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母とカラス

 喫茶店を出た竜斗達を、数十メートル離れた路地の電柱の上から、一匹のカラスが見下ろしている。


「今日は、じっちゃんと稽古の日だった。急がないと」

 竜斗の速歩きが小走りになり、トオルが後を追う。

「オゥ、リュウト、ウェイト!」


 二人を追うように、さっきのカラスが音もなく滑空し、途中の電柱に止まる。


 二人が向かう先は、竜斗の自宅である日本家屋。二人が門扉を(くぐ)る頃、家の一室の障子が開き、少し頭の禿げた小柄な男性が出てくる。白の胴着に黒袴。竜斗の祖父、辰造である。横目でカラスを一睨みすると、

「あのような者に狙われるようになったか、竜斗・・・」

 辰造は立ったまま、カラスに向かって両手を挙げ、

「リ゛ェンッ」

 正確には表記不可能な掛け声に気合を込め、挙げた両手を振り降ろす。突然カラスは固まったようになり、硬直したまま電柱から落下、地面に墜落する寸前で慌てたように羽ばたき、逃げるように飛び去ってしまう。



 カラスが電柱から墜ちた、その時、さっき竜斗たちが訪れた喫茶店の二階にある一室で、椅子から転げ落ちる女性がいた。倉城ミヤ。姉妹達の母親である。

 ミヤは自分の意識を鳥に同調させることができる。更には、意識を鳥に移して操ることもできる。分かりやすく喩えると、あたかも生霊(いきりょう)となってカラスやハトに憑依するようなことができるのだ。

 若い男達が店から出るのを見た彼女は、野生のカラスに乗り移って追跡を試みていた。すると突然、全身に衝撃を感じ、カラスから弾き出された。

「くゎっ」

 思わず声をあげ、座っていた椅子から転落した。ゆっくり横倒しになっただけで大怪我にはならなかったが、気がつくと喘ぎながら冷や汗をかいていた。

「くゎぁ、びっくりしたぁ、、、はぁ、はぁ」


 二階の部屋を出て階段を降りると、喫茶店カウンターの奥へ抜ける。ミヤは黒のドレスを纏っている。肩のあたりに黒い羽根飾りがついていて、胸の谷間が透けて見えるような生地だが、ときどきウエストの肉に溝ができて食い込むのが見え、『エロみっともない』などと娘たちに(からか)われる。


「ちょっと、お水を頂戴。はぁ、はぁ」

 喘ぎ声が『かぁ、かぁ』に聞こえる。

「おカァさん、またカラスやってたの?」

 アトミがグラスに氷水を注ぐ。


「さっき着てた男の子達は、知り合いくゎ?」

 語尾が変だ。

「えぇ、同級生よ」

「何しに来た?ナンパ?」

「そんなのないわよぉ。一人はミサキに興味あるみたいだったけど」

「そのオトコ、あの空手道場みたいな処の子くゎ?」

「そう、竜斗君」

「あそこの親父は・・・」

 母親は何か言いかけて口ごもった。


 水を飲んだり顔の汗を拭ったりしながら息を整え、独り言のように呟くミヤ。

「まあ何でもいいわ。あんた達は、早いうちからオトコを(たら)し込む練習しといたほうが良いんだから、、、やれるもんなら、やっちまいな!」

「おカァさん、下品」


「ミサキのほうはどうなんだい?」

「まんざら・・・気がないこともなさそうなんだけどね」

 アトミは含み笑いを見せ、ミサキは頬を紅らめる。

「くゎ、二人がかりでも構わないから、とっとと食っちまいな!」

「おカァさん、カラスとかに入ってばっかりで脳味噌が鳥並みになってるんじゃない?」


 アトミの本音である。年々、母の人間性が崩壊してきているように思えてならない。娘の眼力を知っているにだけに、母は取り(つくろ)おうともしないが、鳥使いの能力を使い過ぎると、感覚や思考が鳥っぽくなってしまう。


 母が語らずとも、母が体験してきたこと、味わってきた感情、生まれ育った家の歴史を、アトミは読み取ることができる。幼い頃から少しずつ断片的に見てきた内容は、一度に知ってしまうと発狂しかねないようなものだった。


 ミヤの母は、『魔女の館』とも呼ばれた老舗旅館『倉城屋(くらきや)』の女将(おかみ)、ミヨである。言わば『魔女の娘』であるミヤは、『魔女っ娘ミヤちゃん』などというキャラクターを演じることは残念ながら無かったが、生まれつき『魔力』のようなものを持っていた。それが『鳥使い』の能力である。


 後継者に恵まれなかったミヨは、ミヤを若女将として育てようとしたが、旅館は経営難に陥り閉館となった。館は改装されて事実上ラブホテルとして営業していた時期もあったが、ミヤの娘達が幼い頃に介護施設になった。

 ミヤは父親の顔を知らずに育った。生まれる前から行方不明と聞かされていたが、実は精神を患い、ミヨと入籍もせず、生活保護を受けて独居したり精神科病棟のある医療施設に入院したりしていた。

 アトミ達も母子家庭に育った。父親となるべき男はミヤの妊娠も知らずに事故死したと聞かされた。ミヤは未婚の母となり、娘達は母と同様、生まれつき特殊な能力があった。

 シングル・マザーから異能の娘達。二代にわたって同じパターンが反復している。アトミ達にとって深刻なのは、いつか自分たちが誰かの子を生むとき、その子の父が正気を失ったり命を落としたりするかもしれないということだ。


 母のミヤは諦めてしまっている。だからこそ、ああいう物言いになる。オトコが欲しければガキは産むな。ガキが出来たらオトコが居なくなる。うちは、そういう家系だから、オトコは使い捨てでいい。

 最初から結婚は想定外のようだ。アトミは未だ諦め切れない。妊娠と結婚は相容れない、そんな呪わしい運命から逃れられない家なのか?そもそも、どうしてそうなった?

 諦めるには未だ分からないことが多過ぎる。


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