爆進魔甲竜王
「行け! 魔甲竜王・制御不能!」
ラインハルトの号令の元、白銀の金属装甲に覆われた機械竜が眼前の巨大甲虫に突進する。
「ガアアアアアアア!」
牙蜘蛛の御者の制御の下、どうにか体制を立て直した甲虫が、真っ赤に燃える複眼で魔甲レックスを睨んだ。
鋭い牙の突き出した甲虫の顎がカチカチと鳴り、頭部から飛び出した不気味な口吻が微細に振動を始めた、次の瞬間
ジュッ!
甲虫の口吻から、褐色のガスが地面に向かって噴射された。
「ぎゃあああ!」
甲虫に踏みしだかれ、その足元で苦し気な呻きを漏らしていた忍者の一人が、恐ろしい悲鳴を上げる。
ガスの噴射をもろに被った忍者の黒装束が、忍刀が、その全身が、見る間にドロドロと溶け崩れ落ちてゆく!
「腐食性ガス! あかん、祖父ちゃん!」
甲虫の吐き出したおぞましい武器の正体に、シーナの目が恐怖に見開かれた。
ガスの噴出が止まらない。口吻から吐き出されたガスの軌跡が、突進する魔甲レックスに一直線に伸びてゆく。
だが、ラインハルトに動じる様子は無かった。
「魔光シールド!」
ラインハルトが叫ぶ。
と同時に、レックスの前面に生じた青白い光の被膜が噴出するガスを遮った。
魔光シールド。ニクトピア御珠での戦いの際、猿に操られたレギオンの攻撃からシュンとラインハルトを守った防御装置と同様のものだが、レックスに装備されたそれの防御範囲は桁違いだった。
車道全体をカバーするほどの範囲まで展開されたシールドが、レックスとラインハルトのみならず、その背後のシーナたち夜見の衆全てをガスから守ったのだ。
「ギャオーン!」
咆哮を上げたレックスがそのまま甲虫に突撃、鋭い牙の生えそろった巨大な顎で牙蜘蛛ごと甲虫の頭部を咥え取り、そのまま空中にはね上げる。
ドズン。宙に舞った甲虫の巨体が地面に激突。周囲の街灯や車両をなぎ倒しながら路上に転がる。
甲虫の下敷きになった牙蜘蛛の御者は汚らしい体液にまみれた肉片と化していた。
「ガ……ガ……ガ……」
だが、甲虫の動きはそれでも止まらなかった。
再び体制を立て直し、地面から頭をもたげた甲虫の口吻が振動を始める。
再びガスを放つつもりなのだ。
「させん!」
ラインハルトが甲虫を指さし厳しく一声。
と同時に、魔甲レックスの巨大な顎が大きく展開し、甲虫の方を向いた。
ジジジジジ……。
魔甲レックスの水晶製の背鰭が青白く発行し、その光が徐々に徐々に強さを増しながらレックスの頭部に集中していくと……次の瞬間!
ゴオオオオオオ!
魔甲レックスの口から噴き出した青白い炎の奔流が、今まさに腐食性ガスを放とうとしていた甲虫の頭部に命中。
ドガン! 甲虫の頭を、次いでその全身を爆裂させ路上に四散させた!
