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破界の魔王と吸血少女  作者: めらめら
第12章 新宿決戦
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氷の騎士団

「『フェルドの番虫』を全て解き放て! 大蚯蚓もだ! 隠の洞の息子たちよ。此の地に集い、人間どもを皆殺しにしろ!」

 張り巡らされた蜘蛛の巣の居城の奥で、魔王マガツが苛立ちの声を上げていた。

 人間たちの進攻が止まらない。

 新宿に集った彼の息子たちも、次々に人間の武器に斃されてゆく。

 蹴散らすべく魔王の放った大甲虫『フェルドの番虫』の一匹も、人間の操る機械に砕かれてしまった。

 だが……朽葉色のローブを纏った奇怪な、虫の様な目をキロキロと動かしながらニタリと嗤う。

 息子たちの目を通してマガツは知っていた。

 人間の戦士たちも、確実に疲弊し徐々にだがその戦力を減じている。

 牙蜘蛛の軍団全てと、彼らの使役する奴隷虫たちが、一斉にこの地に集えば……!


「見ておれよ人間ども……。この魔王マガツの軍団を一瞬とはいえ退けたこと、地獄の底で後悔するがよい。あの時殺されていればよかったと……!」

 蜘蛛糸に覆われ白く霞んだ新宿の空を、マガツのしわがれた哄笑が渡った、だがその時だ。


「なんだ、この気配……この魔気は……!?」

 老人の哄笑が止んだ。

 虫の様な目を訝しげにキロキロと動かしながら、灰色の老人は眼下に広がる黒い森を見渡す。

 

「感じるぞ。この地に……我以外の魔王が近づいてくるのを!」

 老人の乗った大蜘蛛の複眼が真っ赤に明滅した。


  #


「臆するな! 進め! 敵の本丸はもうすぐそこじゃ!」

 ズズン……ズズン……。

 鬱蒼とした木々をミシミシとかき分けて、冷たく湿った土を踏みしだき、ラインハルトの乗った魔甲レックスが都庁舎に向かって進攻してゆく。

 大接界の起点である都庁舎に近づくにつれて、トウヒやモミにも似た、黒々とした樹木はその密度を増してゆき、気温は急速に下がっていく。

 昨日までは暖かい春の陽光で照らされていた市街が、今は黒い森に覆われ、氷の混じった冷たい雨に濡れていた。


「この森が……ユウコさんたちの言っていた……!」

「ええ、間違いないわシーナちゃん……これが『幻の森』……!」

 魔甲レックスの後尾を追いながら周囲に広がった異郷の光景を唖然としながら見回すシーナに、ナユタが厳しい貌でそう答えた。

 シーナは、シュンやメイと初めて出会った日の事を思い返していた。

 あの夜、比良坂の屋敷でタヌキのヤギョウが語った言葉が事実ならば、今新宿を覆っているのは魔影世界の一部。

 大接界の呼び水を身の内に封じて、人間世界に落ちてきたメイの母、魔王シュライエの故郷。

 この人間世界と急速に融合しつつある『吹雪の国』の森なのだ。

 そして15年前と違うのは、もはやこの森が『幻』でも何でもないこと……

 手で触れることの出来る実体となって、シーナら夜見の衆の行く手に厳然と存在することだった!

 

