マガツの居城
「魔煌殲滅竜咆光!」
ズドン! ラインハルトの気魄とともに、再び放たれた魔甲竜王の炎が大甲虫の頭部を破裂させた。
新宿を覆った黒い森の中で、夜見の衆と蜘蛛たちとの死闘は続いていた。
斃しても斃しても、全く臆することなく次々に襲い掛かってくる蜘蛛と甲虫を、踏みつぶし、咬みちぎり、その炎で焼き尽くしてゆくレックスだったが、甲虫の角とと牙蜘蛛の爪で、いまや銀色の竜の装甲は、いたるところが傷つき、拉げている。その活動時間も限界に達しようとしていた。
「レギオン・アタック!」
ナユタの指揮する戦闘ロボット、魔甲軍団も、忍者や山伏たちとともに老人を援護している。
「おのれ! 次々にきりがないわい!」
レックスを操る老人の声にも、疲労の色が滲んでいった。
その時だった。
「ぎゃあああああ!」
ナユタの傍らで刀を振るっていた忍者の一人が、恐ろしい悲鳴を上げて、唐突にナユタの隣から、その姿を消した。
「何が……あ!」
突然の怪事に唖然とした表情で、ナユタは悲鳴が消えてゆく先を仰いだ。
ナユタたちの頭上で揺れている樹の枝々に、網の目のように張り巡らされていたのは、蜘蛛の吐いた白い糸だった。
その糸の上を縦横無尽に移動してゆく蜘蛛たちが、まるでカウボーイの投げ縄のようにして放った糸が、地上の忍者を、陰陽師を、マジシャンを次々に捉え、空中に引きずりあげてゆくのだ。
「まずい! 上から!」
ナユタは慄然。
空中で身体の自由が利かなければ、夜見の衆といえども容易く牙蜘蛛の餌食となるだろう。
咄嗟に魔采軍配を振り、自身のレギオンで、捕らわれた仲間たちを救出しようとするナユタだったが……
ビュッ!
そのナユタの右腕を、蜘蛛たちの放った投げ縄が捉えた。
「しまった!」
手だてを講じる暇もなく、ナユタもまた樹上へと引きずりあげられる……かに見えた、だがその時だ!
「させん!」
ラインハルトの厳しい一声。と同時に、
ジジジジジ……
老人の乗ったレックスの背面に、眩く輝いた無数の小さな光点が生じると、次の瞬間!
「魔煌針貫光砲!」
ビュウウウウン! 老人の号令と同時に、魔甲竜王の背面から放たれた青白い無数の光線が、一瞬にして樹上の蜘蛛たちを貫き、引き裂いてゆく!
「ギシャアアアアア!」
悲鳴を上げながら、引き裂かれた蜘蛛たちの残骸が地上に墜落してゆく。
「ボス……!」
ナユタが感嘆の声を上げる。
ラインハルトの機転で、レックスの背面に装備された無数の照射口から放たれた光線が、瞬時に蜘蛛たちを殲滅したのだ。
ナユタも、捉えられた夜見の衆も、どうにか事なきを得た。
「魔煌尾裂光砲!」
間髪入れずラインハルトが次の号令。
ビュウウウウン! 今度はレックスの振るしなやかな尾の先端から放たれた光線が、地上の蜘蛛たちを次々に薙ぎ払ってゆく。
「あとひと踏ん張り! みんな、頼むわ!」
「オオオオ!」
レックスの奮闘を目の当たりにする一同。
カナタの号令に、再び夜見の衆は鬨の声を上げた。
「シュン。カナタ。シーナちゃん……」
レギオンを操り蜘蛛たちの残党を撃ち抜きながら、ナユタは小さくシュンたちの名を呼んだ。
「ここは……私たちが何とかする! あとは、頼んだよ!」
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「くそ! まだこんなにいるのか!」
「やるしか……ないか……!」
「そや。やるしか!」
空を仰いだシュンは、愕然とした表情でそう呻いていた。
背後では彼に同行したカナタとシーナもまた、悲壮な貌をしている。
ラインハルトやナユタたちに先んじて都庁舎の下まで辿りついたシュンたちだったが、黒い樹々の枝の間から仰いだ都庁舎の光景は、絶望的なものだった。
高層ビルの間に張り巡らされた、牙蜘蛛の巣。魔王マガツの居城とビルの壁面には、まだ何百匹も残った牙蜘蛛たち貼り付き、蠢きながら彼らを待ち構えていたのだ。
「キキキ……餌ダヨオ……」「殺シテヤル……殺シテヤル……」
カチカチと銀色の牙を鳴らしながら、壁面から降りてきた無数の蜘蛛たちが地上に溢れ返りシュンたちを包囲してゆく。
「シュン様。覚悟はよろしいですな……?」
「ああ、やるしかないだろヤギョウ……!」
シュンの背後からそう呼びかけるタヌキのヤギョウに、シュンは決然とそう答えた。
ヤギョウが引き連れているのは、青光りする透明な鎧に身を包んだ、300騎の氷の騎士団だった。
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「あれはやはり、氷の騎士団! それにこの魔気は……!?」
新宿上空、幾重にも張り巡らされた自らの居城の奥で、魔王マガツは訝しげな声を上げていた。
息子たちの視界を通じて捉えた敵の姿に、覚えがあった。
彼の軍団に挑んできたのは、人間たちだけではなかったのだ。
「僅かな魔気だが感じる……こいつがシュライエの嫡子……吹雪の国の新たな魔王か!」
朽葉色のローブをまとった老人の顔が怒りに歪み、巨大な蜘蛛の複眼がチカチカと赤く瞬く。
「だが……! あの程度の貧弱な魔気で、この我に挑むつもりとはな。木偶人形を何体持ち寄っても無駄なこと。貴様らなど、我が相手をするまでもない……」
巨体を揺らしてマガツは嗤った。