「魔煌殲滅竜咆光……!」
青白い炎に包まれた甲虫の残骸に目を遣りながら、ラインハルトは一言そう呟いていた。
「キ……! 怯ムナ! 捕縛シロ!」
甲虫の後方で蠢く牙蜘蛛の一体がそう声を上げると、残った蜘蛛たちが、一斉に毛むくじゃらの腹部を魔甲レックスに向けた。
ピスン……ピスン……ピスン……
蜘蛛たちの尻から放たれた粘つく白い糸が、次々に魔甲レックスに絡みついてゆく。
「あかん! 動けなくする気や! 祖父ちゃん!」
シーナが祖父の背中にそう叫ぶ。
だが、相変わらずラインハルトに動じる様子は無かった。
「レックス。巨人形態……!」
ラインハルトが魔甲レックスにそう号令した、次の瞬間、
ギギギギギ……。怪事が起きた。
老人の乗った魔甲レックスの白銀の金属装甲が次々にスライド、展開し、見る間にその形態を変えてゆく。
ボディに格納されていた逞しい二本の腕が露わになる。逆関節だった竜脚が、スックと伸びる。
機械竜の背中に乗った魔甲至高鎧が、展開された竜の頭部にスライドしてゆく。
「変形した!」
シーナは再び驚愕した。
今、蜘蛛たちの放った糸を引きちぎり、彼らを睥睨しているのは、機械竜から変形を果たした、身長10メートルはありそうな、その背に槌矛を負った白銀の巨人だったのだ。
「進撃!」
ラインハルトの号令とともに、両手でメイスを構えた機械の巨人が、蜘蛛たちに突進する。
「ギシャアアアア!」
蜘蛛たちの断末魔が辺りに響く。
巨人の振るったメイスが慌てふためく足元の蜘蛛を、次々に薙ぎ払い、叩き潰し、肉塊へと変えてゆく!
「す……すごい!」
シーナも、その場に集った一同も、西の夜見の衆の統領、比良坂ラインハルトの新たな武器に感嘆の声を上げた。
「わしが先陣を切る、続け皆の衆!」
「お、オオーーーー!」
「待ってや祖父ちゃん!」
「ハルさん!」
ラインハルトの号令に、後陣の夜見の衆が次々に鬨の声を上げながら、彼に続いた。
#
「大したものだ『夜見の衆』。人間たちの力があれ程とは……!」
甲虫と蜘蛛たちの残骸の撒き散らかされた新宿御苑のビルの一棟。
屋上の縁に腰かけた緋衣の少女が、切れ長の目を見開いて感嘆の声を上げていた。
夜白レイカだ。
「あれだけの者が集えば、牙蜘蛛マガツといえど或いは……! それに……」
レイカは刻々と黒い森に覆われてゆく周囲の市街のその彼方を見据えて呟いた。
「メイの言ったとおりだ……彼が来ているな。 全ては、私の思い通り……」
レイカの視線の先には、黒い森の奥にチラチラと瞬いた、いくつもの青白い光の点があった。
「それにしても……」
レイカは俯いてポツリ呟く。
彼女がジッと見据えているのは、真っ白な自分の掌だった。
「何故、私は……あの時あんなことを……!?」
都庁舎の屋上、蠢く蔓の檻の中でメイの頬を張った自身の右手を眺めながら、レイカが首を傾げていた、だがその時だった。
「……!?」
人形の様な貌を訝しげに微かに歪めながら、レイカは辺りを見回した。
「この気配……微かだが……感じる!」
そう言ったレイカの声にもまた、微かな悲痛の色が滲んでいた。
レイカの朱をさしたような唇が、厳しく結ばれていた。
「秋尽ユウコ……。やはり来たか……!」
#
くすんだ空気の立ち込めた、無人の飲食店街の真ん中を、一人の女が歩いていた。
夜には多くの酔客で賑わっていたであろう、昭和の佇まいを残すその通りは、今や見る影もなく荒れ果てていた。
路上に転がる赤や黄の酒箱やビール瓶。その傍らには蜘蛛たちに襲われた者のなれの果てだろう。
