アトミと眼鏡
この大勢の生徒達の中、最初から彼女しか見えていなかったかのように、彼女の後姿を、直ちに見つけてしまった。背丈や頭髪の色が目立つわけでもないし、前から見れば少々特長的な髪型ではあるけれども後ろからは分からないし、突出した胸が目に入ったわけでもないのに。
いつになく勘が鋭い俺。飛躍的にスペック向上したんじゃないか?(オレ覚醒?!)
冷めた見方をすれば、朝の校門付近で生徒が集まっている中に彼女が含まれる蓋然性は高く、予め無意識に発見していたのを再確認したに過ぎず、それを彼の祖父の暗示による催眠効果が後押し・・・といった解釈も成り立つのかもしれない。錯覚や思い込みであっても非日常的な知覚体験が竜斗に必要と考えた祖父が敢えて暗示を与えたとか。
それにしても、俺が見つけたのと同期するように、振り向いた彼女。やはり『魔眼』で俺の視線を察知したのでは?
倉城ミサキ・・・彼女は何者なのだ?
何度も同じ想いを巡らせながら、トオルの奇襲を躱しながら、竜斗は自分達の教室に辿り着いた。
アトミが先に来て彼女の席に座っていた。彼女は学校では眼鏡をかけている。
彼女のほうから竜斗達に声をかけてきた。
「昨日はどうもぉ」
「ハァィ、アトォミィ。メガネがクーるでスね!」
「あら、そう?ツンデレで行こうかしら。今は未だデレはミサキに任せてるけど。」
片方の目を隠すように手で眼鏡を直しながら、竜斗の方を見るアトミ。ミサキが異性として竜斗を意識していることを仄めかせたつもりだったが、竜斗の反応は、
「ツンだけだとSみたいかもな」
「オゥ、サディスティッなのもセクスィでウェルカムでス」
トオルの妄想を詳細に描写すると18禁になりそうだ。
「ご心配なく。近いうちに私もデレます・・・」
「何だか開き直ったみたいな言い方だな」
竜斗は未だ気付かないようだが、アトミも彼を意識し始めている。
妹のデレが姉に伝染するのが時間の問題なことを自覚していたとは言え、昨日はミサキと竜斗が互いに恥ずかしがるのを揶揄う余裕があったのに。
ヤバイ、もう顔が火照って来た。
先にトオルがアトミの言動の変化に気付き、竜斗の耳元で囁く。
「ミサキちゃん、シノブちゃん、そしてアトミちゃんまで?・・・ハーレム・ルートでスか、リュウト?」
「なに言ってんだよ」
恍ける竜斗だが。
始業のチャイムが鳴った。アトミの斜め前に竜斗、その横がトオル、各々の席につく。
背後の気配に敏感な竜斗は斜め後方からアトミの視線を感じて落ち着かない。何だか背中がくすぐったい。『魔眼』を光らせているのでは?と、恐る恐る振り返って見ると、彼女は俯き前髪で顔を隠している。
隣の教室にいる筈のミサキと、やはり似ている。双子なので当然だが。眼鏡のおかげで雰囲気が違って見えるが、気配も似ている。
アトミの眼鏡は、視力矯正と同時に、特殊能力を調整するためのアイテムでもある。
元々視力が劣る片方の目で過去が見えるのだが、鮮烈過ぎる幻影に圧倒されて現実を忘れることもある。他者の過去と自身の現実を混同しそうな時、もう一方の目で現実世界にフォーカスすることで混乱を回避するのだ。
逆に眼鏡を外すことで積極的に過去を読む能力が発動し易くなるわけだが、中二病的に表現すれば、『魔眼』を眼鏡で『封印』していると言えば分かりやすいかもしれない。
妹のミサキは専らコンタクトレンズを利用し、眼鏡は可愛くないと言って非常用に携帯するだけだ。
妹の場合は予知能力が暴走しても居眠りとか「寝惚けた」とか言って誤魔化せるが、アトミが混乱した場合はメンタルクリニック受診を強く奨められたりする事態に陥って面倒なので、着脱容易な眼鏡を優先している。
可愛く見られたいと願うよりも、知的に振る舞いたい、感情に振り回されたくないという想いから、眼鏡で理性的なイメージを自分で演出するという意識もあるかもしれない。しかし本音として、恋愛を諦めたつもりは無い。
自分も妹のようにコンタクトにしたほうが男子にモテるだろうか?否、あの天然ドジっ娘キャラには負ける。やはりツンデレ眼鏡路線で勝負すべきか。って、何で妹に勝とうとしてんだ私。
妹の恋愛感情は私の感情。妹に彼氏ができたら、私の彼氏にもなってもらう。彼氏を奪い合うんじゃなくて、姉妹で仲良く半分こか順番こ。そういう平和な三角関係に三者合意できれば・・・なんてね。
竜斗君、ミサキに脈があるんなら、先にお姉さんから落としてくれて良いのよ。って、何考えてんだ私。
赤面しながら自分の頭をポカポカ・・・ふと我に帰るアトミ。
彼女を訝しげに見ている竜斗に気付く。また手で眼鏡を直し、平静を装う。
アトミの脳裡に蘇る、おカァさんの言葉。
『くゎ、二人がかりでも構わないから、とっとと食っちまいな!』
頭かかえ込んじゃうよ私。