「このまま森が広がっていったら……魔影世界と人間世界がくっついてしまったら……一体ウチらは、どうなってしまうんや……!?」

「そんなことは……させない……止めてみせる……!」

 金色の瞳を見開いて不安の声を上げるシーナに、ナユタは自分に言い聞かせるように、そう呟いた。


「母さん、あの子(・・・)は……『藤枝ルナ』の具合は?」

「ええカナタ。落ち着いているって。さっき同行したホタルちゃんから連絡があったわ」

 魔都からの逃避行を共にしたルナの行方を気遣うカナタに、ナユタが答える。


「念のために『SOS号』で検査入院を……今、比良坂のヘリがこっちに向かってるって。彼女のお母さんも、ボスの病院に転院するよう手続きしてるわ」

「そう。よかった。シュンとは色々あったみたいだけど、どうにか無事で……!」

 ナユタの言葉に、カナタが少し安堵したように息をついた、その時だった。


「ん……!」

 カナタが厳しい貌に戻って、ラインハルトの往く前方を睨む。


「来た……!」

 シーナもまた燃え立つ紅髪を揺らしながら錫杖を構える。

 ザワザワザワ……


 森の木の枝が、不自然に揺れていた。

 一同の行く手に聳えた樹木の幹がミシミシと音を立て撓んでゆく。

 カチカチと牙を鳴らすような音が、四方八方から近づいてくる。


「敵襲じゃ! 備えよ!」

 ラインハルトそう叫んだ、数瞬措いて、ザワア!

 木々の合間を縫うようにして、何百匹、いや、何千匹もの無数の牙蜘蛛が、魔甲レックスとシーナら夜見の衆むかって、なだれ込んでくる!

 ズズン……ズズン……

 蜘蛛たちの後方から地響きを上げて迫ってくるのは、先ほどラインハルトが戦った者と同様の何匹もの巨大な甲虫だった。


「なんて数や!」

「くそ、やるしかないか!」

 恐怖の呻きを漏らすシーナと、苦々し気に拳を構えるカナタ。

 

「行け、レックス!」

「ギャオオオオオ!」

 ラインハルトの魔甲レックスが咆哮し、牙蜘蛛に突進した。


  #


「烈風竜巻突き!」

 迫りくる数匹の蜘蛛たちを裂帛の気合と共に叩き潰した直後、カナタはガクリと地面に片膝をついた。

 状況は絶望的だった

 カナタの手刀は蜘蛛たちを切り裂き、シーナの放魔は蜘蛛たちを焼き、ナユタのレギオンは青白い光線で蜘蛛たちを貫いた。

 伊賀島ヶ原百鬼衆の忍者も、京都嵐堂流陰陽寮の陰陽師も、高尾山心浄院の山伏たちも、モギー一門のマジシャンたちも、皆がそれぞれの技で次々に蜘蛛を屠り去っていった。

 だが蜘蛛の数は圧倒的だった。

 斃しても、斃しても、次々に押し寄せて彼らに牙をむき、爪を立てる黒蜘蛛の群れ。

 ラインハルトの魔甲レックスも、遠距離から腐食性のガスで攻撃を仕掛けてくる巨大甲虫を斃すのに手いっぱいで、とても蜘蛛たちを押しとどめる余力はなかった。 忍者が、陰陽師が、山伏が、マジシャンが、一人、また一人と蜘蛛たちの牙にかかり、斃されていく!


「くそ! こんなところで……万事休すか……!」

 精根尽き果てて地に屈したカナタを、シーナを、ナユタを、カチカチと牙を鳴らした蜘蛛が取り囲み、一斉に襲い掛かろうとしていた……だが、その時だ!

 ギュンッ!

 何かが軋むような異様な音とともに、暗い森の奥から飛んだ来た紫色の光弾が、今まさにカナタに飛びかかろうとしていた蜘蛛の一匹の身体を貫いた。


「ギシャアアアア!」

 貫かれた蜘蛛が苦悶の叫びをあげると、ミシミシミシミシ……次の瞬間その身体が、黒光りする奇怪な氷に引き裂かれて、粉々に砕け散った!


「え……?」

「なん……!?」

 カナタとシーナが驚きの声を上げる暇もなく、

 ギュンッ! ギュンッ! ギュンッ!

