライエ様にも我らにもまるで解らなかった。だが、シュライエ様の魔力を以ってすれば、剣の鳴動を抑え、魔氷で封じることは不可能ではない。我らもシュライエ様もそう確信していた」


「じゃあ、その時の『大接界』は、そのシュライエが止めたってことか!」

「それがな、そう簡単に事は運ばなかったのじゃ。他の『魔王』のせいでな……!」

 シュンの問いに、ヤギョウが忌々しげにそう答えた。


「『魔王』……『吹雪の国』……『剣』……」

 突然、メイがポツリとそう呟いた。


「どうしたんだよ、メイ……あ?」

 メイを向いてそう訊こうとしたシュンは、彼女の様子がおかしいことに気づいた。

 メイの整った顏から、表情が消えていた。

 メイの緑の瞳が光を失っていた。

 メイは何か、ここには無いものを見据えているかのようだった。


  #


 ゴオゴオゴオ。

 暗い森を吹き巻く吹雪が、傷ついた私の翅を容赦なく叩いて、もみくしゃにする。

 風に翅を取られた私は一瞬、バランスを崩して鬱蒼とした森に向かって落下しそうになった。


 いけない。

 高度を保てない。

 体が重い。

 魔力ももう、尽きかけている。


 私はどうにか体勢を立て直す。

 私は目の前で鳴動する『裂花の晶剣』を睨みつけた。

 遥か古より吹雪の塔の頂上に深々と突き刺さっていた『裂花の晶剣』。

 その剣が今では塔を離れて空に浮き、不気味な呻りを上げながら、雲間から顔を擡げた月の光を受けて白く輝いている。


 そしてそれは、もう、剣などと呼べるモノではなかった。

 その刀身を這いまわりながら中空に向って幾筋も伸び、茂り、蠢いているのはモノ。

 それは緑色の魔気を噴き上げた棘持つ(かずら)だった。

 蔓は塔の頂上に向かって刺あるその手を伸ばして生い茂るってゆく。

 私の足元で鬨の声を上げるヤギョウと彼の騎士達を締め上げる。

 そして騎士達と剣を交える狼の軍団の体をも巻き取ってゆく。


「シュライエ様ー! お急ぎを! 早く魔氷の封印を!」

 棘にその身を巻き取られたヤギョウ将軍の悲痛な声が、ここまで聞こえてくる。


「わかっている! 少し静かにしていろー!」

 私はヤギョウにそう叫ぶ。

 私は、幾本も鞭のように空を切りながら私に打ちかかってくる蔓を避ける。


 そうだ、ここで引き下がるわけにはいかない。

 私は打ちかかって来た棘の鞭の一本を、がしりとその手で握り締めた。

 刺が私の掌を裂く。

 私は最後の力を振り絞って、両の手に氷を(たぎ)らせた。


「災いを呼ぶ剣よ! 沈黙せよ我が魔氷で! 魔氷鉄槌シュバルツァイス・ファウスト!!」

 私の放った黒い魔氷が、剣を覆っていく。

 『裂花の晶剣』の鳴動が、徐々に小さくなっていく。

 

 やった! これで世界は元の姿に……


 だがその時。バキン。

 軋んだ音を立てながら、私の氷が、砕けていった。


「そんな!」

 私は自分の目を疑った。


 私の氷を砕いたのは、月を背負った黒い影。

 塔まで茂った棘を伝ってここまで駆け上がって来たのは、鋭い眼光をした一人の男だった。

 蠢く棘を軽やかに跳び渡りながら、男は私を睨み下ろしている。


 暗黒竜の鱗鎧(スケイルメイル)でぶ厚い胸板を覆っている。

 両手に構えているのは自分の背丈ほどもある巨大な戦斧(バトルアックス)

 あれは『オルカンの破城斧』。


 私を見下ろすのは、銀色の総髪を夜風に靡かせた『獣の谷』を統べる王……!


「バルグル! なぜ私の邪魔を!」

 私は空中から、怒りにまかせてそう叫んだ。


 『獣王バルグル』。

 獣の谷にひしめく荒くれ者どもを、ただ己の武術だけで治める剛腕の魔王。

 だが情に厚く義を重んじる、奸計に長けた『魔王』たちの中では最も筋の通った男だったはずだ。


 そいつが、なぜ私の邪魔を?

