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破界の魔王と吸血少女  作者: めらめら
第11章 牙蜘蛛の治世
101/144

離散

「きゃあああ!」

 地上250メートルの空中。

 牙蜘蛛マガツの糸で破壊されたマツカゼから投げ出されたルナが悲鳴を上げた、その時だった。


「あなた、つかまって!」

「あっ!?」

 力強い声でルナにそう呼びかけて、ガシリと彼女の手を掴む者がいた。

 ルナと同じく地上向かって落下してゆくシュンの姉、如月カナタだった。


「シュンくんの……お姉さん!?」

 驚愕の表情でカナタを見るルナを、彼女は自分の傍らに抱き寄せる。

 カナタの視線の先には、今度は自身の10メートルほど前方を落下してゆくシュンの姿があった。


「シュン! シュン! 目を覚まして! 飛びなさい!」

 力を使い果たし、意識を失っているのだろうか。

 空中のシュンの身体は、自身を引っ張る重力に身を任せたまま。

 カナタの呼びかけに応じる様子も無く、身じろぎ一つしない。


「くそっ! だったら……」

 カナタは忌々しげに貌を歪めると、何かを決したようにルナを向いた。


「掴ってて。振り落とされないように!」

「え!?」

 カナタの言葉に、ルナが戸惑いの声を上げたか上げないか、まさにその瞬間、


「竜巻烈風突き!」

 裂帛の気合とともに、青光りする鉤爪手甲を嵌めたカナタの拳が空を切った。

 途端、ゴオオ!

 秋尽の魔気『疾風の手甲』から生じた竜巻が、カナタとルナ、そしてシュンの身体を巻き込み上方に舞い上げた。


「きゃあ!」

「シュン……!」

 悲鳴を上げてカナタにしがみ付くルナ。

 カナタは接近したシュンの身体を掴み取ろうと彼に向かって手を伸ばす。

 カナタの手がシュンに届くまで、あと30……20センチ……だが……!


「ううあシュン!」

 カナタが絶望の呻きを上げた。

 手甲から発生した竜巻が消失してゆく。

 シュンの身体が、再びカナタの手から遠ざかってゆく。

 再び竜巻を放とうにも、力の『溜め』が足りない。

 竜巻を生じさせることが出来るのは、せいぜいあと一度。

 次の手甲の一撃は、カナタとルナが地上に激突するその寸前まで使うことは出来なかった。

 カナタにはこのまま、弟を見殺しにすることしか出来ないのだろうか。

 だが、その時だった。


 バサリ……バサリ……

 上方から、翼の撓るような音。


「あ!?」

 貌を上げたカナタが驚きの声を上げる。

 上空から、落下するシュンに向って急接近する人影があった。

 風に靡いた輝く様な金髪、雪の様な肌、シュンの姿を厳しく見据えるブルーの瞳。

 大きな純白の翼を羽ばたかせた少女な姿。

 翼人(ジレーネ)のリートだった。


「シュン!」

 翼の少女リートがシュンの名を呼ぶ。

 か細い少女の手がシュンに差し伸ばされる。

 リートがシュンの身体を抱き上げる。

 再び大きく翼を撓わせて、空中でシュンを捕まえたリートが都庁上空を覆った魔影世界の暗い空に向かって、舞い上がってゆく。


「そんな……シュン!」

 唖然としたカナタが、リートとシュンの飛び行く先を仰いでシュンの名を叫ぶが、姉弟を隔てた距離は増してゆくばかり。

 落下してゆくカナタとルナのすぐ眼下に、新宿中央公園の緑地が迫って来た。


  #


「シーナさん。ここは私が。あなただけでも逃げて……」

「何言ってるんや。駄目です! ユウコさん!」

 都庁舎屋上を埋め尽くした無数の牙蜘蛛に囲まれて、シーナとユウコが悲壮な声を上げていた。

 ギチギチと銀色の牙を鳴らしながら、蜘蛛たちが一斉に二人めがけて飛びかかった、その時だった。

 シュラン。空を切る音。

 飛びかかった蜘蛛たちの身体が一瞬にして寸断された。

 汚らしい体液を撒き散らしながらコンクリートに転がる蜘蛛の残骸。


「二人とも、早く逃げろ。ここは俺が……!」

「あなたは!?」

「おまえは!?」

 白刃を振りながらシーナとユウコの前に飛び込んで来た影に、二人は驚きの声を上げた。

 蜘蛛たちを斬り伏せたのは、銀色に輝く日本刀を携え黒衣に身を包んだ飛蝗の顏の怪人。

 怪盗シュヴェルトの姿だった。


「シュヴェルト! なんで、おまえが!」

「いいから! ほら『あいつら』が来る……!」

 戸惑い貌でシュヴェルトの背を見るシーナ。

 矢継ぎ早に襲い掛かって来る牙蜘蛛の群れを次々に斬り払いながら、シュヴェルトはシーナに答えて空を仰いだ。

 

