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第1話 進むための試練

そんなものはない

 男が拳を振り上げる。この私に向かってだ。矮小で貧弱なこの身では2発と耐えられないだろう。とっさにバックステップ、2歩程下がる。ここは避けることに専念する。目のピントをぼかし、相手全体を見れるようにする。ぼかす理由は一部分だけに気を取られないようにするためだ。


 振り上げられた拳は早かった。十分に間合いと余裕を持ったつもりだが、甘かったようだ。目の前に拳が通り過ぎた。男は身長が高く、腕の振り幅も広いようだ。そのせいか一瞬で間合いが腕のリーチで潰された。相手の一挙動の全てに精神を注がなければならない。

ワン、ワンツー、素早い拳の連打。牽制と威圧を込めたそれは、小刻みな足のステップと共に私の逃げ道を塞いでくる。ジャブのわりに、見た目の威力が高そうだ。シュッ、シュッと風を切る音がすぐ側に聞こえる。1発とて当たってはならない。だが相手はちょくちょくフェイントを織り交ぜながら私の精神を削ってくる。相手が弱かろうと子供だろうと、容赦はしないようだ。


 必死になって攻撃を避け続ける。見逃すまいと相手の一挙動全てに神経を注ぐ。ただの一度でも気を抜けば、私はすぐに狩られるだろう。足の向き、踏み込みの深さ、重心の方向性。肩の可動域、クセ。見れば見るほど格上だと実感させられる相手に、心が折れそうになる。相手はまだ全力を出していない。息切れの欠片さえしていない。認めたくない現実に膝先から崩れ落ちそうになる。

しかし負けられない。諦められない。意地がある。まだこの手は動く、この足は動く。まだこの瞳は相手を見れる。ダメージは無い、体力はまだ十分にある。まだ戦えられる。こんな所で倒れられない。諦めてなるものか。まだ未来がある状態で、まだ何か出来る状態で、私は諦める事だけは絶対にしない。


相手は右側から攻める癖がある。たとえそれがブラフだったとしても、それを逆手に取れば或いは、

                     ズルッ

!! しまった!足元に水溜まりが、何故!




 時間にして1秒にも満たない一瞬。そんな短い間でも戦士にとっては一撃を放つには十分な時間だ。

何の因果か童子の足元には水溜まりがあった。足を取られ、倒れゆく童子。その足元から生まれた隙を対戦相手が見逃すはずもなかった。男は勝負に出た。後ろに倒れゆく童子に向かい、その顎に向けて拳を、アッパーカットを振り放つ。男は全力で殺しに来た。その必殺の一撃は容易く童子の命を刈り取るであろう。拳を放った本人も周りも誰もがやったと思った。なれど、倒れゆく童子の瞳にはまだ火が灯っていた。



拳が命を刈り取る寸前、童子は吼えた。



 Raaaaaaaaaaaaaaaaaa!

突如として鳴り響く轟音。悲鳴にも怒声にも似た咆哮。死の瀬戸際に立たされた戦士の叫び。身体の奥底まで響かせるような爆音じみたあまりの声量に、誰もが目を見開く。そう、誰もが。至近距離でそんな音を聞けばどうなるか、誰でも理解出来るだろう。振り上げられる男の拳に隙が生じるのは自明であった。


 ーーーー油断した。


それは誰の言葉だったろうか。童子は顎に拳が当たる寸前のところで首を伸ばし身を捻りそれを避けた。避けられると思っていなかった男。しかし条件反射の如く次の拳を繰り出していた。だが童子は繰り出される男の拳の連撃よりも早く着地し、爆ぜるようにその場から逃げ去った。男の方は先程の咆哮が堪えたのか、少しふらついている。その瞳には驚愕の色が映っていた。


 ーーーー二度も、避けられた。





 狭い闘技場での戦いは続く。一方的な攻撃、それを避け続ける矮躯の子供。取った終わったと、思ったその矢先の回避。数ある拳闘の中でも安く見応えのない筈の戦い。安銭を払って観る拳闘のわりに、思いもしない善戦を繰り広げる童子に、観客は血眼になってその行方を見続けた。観客は皆、歓声を忘れて。









 唐突に説明するが、私こと、ヴァン・タンスは奴隷である。誰かというと先程の童子である。因みに本名ではない。

拳闘興行士に身を売られ雑務雑用を始めとした様々なことをやらされている。朝早くから日が暮れるまで毎日働いている。覚えが早く利口であるためか可愛がられ、奴隷としては優遇されている身である。

さて、何故私は利口かというと、私には前世の記憶があるのである。それも日本人としての。当時の名は若林 俊。何故記憶が有るのかは分からない。でもよくあるパターンだろう。深く考えるだけ無駄だ。気がついたら生きていて、売られていた。年齢は不明、多分10もないだろう。痩せこけた顔に、落ちくぼんだ目が特徴である。子供とは思えない餓鬼のような風貌をしている。一応男。親は知らん。金も無く身分も無い。肉も骨も無く身長も無い。ないない尽くしの身である。おらこんな身は嫌だ~


 私が働いている場所はハジメテ大陸のチュートリアル地方の拳闘士育成所である。最も、地図なんて国家機密の塊は見たこと無いので大陸や地方の名前なんか言っても意味はないと思うが、そういう所に現在いる。


 さて、冒頭で私が拳闘しているような描写があったが、それには理由がある。説明が面倒なので、次回書く。

そんなものはない

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