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破界の魔王と吸血少女  作者: めらめら
第11章 牙蜘蛛の治世
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拡がるカオス

「さあシュンくん。私に剣を返して。その『大天使の剣』を……」

「グウアア! レイカ……!」

 夜白レイカの操る緑に輝く薔薇の蔓が、シュンの右手から刹那の灰刃を奪い去り、彼の身体にかろうじて残っていた蔓の鎧を引き剥ごうとしていた。

 都庁舎屋上は、まるで覚めてみる悪夢の如き異境と化していた。

 魔王の力を使い果たし、黒蝶の化身の様な異様な姿へと変身を果たしたメイ。

 メイの身体から止めどなく溢れ出し、伸びてゆく薔薇の蔓。

 蔓は屋上の一面を覆い、次いで空に向かって伸び上がり、広がる蔓の間からは、冷たい突風の噴き出す夜空が顏を見せていた。

 それは魔影世界の空だった。


「シュン! つかまって!」

「シュンくん!」

 叩きつけるような突風に抗いながら、蠢く蔓の合間に転がり苦し気に呻くシュンにむかって一直線に突進する機影があった。

 カナタの操縦するエアバイク。魔進戦馬(マシンウォーホース)マツカゼ。

 後部座席には、シュンにその命を救われたルナの姿が。


「シュンくん!」

「ルナ!」

 マツカゼとシュンが接触した。

 そして、シュンとすれ違いざまに伸ばしたルナの手が、シュンの手を掴んだ。


「シュン、そのまま! 飛ぶよ!」

 カナタが叫ぶ。

 そしてレイカの操る薔薇の蔓を引きちぎって、ルナに引かれたシュンの身体が宙を舞った。

 シュンを救出したマツカゼが、その高度を上げたのだ。


「シュンくん。逃がさない……。あなたの存在は危険すぎる」

 上昇するシュンを、レイカの黒い瞳が冷たく見据えていた。

 レイカ右手には、シュンから奪い取った光り輝く水晶刀。刹那の灰刃が在った。

 ザワザワザワ……。レイカの操る薔薇の蔓が、マツカゼごとシュンを捕えようと機体の後尾にむかって伸びて行く。

 だが、その時だった。


「だめよ!」

「あ……!」

 レイカが抱きすくめたメイの口から、悲鳴にも似た声が漏れる。

 と同時にレイカもまた、蔓に生じた異変に驚きの声を上げた。

 屋上全体を覆った薔薇の蔓が、レイカの意志に反して彼女とメイの周囲に寄り集まってゆく。

 レイカの身体を捉えようと、彼女の手に、脚に、緑の蔓が幾重にも巻き付いて来る。


「ぐ……メイちゃん。自らの意志でその薔薇を……!」

 忌々しげにレイカは呻いた。

 蔓がマツカゼを捕えることはかなわなかった。

 ザザア! レイカの姿が、何百頭もの黒翅の蝶へと変じた。

 メイの操る蔓の縛めを逃れて、蝶の群れが都庁の上空を舞った。

 蝶に変じたレイカが見下ろす屋上の光景は異様だった。

 蠢く蔓が、メイの元へと集ってゆく。

 まるでメイ自身の姿を覆い隠すように、蔓は幾重にも幾重にもメイの周囲に重なってゆく。

 いまメイの身体を中心にして屋上に形成されてゆくのは、緑の燐光を放ちながら蠢きのたうつ、まるで奇怪な生きた虫籠だった。


「駄目よメイちゃん。蔓の力を御そうとしても無駄な事。その力には意志ががある。大いなる融和への意志が……」

 何百頭もの蝶の翅でシュンから奪った刹那の灰刃を支えながら、空中のレイカがそう呟いた、だがその時だった。

 シュッ。空を切る掠れた音とともに、刹那の灰刃の柄に何かが巻き付いた。


「ああ!」

 レイカが狼狽の声を上げる。

 灰刃に巻き付いているのは、屋上から放たれたネバつく微細な、一条の白い糸だった。

 カラン。糸に引かれてレイカの蝶から奪われた刹那の灰刃が、乾いた音をたてて屋上に転がった。


「キキキ……。ヨクヤッタ吸血鬼。コレガ人ノ世ノ剣。刹那ノ灰刃……!」

 糸を手繰りながら剣を取り、甲高い声を上げて嗤っているのは、一匹の仔牛ほどもある大きさの、毛むくじゃらの黒蜘蛛だった。

 先刻の戦いでルナの身の内から顕現した大蜘蛛。バルグルを引き裂き、メイの氷でその巨体を潰された魔王。

 牙蜘蛛の長マガツの身の内から生じた、大蜘蛛の兵隊の一匹だった。


「コレデ叶ウゾ……ワが悲願が。我と我が一族の力でこの世を満たすのだ……!」

 牙蜘蛛の甲高い声が、しわがれた老人のそれへと変わってゆく。

 そして見ろ。メイの氷から逃れ、物陰に潜め生き残ったその最後の蜘蛛の身体が、見る間にムクムクと膨れ上がっていった。

 その体長は10メートルを超え、剛毛に覆われた蜘蛛の頭部から生えて来たのは、朽葉色のローブを纏った……奇怪な老人の半身!