 パラパラパラパラ……

 上空から接近してくるプロペラ音。

 ヒラサカインダストリーの輸送用ヘリコプターが屋上向かって降下してくる。

 

「ユウコさん! シーナちゃん!」

 開け放たれたヘリのハッチから、厳しい表情で二人の名を呼ぶのはシュンの母、如月ナユタの姿だった。


「キキキ……逃ガサネエ……」「食ッテヤル……食ッテヤル」

 蜘蛛たちは、何匹斬り倒されてもまるで怯む様子がなかった。


「シーナ。アレを……『鋼玉』を返せ!」

「へ? なんでウチの名前を?」

「いいから早く!」

 幾重にもシーナたちを取り囲んで、なおも執拗に飛びかかって来る蜘蛛たちをかわしながら、シュヴェルトはシーナにそう呼びかけた。

 

「う……うう!」

 有無を言わさぬシュヴェルトの迫力に、シーナが彼から奪い取った『グラヴィタの鋼玉』を懐から取り出すと、


「これと交換だ……」

「それは……! ウチの鞭……」

 鋼玉を受け取ったシュヴェルトが、腰から下げた『乱魔の鞭』をシーナに手渡す。

 狭間の城でシュヴェルトを緊縛していた、シーナの鞭だった。


「さあ行け!」

 鋼玉を頭上にかざしながら、シュヴェルトはシーナとユーコを向いてそう叫んだ。

 次の瞬間、ブウン……

 シュヴェルトの手の内の鋼玉が鈍い唸りを上げる。


「ギチャア!」

 三人を囲んだ蜘蛛たちが、奇声を上げながら次々と屋上にへばり付いてゆく。


「す、すごい!」

 シーナは金色の瞳を見開いて感嘆の声を上げる。

 鋼玉の力が発動したのだ。蜘蛛たちの目方は本来の何倍にも増加した。自重に耐えきれず床面から動けない蜘蛛たちが、苦し気にギチギチ牙を鳴らしていた。


「ユウコさん。シーナちゃん。早く乗って!」

「ナユタさん!」

 ヒラサカのヘリは、既に屋上すれすれまで降下していた。


「だめよナユタさん。メイを此処に置いては……」

「ユウコさん。いったん退くんです! このままでは全員死ぬ! メイちゃんの事は、あとで必ず……!」

 後ろ髪を引かれるように、屋上に形成された蔓の塊を振り返るユウコを、ナユタは必死の表情でヘリまで引っ張り上げる。


「ぐ……! メイくん……!」

 ユウコに続いてヘリに飛び乗ったシーナもまた、悲壮な貌でメイを包みこみその姿を隠した蔓の虫籠に目を遣った。


「早く行け! ここは俺が食い止める!」

「でも、あなたは?」

「いいから行くんだ……母さん(・・・)!」

「……キョウヤ!?」

 蜘蛛たちの動きを封じながら背中越しにユウコにそう叫んだシュヴェルト。

 ユウコの目が驚愕に見開かれていった。


「そんなまさか……! キョウヤ! キョウヤ!」

「だめです! ユウコさん!」

 シュヴェルトの背を見据えて、ヘリから飛び降りようとするユウコを、ナユタとシーナが二人がかりで押えつけた。

 溢れる蜘蛛たちとシュヴェルトを残して、屋上からヘリが上昇してゆく。


  #


「メイ……」

 残されたシュヴェルトは悲痛な声でそう呻くと、屋上に蠢く薔薇の蔓の塊に顏を向けた。


「許してくれ。結局俺の力では、お前を救えなかった……。リュウガ、ナユタ、ハルさん、そして母さん……せめて、あなたたちだけでも……!」

 ブツブツと何かを呟きながら鋼玉をかざしたシュヴェルトの手に、見る見る細かい亀裂が入ってゆく。


「ふん。『グラヴィタの鋼玉』。からくり街のマシーネの業か。だが……」

 しわがれた声で嗤いながら、シュヴェルトを睥睨する黒山のような影があった。

 鋼玉による重力の檻の力も、その者には及んでいないようだった。

 レイカから奪った刹那の灰刃を携えて屋上に聳えた、牙蜘蛛の長マガツの姿だった。


「『怪盗シュヴェルト』か……無様で脆い魔造生物(ホムンクルス)の分際で、この我にたてつくか!」

 ズシン……ズシン……。

 自身の配下である牙蜘蛛たちを、毛むくじゃらの図太い脚で踏みしだきながら、マガツがシュヴェルトに迫って来た。


「いずれにせよ、もう何をしても無駄だ。大接界が始まった。二界が一つになる。そうなれば我が牙蜘蛛の一族は、人間の女の胎で殖え、人間の肉を喰らい無限に増え続けるのだ! この我の治世の下でな!」