 続けざまに放たれた、何者かの光弾が、周囲の蜘蛛たちを次々に貫き、黒い氷で引き裂いてゆく。

 光弾の軌道は変幻自在だった。放たれた一発の光弾のそれぞれが、まるで生きているかのように蜘蛛の身体を追尾しながら、同時に何匹もの蜘蛛を貫き、砕いてゆくのだ。

 瞬く間に無残な氷の残骸となってゆく牙蜘蛛の群れ。

 

「これは『氷』……!」

「じゃあ、この弾は……!」

 森の奥から蜘蛛を攻撃する新たな援軍の正体に気づき、カナタとシーナの貌が明るくなった。


「この目……やっと……慣れてきた……」

「シュン……! 帰ってきたのね……!」

 戸惑い気味にそう呟きながら、力強い足取りで一同に向かって歩いてくる人影があった。

 ナユタは感極まった様子でその影の名を呼んだ。


 森の奥から姿を現したのは、シュンだった。

 両手に携えられているのは、秋尽ユウコから渡された猟銃の魔器『鬼撃月(おにうちづき)』。

 シュンがこの銃から放った光の弾丸が、蜘蛛たちを貫き、黒い氷で引き裂き、砕いたのだ。

 シュンの左眼を覆っていた真っ黒な眼帯は、既に取り去られていた。

 まるでエメラルドのような、深みのある緑の瞳が、地面に転がる蜘蛛の残骸を冷たく見据えていた。

 シュンの左の顔面、緑の目の周囲は白銀の鱗に覆われ、ぼんやりとした燐光を放っていた。


「母ちゃん、姉ちゃん、シーナ、みんな……待たせてごめんな……」

「シュン! まったく、何処で油売ってたの!」

「遅いで、シュン! 美少女のウチがピンチやってゆうのに……!」

 すまなそうに首を振りながら一同のもとに歩いてくるシュンに、カナタとシーナは目に涙を滲ませて次々にそう声をかけた。

 行方の知れなかったシュンが、無事で、この場に現れたのだ。


「俺も、一緒に戦うよ……みおんなで、あのバケモノをやっつけよう……!」

「シュン。いいんだね? 大丈夫(・・・)なんだね?」

 戦う意思を伝えるシュンの顔を、母親のナユタはまっすぐに見据えてそう尋ねた。

 シュンも知っているはずだった。明かされたメイの秘密、メイの正体。そしてシュンとの関係も。


「ああ、やれるさ母ちゃん。俺、決めたんだ。そのための仲間も連れてきた!」

 シュンもまた、まっすぐに母親を見上げると、力強くナユタにそう答えた。

 ナユタを見据えるシュンの瞳には、揺るぎない光があった。

 シュンノ顔はそれは何を決めた者の顔だった。


「そう。なら、頼む!」

「シュン……仲間って?」

 シュンの言葉に、ナユタがニカッと笑い、カナタは訝しげに首を傾げた、その時だった。

 

 ザッ……ザッ……ザッ……

 森の奥から、チラチラと青白い光を瞬かせながら、規則正しい足音と共に、大勢の『何か』が近づいてくる。

 

「シュン様。こちらの準備も万全ですぞ!」

「だから、その『シュン様』ってやめろよヤギョウ……!」

「あ……タヌキ!」

「生きとったんか!」

 シュンに状況を告げる見覚えのある小さな影に、カナタとシーナが驚きの声を上げる。

 やってきたのは、タヌキのヤギョウだった。

 そして彼の背後、隊列を組んで規則正しい歩調でこちらに行進してくるのは……

 左手には銀色の方形盾(タワーシールド)、右手には輝く剣。

 全身を覆っっているのは、異様な冷気を放った青光りする透明な氷の鎧!