 世界がどうなってもいいというのか?


「シュライエ! 無駄な足掻きはやめろ! 俺には、こいつが必要なのだ!」

 バルグルが、野太い声で私に向かってそう叫んだ。


 棘のうねりが空に広がって行く。

 裂花の晶剣の咆哮が止まない。

 吹雪の塔が、ぐにゃりと歪んでその姿を変えていく。

 白亜の外壁が灰色の石肌に。

 優雅な威容は、奇怪な八角柱に。

 その先端は、みるみる二又に裂けていく。


 突如、異様な地鳴りが空気を震わす。

 森を割って、幾本もの巨大な石柱が、塔が、天を突くように生えて来る!


 ああ。私は呻いた。


 ヒトの世の塔だ。世界が、融けあっていく……!


「見ろシュライエ! これが本物の『接界』だ! これで、ようやく『あいつ』にも……!」

 昂るバルグル。

 獣の王が月に吼える。


 まずい……どうにかしないと!

 何か、打つ手は! 

 私は鳴動する裂花の晶剣を見る。


 ……あった。


 蠢く棘にかろうじて引っかかっている、砕けた魔氷の一欠片。

 あいつに残った魔力を注げば、もしかしたら?

 だが、刻々姿を変えていくこの世界でそんなことをしたら?

 私自身も無事で済むだろうか?

 私は森を見渡す。

 森に潜んだ臣民たちの、戸惑いの叫び。

 そして、聞き慣れぬ悲鳴。

 ヒトの世の住人だろうか。

 そうだ、迷っている暇は無い!

 わたしは右手の拳を固く握る。

 私は昂る獣王を見上げて言い放つ。


「バルグル! ならぬものはならぬぞ!」

 そして、裂花の晶剣に拳を向けて唱えた。


魔氷炸裂シュバルツァイス・エクスプロジオン!!」


「なに!」

 バルグルが、驚愕の声。


 ギリリ。私の号令で、棘の中の魔氷の一欠片が膨れ上がり、爆ぜた。

 ゴオオ。黒い魔炎の奔流が棘を内側から引き裂いて行き、剣の姿を剥き出しにしてゆく。


「いまだ!」

 私は死力を振り絞る。

 剣に向かって飛翔する。

 裂花の水晶の柄をその手に握る。

 再び蔓を茂らせようとする剣を……


 私自身の胸に……突き立てる!

 

 ズブリ。

 全身を凄まじい苦痛が貫く。

 剣が私の内から逃れようと凄まじい魔気を放つのを感じる。


 だが、逃がさない。

 私は私自身の全魔力を集中する。

 私自身を結界として、剣の暴走を封じる。

 剣が、私の内で鳴動を弱めて行く。


 終わった……。

 私の手から、足から、翅から、力が抜けていく。

 体が地面に吸い込まれていくのを感じる。


「馬鹿な! 許さんぞシュライエ!」

 薄れていく意識の中で聞こえてくる、バルグルの無念の叫び。


「シュライエ様ーーー!」

 闇の中で最後に聞こえたのは、ヤギョウの悲痛な声。


  #


 遠くの方で、誰かが話している。


 ――『接界』を止めんとするシュライエ様と我らの前に立ちはだかったのは『獣の谷のバルグル』。奴もまた、魔影世界を統べる『魔王衆』の一人じゃった……


 思い出した。懐かしい、ヤギョウの声だ。


 ぼんやりと、明るさを取り戻していく視界。


 ――『魔王衆』……って、シュライエの仲間だったんやろ? なんでそんなことするんや……


 ――メイ……メイ……?


 ――おい、メイ? 大丈夫か……?


「メイ!」


 声が、だんだんはっきりしてくる。

 私の胸が、幽かにうずいた。

 聞きなれた、『あいつ』の声だった。


  #


「うあ!」

 メイの瞳に、光が戻った。


「メイ。大丈夫かよ? 急にボンヤリしちゃってさ?」

 シュンが心配そうに、メイの顏をのぞき込む。


「うん……いや、なんでもない。なんか急に頭がぼーっとなって……」

 頭を振りながらシュンにそう答えたメイの表情は、いつもの笑顔に戻っていた。


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