 蜘蛛に乗った奇怪な老人の勝ち誇った笑い声が屋上を渡る。


「く……! この肉体も限界か! せめてこいつだけでも……!」

 鋼玉をかざしながら、シュヴェルトが苦悶の声を漏らす。

 シュヴェルトの右腕を覆った亀裂が徐々にその大きさを増し、彼の全身に及んで行く。


「さらばだ、シュヴェルト(・・・・・・)!」

 迫り来る牙蜘蛛の長を仰いで、シュヴェルトはそう叫んだ。

 ブウン……黒光りする彼の右手の鋼玉が一際大きな唸りを上げた。

 シュヴェルトの全身がひび割れ、全身が砕けてゆく。

 次の瞬間、鋼玉と、崩れゆくシュヴェルトの全身から真っ白な閃光が放たれた。

 閃光はマガツと、その周囲の牙蜘蛛を飲み込んで行った。


  #


「竜巻烈風突き!」

 ゴオオ!

 新宿中央公園の緑地帯に生え茂ったイチョウやコナラの樹の枝々が、少女の鋭い一声と共に突如巻き起こった突風に叩かれて、大きく撓った。

 緑地の一角に渦巻いた一条の竜巻が、上空から落下してきた二人の少女の身体を巻き上げて、地面に軟着陸させたのだ。


「す……凄い……!」

「ふう。どうにか上手くいったね。あなたも怪我は無い?」

 公園に降り立ったのは、一糸も纏わぬ姿のルナと、自身の手甲の業で地上への激突を防いだ、シュンの姉カナタだった。


「シュンくんのお姉さん……ありがとうございます。その、あたし、シュンくんには、色々酷い事を……」

「あたしは如月カナタ。ルナさん……だったっけ? 今はそれどころじゃない。とりあえず、これを着て……シュンを探さないと……」

 すまなそうな貌でカナタに礼を言うルナに、カナタは自分のライダースジャケットを羽織らせた。


「あなたは此処で待っていて、救援を呼ぶわ。病院に行かないと。連絡を取って母さんやユウコさんたちの無事も確認しなければ……」

 厳しい貌で都庁舎を仰いだカナタが、息をつく暇も無い様子で辺りを見回す。

 都庁上空に広がった暗い空からは、ここまで冷たい空気が叩きつけて来るようだった。

 何か異様な空気が、街全体を覆っていた。

 辺りを見渡せば、この辺りでは見たことも無い様な、黒い針葉樹が公園の緑地を断ち割るようにして、生え茂っている。


「メイちゃん……どうして、あんなことに……!」

 憤懣やる方ない様子でそう呻いたカナタが、何処かに向かって駆け出そうとした、だがその時だった。


「あ……ああ!」

「どうしたの? ル……」

 悲鳴にも似たルナの声が、カナタの背中を叩いて、カナタは彼女の方を向いた。

 

「あいつは!」

 ルナの視線の先に在ったモノの姿に気付き、カナタも驚愕の声を上げた。

 公園の一角に、異様な塊が転がっていた。

 砕かれた黒銀色の鱗鎧。振り乱された銀色の蓬髪。頭から伸びているのは片方がへし折れた、ヘラジカのような角。

 真っ赤な血の跡をあたりに残して緑地に転がっていたのは、隆々たる筋骨をした、男の上半身だった。

 

「グウウゥ……キルシエ……」

 弱々しく、苦し気な息を漏らしながら、カナタとルナの前に倒れていたのは、魔王バルグルだった。

 牙蜘蛛マガツにその身を引き裂かれ、都庁舎の屋上から打ち捨てられた、獣王の無残な半身だったのだ。


  #


「シュンちゃんって、なんだか不思議。そのお顔も不思議。そのお目々も不思議。なんだかとても……綺麗……」

 赤黒い夕焼けを背中にして、メイの黒い瞳がシュンの目を覗き込んでいた。

 メイの小さな掌が、シュンの滑らかな頬に添えられている。

「ヒンヤリしてて、すべすべしてて、なんだか気持ちいい……」

 メイのあたたかい指先が、シュンの額をなぞってゆく。

 シュンの額からチョコンと飛びだした何かを、メイが不思議そうな貌で触る。

 ああ。これは夢だな。

 小さなシュンの中に居るもう一人のシュンは、妙に冷静な気分でそう考えていた。

 でもなにかおかしい。シュンは首を傾げた。

 沈んで行く夕日。境内に伸びる長くて黒い影。迫り来る夕闇。

 俺は、何でこんなことを覚えているんだ?

 何でこんなことを、知っているんだ……?


  #


「シュン……! シュン……!」

 遠くからシュンを呼ぶ声がする。

 全身に痛みと、熱さと、疲労と虚脱感が甦って来た。


「うおあ!」

 シュンは目を覚ました。


「シュン! よかった。やっと目を覚ました!」

 目を開けたシュンを安堵の表情で覗き込んでいたのは、輝くような金髪を揺らした青い目の一人の少女。

 翼人(ジレーネ)のリートだった。


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