老人の振った『フリーゲの槍』に呼応するように、彼の息子たち、牙蜘蛛の軍団が、シュンたちを包囲したその輪をジワジワと縮めていった。
だが、その時だった。
「なんだ……! これは!?」
マガツは戸惑いの声を上げた。
息子たちの視界を通じて捉えたシュンたちの姿が、急速にマガツの視界から薄らいでいった。
彼の分身、彼の息子たちの感覚がマガツの制御を離れようとしていた。
#
「何が……起きている!?」
地上のシュンたちもまた異変に気付いてあたりを見回した。
「雌ダ……! 雌ガイルゾ……!」
ザワザワザワザワ……。
シュンたちを取り囲んだ牙蜘蛛たちに間に、異様などよめきが広がってゆくのだ。
シュンやカナタ、シーナに向けられた殺意が、急速に散漫になってゆくのを肌で感じる。
蜘蛛たちの興味が、一瞬にして別の方向へ逸れていったようなのだ。
「ソウダ……匂ウゾ!」
「アソコダ! アソコニ大勢!」
「喰ワセロ……!」「姦ラセロ……!」「喰ワセロ……!」「姦ラセロ……!」
「喰……喰……喰……喰……」「姦……姦……姦……姦……」
そして、蜘蛛は足並みを揃えて、シュンたちに背を向けた。
ザワザワザワ……。
まるで何かに引き寄せられるように、蜘蛛たちが移動して行く先は地面の下。
地下鉄大江戸線の、駅構内だった。
「蜘蛛が……!」
「地下鉄に?」
唖然として貌を見合わすシーナとカナタ。
その時だった。
ズズン。足元から響いた轟音。
次いで、タタタタタ、タタタタタ!
「キシャー!」
駅構内から響いてくる乾いた音と、蜘蛛たちの悲鳴。
それは機銃の掃射音だった。
#
「銃声!」
「地下で誰かが……戦ってるんか!?」
予期せぬ事態の進行に、シュンとシーナが驚きの声を上げた、その時だった。
「えへへ……どうにか上手くいきました……」
シュンたちの背後から聞き覚えのある声。
「ホタルちゃん!」
「こっちに……戻っていたの!?」
声のほうを振り返ったシーナとカナタは再び唖然とした。
立っていたのは、黒装束に身を包んだ一人の少女。
ルナの身を保護するために戦場から離れていたはずの、忍者箕面森ホタルの姿だったのだ。
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「はいシーナ様。ホタルはホタルであの後、別命のために動いていたのです!」
ホタルの貌が得意げだった。
「すでに蜘蛛の『匂い』は覚えました。もう我々が手を煩わすこともありません。連中の始末は、自衛隊の皆さんに任せましょう……!」
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新宿上空に張り巡らされたマガツの城と、そこに潜んだ牙蜘蛛たちへの空からの攻撃は、これまで全て魔王の振るったフリーゲの槍に防がれ、返り討ちにされていた。
ならば……! ラインハルトは一計を案じていたのだ。
夜見の衆の突撃と機を同じくして、ホタルは自衛隊の一個中隊と行動を共にしていた。
すでにホタルがその身に覚えていた牙蜘蛛の匂いで、人間の匂いを覆い隠して隊員たちは都庁地下までそ歩を進めていたのだ。
「ちょうどいいフレーバーを『チューン』するには苦労しました。ジョロウグモとトタテグモ、あとはタランチュラの性フェロモンをチョイチョイチョイと……」
ホタルは胸を張った。
地下鉄構内で彼女が放ったのは、牙蜘蛛の兵隊たちを惑わす『フェロモントラップ』だった。
主のマガツの制御が及ばぬほどの強烈な劣情を促すそのフレーバーが、この場に居た牙蜘蛛のすべてを、マガツの槍の及ばない地下におびき寄せた。
そして今、地下鉄構内で無防備な蜘蛛たちを見舞っているのは、自衛隊による一斉掃射だったのだ!
「ホタルちゃん……! 相変わらず地味にイヤな技使わせたら天下一品! ピンピンピンや!」
「えへへ……シーナ様。地味もイヤも余計です!」
感嘆の声を上げてホタルの貌を眺めるシーナに、ホタルもまんざらでもない様子で鼻をこすった。
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「馬鹿な……! 人間どもが……我が息子たちを操っているだと……!?」
巨大な複眼を真っ赤に明滅させながら、魔王マガツが怒号を上げた。
感覚は遮断されていてもはっきりわかった。彼の分身が、彼の息子たちが人間たちの攻撃で、見る見るその数を減らしてゆくのを!
「許さんぞ人間ども! 許さんぞ吹雪の魔王!」
牙蜘蛛マガツが自身の槍を振るった。
老人を幾重にも取り囲んだ蜘蛛糸の帳が、ハラハラと斬り払われていった。
「滅ぼしてやる! 我が槍と、そしてこの……」
マガツは両の手の内にある、黒曜石の槍の穂と、輝く水晶の刀身を交互に見回しながら、ニタリと嗤った。
「無敵の『刹那の灰刃』で!」
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「シュン様も! 他の者も、まだ喜ぶのは早い!」
氷の騎士の一体の方に乗って、タヌキのヤギョウが警戒の声を上げる。
「あ……!」
空を仰いでシュンは声を上げた。
ズーン……ズーン……
ビルの壁面を、足元の地面が小刻みに震えていた。
新宿の空を覆った灰色の蜘蛛の居城全体が、ユサユサと不吉に揺れていた。




