集結夜見の衆
「ずあああ! 竜巻烈風突き!」
「バニシング・バーニング・バースト焔!」
矢継ぎ早に飛びかかってくる牙蜘蛛の群れを相手にして、カナタとシーナが互いの背を守りながら奮戦している。
疾風の手甲をはめたカナタの突きから放たれた竜巻が蜘蛛たちを蹴散らし、シーナの振る扇魔の冥杖から放たれた火炎が蜘蛛たちを焼いてゆく。
だが、このままでは勝負の行方は目に見えていた。
蜘蛛たちの数は圧倒的だった。一体この地に何百匹、いや、何千匹潜んでいるのだろう。
市街の路面を、壁面を、一面に埋め尽くした毛むくじゃらの塊。仲間の死に全く動じる様子もなく牙を鳴らし、次々に襲い掛かってくる蜘蛛、蜘蛛、蜘蛛!
「キリがない! シーナ、ハルさんたちは!」
「もう、すぐ来るはずやけど!」
悲鳴にも似た声でシーナにそう叫ぶかなたに、シーナも肩で息をしながら必死で答える。
カナタの空手も、シーナの放魔術も、もう限界を迎えようとしていた。
「メララちゃん、バースト! バースト! バースト!」
「ううう、すんません姉さん。もう力が……」
シーナの錫杖から放たれる火の精メララの炎の勢いが、急速に弱まっていく。
「ギシャー!」
機を見計らったように、何匹もの牙蜘蛛が、カナタとシーナに一斉に飛びかかってくる……だが、その時だ!
ギュンッ!
カナタとシーナの傍らを、青銀色の鉄塊が目にも止まらぬ速さで掠め、次いで、
ズドン! ズドン! ズドン!
砲弾の炸裂するような爆音とともに、襲ってきた牙蜘蛛の体が、次々に破裂して辺りにまき散らされた。
「あれは、ハルさんのロボット!」
「祖父ちゃん……? あ!」
カナタとシーナが、同時に安堵の息をつく。
蜘蛛たちの体に命中して彼らを破裂させたのは、その機体を砲弾のように加速させたラインハルトの戦闘ロボットだったのだ。
「カナタ。シーナちゃん。お待たせ!」
「母さん!」
「ナユタさん!」
戦場に駆け付けて二人の後ろでロボたちを指揮している人影に気づいて、カナタとシーナは驚きの声を上げた。
そこに居たのは、如月ナユタ。
右手でラインハルトの魔采軍配を振り、戦闘ロボット軍団の指揮をとっていたのは、カナタとシュンの母親だったのだ。
「魔甲軍団・量産型200体、ただいま到着!」
高らかに声を上げてそう告げるナユタの頭上に浮揚しているのは、四肢の先からジェットの奔流を放った、青銀の金属装甲が200体。
「母さんが……ハルさんのロボを?」
「じゃあ祖父ちゃんは……?」
ナユタに託された魔甲軍団の姿に首をかしげるカナタとナユタ。
「ええ。ボスは今、準備で忙しいから、私が代理でね……」
ナユタは二人を見回すと、そう答えて悪戯っぽく笑って軍配を振った。
ギュンッ! 空中のレギオンが、牙蜘蛛の群れに一斉に突進する。
掌底からから放たれる光線が蜘蛛を貫き、砲弾と化した青銀色のボディが蜘蛛を撃ち砕いてゆく。
「ギギギ……人間ドモノ武器カ……」
「ダガソンナモノデ俺タチヲ止メラレルモノカ……」
複眼を真っ赤に明滅させながら、一向に怯む様子のない蜘蛛たちだったが、
「私たちだけじゃないわ。見なさい!」
カナタもまた臆する様子もなく、蜘蛛たちにそう告げた、その時だ。
「急急如律令!」
空を渡った鋭い一声とともに、
「グモオオオオ!」
蜘蛛たちに埋め尽くされた路面の一角が突然、大きく盛り上がった。
「今度はなに?」
「……巨人!?」
カナタとシーナは目を瞠った。
牙蜘蛛の群れを割って、地面からそそり立ったのは、砕けたアスファルトやガラスの破片をより合わせた、身長5メートルに達する、何体もの土塊の巨人だったのだ。
巨人たちが、図太い腕で牙蜘蛛を薙ぎ払う。
その足が、蜘蛛たちをい踏みしだいてゆく。
「……あれは……『式神』!」
シーナは土巨人たちの頭の辺りに張り付いた白い紙片に気づいて目を遣った。
シーナとカナタの周囲の空を、幾片もの小さな紙人形が舞っていた。
人形たちが蜘蛛たちの群れに飛んでゆき、彼らの隙間に吸い込まれるように消えてゆくそのたびに、蜘蛛たちの間から新たな土塊の巨人が立ち上がり、彼らを蹴散らしてゆくのだ。
