夢の共有
ミサキの悩ましい姿を夢に見ることを期待してしまう竜斗の思考を読んで俯きながら笑いを堪えていたアトミに、彼が問いを投げかけた。
「この場所…アトミさんには、どう見える?」
「んんっ、そうね…えぇっと…むかし男に捨てられた女の人がいて…男を追いかけようとしたんだど、貧血で倒れて峠を越えられずに餓死して…その怨念が彷徨ってた…みたいな?」
「何とも凄まじい話だな、このまえ忍撫に取り憑いたのがそれか?」
「恐らくね…」
「俺の封印、失敗だったのか?」
「怨霊というか強い怨念って簡単には消滅しないみたいよ」
「うん、だから封印するしかないってな話を祖父っちゃんから聞いてるんだが…封印したあと金剛鈴と般若心経で浄めたはずなのに…」
浄化しきれなかったどころか、あの蝙蝠みたいなのが増殖して、蝙蝠達の親玉みたいな怪人まで出て来たことに違和感を覚える竜斗である。
実は、封印したはずの怨霊を召喚した上に複製し、その進化形みたいな妖怪の幻影を顕現させたのがアトミの魔術だったことは内緒である。
ただし、アトミが過去の誰かの怨念と言ったのは出鱈目ではなく、その怨念に共鳴しそうになる自分を抑えようとする彼女の視線が虚空を彷徨っている。
「姉さん、これ以上ムリするとヤバイことになりそうだから…」
ミサキがフォローに回る。
アトミの異変に気付いた竜斗が二本指の刀印で彼女の眼前を払うと、曇りかけていた彼女の瞳が光を取り戻した。
「…っ、ご免なさい。また私ったら…」
「気にするな」
結果的にアトミは追求を逃れ、竜斗が抱いた違和感は何処かへ追いやられることになった。
「それより何か腹に入れたほうが良いかも」
竜斗の言葉に、忍撫が頷いた。
「確かに。なんかフラフラしてきた」
トオルを除いてであるが、非日常的な時空間を彷徨ったことで、彼らの脳は部分的にエネルギーが枯渇し、急速な糖分の補給を欲していた。
とりあえず一行は予め携帯していたペットボトルを口にした。忍撫がドリンクを飲み干すのを見ながら竜斗は、彼女を抱きかかえたときの事を思い出すが、その記憶を読み取ったアトミが睨んでいるのが気まずい。
一息ついた後、最寄りにバス停まで歩いた。つい先日、竜斗が忍撫と通ったルートを逆行することになった。
帰りのバスの中、また最後部座席で二人の女子に挟まれて座る竜斗。片方の隣にミサキが張り付き、もう一方の隣には忍撫が寄り添う。競って身体を密着させてくる二人に気圧されて彼の心は上の空で、どうして封印や浄化の効果が足りなかったのかという疑念を蒸し返す余裕は彼に無かった。
「ァィエンヴィユゥ」(羨ましい)と、トオルが呟いた。
ミサキの頭が竜斗の肩に凭れかかると、忍撫も負けじと凭れてきた。
(ははは、ま、悪くない気分だけどね…)
そもそも嫌なら最後部座席など選んでいない。一人掛けシートが空いていなくもなかったのだ。なるべく五人が近くに纏まって座ろうとしたらこうなったとか言い訳はできるのだが、無意識にラッキースケベ的な展開を期待していなかったと問われれば否定しきれない。
(ぁぁ、健全な男子高校生のホンネを読まないで下さいアトミさん)
アトミの生暖かい視線を感じる竜斗だったが、気がつくと先刻より肩が重い。
(…って、マジで眠ってるんすか?忍撫さん…って、ミサキさんまで?)
一方のミサキの方も凭れかかる重みが増していた。
(ま、あんな体験の後だから無理もないか…)
緊張の緩和、バスの微振動。眠くなる条件が重なっていた。
両側の女子に肩を貸すのは良いが、竜斗自身は身動きがとれない。うっかり彼女達どちらかの胸元を見てしまうと幻の中で見た彼女達のイメージが甦りそうでヤバい。
ここは自分も目を瞑って誤魔化すしかないのだが、完全に瞑目すると余計にヤバい(エロい)イメージが襲ってきそうなので半眼になると、そのまま意識が遠ざかりそうになる。
両側から凭れかかる女子二名の間で白目を剥く男子一名という図になった。
忍撫が竜斗の腕を掴んで彼に顔を近づけた。
「オレのことを忘れるなよ、竜斗」
彼女の瞳の輝きに圧力を感じる。
「あ、はい」
ミサキも同じように彼のもう一方の腕を掴んだ。
「私のこと、見捨てないで」
忍撫とは対照的に、彼女の瞳からは引力を感じる。底知れない深みに吸い込まれそうな感覚だ。
こう圧されて引かれりゃ、引っ張られるほうに傾くのは仕方がないような…そんなことを漠然と考えている竜斗の身体がミサキのほうに吸い寄せられてゆく。
いつの間にかミサキは竜斗が夢で見た半裸の姿になり、彼女の背後に伸びた影の中から、あのトンネルで見た翼の妖怪が立ち上がる。その妖怪に睨まれて竜斗は動けずに固まっている。
「しっかりしろ、竜斗!そいつ、お前を喰うつもりだぞ!」
忍撫が金剛鈴を出し、その音で竜斗が目覚めた。
気が付けば忍撫が彼の腕を掴んでいた。
ミサキは彼に凭れかかったままだが、目は開いていた。
「夢?…か」