「吹雪の国の『氷の騎士団』300騎! 15年ぶりにようやく目覚めましたぞ!」

 ヤギョウが感極まった声で、高らかにそう告げた。

 かつて吹雪の国の魔王シュライエが自らの手で作り上げた氷の騎士。

 雪ウサギ、つらら女、ジャックフロスト、雪トロール……吹雪の国の領民たちがが戦に巻き込まれるのを良しとしなかったシュライエが国の守りとした300体の自動人形だった。

 シュライエの魔気を受けて動く人形たち。

 彼女が人間世界に消えるとともに、その機能を停止して長年氷の城の中で眠っていた騎士たち。

 シュライエに酷似した魔気を放つシュンが、魔影世界にやってきたことで、その機能を取り戻し、今、シュンとヤギョウとともに、牙蜘蛛との戦いにその身を投じたのだ。


「突撃じゃ!」

 ヤギョウの号令と同時に、剣を構えた騎士たちが一斉に蜘蛛たちに突進した。

 騎士たちの剣が蜘蛛を突き、騎士たちの盾が蜘蛛を打ち払ってゆく。


「す、すごい!」

 シーナは金色の目を見開いた。

 シュンとともにやってきた意外な援軍の圧倒的なパワーに蜘蛛の群れが蹴散らされてゆく。


「さあ行こう。母ちゃん、姉ちゃん、シーナ……!」

「わかった、シュン!」

「行こう、あとひと踏ん張り!」

 シュンの言葉に、一同は力強く頷いて立ち上がる。


「シーナ! シュンくん! ここはわしが引き止める! お前たちは進め!」

 必殺の『魔煌殲滅竜咆光(マコウジェノブレス)』で巨大甲虫を撃ち砕き、図太い尾で周囲の蜘蛛たちを薙ぎ払いながら、ラインハルトはシーナとシュンにそう叫んだ。


「頼んだで祖父ちゃん! さあ、みんな!」

「わかった!」

 シュンが、カナタが、ナユタが、生き残った夜見の衆の一同が、各々の武器を構えって一斉に駆け出す。

 目的は新宿都庁舎。上空で待ち受ける牙蜘蛛の長マガツ。


「メイ。俺、もう迷わない。自分が信じた道を進む……。そして、お前をきっと……!」

 鬼撃月から、自らの魔気を込めて放つ氷の弾丸で蜘蛛たちを撃ち抜きながら、シュンは小さくそう呟いていた。


「なあ、それでいいんだよな。リート?」

 シュンは、頭上を覆った鬱蒼とした木々の枝の合間から除く、白く霞んだ空を仰いだ。

 シュンの脳裏には、魔影世界は黒獅子城での一幕が蘇っていた。


  #


「これはこれは、ようやくその気になったか、シュン。さすが私の見込んだ、新たなる魔王だ……」

 黒獅子城の中庭で迎えた夜明け。

 ヤギョウとともに城に戻ってきた純白の髪をした美貌の少年は、満面の笑顔でシュンの申し出に応じた。

 

「ああ。約束する。魔王マガツは俺が倒す。大接界も俺が止める。だからお前も、約束を守れ……」

「もちろんだともシュン……」

 純白のローブを身にまといオリーブ色の肌をした美貌の魔王……アオレオーレが、優雅な物腰でシュンに答える。

 と同時に、シュンの両手両足を縛りあげていた銀色の鎖がジャラジャラと音を立ててシュンから解けると、アオレオーレのローブの中に吸い込まれてゆく。


「シュン様……ご決断いただけると信じておりました。すでに氷の城の騎士団は目覚めております。あとはこの者の霧を頼りに彼の地へ……大接界の中心に騎士たちを進めるだけ……」

 シュンの足元では、タヌキのヤギョウが恭しく彼にそう伝える。


「じゃあなリート。色々ありがとな……」

「いいえシュン。こちらこそ。ありがとう……」

 アオレオーレが中庭に作り出した白い霧の向こうに消える。

 シュンとヤギョウもそれを追い、吹雪の国に去ろうとしていた。

 名残惜しそうにリートを振り返りながら霧の向こうにシュンが消えると、翼の少女リートは大きく深呼吸をした。


「私も……決めたから……」

「ウゴ……? どうしたんで? リートの姐さん……?」

 リートのブルーの瞳には、別れ際のシュンと同様に、決然とした光が宿っていた。

 少女のただならぬ様子に、庭の木の実を集めて朝食の材料を彼女の元に運んできたトロールのザックは、不安そうに首を傾げた。



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