「京都の『嵐堂流陰陽寮』……陰陽師や!」
土巨人たちを操る援軍の正体に気づいて、シーナの貌が明るくなった。
見回せば、いつのまにか周囲のビルの屋上の縁に立った、何人もの男女の人影。
ゆったりとした白の狩衣に立烏帽子のいでたち。その顔は狐や狸の面で隠されている。
彼らが右手に持った蝙蝠扇を振るたびに、紙人形が空を舞い、次々に新たな土巨人が立ち現われるのだ。
そして、戦っているのは彼らの操る巨人たちだけではなかった。
「懺悔、懺悔、六根清浄!」
ボォーーー……
戦場に響いたのは玄妙な法螺の音だった。
裂帛の気合を込めた掛け念仏とともに、蜘蛛たちを打ち払ってゆく一団があった。
「あれは山伏!」
「ええ。高尾山の心浄院にも来てもらったわ!」
唖然としとてそいう呟くカナタに、ナユタは笑顔でそう答えた。
頭に乗せた黒塗りの頭襟。
麻の鈴懸に真っ赤な結袈裟。両手に構えた檜の金剛杖。
ナユタと時を同じくしてこの地に集った、修験者の一団だった。
山伏たちの振るう金剛杖が、次々に飛びかかってくる蜘蛛たちを、打ち払い、叩き潰してゆく。
シュ……シュ……シュ……
風を切る音がシーナの耳元を掠める。
再びシーナに迫ってくる蜘蛛たちの体に次々突き刺さってゆく、幾振りもの黒光りする十字手裏剣。
「ヤー!」
奇声と同時にシーナの頭上を飛び越えて、蜘蛛の群れに躍りかかる黒い影たちの姿。
「あの装束は『伊賀者』……『島ヶ原百鬼衆』!」
シーナは再び目を瞠る。
黒装束に身を包み背中に忍刀を帯びた、何人もの忍者たちが、蜘蛛たちに果敢に斬りかかってゆく。
「さあ、カナタ、シーナちゃん。手勢は揃ったわ……ここからが、正念場よ!」
「わかった、母さん!」
「行きます、ナユタさん!」
カナタとシーナを見回して力強くそう言ったナユタに、二人は目に闘志の炎を燃やして、そう答えた。
「行くぞ! 旋風X斬り! 旋風一文字斬り!」
再び手甲を構えたカナタが、蜘蛛たちの体をX時に、一文字に、次々切り裂いていく。
「それにしても……」
眼前の蜘蛛たちを屠りながら、カナタはポツリ、不安げにそう呟いた。
「こんな時に……あいつは一体何やってるのよ、何処に行ったの……シュン!」
カナタの脳裏を過ったのは、都庁舎の戦いで離ればなれになった弟の顔。
屋上で絶望の呻きを上げていた、シュンの声、シュンの涙……。
その時だ。
「カナタさん! 危ない!」
「うわ!」
シーナの声に、カナタは背後を振り向いた。
「死ネ人間!」
音もなくカナタの背後に近づいて、彼女に飛びかかってきた一匹の牙蜘蛛の黒い影。
しまった! カナタの額を冷たい汗が伝った。
カナタの一瞬の油断が、牙蜘蛛の鋭い爪先が、彼女を非情な死に導くかに思えた……だが、その時だ。
ビス!
空を切る音とともに、毛むくじゃらの蜘蛛の体に何かが突き刺さり、次の瞬間、
「ギジュアアアア!」
恐ろしい断末魔とともに、蜘蛛の体が真っ二つに裂けて、カナタの足元に転がった。
「お嬢さん、怪我はありませんかな?」
裂かれた牙蜘蛛の背後、そう言ってカナタの目の前に立っていたのは、鮮やかな黄色のスーツにその身を包んだ、温厚そうな眼鏡の老紳士だった。
「あなたは……マジシャンの『モギー四朗』!」
自身の危機を救った者の正体に気づいて、カナタは愕然としてそう叫んだ。
そこに居たのはテレビの演芸番組で子供の頃から見知っている、有名なマジシャンの姿だったからだ。
老紳士の背後には、老紳士同様、鮮やかな原色のスーツを身にまとった何院もの男女が立っている。
マジシャンのモギー四朗と彼の一門が、戦場と化した新宿に乗り込んで来たのだ。
「四朗さんも……来てくれたんですね!」
「当然ですナユタさん。夜見の衆としても務め……この『モギー一門』、片時として忘れたことはありませんぞ!」
感極まった様子で驚きの声を上げるナユタに、モギー師は力強くそう答えた。
シュ……シュ……シュ……
モギー師と彼の弟子たちの手から流れるように放たれたトランプのカードが、蜘蛛たちの体に次々と命中してゆく。
と同時に、
ズバッ! ズバッ! ズバッ!