「魔王マガツ……!」

 眼下で膨れ上がってゆく大蜘蛛の姿に、レイカの声が震えていた。


「おおお……感じるぞ。この身の内に魔気が滾る……! 力が漲るのを!」

 節くれだった右手で刹那の灰刃を掴みながら、マガツは空を仰いで叫んだ。


「フハハ! 愚かな獣王は死んだ。器は解き放たれた。大接界が始まる。他の全ての魔王を下し、このマガツ様の治世が始まるのだ!」

 奇怪な老人の言葉と同時に、大蜘蛛の身体が不気味に蠕動をはじめた。

 マガツの剛毛に覆われた身体から、ワラワラと無数の何かが這い出してきた。

 屋上に溢れ出した、一匹一匹は小指の大きさ程の黒蜘蛛、急速にその大きさを増していく。

 小指程の大きさが、鼠ほどに、子犬ほどに……そして見る間に仔牛ほどの大きさまで……!

 

「キキキ……」「キキキ……」「キキキ……」

 マガツの身体から生じた何百匹もの牙蜘蛛の兵隊が、屋上全体に広がってゆく。


「まずいな。このまま、あの者の好きにさせるのは……!」

 レイカの変じた黒蝶が、散り散りになり、上空に広がる魔影世界の夜空の向こうに消えて行った。


  #


「姉ちゃん……ルナ……! 駄目だ。まだメイが……。シーナが。ユウコさんが……!」

「わかってる! わかってるけど、この状況では……!」

 ルナに抱きかかえられて、マツカゼの後部座席にしがみ付きながら弱々しく呻くシュンに、姉のカナタが苛立たしげにそう答えた。

 都庁舎の上空を旋回するマツカゼ。

 情況は絶望的に見えた。始まってしまった大接界。姿を隠したメイ。そして眼下に溢れてゆく黒蜘蛛の群れ……。


「ぐ……! せめてユウコさんと、シーナだけでも……!」

 意を決したカナタが、非常口の際に立ったユウコとシーナに目を遣った。

 溢れかえった牙蜘蛛の群れが、屋上に残された二人を取り囲んでゆく。

 ユウコとシーナを助けようと、カナタがマツカゼのハンドルを切ろうとした、その時だった。

 ジュッ! 何かが沸騰するような小さな音と共に、空中のマツカゼが大きくバランスを崩した。


「うおわ!」

「きゃああ!」

 悲鳴を上げるシュンとルナ!


「一体なにが!」

 慌ててハンドルを切りながら、どうにか体勢を立て直すルナ。

 マツカゼのボディが、屋上から放たれた何かに繋ぎ止められていた。


「鬱陶しい人間どもが……」

 魔王マガツがシュンの方を見あげて、しわがれ声で嗤っていた。

 マツカゼのマフラーとカウルに張り付いて飛行の自由を奪っていたのは、マガツが自身の掌底から放っていた、ネバつく太いロープのような、牙蜘蛛の糸だったのだ。


「うそだろ!」

 次にマツカゼを襲った事態に、シュンが愕然として目を見開く。

 ジュウウウ……。糸の内部からにじみ出た粘液が、マツカゼのマフラーを、カウルを徐々に侵食し……溶かしてゆく!


「落ちろ蚊トンボ!」

 屋上のマガツがそう言い放って、自身の手の内の糸を、大きく引いた。

 次の瞬間。バリン。

 マツカゼのマフラーがボディから引き剥がされた。

 両断されたカウルが宙を舞った。

 牙蜘蛛の糸に絡め取られ、破壊された魔進戦馬が、シュンたちを乗せたまま空中で四散してゆく。


「うわあああああああ!」

 シュンとカナタとルナの身体が、地上250メートルの空中に、放り出された。


  #


「シュン! カナタさん!」

「そんな……!」

 屋上のシーナが、落下してゆくシュンたちの姿を認めて絶叫していた。

 ユウコもまた絶望の呻きを漏らす。

 だが、危機はまた二人の身にも迫っていた


「キキキ……人ダ。女ダ。餌ダヨウ……!」 

 ギチギチギチギチ……

 鋭い牙を鳴らしながら、無数の黒蜘蛛がシーナとユウコを取り囲んでいた。


「ぐ……! メララちゃん。ウルルちゃん……! 準備ええな……!」

 燃え立つ炎のような紅髪を震わせて、シーナは悲壮な貌で錫杖を構える。


「だめだ……この子が傍に居ては、まだ……」

 ユウコはやるせない表情で、懐の内に忍ばせた木片を掴む。

 

「俺ハ脚!」「俺ハ頭!」「俺ハ腸!」「俺ハ!」「俺ハ!」「俺ハ!」

 銀色の牙を軋らせながら、仔牛ほどもある無数の大蜘蛛が、二人を目がけて一斉に飛びかかってきた。


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