翼の怪人
まだ闇が晴れない。そこに漂う空気の違和感を拭い切れない。
竜斗の刀が放つ光が照らし出したのは、非日常的な光景だった。
…幻の刀が顕現した時点で既に日常空間でなくなっているのだが…
「ぇ?…忍撫さん、服着てないみたいに見えるんですけど」
竜斗の目に映った彼女の姿は全裸ではなかったが、いつか夢で見たように晒を胴に巻き、隠すべきところが辛うじて隠れているだけだった。
彼の刀が放つ光が強く脈動し始める。
「どうやら煩悩に惑わされているようだな…」
そう言う忍撫は笑みを浮かべながら自分の刀を竜斗に向けて振り下ろした。その刀の柄は金剛鈴と融合したままで、降れば鈴の音が鳴り響く。竜斗の刀が鈴の音に呼応して微かな電撃を発した。
「ぅ…ぁ…か、雷耐性を獲得したか俺」
感電はしたものの、気絶は免れた竜斗だったが、問題はミサキの方だ。
竜斗が恐る恐るミサキのほうに目をやると、果たして、しゃがみこんでいる彼女は裸に近い恰好…のように見えた。
やっぱり黒ビキニ?
『目の遣り場に困るぅ』とか言いながらも竜斗は結局、再び脈動を始めた刀の光が照らし出す彼女の姿に目が釘付けになっていた。
そのとき、彼女の後ろに伸びた影が、刀の光から最も遠い所で不自然に揺らぎ、人影のような何かが立ち上がった。
「なっ?」
その何かは人のような形と大きさをしていて、鈍く光る二つの赤い目が見えたかと思うと突然、背中から大きな黒い翼を出して飛び掛って来た。
「忍撫!も一回、頼むっ」
「心得た」
再び金剛鈴の音が鳴り響き、黒い翼の怪人の動きが鈍くなる。
竜斗の握る金剛杵が帯電し、光る刀が放った雷撃で怪人は気絶。
その怪人は気絶したまま惰性で飛んで来た。竜斗は思わずミサキを庇うように抱えながら片手で刀を一振りする。刀が放つ光に吹き飛ばされるように、そいつは舞い上がりながら消滅した。
気が付けば半裸のミサキが腕の中である。彼女の潤んだ瞳に見つめられ、今度は竜斗の心が舞い上がってしまう。
幸か不幸か、さっき放った電撃に彼自身も少し感電したせいで両腕の感覚が麻痺していた。
その痺れも次第に消え失せつつあり、もうすぐ彼女の感触を堪能できてしまう…ヤバイヤバイ。
彼が握る金剛杵が放電を再開する。
(ホワイトアウトは何度目だろう・・・)
気がつくと、トオルが竜斗の背中を叩こうとする寸前だったが、身体が反射的に動いて間一髪で躱していた。
「ンノウ!せっかくスキアリだったノニ…」
悔しがるトオル。
「俺、ボーッとしてたか?」
「イェース!ジャスタ・セカン…」
トオルには一秒ほど竜斗が立ち止まって呆然としていたようにしか見えなかったらしく、あの闇の異空間は時間の流れる速さも違っていたようだが、忍撫やミサキは感覚を共有していたはずだと竜斗は直感していた。
(彼女達が裸に近い姿に見えたことは触れないでおこう…と思っても、アトミには御見通しなのか…)
アトミは暗闇の中で俯き、ほくそ笑むのを前髪で隠していた。
『まぁ、今日はこのくらいで勘弁したげる…』
彼女の呟きを聞く者は無かった。
薄暗いトンネルの中は微かな風の流れが戻っていた。
「忍撫、鈴鳴らしといてくれ…」
「了解」
トンネル内の浄化…というのはタテマエで、竜斗のホンネは彼自身の煩悩を鎮めたいということだった。
闇の蝙蝠達や黒い翼の怪人との闘いの後、まだ興奮の余韻が残っている。
忍撫もミサキも元の姿に戻っているが、彼女達の生々しいイメージが蘇るのを抑えきれない。
今夜また夢に見るのだろうか。見ないようにするのが難しい気がする。て言うか実は見たい。
忍撫が金剛鈴を鳴らしながら歩く。片方の手は竜斗の左腕を掴み、右腕にはミサキが縋り付いている。3人が固まって進み、直ぐ後をトオルとアトミが追う恰好でトンネル出口に向かう。
トオルは相変わらず最後まで蚊帳の外だったのだが、それなりにスリルを感じていたようだった。
ようやくトンネルを抜け出た処で、竜斗が口を開いた。
「えーと、忍撫は見えたんだよな?コウモリの群れとか…」
「おう。この前は一匹だけだったのに、えらく増えてたな。それと、後のデカい奴…ありゃ何だ?」
「あの怪物…今は判らんが、御蔭で助かった。来てもらって正解だった」
そう忍撫に言った後、竜斗はミサキに視線を移した。
「それはそうと、ミサキさんは覚えてる?今さっきの…」
「ぁ、ぇ、えーと…何だっけ?」
「コウモリとかが襲ってきたのとか」
「さっきまで覚えてたような気もするんだけど…」
ミサキに代わって姉のアトミが言葉を挟む。
「申し訳ございません、妹が見た幻の記憶は残らない仕様になっております」
「『仕様』って…」
「思い出せないけど、何だか恥ずかしい処を見られたような気がする」
顔を赤らめるミサキの言葉に、竜斗も赤面する。
「えーと、それは何と言うか、無理に思い出さなくて良い気もする」
(毎度ながら今回も御馳走様でした)
今夜また、迸る電撃を制御する訓練に励まねばならないのか…。