一瞬にして、畳ほどの大きさに拡大したカードが、巨大な空飛ぶギロチンの如く、蜘蛛の体を内側から真っ二つにしてゆくのだ。
「カードが……でっかくなった!」
マジシャンたちの放つ凄まじい殺人技に、カナタは再び驚愕した。
「モギーさん……凄い! 本物の魔術師だったなんて!」
カナタは感嘆の面持ちで、目の前の老紳士の放つ鮮やかな技に見とれた。
テレビの演芸の時間に披露していたショボいマジックの数々は、世を欺くための、ほんの余技にすぎなかったのだ。
「さあ、形勢逆転や、行くでバケモンども!」
シーナもまた錫杖を振り蜘蛛たちを焼き払いながら、鬨の声を上げた。
#
「おのれ人間ども……! わが息子たちをよくも……!」
新宿上空、張りめぐらされた牙蜘蛛の巣の奥では、魔王マガツが巨体を戦慄かせながら、怒りの声を上げていた。
彼の居城の一角に集い、自身の分身である牙蜘蛛の軍団と刃を交えた人間の一団は、これまでマガツが撃退してきた軍隊とは比較にならない力を持っていた。
彼の息子たちが徐々に……そして急速にその数を減じてゆく。
「許さぬぞ……貴様らには最も不浄な死を与えよう。息子たちよ。『フェルドの番虫』を出せ!」
黒蜘蛛の複眼を怒りで真っ赤に燃やしながら、マガツはフリーゲの槍を振り、地上に向かってそう号令した。
#
「もうすぐや……あと少しで、ここら一帯の蜘蛛どもは……!」
錫杖を振り炎で仲間の戦いを援護しながら、シーナは勝利を確信していた。
戦いは夜見の衆の優勢だった。
陰陽師の、山伏の、忍者の、マジシャンの、この場に集ったすべての者の奮戦で、蜘蛛たちは確実にその数を減らし、市街の中心へと後退してゆく。
「このメンツなら……勝てる!」
シーナが力強くそう声を上げた、だがその時だった。
ズズズウウウウウ……
地鳴りと共に、踏みしめた路面が揺れた。
「なんだ!」
「地震!」
戸惑いの声を上げる忍者や山伏たち。
ズシン……ズシン……
周囲のビルの壁面や窓ガラスを揺らしながら、何か巨大な者の足音が近づいてきた。
1区画先のビルが、ガラガラと音を立てながら瓦解してゆく。
「何か来る……油断するな!」
そう声を上げて各々の武器を構える一同の目の前に、舞い上がる土煙の向こうから、『そいつ』が姿を現した。
「こいつは……!」
「虫……!」
シーナもカナタも、いや、その場に居た夜見の衆全員が、驚きのあまり一瞬その場から動けなかった。
「ガアアアアアアア!」
牙蜘蛛の御者に手綱を引かれてこの場に現れたのは、黒光りする甲殻に全身を覆われた、体長20メートルを超える、巨大な甲虫だったのだ。
「ゴ……ゴミムシ……!」
人間世界でも見覚えのある、巨大な虫のおぞましい姿に、シーナの貌が青ざめた。
「ぎゃあああ!」
「下がれ! 下がれ!」
混乱に陥った夜見の衆の悲鳴が辺りに入り混じる。
ズシン……ズシン……
牙蜘蛛に手綱を引かれた巨大な甲虫の突進が、足元の忍者を、山伏を、モギー一門を次々に踏みしだき、蹴散らしてゆく!
「なんて怪獣や! これは……まずい!」
シーナもまた甲虫から後退しながら、必死に窮余の策を講じていた、その時だった。
ドシン……ドシン……ドシン……
今度はシーナやカナタたちの背後から、甲虫のものとは異なる地響きが伝ってきた。
「今度は……なんや!?」
シーナが恐る恐る背後を振り向いた、次の瞬間!
「ギャオーーーーーーン!!!」
耳をつんざく雄叫びと共に、何か巨大な者の二本足が、シーナとカナタの頭上をまたいで行った。
ドガン! 二音足の何かが、そのまま甲虫の巨体に激突する。
「ガアアアアアアア!」
バランスを失った甲虫の巨体が、路上に転がる。
「待たせたな、シーナ……みんな……!」
「え……祖父ちゃん?」
甲虫に激突した巨大な影の上に乗った者の正体に、シーナは金色の目をシバシバさせた。
戦場に突進してきたのは、修理の完了した赤金の魔甲至高鎧にその身を包んだ、彼女の祖父ラインハルト。
そして、そのラインハルトがその背中に跨っているのは、甲虫に勝るとも劣らない巨躯を誇る、獣の形をした機械だった。
図太い竜脚。しなやかな尾。たくましい両腕の先から伸びた、鋭いかぎ爪。耳まで避けた口。生えそろった鋭い牙。
白銀の金属製の装甲で全身を覆われた……二足歩行する巨大な竜の姿!
「祖父ちゃん、それは一体……!?」
「ボス……ようやく、動くようになったのね!」
「ぐふふ……シーナ、ナユタ女史。ついに実用段階に達したぞ。魔甲研究の現時点での到達点。このわしの究極魔器がな……!」
ラインハルトを見上げて愕然とするシーナに、老人は昂った声でそう答えた。
「突撃じゃ! 魔甲竜王・制御不能!」
「ギャオーーーーーーーーーン!!!」
甲虫を指さしてそう号令するラインハルトに、白銀の機械竜は鋭い牙の並んだ大顎を開き、再び雄叫びを上げた。




