トンネル再訪
凝りもせず、また此処へ来てしまった。
トンネルの中で忍撫に取り憑いた影は竜斗が封印し、忍撫自身で浄化させた時、金剛鈴の音がトンネルの中まで響きわたり、それなりの効果があったはずだ。
あれから時間が止まったかのように、トンネルの中は静まり返っていて、何の気配も無い。
竜斗の回想や感覚をアトミが読み取る。
(ふーん、そんなことをしながら、矢的さんとよろしくやってたのね・・・)
「ん?何だかジトっとした眼差しを感じるんだが…」
竜斗が振り返るとアトミは視線を逸らす。
「えーと、何も気配は無いんだが、いちおう結界は張っておく。忍撫も持ってるよな?法具の鈴」
「オッス」
チリリン…と、忍撫が金剛鈴を鳴らした。
続いて竜斗が懐の金剛杵を握り締めながら結界をイメージする。法具の影響なのか、以前よりも強力な結界が展開された。
ミサキは彼の腕にしがみつく。もしかしたら、彼女を彼にとって邪悪な存在と見做した法具によって自分が弾かれてしまわないかという一抹の不安があったが、そういうことは無かったようだ。
アトミもミサキの不安に共感していたが、一瞬、風圧のようなものを感じただけで、気が付けば彼のイメージした結界の中に入っているのが判った。
(旧校舎に忍び込んだときの事を思い出すわね)
あのときは姉妹で竜斗の両腕にしがみついたのだが、今日は自分ではなく忍撫が彼の片腕を取っているのが少し恨めしいアトミである。
(矢的さんに負けるんじゃないわよ)
彼のもう片方の腕を取っている妹の背中を睨みつけた。
今日も霊感が零のトオルは結界のことなど知らない。
「ま、せっかく来たんだから、入ってみるか…」
両側の二人の女子の体温を感じながら、竜斗はトンネルに入って行く。
だんだん闇が深くなる。
「大丈夫か?忍撫」
「問題無い」
そう言って忍撫はチリンと金剛鈴を鳴らす。
結界も保持できている。このまま行けば何も起きないだろう。
「ミサキも問題無いか?」
「うん」
答えながらミサキは身体を竜斗の右腕に押し付ける。
竜斗は両腕の感触に『若さ』のヴォルテージが上昇する一方だが、そのエネルギーは今、無駄に結界を強化するぐらいしか捌け口が無い。
トンネルの真ん中あたり、最も闇が深くなる処。空気も淀んでいる。
「この前、忍撫が何かに取り憑かれたのは、このへんだったのかな?」
「自分では覚えてないんだがな…」
「あれは凄かった…」
ゾンビかバンパイアか知らないけれど、自身を囮にして男の血肉を貪ろうとする女の亡霊?みたいな…あのまま抵抗しなければ忍撫に噛み付かれていたかもしれないことを想像すると…
こんな処で興奮してしまう竜斗の回想を読み取ったアトミの中で、蠢く影があった。
なんで矢的さんに死霊の女吸血鬼が憑いたのよ?男の魂を貪るなら私達でしょ!血統的な意味で…叫びたくなるような想いが姉の中で渦巻いている。
姉の異変をミサキが予感した。それは想定内の変化のはずだった。密かに魔術を仕掛けて彼に幻を見せ、その幻の中で彼を誘惑する計画だったのだが、矢的忍撫の介在という予期せぬ因子が想定外の過剰な影響を及ぼしていた。
不穏な空気を妹が予感したとき、姉は結界の外で携帯端末を取り出していた。
あの魔法陣の画像がアトミの魔眼に映って回転し始める。
彼女が唱える呪文は異界の門を開く鍵だ。
突然、闇が深くなった。やっと異様な気配を感じた竜斗が振り返ると、闇の中で何かが蠢いた。
その何かは、鈍く光る二つの赤い目があって、竜斗を睨みつけ、今にも飛びかかって来そうな気配を見せた。あのとき忍撫に取り憑いた影が再現されたかのようだった。
その何かを封印すべく、思わず結界を反転させた竜斗は、傍らでアトミが俯いて暗い微笑みを浮べているのを知らなかった。
この前の八面ではなく六面の結界に閉じ込めた影は羽撃くような動きを見せ、蝙蝠みたいだな竜斗が思っていると、自分達の上のほうに異様な気配が集まっていることに気づいた。
いま封印した一匹は囮…だと?
トンネルの天井に貼り付くようにして潜んでいた数十もの影が、キキキキキ…と、蝙蝠のような鳴き声を発しながら、群れを成して一斉に竜斗達に襲いかかる。
竜斗は反射的に幻の剣を顕現させた。彼の両側に二人の女子が寄り添っていたままだったので、一気に振り払う動作にならなかったが、剣が放つ金色の光に圧されるように蝙蝠達は散らばった。それでも、再び飛び掛かる機会を伺うように飛び回っている。
竜斗は素早く金剛杵の入った巾着袋を取り出して袋ごと片手に握り、もう一方の手にあった刀と融合させる。
「とっくに充電完了だぜ!」
彼が青白いコロナ放電を放つ刀を振りかざすと、蝙蝠達に向かって無数の雷撃を放った。
電撃を食らった蝙蝠達は即座に消滅。
「終わりか?」
「オレの分を残してくれてないのか?竜斗」
忍撫が金剛鈴を取り出し、竜斗を真似て構えると、やはり金色の光を放つ刀になった。刀の柄は金剛鈴のままである。それを見て彼女はニヤリと笑い、チリーンと鈴の音を響かせながら刀を一振りした。
キキッ…とトンネルの天井から鳴き声が聞こえたかと思うと、バタバタッと数匹が落ちて来て路上に転がった。皆、全身が麻痺しているようだった。
彼女が竜斗と同じようなスキルを発揮しても、もう竜斗は驚かない。
「忍撫の分、残しといてやれたみたいだな」
彼もニヤリとして刀を蝙蝠達に向け、電撃を放って消滅させた。
「今度こそ終わりか?…」




