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四章「フィーア」

 クトゥグアとセレーネを部室に置いて行った二人は、学内の廊下を並行する。彼等の剣幕な表情に、すれ違う生徒達は何事かと目で追う。しかし、声をかける者はいない。関係ない事には干渉しないのが長生きのコツだと、先輩から後輩へと長く語り継がれている。実際に過去起きた事件で、教授や生徒が次々と行方不明になる事もあった。


「手分けして探そう。俺は西川の家に行く。爺さんは、ここの図書室を調べてくれないか?」

「ふむ。それは構わんが、なんで大学の図書室なんじゃ。市の図書館のがまだ、遭遇する可能性があるぞい」


 龍馬はゆっくりと、首を横に振る。


「結構前に部長から聞いた話なんだが、西川は大学の図書室にしかない、珍しい本を読む為に入学したそうだ。その本をまだ見つけられてないなら、可能性は充分にあるぞ」

「なるほどのう。その珍しい本とやらを先に入手すれば、誘き出すことも出来るかの?」

「そりゃ出来るだろうが、ニャルラトなんとかっていう神格はどうするんだ。クトゥグアみたいな奴とは限らないぞ」


 珍しい本という単語に、リカンスは一つ提案を出す。それは中々に魅力的な物だが、彼の身を考えればリスクが高い。ましてや敵対している存在の情報など名前くらいだ。あまりにも情報が少なすぎる。

 表情が顔に出ていたのか、彼は龍馬の不安をかき消す様に、にかっと笑う。人を安心させてしまうそれは、龍馬を黙らせるのに充分だった。


「なに、意外となんとかなるもんじゃよ。お主は家の方を調べるんだったかの。乙女の部屋だからといって、変な事するでないぞ?」

「ないない。あいつのお気に入りとか、こっちから願い下げだ。変わり者は怪物だけでいい」

「お主も相当な変わり者だと思うがのう……。まあよい、何かあれば連絡するんじゃよ」

「爺さんの方こそな」


 言葉を交わし、足早に龍馬は大学の敷地から出て行く。それを見送ったリカンスは、携帯電話を取り出して電話をかけた。


「イェンス、聞こえるかの? ちょいと頼み事をしてもよいかのう」


 頼み事という単語に、電話越しの相手が興味を示した。


『誰かと思ったら爺さんじゃねーか。俺に頼み事をするなんて珍しいな。また面倒事でも巻き込まれてんのか?』

「面倒事と言われたら、そうかもしれんのう。お前さんには調べ物をして欲しいだけじゃ、安心しておくれ」

『調べ物だー? 俺がそういうの苦手なの知ってて言ってんのかよ。ま、借りがあるからいいけどよ。それで何を調べろって言うんだ』

 イェンスと呼ばれた青年は、渋々ながらもリカンスの頼み事に応じる。彼の言葉にリカンスはついつい笑みを浮かべてしまい、咄嗟に手で隠した。


『おーい、爺さん? どうした、結構やばい代物なのか?』

「ああ、すまんすまん。それでなんだが、ニャルラトホテプとかいう神様を調べてもらえんかの」

『にゃんことポテトだ? ジャンクフードで出しても売れなさそうな名前だな』

「ニャルラトホテプじゃ。それについて調べてくれんか」


 あまりにも酷い聞き間違いにリカンスは頭痛を覚える。何度も言えば、彼も覚えたようだが。


『了解だ。出来る限り調べたら、こちらから連絡する』

「おお、頼むぞい」


 それを最後に連絡を切り、大学の図書室へと足を運ぶ。規模からいえば、図書室で済まない大きさなのを彼は知らなかった。


 リカンスが図書室前に着くと、大きな門と勘違いしてしまうような扉が待ち構えていた。


「わしの知ってる図書室と違うような気がするのう……」


 ちらりと、門の近くに備え付けられたプレートを見れば、図書室と刻まれている。彼は扉に手をあて、力を込めてゆっくりと開けた。

 そこには壁という壁が本棚に埋め尽くされた空間が顔を出す。中心には樹の幹のような太い柱があると思い、注視してみればそれも本棚だ。彼は色々な土地を旅して来たが、ここまで本に埋もれた場所を見た時がない。


「それにしても、利用してる生徒が全然おらんな。受付も……か」


 扉の近くにあるフロントへ目を向ければ誰もいない。パソコンは電源が付けられたままで、画面の光りがやけに目についた。それが気になり、彼はフロントへと向かう。そこに辿り着く前に、澄んだ声が彼の耳に届く。澄んだ声に心地良さを覚えるも、形容し難い不快感も覚える。声の主の方へと視線を移せば、樹の幹に見えた本棚の近くに、麻里が小首を傾げてリカンスを見つめていた。

 黒い扇子を広げて口元を隠し、スリットが入った扇情的な服を身に纏い、普段の彼女らしくない格好をしている。ただ彼が理解出来るのは二つあった。素晴らしいいスタイルを持ちあわせていること、彼女の目に光がないことだ。


「リカンスさん、こんなところでどうしたの? なにか探しものをしているのかな」

「本当にあやつの言う通りじゃな……。皆が心配しておったぞ、西川お嬢ちゃん」

「ふーん、そうなんだ。でも、僕は見ての通り元気だよ。リカンスさんの方こそ、顔色が悪いけど大丈夫?」


 気付けば麻里はリカンスの目の前まで来ていた。彼女との距離が近付くほど、リカンスは顔を歪める。脳が悲鳴をあげ、一秒でも速く逃げろと全身に命令を促してくるのだ。


「ねぇ、リカンスさん。僕、すごい綺麗になったでしょ? リカンスさんが振り向いてくれるようにって、すごいがんばったんだよ?」

「ああ、わしもびっくりしとるわい。色々な意味でな!」


 彼女の手がリカンスの頬まで伸ばされた瞬間に、彼は横転する。彼女から充分に距離を取り、一目散に出口へと走りだして、図書館から出て行った。その動きについていけなかった麻里は、しばし呆けていたが、黒い扇子を閉じて彼が逃げた方へと視線を向ける。


「僕もびっくりしたよ。本当に、リカンスさんは凄いや……」


 麻里の唇は弧を描き、彼女は自身の影に溶けこむよう同化して、図書室からいなくなった。

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