服装も年齢もわからないほどに、切り裂かれ、食いちぎられた無残な死骸がそこかしこに転がっている。
その、廃墟と化した飲食店街を見回しながら、厳しい表情で歩いているのは、縞紫の単衣にその身を包んだ華奢な老女だった。
手入れの行き届いた白髪。端正な貌に刻まれた皺。メイの育ての親、秋尽ユウコの姿だった。
「キキキ……。コンナ処ニ、マダ残ッテイタカ……」
「人間……女カ……ナラバ父上ノ元ニ……」
「ナニ、コンナ老イボレダ。コノ場デ喰ッテモ構ワネエサ……」
銀色の牙をカチカチ鳴らしながら、そのユウコを取り囲む者たちがいた。
飲み屋の屋根から壁を這って通りに下りてきた、毛むくじゃらの3匹の牙蜘蛛だった。
「蜘蛛たちよ。教えなさい……」
「アン?」
自身の体躯の数倍はあるだろう3匹の蜘蛛を見回しながら、だがユウコは臆する様子もなく、蜘蛛たちにそう話しかけた。
「あの者は……『吸血鬼リーリエ』は何処にいるのか。教えたならば命までは取らないわ……」
「吸血鬼りーりえ? 人間ガ、ナンデソンナ奴ヲ探シテイル……」
「下賤ノ吸血鬼ノ居場所ナド知ルカ!」
「妙ナ女ダ。サッサト喰ッチマオウゼ……」
毛むくじゃらの頭部を苛立たし気に振りながらユウコにそう答えると、蜘蛛たちがユウコとの距離を詰めてくる。
「そう。ならば仕方ない……」
興味を失ったようにその場から歩き出そうとするユウコに、蜘蛛たちが一斉に飛びかかろうとした、だがその時だった。
「ナンダ……コレ……」
「カカカ……体ガ……」
自分たちの体に生じた異変に気付いて、蜘蛛が戸惑いの声を上げていた。
気がつけば、くすんだ飲食店街に、桃色の光をチラチラト瞬かせながら漂う、微細な粒子が見える。
桃色の粒子は蜘蛛たちの身体に降りかかり、全身を覆った真っ黒な剛毛の内に潜り込んでいた。
蜘蛛は身体の自由が利かず、その場から動くことができなかった。
「貴様……何ヲシタ……」
8つの複眼を怒りで真っ赤に明滅させた牙蜘蛛がユウコにそう言いかけた、だがその時だった。
「グジャアアアアアアア!」
蜘蛛たちの絶叫が、廃墟の飲食店街に鳴り響いていた。
彼らの毛むくじゃらの身体が、彼ら自身の内側から生じた薄桃色の奇妙な『何か』に引き裂かれていた。
蜘蛛の足先から、剛毛の間から伸びあがり、彼らを干からびた肉塊に変えたのは、薄桃色をした無数の茸だったのだ!
「秋尽流放魔術『桃色遊戯』……。お前たち蜘蛛の身体とは、特に相性が良いようね……」
桃色の茸の苗床になり果てた蜘蛛たちを見回しながら、ユウコは冷たくそう言い放った。
いつの間にかユウコの手の内でカタカタと震えながら辺りに桃色の胞子をまき散らしているのは、茶色くひしゃげた、小さな木片。
彼女が使役する妖魔『菌神』の菌床だった。
妖気を持つ相手に胞子として取りつき、その妖気を内側から食らいながら急速に成長し相手を引き裂く、恐るべき桃色の茸。
それが秋尽ユウコの放魔術『桃色遊戯』だった。
都庁舎での決闘の時に、バルグルにこの技を用いようとしたユウコが、だが咄嗟にその手を封じたのは、上空からバルグルに戦いを挑んだシュンにまで危害が及ぶのを恐れたからだった。
シュンの身の内に潜んで彼に力を与える『刹那の灰刃』も妖気を持つ限り、桃色の胞子がシュンに取りつき彼を傷つける可能性をユウコは捨てきれなかったのだ。
「夜白レイカ……必ず見つけ出す。あなたが私の鬼刺刀を持っている限り、私とあなたは必ず出会う定め。全てはメイのため……最後の決着をつけましょう……」
夜明けの明かりもまだ及ばぬ暗い路地の空を仰ぎながら、秋尽ユウコは決然とした面持ちで、そう呟いた。




